天正の黒船

KEYちゃん

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安土伺候  あるいは不可能を可能に

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 頭上、甲高い声がした。
 この日本史上第一の類を見ない大天才の声が甲高いものであったことはイエズス会宣教師のルイス・フロイスが著した本国に向けての報告書『日本史』にも記載がある。
 しかもその声は威厳があり恐ろしげでその提案に否やを唱えられない鬼気迫ったものがあった。
「右馬允(うまのじょう)申し付けた!!」
その命に納得し了解の頭を下げるしかなかった。それは命じられた男が弱々しいからではない。むしろ猛き者である。
 九鬼右馬允、いや先ごろ主君の推挙で叙任し今は従五位下 九鬼大隅守嘉隆と名乗っている。いまでこそ志摩一国、と言っても三万石に満たない小国ではあるがこれを与えられ後には日本一の海賊大名と呼ばれるこの男が弱々しいはずもない。
 前にこの声の主が日本史上第一の大天才と言った。
同時代を生きた他の武将達と比べても織田信長のその天才ぶりは突出していると言っていい。彼に比べるとその夢を継いだ豊臣秀吉も天才ぶりが霞んでくるし、ましてや日本を再び重農主義に戻した徳川家康など苦労多い秀才ぐらいにしか見えない。
ましてや天下取りに何歩も及ばなかった武田信玄や上杉謙信など戦術優れた秀才と言ったところか。
 信長は他大名達が自分の領地からかき集めた農民兵であったのに比べ織田兵は税収で雇用された専業兵士であった。兵農分離と呼ばれるこの政策は秀吉により日本全国に及ぼされ刀狩令で完遂させた。江戸期の士農工商の嚆矢と言えた。
 楽市楽座もしかり。中世の古い権威者、公家や寺社が『座』と言う組織を持ち商人を免許制にしてその利益の一部を上納させていた。古い権威を持つ勢力に恐れを覚える権力者、つまり戦国大名といえどこの古い秩序を守る立場を取った。この古い秩序に恐れを全く感じなかったのは油座の商人出身の斎藤道三であり、その娘婿の信長は座を徹底的に破壊させた。自由経済の始まりであった。もし信長の治世やそれを継ぐ豊臣政権が長く続いていたら徳川期のような農本主義には移行せず重商主義が訪れていたであろう。

   さて、ここまでの顛末はこうだ。
    幼少期に父を喪い、年若な兄が志摩国の十三の国人領主を継いだ。この国人領主の中では九鬼衆が一番大きな勢力を有していた。と、言っても志摩国は六十余州で一番小さな国で石高にして一万数千石にすぎない。これを十三の有力者が分知している。国主は伊勢国の国主でもある北畠家である。九鬼嘉隆の頃の当主は具教と言う。古い家柄だけを遺産に食いつなぐ無能な当主であった。
    さて時は戦国。年若で経験の浅い新当主・九鬼浄隆が平凡に暮らせる時代ではない。他の十二の国人領主は九鬼家の所領を我先に食い散らかした。兄・浄隆は戦闘の中本拠の田城で倒れ、嘉隆は兄の子・澄隆と共に朝熊山に逃れたのだった
    その後、嘉隆は再起を期して知り合いを頼って三河に逃れるもそこで滝川一益と出会い、その配下として信長に仕えた。
    その後、長島の一向一揆攻略に水軍力で功績を挙げ、織田水軍の一角を担うようになったのがここまでの経緯である。

    長島の一向一揆攻略により晴れて志摩国の統治を信長から認められた嘉隆は仇となった十二の国人領主のうち協力的な数家は家臣として他は倒して志摩の領主として座った。この辺りのことはまた述べる機会があればお話ししたい。
    嘉隆は志摩国の統治と織田水軍の充実のため田城に替え、本拠を鳥羽に移すことにした。そのための絵図を持ち、鳥羽城の築城と本拠の移転の許可を求めて安土に伺候したのだ。
    城はまだ天主は足場が架かっていた。城の出入りの通路は多くの敵が攻められぬように細いのが普通だがこの城は違った。広い石積の大手道が続く。その両脇には武家屋敷が並び防御力を強めている。発想の転換と言うよりまず規模の大きさに嘉隆はたまげた。
『さすがに上様じゃわい』
嘉隆は圧倒された。これだけの普請に自分の鳥羽城が玩具にしか見えないではないか!そのようなことを思いながらほぼ完成した大手道を登った。
「これは左近将監さま」
滝川一益とすれ違った。今は配下ではないが、元の上司で彼を信長に引き合わせてくれた恩人である。
「右馬ではないか?いやいや今は大隅守殿か」
一益は笑って応じた。自分が引き上げた男の出世は嬉しい。
「はい。右馬でよろしゅうございまする」
嘉隆はこの度の伺候の要件を述べた。
「そうか。なかなか良い城じゃ~」
一益は絵図を見て褒めてくれた。

    信長は安土城では天主で生活していた。それはこの安土城だけで他の城主は天守の近くに御殿を築造してそこを住まいとしていた。が、今は普請中のため御殿に信長はいた。
    嘉隆は玄関口で小姓衆に登城した旨を告げた。事前に予定は伝えてある。広間に通され、そこでは伺候の理由を告げる。また持参した資料も預けて信長に見て頂けるよう近習にお願いした。
    思えば寂しものではある。清洲の頃や岐阜の頃の信長は何時でも謁見できた。事前の予約なしでも空いていたら気楽に会ってくれた。今はそうはいかない。登城の前に予定を伝え、了解をえて登城。そして必要な書類をお渡しして待つ。それで必ずお会いできるとは限らない。多くは『大儀であった』などの伝言を頂いて退席である。今回も多分、『大儀であった。築城 許す』の伝言で終わりであろう。

