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志摩国に戻り 試行錯誤あるいは産みの苦しみ
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安土城を下城しても鉄の船のことで頭が一杯であった。長い大手道の階段を下りる。
『鉄の船は沈む。木の船は浮かぶ』
『しかし…。鉄の船は燃えない。木の船は燃える』
ブツブツ独り言を言い大手道の石段を下る。
ふいに誰からか声をかけられた。全く気付かなかった。
「おお大隅殿ではないか?」
嘉隆ははっとして振り返った。
「これは筑州様。考えごとをしており失念致しました」
自分を大事に引き立ててくれる滝川一益のライバル(競争者)である羽柴秀吉である。家中一の人タラシの秀吉は一益の派閥に属している嘉隆にも抜け目ない。誰にでも良い印象を与えることが何よりもの財産であると知っているからである。
「ぼんやりとされていたようじゃが?いかがなされた?」
秀吉が柔らかく問うた。それには目上の自分に挨拶をしなかったことを咎める眼ではなかった。何か気遣っているような眼をしていた。
「失礼致しました」
嘉隆は先ずは挨拶失念を詫び、そしてあらましを秀吉に語った。その間、秀吉は聞き上手に耳を傾け、時おり、相槌を打った。全てを聞き終わり秀吉は、
「難しい仰せじゃが、上様は決してできぬことは仰れぬお方じゃ。案ずることない。物の見方を変えると案外、できるかもじゃ」
と言った。そして、
「それも大隅殿が期待に沿えるお人ゆえの仰せじゃて」
と、言葉を加えて嘉隆の肩を叩いた。
「では、わしも上様に呼ばれてとるでなも」
と、明るく笑いながら背中を向けた。
下城し城下の拝領屋敷で一泊し志摩に戻る。その前に早馬を走らせ嘉隆の帰城後すぐに主立つ家臣や水主、船大工など九鬼党のほとんどを集まっておくように伝えておいた。
果たして、嘉隆が田城に帰ってくると大広間には九鬼党の主立つ者が集まっていた。
「皆の者に集まって貰ったのは他でもない」
と、嘉隆は一同を見渡すと声を掛けた。そして安土城でのことを縷々述べた。話が鉄の船の製作になった時、全員の顔色が変わった。鼻で笑う者。呆れ顔でそっぽ向く者。驚きの表情を隠せない者。
「そんなもん出来るはずない!!」
一人が言う。また、
「鉄の船なんぞ出来るはずもないわ!親方、そんなもん出来るならお日様が西から昇るわい」
など言う者もおり、さらには
「何故、殿はお断りせぬ!」
などと過激なことを言う者もいる。信長の恐ろしさを知らぬのか!と、嘉隆は言ってやりたかった。
嘉隆は全員が言いたいことを言い終わるまで待った。場が鎮静するまで何か言っても火に油を注ぐことになる。
「皆んなの言い分はあらかた解った」
一同を見渡して嘉隆が言った。
そして、
「しかし上様のご命令は如何ともしがたい」
「そこで………。わしと一緒に鉄船造りにつきおうてくれる者はのここに残れ。できぬと思う者は各自、持ち場に戻れ」
多くの者が去った大広間。数人だけがぽつんと残された。
父親が病で代わりにやって来た船大工の倅・佐吉。船形(模型)造りの仙一。鍛冶屋の後継ぎの源助、水主頭の倅・与太などである。皆んな嘉隆同様若い。
年かさの者達は鉄の船など余りにも滑稽だと思ったのか?馬鹿馬鹿しく考えたのか?さっさと部屋を去った。
まぁ仕方ない。年を重ねた者の経験は貴重だが、そのす経験が邪魔をすることもある。嘉隆は考えた。今はこの若者達と共に考え、かつ試行錯誤を繰り返すことにより前向きな結果を出していきたい。それには後ろ向きな考えを持つ人間は不要だ。物ごとが前に進まなくなるからである。
翌日から試行錯誤が始まった。先ずは当時の技術で船形全部の一枚物の鉄板(てついた)なんか造れない。出来る限り大きな鉄板を張り合わせて船を作っても浸水は免れない。漆などでの接合も考えたがとても海戦には耐えられまい。少しの衝撃で接合部は破断する。
ここは木造船に鉄板を貼り合わせて建造するしかあるまい。さればその板厚は?
