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愛情の水
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「ただいま」
俺の声が、1LDKの家全体に響き渡った。
返ってくる声は勿論無い。
俺はいつものように、リビング左の彼女の部屋を開け、仏壇の前で彼女の写真に向かってただいまと呟いた。
俺の彼女は、1週間程前、この世から姿を消した。
彼女が自らその道を選んだことを俺は、受け入れられずにいた。
彼女は、売れかけの女優であった。最初は、ファッション誌のモデルや深夜ドラマのちょい役として出るだけでもとても喜んでいたが、どんどんと知名度は上がっていき、バラエティ番組のゲストやゴールデンタイムのドラマのちょい役として出れるくらいの知名度になっていて、ファンも一定層いた。
そんな、順風満帆に見えた彼女の生活から、今の現実など想像出来るはずもなかった。
俺は、彼女が好きだった白い百合の花を買ってきて花瓶に水と一緒に入れた。それを、彼女の仏壇横の台の上に乗せる。透明な花瓶にはいった白い百合は、仏壇の黒とも相まって、より一層の目立って見えた。
そこで俺はようやく一息ついて、リビングに戻り、冷蔵庫を開け、ペットボトルを取り出して、コップに水を注いだ。
リビングのまっさらなテーブルの上に、コップを置いて、椅子に座る。
ただただぼんやりとコップに入った水を見つめながら、俺はこれまでの思い出していた。
「私これから、もっと仕事忙しくなりそうなんだよね」
「え、そうなの?」
「うん。だから帰って来れなくなる日多くなるかもしれない」
「じゃあその前に俺たちのことご両親に挨拶しとかなきゃいけないね」
「うーん別に、それは後でもいいかな」
「大丈夫なの?それで」
「うん。今まで言ってなかったけど、私両親とあまり仲良くないから」
「でも、挨拶はちゃんとしないとなんか悪い気がして」
「いいよそんなこと、私、寝るね」
「ああ、うん。おやすみ」
その日から彼女は家に帰ってこなくなった。
彼女は、メールで直近の状況をこまめに教えてくれて、頑張っていることが知れたので何も不安は無かったし、俺も仕事が忙しかったから、彼女の両親に挨拶するという話はいつの間にか消えていた。
でもいつの日か、もう今じゃ遠い昔のようなある夜、彼女から一通のメールが届いた。
「今夜、空いてる?話したいことがあるんだけど」
それは突然だった。俺はとても驚いた。何故かって、彼女はこれまで自分から何か僕に誘うことなんて無かったから。
しかし、俺はその誘いを断ってしまった。仕事のノルマが終わらず、どうしても残業をせざるおえない状況にあった。
ごめん、今日残業があるからとそれだけうって俺は仕事に戻った。彼女の返信は、「わかった。また今度ね」とそれだけだった。
その2日後、彼女は亡くなっていたことを知った。彼女は、その前日に亡くなっていたらしいが、俺は、2日後の朝、ネットニュースを見るまで気づかなかった。その訃報を知った瞬間、全身総毛立って、全身から冷や汗が吹き出した。身体はガクガクと震え、顔は鏡で見ていたら色がわかるほどに青ざめていたと思う。その日から俺は何も考られなくなり、仕事が手につかなくなった。
残ったのは、後悔と罪悪感。
俺があの時、彼女に連絡をしていれば彼女は早まらなかったかもしれない。踏みとどまれたのかもしれない。
考えれば、考えるほど、俺が殺してしまったようなものなのかもしれないという思考に至って自分を追い込んで、食べ物も喉に通らなかった。
その後に彼女に親しかった人間として、俺に届いた遺書。
俺は、受け取れないと言ったのだが、彼女のマネージャーがどうしてもと言うから受け取れざるおえなかった。
あの遺書は、今なお読めていない。
後悔と罪悪感からか、怖くて読めなかった。
俺は、グッとコップに入った水を飲む。その水が喉を通って、胃にたまる感覚はあったが、満たされることなどなく、喉は乾ききったままだった。
そして俺は、水を飲み干した後、何かを決意して、あの日、彼女がそうしたように、一番信頼出来る人物に、中学時代からの親友に、メールを送った。
「今夜、空いてるか?話したいことがあるんだが」
返事は数分後に帰ってきた。仕事が早く終わったらしくOKということだった。
俺はいつもの居酒屋集合と送って、ゆっくりと出かける支度をした。家からは歩いて十数分と近所なので余裕があった。
「おう、久しぶり」
俺が店に着いた時には、彼はもう店の前に着いていていつものように、俺に手を振った。