「大隅守殿、こちらに」
小姓が迎えに来た。確か森坊丸殿か?お気に入りの蘭丸の弟である。
「森殿、上様の元へでございますか?」
俸禄も年齢も下だが無碍にはできない。彼らの機嫌を損ねてはろくなことはない。信長にあることないことを告げられてはたまらない。
「左様にござる。拙者について来て下され」
案内されて後ろを歩む。
「心得申した」

   しばらく歩くと書院の間である。ここで信長に謁見する。
「九鬼大隅守が参りました」
小姓が信長に告げた。
襖が開きその場で座り一礼する。
「九鬼大隅にございまする」
平伏した。最近は九鬼家でも礼法や作法や茶の湯の師匠を招いている。海賊でも武家作法ぐらいできないと相手にしてもらえなくなったからだ。
「大隅殿、どうぞ中へ」
促されて中に入る。豪華絢爛とはこのような建物か?と嘉隆は目を丸くさせた。小姓から
「大隅殿」
と、言われる。そうだ。ここでもう一度、平伏か?嘉隆は慌てて頭を畳際まで下げた。
「面をあげよ」
ここでも信長の言葉ではく小姓の声だ。
「はっ」
少し頭を上げ、再び下げる。恐れ入る風を装うのだ。このようなことを繰り返して
「この度、上様におかれましてはご機嫌麗しく、そのご尊顔を拝し奉り恐悦至極に存じ上げ奉ります」
と、挨拶して再び平伏。その作業に痺れを切らしたのは他ならぬ信長であった。
「右馬允、海賊に礼法など似合わぬ。さっさと近うに寄れ」
そう言われて嘉隆は清洲の頃ように普通に信長の元に寄った。
「船入があって海に浮かぶ城のようじゃなぁ」
信長は嘉隆に二つ三つ尋ね上機嫌で築城を許した。

    その後、信長は軍船(いくさぶね)の絵図を広げた。
「これを見よ」
嘉隆は一瞥し、
「これは壮大なものにございますなぁ」
と漏らした。
「これこの近くで作らせておる。これを大坂の海に並べる予定じゃ」
信長はこれを琵琶の湖族や泉州の海賊に作らせて大坂に並べると言う。水軍も九鬼だけに委ねず他の勢力にも担わせて競わせるつもりだ。
「毛利水軍でごさいますか?」 
相手である。信長は本願寺を長く包囲しているが本願寺の力は強大で織田軍はいつも跳ね返されてきた。
大坂の地は海に近く川も複雑な形で流れている。兵糧も武器弾薬も海を制しない限りいくらでも補充できる。
「そうじゃ」
この大きな軍船を大坂湾に並べ村上水軍に対抗できるだろうか?難しい。嘉隆は即座に思った。その顔色の変化を信長は見逃さない。
「どうだ」
述べろ。と、言うのだ。信長の言葉は少ない。
「まず勝てませぬ」
嘉隆は即答した。近習の一人が、
「少し無礼ではないか?」
などと言うのを信長は制した。
「であるか」
とだけ言った。
「村上水軍は小早船などを多数大船に備え、この小早が厄介にございます」
嘉隆は語る。この早くて捕まえにくい小舟には焙烙と言って火薬の詰めた素焼の器や火矢を用いて基幹の船を攻撃する。火矢を船の側面に放ち焙烙を船中に投げ入れる。この焙烙を投げる専門の者が何人もいる。
「勝てぬか?」
「はい」
村上水軍は日本一の海賊だ。嘉隆とてまともに戦って勝てる気がしない。
「どうすれば勝てる?」
信長は嘉隆に聞く。大坂湾を封鎖しないと本願寺に勝てない。
「難しいことにございまする」
簡単に思い浮かぶほどの生易しい相手ではない。 
「うーむ。鉄の船でも造れれば負けませぬが………」
そう言って嘉隆は頭を抱えた。
信長の眼が光った。嘉隆は慌てた。そして頭を下げた。
「軽口でございまする。お許し下さいませ」
しかし信長はじっと天を見つめている。そして、
「そうじゃのぉ」
と信長は言う。
「鉄の船など軽口でございまする。お忘れ下さいませ」
嘉隆は全否定したが信長はまんざらでもない顔をしている。
「鉄の船か?それは良いのぉ」
信長は興奮している。
「やってみい」
鉄の船造りを?冗談ではない。そのようなもの出来るはずもない。ちなみにアメリカが浦賀沖に黒船を並べて日本人の度肝を抜くのはこれから四百年弱経ってからである。反射炉などを建造して製鉄が始まるのはこれから二百年ほど先のことである。
「鉄の船など出来ようはずございませぬ」
嘉隆は必死で信長に告げた。不可能だ。が、信長は笑っている。さもあるまい。
「鉄の鍋は水に浮く」
とだけ信長は言った。鍋が水に浮かぶなら船も浮くであろう。
   心が決まってからの信長は早い。船の大きさの一枚物の鉄の板など造れないこと。張り合わせで造船するとすき間から浸水する。とか嘉隆は述べたが信長は聞き入れない。
「工夫せえ」
そこを工夫するのがお前の仕事だ!と言わんばかりだ。そして、冒頭の
「右馬允、申し付けた」
であった。ここから嘉隆の苦悶の日々が始まるのだった







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