村上水軍が用いる焙烙を模した鍋をこしらえ発破させてみる。鉄板の板厚は一分(3ミリ)は必要であろう。船形をつくらせその縮尺に合わせた鉄板を貼り合わせる。船形は辛うじて浮いているが………。
「喫水が保てませぬ」
水主頭の倅・与太が呻いた。それどころか船には兵が乗り込み、兵糧が積載され鉄砲や大筒(大砲)も並ぶ。喫水線を保つどころか満載するまでに沈むことだろう。
鉄板を五厘(1.5ミリ)に薄くしてみると横浪を受けても何とかなりそうだ。しかし焙烙を爆裂させたら今度は鉄板が耐えられなかった。鉄板の板厚は一分が最低でこれ以下は変形が著しくとてものこと譲れないようだ。
早くも壁にぶち当たる。船の高さを上げてみたが思ったほどの効果はなかった。多少、喫水線は下がるが、余り船の高さを大きくし過ぎると浅瀬で座礁してしまう。多数の河川が注ぎ込む大坂湾は川から運ばれた土砂が溜まり浅瀬をあちこちに形成している。そのため近代に大阪湾の浚渫が進むまで湾の水深を示す杭があちこちに打ち込まれていた。大阪市章の澪つくしはその標示だった。
「あまり船の高さは大きくはできまいな」
たくさんの実験をなし、少し疲れた。
「飯でもしようぞ」
嘉隆は皆に食事をふるまい、次回の談合は五日後とした。この若者達にも他に仕事はあろうし、嘉隆にも領主としての日常もある。
皆が食事を終え、居なくなった後………。嘉隆は部屋を出て、少し城内を宛もなく歩いた。そしてその歩みはいつの間にか裏方の台所に来ていた。
台所は二つの区画に分かれている。床と天井のある部分と両方ない部分とにである。
床や天井のある区画では出来上がった料理の盛り付けや配膳に使われ、そうでない区画は並んだ竈門で炊事をし、洗い場で洗い物をする。天井はないが屋根はある。背がある部屋は炊事の煙がこもらず大屋根の煙突から排気される。また洗い物は三和土に掘られた溝から外に排水される。そこでは女達が忙しなく働いていた。九鬼党では奥女中は少なく、船頭、水主や船乗や下級武士の奥方連中や娘達も一緒に働いていた。海賊(水軍)衆として他の大名家とは少し違っていた。
『おや~?』
嘉隆が思ったのはその風景ではない。物陰に若い男が潜んでいたからである。果たして佐吉であった。九鬼党の船大工棟梁の一人甚平の倅である。今回の鉄船造りで頑張ってくれている若者だ。
『あ奴、何をしておる?』
嘉隆はやはり物陰から佐吉を覗いていた。どうやら一人の娘を目で追っているようだ。なかなか隅に置けぬ奴。と、興味深く見ていると………。
「お前、何をしている!」
と台所で甲斐甲斐しく働くおなごの一人に佐吉が見つけられ叱らた。放っておいて少し困らせてやろうか?とは思ったがかわいそうなので助けてやることにした。
「こら、佐吉、わしはここじゃ!はぐれよって」
嘉隆は台所方の女達に詰められそうになり泣きべそかいている佐吉に声を掛けた。
佐吉は嘉隆に助けられホッとした顔をしている。
「そう言うお前は誰じゃ?」
今度はその女の矛先は嘉隆に代わった。しかし今度は佐吉が加勢した。
「何を言う!お頭さまじゃ!」
と言う。台所方の中にも嘉隆の顔を知った者もいる。
「あっ!お頭さま!」
慌てて皆がひざまついた。その中には佐吉が目で追っていた小鈴もいた。彼女は慌てて洗い場の水溜めに洗い物を落としてしまった。けたたましい音がいた。
「良い良い、皆、普通にせよ」
嘉隆は皆を元の持ち場に戻るよう指示した。しかし………。
「これは!」