店内に入ると、客が多く、ガヤガヤとしていたし、折行った話をするということもあって、個室を選んだ。
「珍しいな。お前から誘うなんて」
「ああ、ちょっと相談したいことがあってだな」
「相談か」
彼は少し俯いてそう呟いた。
「彼女のことか?」
そして少し間を開けてから真剣な眼差しで、落ち着いた声でそう言った。
「ああ」
俺はそう答え、ゆっくりと話し始めた。
これまでの経緯や自分の思いなどのありとあらゆること丸ごと全て話した。
「事情は把握した。つまり、お前は、あの日のことを悔やんで、後悔して、どうすればいいのか分からないってことか」
「情けないと思うかもしれないが、そうだ」
「情けなくなんかねぇよ。死は、自分で選ぶもんだ。お前があの日、連絡してようがしてまいが、この道を決めたのは彼女だ。」
「...」
俺は、それを聞いても押し黙ったままだった。
「そうだなぁ...これは、昔、教師やってた親から聞いた話なんだが」
少しの沈黙の後、半酔いの彼はそう言って、話し始めた。
「愛情の水って知ってるか?」
「さぁ、聞いたことないな。」
「人には愛情を受け取る器、コップとしよう。それが必ず誰しもある。そのコップに、誰かの愛情の水が注がれた時、人は幸せに感じるし、満たされた豊かな人生を送っていけるんだ。一概には言えないが、お前の彼女は、その水が無くなってコップが空になってしまったんだろうなと俺は思う」
「でも、周りから愛される存在であった。これからもっと有名な女優になるとこでもあったし、これから俺と結婚だって、、」
「愛情の水でも、いろんな色の水があるんだよ。コップにもな。コップと違う色の愛情の水を入れても意味が無い。どれだけ注がれようとも同じ色同士でなければね。彼女のコップは何色だった?彼女が欲していた愛情の水の色は?おそらくだが、彼女が受けていた愛情と求めていた愛情は違ったんじゃないのか。そうだな、、俺が思うに、家族愛とかだったんじゃないか?」
家族愛。彼女は、家族のことになるといつもその話題を避けていた。だから俺も察して、話さないようにしていた。彼女確かに、家族愛を飢えていて、それを欲していたのかもしれない。
そして、俺はどれだけ彼女に親しくて、愛し愛されていても、彼女の本当の家族にはなれなかった。彼女のコップを水で満たすことは出来なかったのだ。
「それでもまだ、後悔はあるか?」
「...分からない」
「お前に対しての愛情のコップもあったかもしれないと考えれば、後悔は消えないかもしれないな」
「...」
図星をつかれて俺は声が出なくなった。やはりあそこで俺が連絡をしなかったから。
そして俺の親友は、俺の肩を掴み、顔を覗き込んで目を合わせてこう言ってきた。
「お前、いつまで逃げてるつもりなんだ」
彼の目は真剣そのものでありながら、僕を脅迫するような目ではなく、俺を試すかのようなあくまで余裕すら感じさせる遠くを見透かしたかのような目で、表情は半笑いの落ち着いて崩れたものだった。
「逃げる..?」
俺には逃げている自覚が無かったから、素っ頓狂な声が出た。
「逃げてるだろう。彼女と向き合ってない。本当に彼女に申し訳ないことをしたのなら、仏壇の前で謝って許しを乞う自己満足な謝罪なんて逃げだ。君は彼女の本当の想いを知るべきなんだよ。逃げずにね」
俺は、彼のその言葉を聞いて、はっとした。
俺はなんて愚かなんだろう。彼女の想いをいつまでも決めつけて、謝って、逃れていた。勝手に罪悪感を感じ、彼女を恐れてすらいたのだ。そんな俺に今更向き合う権利などあるのだろうか。
「まだ遅くは無いさ、逃げずに向き合うんだよ。我が親友、お前、いつもの元気とやる気はどうしたんだよ。俺よりも何倍も活発なお前がさ。ほら、今日はもっと飲めよ」
「ほんと、いつもありがとうな」
俺は心の底から彼に感謝した。
「おうよ。昔はお前に助けられてばっかりだったからな。仮を返せてこちとら満足だよ」
彼は、片手に酒を持ちながら、高笑いして満足そうな笑みでそう答えた。
俺はそんな彼の表情を見ながらグビっといっぱい呷って、本当にこいつが親友で良かったと思った。
彼と別れ、俺は家へと帰った。
俺は、家に帰ると直ぐにベットに横たわった。時計を見るともうすぐで23時になるところだった。
俺はそのままぐったりと眠ってしまっていて、いつの間にか朝になっていた。
「おはよう」
ふと、彼女の声が聞こえたような気がした。リビングのテーブルに座って俺に笑顔で挨拶する彼女の姿が残像として脳裏に過った。しかし空いていた窓から強い風が吹き抜け、瞬きをすると実際のテーブルにはもちろん誰もいなかった。
