天正の黒船

KEYちゃん

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伊勢 大湊にて あるいは夜明け前

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 鉄の船の築造が始まった。
    まだ信長の裁可は貰っていない。嘉隆としては早く実物を手にして改善点などを考えたい。建造は一隻のみで裁可後は求められた数を建造して行くつもりだ。
「お頭、船形ができました」
船形造りの仙一が実物を持ってきた。すでに源助に鉄板も貼らせている。
「おお、できたか?」
『こうして見ると丸く肥えた猪みたいじゃ~』
嘉隆は船形に思った。それにしても……。精巧な出来栄えである。甲板。櫓とその穴。矢倉。実物を見ているようだ。幟は織田家の木瓜紋と九鬼党の九曜紋が交互に並んでいる。
「上様にお見せしたらお喜びのことであろう」
嘉隆は船形の出来栄えに満足した。信長に提出する図面も複製してある。また絵師に頼んで鉄の船の絵図も描いて貰った。信長が可視的により理解してくれるようにである。
「ワシは上様にこれらをお届けに参り御裁可と費用の無心に行って参る」
これだけの鉄板貼り大船を造るには信長の許可を得ておかないと謀反などと言われたらたまらない。また一隻でも大変なのに複数を造って大坂湾を埋めるほどの予算も九鬼党にはない。予算を示して、
「上様に合力して貰わんとなぁ~」
佐吉の父親が一隻辺りの概算の見積を作ってくれている。
「これぐらいは掛かるわな」
「一旦、田城に戻り、それから再び、安土に伺候致す。その折には佐吉、ついて参れ」
嘉隆は作事中の船の腹をポンと叩いて作業場を出た。
    嘉隆は佐吉と供回りの家来を連れて安土に向かった。

    安土城の普請を見て、佐吉ら九鬼党の皆は目を丸くしていた。嘉隆は二度目なので規模やその壮麗さでは驚くことはなかったが普請の早さに舌を巻いた。
    百々橋や黒鉄門も完成している。石垣は近江の穴太衆が請負い、普請は元は熱田神宮の宮大工・岡部又右衛門が総棟梁となり南都(奈良)や天王寺の大工が集められた。天下普請とはこの安土築城のことを言うのだ。
    この間、伺候した時はまだ天主も柱や屋根の下組ばかりだったが、今や金銀の装飾も美しく飾られている
「これが上様のお城じゃ」
隣の佐吉に言う。佐吉は目を丸くして何も言えなくなっていた。

    竣工後、信長は天主に移るらしい。その後の築城では天守に城主が居住することはなく、通常は本丸御殿などで生活するのが常であった。
    まだ木の香の芳しい御殿にて信長への謁見を待つ。伝言だけで謁見はないかも知れない。その場合は鉄の船について裁可、不裁可、再検討かを告げてくるであろう。また、裁可の場合は何隻を何時までに建造するようにと御下命もあろう。
    待合の間には嘉隆一行のみだ。嘉隆と同等の身分の者の登城は他にいないだけの話で、もっと身分の高い者やあるいは低い者、公家など禁裏の関係者、茶の湯や絵師など特殊技術を有する者など全て別の部屋で待つ。

「九鬼大隅守殿」
小姓が部屋の扉を開ける。
「上様がお待ちである。ご同道なされ」
「御意にございまする」
嘉隆は立ち上がる。手には鉄の船の絵図面。家来の柿木が一隻あたりの見積書、佐吉が船形を手にして嘉隆の後を追う。
「上様にご覧にいれたき品が多くござればこの者どもの同行、お許し下さいませ」
登城の際、他に二名同行するとは申し出てはいる。その念押しである。
「伺っており申す。ご同道あれ」
小姓はそう言うと先行した。