嘉隆は小鈴が落とした洗い物を指差した。船の中の備品か金属のものばかりで破損したものはない。
「佐吉、見てみぃ」
嘉隆は洗い物の水溜めの備品を指差す。箸入れであろうか?長がめの長方形の箸入れは沈んでいた。が、丸い小物入れは浮いている。
「これじゃ」
佐吉は何のことか解らず洗い場の水溜めを覗いた。
「お頭、何のことでございたすか?」
嘉隆は優しげに佐吉に話した。
「この細長い箸入れは沈んでおる。しかし…。この丸い小物入れは浮いている」
同じ金属製なのにである。確かに。
「形によるのでしょうか?」
船底の面積に対して船全体の体積を大きくしてやれば喫水は保たれる。つまり船は安定して浮かぶ。ただ当時の人はそこまでは解らない。
「しかし丸い船は造れませぬ」
佐吉は言う。方向が定まらないとも。また縦長にしないと櫓もほとんど出せない。
「解っておる」
嘉隆はうなずく。それゆえ、今までの安宅船より横巾比を拡げてみてはどうか?鉄板を貼り合わせも安定するのではないか?
「お頭、船脚は遅くなりますが……?」
佐吉はそう言った。同じ面積でも出来るだけ横巾を狭くして縦巾を長くすれば櫓の数も増やせる。船脚が伸びる。
「仕方あるまい。全部は望めぬ」
嘉隆は胸を撫で下ろした。そして、
「佐吉、ここで何をしておった?」
他の者には聞こえぬように小声で言った。
「それは………。あの…、」
と、歯切れが悪い。
「おの女(おなご)に見とれておったか?」
嘉隆は小鈴を指差しながら言った。佐吉はバツの悪そうな顔をしていた。
「構わぬ。それほど惚れておるなら一緒になってしまえ!」
嘉隆は上機嫌で台所から去って行った。佐吉と小鈴は互いの顔を見合わせて笑っていたのだった。
日を改めて船形の実験がなされた。船形の縮尺に合わせた鉄板が用意され膠で貼り合わせた。実際には釘留めで、釘穴は貫通させずにおく。また貼り合わせで釘を打つ際は釘に膠を塗り防水性を高める。など細かい打ち合わせもした。
全員を連れて、田城の池に鉄板を貼り合わせた船形を浮かべてみた。
『いよいよじゃ~』
嘉隆は大事に大事にそっと船形を池に浮かべた。船は喫水を保ち見事に浮かんだ。
「浮いたぞ。皆、見てみい」
嘉隆は近くにいた佐吉の肩を叩いた。
「佐吉、仙一、源助、与太」
皆、お互いを見回した。
いつも嘉隆の側で船のことを考えた佐吉。船形を何度もこしらえた仙一。爆破に絶える鉄板を何度もこしらえた源助。船を操縦する者の気持ちを代弁した与太。皆が一丸となってようやくここまでたどり着いた。
「とは言ってもまだまだ鉄の船ができた訳ではない」
嘉隆が言った。それから、
「先ず佐吉、鉄船の絵図面を引いてくれ」
「はい」
佐吉が返事した。
「それから仙一、その絵図面を元に船形を二つ作って欲しい。一つは信長公に絵図面と一緒にお届けする。頼んだ」
「かしこまりました」
仙一が頭を下げた。
「源助、忙しくなるぞ。鉄板を大量に作って貰わねばならぬ。急げよ」
「御意にございまする」
源助は笑って応じた。
「与太、大湊(伊勢)の作業場に詰め大型船を学び、また船大工に乗り手として助言せよ」
「承りました」
与太の笑顔が溢れている。
黒船が出来上がった訳ではない。しかし着実な一歩を踏み出したのであった。
『鉄の船は沈む。木の船は浮かぶ』
『しかし…。鉄の船は燃えない。木の船は燃える』
ブツブツ独り言を言い大手道の石段を下る。
ふいに誰からか声をかけられた。全く気付かなかった。
