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第三章 たどり着く先は……
2 一つの愛の形
しおりを挟む「やあよく来てくれたね。それに時間を取らせて済まないねシリル。君も最近色々と忙しいのだろう?」
「いや、それ程でもない。それよりもお前に色々と訊きたい事がある」
「うんそれはもしかしなくともアイリーンの事? それとも彼女と彼女の胎に宿る子供の事かな?」
「両方だよ。だが一体何時からお前とアイリーンとの関係は……いや、この訊き方は可笑しいな。俺は何もお前達を非難をする心算なんて毛頭ない。それどころか寧ろパーシーとアイリーンならば誰よりも一番お似合いだと思う」
「ふーん、それは本心かな?」
「何を……?」
「いやいや邪推をしている訳ではないよ。だが君は、いや正確には僕達だな。僕らは幼い頃よりずっとアイリーンただ一人だけを愛し続けていたでしょ。君は、シリルは気がついていたのかな。うん君だけでなく、僕も彼女の事がどうしようもなく好きだったと言う事実を……」
シリルはそんなパーシヴァルの問い掛けに、ゆっくりと頭を左右に振る。
「正直言って全く気付いて……なかったよ。本当につい先日まで俺は従兄弟で親友でもある――――実の兄弟以上に近しく、そして信頼しているパーシーの心を俺は情けなくも全く慮る事なく、馬鹿の一つ覚えの様に脇目も振らずアイリーンへの愛を無神経にも君へ熱く語っていた。本当に申し訳ないとしか言えない」
同じ立場であれば――――。
そうシリルがパーシーの様にずっと誰にも打ち明ける事なく、アイリーンへの燃える想いを成就する事がないとわかった上で、それでもそっと自身の胸の中へ抑え込み、何年も愛すべき少女と同じ想いを持つ従弟が眼前で何時も幸せそうに、その愛を順調良く育てているのをじっと何も言わず……いや、少なくともパーシーはシリルよりも精神的に大人で、そんな彼らを何時も笑顔で応援し続けていた恐るべき忍耐力と自制心の強さに、シリルは永遠に敵わないと声を大にして断言出来る。
また成り行きとはいえアイリーンを裏切る形で王女と婚約を交わし、愛していたアイリーンや突如婚約を交わしてしまった王女へ向き合う事なくシリルは情けなくも戦を口実に、尻尾を巻いてその場より逃げ出したのだ。
それから二年後、シリルが凱旋するまでの間王女は兎も角としてアイリーンの悲しみは如何ばかりだったのだろう。
シリルがいない間ずっと悲しみと絶望で心が苛まれるアイリーンの傍で支えていたのは、他の誰でもないパーシーなのだ。
凱旋後にアイリーンの心が病んでいるとわかり、シリルは結局何も対処が出来ずに自身の心が疲弊していくのと同時に、彼女への想いが次第に重く煩わしいと無意識に感じていたからこそっ、パーシーが彼女を迎えに来た時、そして二人が結婚すると聞いた瞬間――――シリルは怒りよりも寧ろ安堵する自分が存在している事に気付いてしまったのだ。
男として実に情けない。
同じ男でもパーシーと自身ではなんと雲泥の差なのかと、つくづくシリルは思い至る。
幾ら騎士として厳しく研鑽を積み、その結果栄えある第一騎士団団長として栄誉を称えられていたとしてもだ。 ただの一人の男としては全く成長が出来ていなかった。
そんな自分にアイリーンを愛する資格は何処にもない。
いや自分には誰一人として女性を愛する資格はあるのかと、シリルは自身へ問い掛けてしまう。
またアイリーンにはパーシーの様な静かに温かな愛で、何もかも全てを包み込んでくれる男こそが必要なのだと理解した。
「謝る謝らないの問題ではないだろうシリル。僕は君達と初めて会った瞬間より、君達の間には既にお互いを想い合う愛情が育ちつつあった事を理解していたし、幾ら僕がアイリーンを心の底より愛していたとしても、そんな君達の間を無理矢理裂こうとは少しも思っていなかったからね。ただ……欲を言えば君よりも先に彼女と出逢っていたかったかな。いや……きっと無理だったろうね。だからあの時はあれで良かったのだよ。リーンの愛情よりも僕は三人で一緒にいる事を選んでいたからね。でも……これからは違う。これより先は僕がリーンをこの命に懸けて守り抜くよ。何があっても、そう、譬え彼女に永遠に受け入れられなくとも、僕はリーンと生まれてくる子を精一杯愛するよ。もう誰にもリーンを渡さない。譬え従兄弟であり親友の君でも……ね」
「パーシー、まだアイリーンは……!?」
「案外とお馬鹿さんだねシリル。病気が直ぐに治る訳じゃあないでしょ? これから僕は元のアイリーンに戻るまで何年でも彼女と付き合っていくよ」
「じゃあまだ君の事を俺……だと?」
「まあね、今はそれでいいよ。後三月もしない間にお腹の子は生まれるからね。子供が無事に生まれ、そしてリーンの身体が安定するまでは僕は君だと思われようと少しも不快ではないよ。寧ろ今はこれまで以上に幸せだからね。それとキャラガー伯爵夫妻への口添えをしてくれて心より感謝しているよ。正直僕一人では自信があるとはとてもじゃないけれども言えなかったしね」
「そんなっ、それくらい当然の事だろう!!」
「うん、シリル有難う。だからもう僕達に何も気兼ねをしなくてもいいよ。僕達はきっと誰よりも幸せになるのだからね」
雲一つない、何処までも澄みきった青い空を思わせる程に朗らかで幸せに満ちたパーシヴァルの笑顔を、シリルは今生まれて初めて見たと思う。
何時もウィットに富んだ会話と常に相手を気遣う出来過ぎた従兄は、初めて会った8歳の頃より少し翳りのある幸の薄い笑みを湛えている事が多かった。
シリルが幼い頃より幾ら頑張って思いっきり笑わそうとしても、その笑顔を変えられる事はなかったのだ。
でも今は――――違う。
これから先まだまだ多くの問題が山積みになっている筈なのに、今のパーシーはとても幸せなのだと言う。
少しの問題も解決していなにのにも拘らずだ。
だからこそシリルは願わずにはいられない。
パーシヴァルとアイリーン、そしてやがて生まれてくる子へ幸多からん事を……。
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