「九鬼大隅守とその従者、参りました」
襖が開く。御簾は上がっていて信長の姿が遠目に見える。嘉隆は慌てて座り拝礼した。供の二人はその後ろ、室外で座る。
「このたびは上様に………」
と、挨拶を始めると信長から、
「もうよい。時の無駄じゃ」
と遮られた。
下段間際に控える森蘭丸が大きな声で、
「大隅、礼法は無用にてこちらに。この際まで来られよ」
と伝えた。合理的な信長の命である。時間が惜しいのだ。
    側近は織田家と信長の威光を高めるため来客者に礼法を求め、手続きを煩雑にする。が、信長はそのような非合理的なことを好まない。
    嘉隆が鉄の船形や絵図面を持って来たことを知るとすぐに会って確かめたい。そう思うともう待ってはおられない。全ての煩雑な作法を止めさせたのだ。
「よう来た。海賊ども」
例の甲高い声がする。嘉隆らは御前近くまで歩み座った。
「鉄の船の絵図面でございまする」
木造船に鉄板を張り巡らせる。その厚み一分(3ミリ)。絵図面に鉄板を添えた。
「貼るのか?」
添えられた鉄板をである。信長の言葉は相変わらず短い。それを聞き返すと不機嫌になる。
「御意にございまする」
「少し重とうごさいます」
嘉隆は船形を蘭丸に手渡した。もちろん鉄板も張ってある。絵図面同様、二階建の矢倉が設けられやはり鉄板で覆われている。
「不細工な形じゃな」
縦横比の横巾が広く作られいて凡そ船らしくはない。
「はい。この姿にしないと海に浮かびませぬ」
嘉隆は言った。また、
「横巾を広くしておりますゆえ船脚は至って遅うごさいます」
全長の割に櫓の数が減るので仕方ない。船の重量も重くなるので帆張っても遅くなる。
「肥えた奴は遅い」
信長は同意した。このあたりも言っておかないと後で船脚が遅いと叱責されかねない。
「御意にございまする」
後で船形を城内の池に浮かべると言う。実験済みなので別に構わない。また信長の性格上、自分の眼で確かめないと気は済むまい。 
「必要なら我らもご同道致しまする」
嘉隆は伝えた。
「であるのぉ」
信長が返答した。要するについて参れと言うことだ。
「こちらが見積書にございまする」
冊子にまとめられた資料を蘭丸に手渡す。信長は詳細にはあまり興味がないようでパラパラと目を通すと合計のみ確認した。
「出来るだけ多く作れ」
一隻や二隻では許さない。村上水軍を相手に大坂湾を封鎖しないならない。
「少のうても三年で五隻」
安土からもういい。と、言うまで造り続けろ。とのことであった。そのための費用は出す。まぁ二万五千石の台所で鉄の船を造らせたら五十年はかかることであろう。
    当時の寿命では赤児以外、誰も生きていない。それこそ、
『人間五十年、下天のうちを比べれば………』
である。
    御殿の裏手の池に船形を浮かべることとなり、先に船形を持って嘉隆一行は信長のお出ましを待った。この舟形も実際、大湊(伊勢)の普請場の水溜めで実験済みである。船形は信長が現れようとも恐れ入ることはない。
「お待ちしておりました」
嘉隆が部下を引き連れた信長に挨拶した。
「であるか」
信長の指示で船形を安土城の池に浮かべる。
「佐吉、慎重にな」
緊張している自分達への戒めである。しかし先ほども言ったように船形は誰の前でも緊張しない。持参した船形は信長の前でも堂々と浮かんだ。喫水も安定している。
「浮力を上げるため横巾を広く取りましてごさいます」
そう言って嘉隆は今までの安宅船の船形に鉄板を貼ったものを懐から出した。 安土城再伺候のため船形造りの仙一に現有の安宅船に鉄板を張り巡らせたものを作らせていた。
「上様、こちらは今までの安宅船に鉄板を貼り合わせた物にごさいます」
「浮かべてみぃ」
理屈では理解した信長だが、もし今までの軍船に鉄板を貼り合わせたらどうなるのだろうか?興味はある。