「おお大隅殿ではないか?」
嘉隆ははっとして振り返った。
「これは筑州様。考えごとをしており失念致しました」
自分を大事に引き立ててくれる滝川一益のライバル(競争者)である羽柴秀吉である。家中一の人タラシの秀吉は一益の派閥に属している嘉隆にも抜け目ない。誰にでも良い印象を与えることが何よりもの財産であると知っているからである。
「ぼんやりとされていたようじゃが?いかがなされた?」
秀吉が柔らかく問うた。それには目上の自分に挨拶をしなかったことを咎める眼ではなかった。何か気遣っているような眼をしていた。
「失礼致しました」
嘉隆は先ずは挨拶失念を詫び、そしてあらましを秀吉に語った。その間、秀吉は聞き上手に耳を傾け、時おり、相槌を打った。全てを聞き終わり秀吉は、
「難しい仰せじゃが、上様は決してできぬことは仰れぬお方じゃ。案ずることない。物の見方を変えると案外、できるかもじゃ」
と言った。そして、
「それも大隅殿が期待に沿えるお人ゆえの仰せじゃて」
と、言葉を加えて嘉隆の肩を叩いた。
「では、わしも上様に呼ばれてとるでなも」
と、明るく笑いながら背中を向けた。
下城し城下の拝領屋敷で一泊し志摩に戻る。その前に早馬を走らせ嘉隆の帰城後すぐに主立つ家臣や水主、船大工など九鬼党のほとんどを集まっておくように伝えておいた。
果たして、嘉隆が田城に帰ってくると大広間には九鬼党の主立つ者が集まっていた。
「皆の者に集まって貰ったのは他でもない」
と、嘉隆は一同を見渡すと声を掛けた。そして安土城でのことを縷々述べた。話が鉄の船の製作になった時、全員の顔色が変わった。鼻で笑う者。呆れ顔でそっぽ向く者。驚きの表情を隠せない者。
「そんなもん出来るはずない!!」
一人が言う。また、
「鉄の船なんぞ出来るはずもないわ!親方、そんなもん出来るならお日様が西から昇るわい」
など言う者もおり、さらには
「何故、殿はお断りせぬ!」
などと過激なことを言う者もいる。信長の恐ろしさを知らぬのか!と、嘉隆は言ってやりたかった。
嘉隆は全員が言いたいことを言い終わるまで待った。場が鎮静するまで何か言っても火に油を注ぐことになる。
「皆んなの言い分はあらかた解った」
一同を見渡して嘉隆が言った。
そして、
「しかし上様のご命令は如何ともしがたい」
「そこで………。わしと一緒に鉄船造りにつきおうてくれる者はのここに残れ。できぬと思う者は各自、持ち場に戻れ」
多くの者が去った大広間。数人だけがぽつんと残された。
父親が病で代わりにやって来た船大工の倅・佐吉。船形(模型)造りの仙一。鍛冶屋の後継ぎの源助、水主頭の倅・与太などである。皆んな嘉隆同様若い。
年かさの者達は鉄の船など余りにも滑稽だと思ったのか?馬鹿馬鹿しく考えたのか?さっさと部屋を去った。
まぁ仕方ない。年を重ねた者の経験は貴重だが、そのす経験が邪魔をすることもある。嘉隆は考えた。今はこの若者達と共に考え、かつ試行錯誤を繰り返すことにより前向きな結果を出していきたい。それには後ろ向きな考えを持つ人間は不要だ。物ごとが前に進まなくなるからである。
翌日から試行錯誤が始まった。先ずは当時の技術で船形全部の一枚物の鉄板(てついた)なんか造れない。出来る限り大きな鉄板を張り合わせて船を作っても浸水は免れない。漆などでの接合も考えたがとても海戦には耐えられまい。少しの衝撃で接合部は破断する。
ここは木造船に鉄板を貼り合わせて建造するしかあるまい。さればその板厚は?
村上水軍が用いる焙烙を模した鍋をこしらえ発破させてみる。鉄板の板厚は一分(3ミリ)は必要であろう。船形をつくらせその縮尺に合わせた鉄板を貼り合わせる。船形は辛うじて浮いているが………。
「喫水が保てませぬ」
水主頭の倅・与太が呻いた。それどころか船には兵が乗り込み、兵糧が積載され鉄砲や大筒(大砲)も並ぶ。喫水線を保つどころか満載するまでに沈むことだろう。
鉄板を五厘(1.5ミリ)に薄くしてみると横浪を受けても何とかなりそうだ。しかし焙烙を爆裂させたら今度は鉄板が耐えられなかった。鉄板の板厚は一分が最低でこれ以下は変形が著しくとてものこと譲れないようだ。
早くも壁にぶち当たる。船の高さを上げてみたが思ったほどの効果はなかった。多少、喫水線は下がるが、余り船の高さを大きくし過ぎると浅瀬で座礁してしまう。多数の河川が注ぎ込む大坂湾は川から運ばれた土砂が溜まり浅瀬をあちこちに形成している。そのため近代に大阪湾の浚渫が進むまで湾の水深を示す杭があちこちに打ち込まれていた。大阪市章の澪つくしはその標示だった。
「あまり船の高さは大きくはできまいな」
たくさんの実験をなし、少し疲れた。
「飯でもしようぞ」
嘉隆は皆に食事をふるまい、次回の談合は五日後とした。この若者達にも他に仕事はあろうし、嘉隆にも領主としての日常もある。
皆が食事を終え、居なくなった後………。嘉隆は部屋を出て、少し城内を宛もなく歩いた。そしてその歩みはいつの間にか裏方の台所に来ていた。
台所は二つの区画に分かれている。床と天井のある部分と両方ない部分とにである。
床や天井のある区画では出来上がった料理の盛り付けや配膳に使われ、そうでない区画は並んだ竈門で炊事をし、洗い場で洗い物をする。天井はないが屋根はある。背がある部屋は炊事の煙がこもらず大屋根の煙突から排気される。また洗い物は三和土に掘られた溝から外に排水される。そこでは女達が忙しなく働いていた。九鬼党では奥女中は少なく、船頭、水主や船乗や下級武士の奥方連中や娘達も一緒に働いていた。海賊(水軍)衆として他の大名家とは少し違っていた。
『おや~?』
嘉隆が思ったのはその風景ではない。物陰に若い男が潜んでいたからである。果たして佐吉であった。九鬼党の船大工棟梁の一人甚平の倅である。今回の鉄船造りで頑張ってくれている若者だ。
『あ奴、何をしておる?』
嘉隆はやはり物陰から佐吉を覗いていた。どうやら一人の娘を目で追っているようだ。なかなか隅に置けぬ奴。と、興味深く見ていると………。
「お前、何をしている!」
と台所で甲斐甲斐しく働くおなごの一人に佐吉が見つけられ叱らた。放っておいて少し困らせてやろうか?とは思ったがかわいそうなので助けてやることにした。
「こら、佐吉、わしはここじゃ!はぐれよって」
嘉隆は台所方の女達に詰められそうになり泣きべそかいている佐吉に声を掛けた。
佐吉は嘉隆に助けられホッとした顔をしている。
「そう言うお前は誰じゃ?」
今度はその女の矛先は嘉隆に代わった。しかし今度は佐吉が加勢した。
「何を言う!お頭さまじゃ!」
と言う。台所方の中にも嘉隆の顔を知った者もいる。
「あっ!お頭さま!」
慌てて皆がひざまついた。その中には佐吉が目で追っていた小鈴もいた。彼女は慌てて洗い場の水溜めに洗い物を落としてしまった。けたたましい音がいた。