    嘉隆は佐吉に次の船形を浮かべさせた。辛うじて浮いてはいる。喫水は保ててない。そこで嘉隆が池をかき回し横浪を作った。従来の船形は大きく揺れ、揺れはいつまでも小さくなることはなく、すぐに沈没した。ちなみに新たな船形は最初こそ多少揺れたものの揺れ巾は回数を経るこどに小さくなり、やがて元の姿勢を取り戻した。
「右馬允でかした」
信長は上機嫌のまま去って行った。嘉隆たちもお礼を告げ城を後にした。
    嘉隆の安土の屋敷は城下にある。城の東側は琵琶湖の内湖で西側に城下町が広がっている。屋敷に着くと真っ先に嘉隆は鉄の船を量産開始を手紙にして大湊に走らせた。遅い仕事は信長に嫌われる。ここは一日も早く建造させなくてはならない。嘉隆の帰りを待って造船と言う訳にはいかない。一日も早く建造しなければならない。

    ほどなく嘉隆も大湊に帰り、鉄の船の建造に没頭した。裁可前に見切り発車的に造り始めた船は骨組みは完了していて側面の板張りが始まっている。
    安土から早馬を走らせた手紙により建造が始まった二隻は骨組みの組み立てが急がれている。そして嘉隆が戻ってきて普請場ギリギリまで建造するように指示、もう二隻分の造船が始まっている。こちらは始まったばかり。底梁を並べている。
    嘉隆にはニ万五千石の統治もある。こちらは生熊佐衛門など家老に任せ、特に嘉隆の判断が必要な時だけ志摩に戻った。内治を任せうる臣下に恵まれたのは有難い。
    一年ほどが経過し、最初の一隻目(見切り発車的に始めた分)は大方の躯体が完成し、鉄板の貼り合わせが始まっている。信長から分国中の鍛冶屋がかなり召し出され大湊にやって来た。六隻目の建造が始まっている。
    嘉隆が連日、鉄船の建造に腐心している中、好ましからず噂が嘉隆の耳にも入るようになった。
    初め安土に伺候した際、大型船を建造し琵琶の湖族や泉南の海賊衆に大坂湾を封鎖させ、村上水軍に対抗する旨、聞かされていた。
    そして大坂湾木津沖で織田水軍と毛利水軍は激突。惨敗した。信長公記に曰く。
    七月十五日のことに候。中国安芸の内、能島(のしま)、来島(くるしま)、児玉太夫、粟屋太夫、浦兵部と申す者七・八百艘の大船を催し上乗候て大坂表海上に乗り出し、兵粮入るべき行(くだて)に候。
    打ち向ひし人数、まなべ七三兵衛、沼野伝八、沼野伊賀、沼野大隅守、宮崎鎌太夫、宮崎鹿目介、尼崎小畑
花隈の野口、
    これらも三百余艘乗り出し木津川口を相防ぎ候。御敵は大船八百艘ばかりなり。乗り懸け相戦ひ候。陸はおおさかろうの岸、木津えつ田が城より一揆ども競ひ出て、住吉後手の城へ足軽を懸け天王寺より佐久間右衛門、人数を出し横手に懸合ひお推しつをされつ、数刻の戦ひなり。ケ様候ところ海上は、焙烙
火矢などと云う物をこしらへ、お身内方の舟を取り篭め
投げ入れ、投げ入れ、焼き崩し、多勢に叶わす、七三兵衛、伊賀、伝内、野口、小畑、小畑 、鎌太夫、鹿目介、此の外歴々数輩討死候。西国の舟(毛利水軍)は勝利を得、大坂へ兵粮を入れ、西国へ人数討ち入るなり。
信長御出馬なさるべきところ、既に落去の由候の間、是非に及ばず、其の後、住吉浜の城定番として、塩井久六、塩井因幡守、伊知地文太夫、宮崎二郎七番手に入れおかれ候。
    程なく、右筆がこの文に近い物を書き留め、嘉隆に送って来た。
    急げよ。と、言って来たのだ。当初、三年の約束なら一年は縮めないとならない。
    最初の一隻目が出来た。早速、進水してみる。船は船形での実験通り喫水を保って浮かびあがった。
    六隻目も建造され出した。
    多分、もうしばらくしたら信長から何隻建造出来たか?尋ねてくるはず。その時、四隻は出来たと報告したい。
「急いでくれ」
嘉隆は叱咤し天を仰いだ。






    
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