「良い良い、皆、普通にせよ」
嘉隆は皆を元の持ち場に戻るよう指示した。しかし………。
「これは!」
嘉隆は小鈴が落とした洗い物を指差した。船の中の備品か金属のものばかりで破損したものはない。
「佐吉、見てみぃ」
嘉隆は洗い物の水溜めの備品を指差す。箸入れであろうか?長がめの長方形の箸入れは沈んでいた。が、丸い小物入れは浮いている。
「これじゃ」
佐吉は何のことか解らず洗い場の水溜めを覗いた。
「お頭、何のことでございたすか?」
嘉隆は優しげに佐吉に話した。
「この細長い箸入れは沈んでおる。しかし…。この丸い小物入れは浮いている」
同じ金属製なのにである。確かに。
「形によるのでしょうか?」
船底の面積に対して船全体の体積を大きくしてやれば喫水は保たれる。つまり船は安定して浮かぶ。ただ当時の人はそこまでは解らない。
「しかし丸い船は造れませぬ」
佐吉は言う。方向が定まらないとも。また縦長にしないと櫓もほとんど出せない。
「解っておる」
嘉隆はうなずく。それゆえ、今までの安宅船より横巾比を拡げてみてはどうか?鉄板を貼り合わせも安定するのではないか?
「お頭、船脚は遅くなりますが……?」
佐吉はそう言った。同じ面積でも出来るだけ横巾を狭くして縦巾を長くすれば櫓の数も増やせる。船脚が伸びる。
「仕方あるまい。全部は望めぬ」
嘉隆は胸を撫で下ろした。そして、
「佐吉、ここで何をしておった?」
他の者には聞こえぬように小声で言った。
「それは………。あの…、」
と、歯切れが悪い。
「おの女(おなご)に見とれておったか?」
嘉隆は小鈴を指差しながら言った。佐吉はバツの悪そうな顔をしていた。
「構わぬ。それほど惚れておるなら一緒になってしまえ!」
嘉隆は上機嫌で台所から去って行った。佐吉と小鈴は互いの顔を見合わせて笑っていたのだった。
日を改めて船形の実験がなされた。船形の縮尺に合わせた鉄板が用意され膠で貼り合わせた。実際には釘留めで、釘穴は貫通させずにおく。また貼り合わせで釘を打つ際は釘に膠を塗り防水性を高める。など細かい打ち合わせもした。
全員を連れて、田城の池に鉄板を貼り合わせた船形を浮かべてみた。
『いよいよじゃ~』
嘉隆は大事に大事にそっと船形を池に浮かべた。船は喫水を保ち見事に浮かんだ。
「浮いたぞ。皆、見てみい」
嘉隆は近くにいた佐吉の肩を叩いた。
「佐吉、仙一、源助、与太」
皆、お互いを見回した。
いつも嘉隆の側で船のことを考えた佐吉。船形を何度もこしらえた仙一。爆破に絶える鉄板を何度もこしらえた源助。船を操縦する者の気持ちを代弁した与太。皆が一丸となってようやくここまでたどり着いた。
「とは言ってもまだまだ鉄の船ができた訳ではない」
嘉隆が言った。それから、
「先ず佐吉、鉄船の絵図面を引いてくれ」
「はい」
佐吉が返事した。
「それから仙一、その絵図面を元に船形を二つ作って欲しい。一つは信長公に絵図面と一緒にお届けする。頼んだ」
「かしこまりました」
仙一が頭を下げた。
「源助、忙しくなるぞ。鉄板を大量に作って貰わねばならぬ。急げよ」
「御意にございまする」
源助は笑って応じた。
「与太、大湊(伊勢)の作業場に詰め大型船を学び、また船大工に乗り手として助言せよ」
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