昨日飲みすぎたのか。まだ寝ぼけているようだ。
俺は、顔を洗って、寝癖を直し、鏡に向き直る。鏡に反射した自分の顔は、決意の表情を形取っていた。
「遺書、読ませていたただきます」
俺は仏壇の前に向かい、手を合わせて、そう言ってから彼女の遺書を手に取って読み始めた。
-君がこの手紙を読んでいる頃、私はこの世に、きっと居ないでしょう。君には伝えたいことが山ほどあったので、遺書に残します。
私は、他の人から見たら、十分すぎるほど恵まれていた環境にありました。それは事実です。
でも、私には大きな悩みがあり、それは今後も解決する見込みはないんだと悟りました。そして、その悩みは、今後の人生、私を苦しめて、全てを壊していくという真っ暗な未来しか見えなかったのです。私は弱かった。誰にも打ち明けられなかったし、我慢もできなかった。何よりもちゃんと向き合う事が出来ずに逃げていました。
そんな私を、最後まで勇気づけてくれたのが君でした。
君は、私に色々なことを教えてくれました。人と話すことがこんなにも楽しいこと。なにかに夢中になることがあれほど楽しいこと。そして恋することが誰かを愛することが言い表せられないほど、楽しくてそれでいて辛くて、幸せだったこと。
本当に君には迷惑をかけっぱなしで、そして最後もこんな別れになってしまって、本当に申し訳ない気持ちでいっぱいです。本当にごめんなさい。
君はいい人だから、自分を責めると思います。でも、君は何一つ悪くないよ。私が弱かっただけ。だから自分を責めないで。
最期の最後まで、わがままな私ですみません。
最期に、私の最後のわがままを聞いてください。
君は、私の為にも、生きて下さい。勝手に死んで、自分には生きろって言うなんてほんとに身勝手なやつだなって思うかもしれません。
その通りです。でも、身勝手でもいいから、君には生きて欲しい。私の分も。それが、私の最期の最後のわがままであり、願いです。そして、死んだ私が馬鹿だったって思えるほど最高の人生を送ってください。
いままで、本当にありがとうございました。-
俺は、頬を大粒の涙で濡らしていた。
この手紙は、俺へ手向けたものであった。彼女は最期の最後まで、自分の幸せより、俺の幸せを願ってくれていた。俺を恨んでいるとかそんな感情は1ミリもなく、彼女の心は、純粋で、透き通っていた。まさに水のようであった。その彼女の想いが自分の心に染み込んでいく感覚があった。
遺書が、俺へ向けた彼女の心とも言える手紙が、俺の涙で滲んでいく。
慌てて閉じて、元にあった場所へ置いた。その後俺はずっとその場から動けず、静かに泣いていた。
数時間後、ようやく落ち着いて、彼女の心を胸に俺は、生きていく決意をした。
仏壇の彼女の写真に、きちんと向かい合って。
するとあることに気づいた。俺が買ってきた白い百合の花は、もう枯れていて、花弁が落ちていたのである。
俺は、白い百合を花瓶から取り出して、捨てようかとしたが、その百合にまた新たに蕾があることに気づいた。
俺は、また花瓶に新しい水を入れる。
花瓶へ心地よい音を立てながら入っていく水が、泡を立てて透き通っていて、とても神秘的で綺麗に見えた。
俺の声が、1LDKの家全体に響き渡った。
返ってくる声は勿論無い。
俺はいつものように、リビング左の彼女の部屋を開け、仏壇の前で彼女の写真に向かってただいまと呟いた。
俺の彼女は、1週間程前、この世から姿を消した。
彼女が自らその道を選んだことを俺は、受け入れられずにいた。
彼女は、売れかけの女優であった。最初は、ファッション誌のモデルや深夜ドラマのちょい役として出るだけでもとても喜んでいたが、どんどんと知名度は上がっていき、バラエティ番組のゲストやゴールデンタイムのドラマのちょい役として出れるくらいの知名度になっていて、ファンも一定層いた。
そんな、順風満帆に見えた彼女の生活から、今の現実など想像出来るはずもなかった。
俺は、彼女が好きだった白い百合の花を買ってきて花瓶に水と一緒に入れた。それを、彼女の仏壇横の台の上に乗せる。透明な花瓶にはいった白い百合は、仏壇の黒とも相まって、より一層の目立って見えた。
そこで俺はようやく一息ついて、リビングに戻り、冷蔵庫を開け、ペットボトルを取り出して、コップに水を注いだ。
リビングのまっさらなテーブルの上に、コップを置いて、椅子に座る。
ただただぼんやりとコップに入った水を見つめながら、俺はこれまでの思い出していた。
「私これから、もっと仕事忙しくなりそうなんだよね」
「え、そうなの?」
「うん。だから帰って来れなくなる日多くなるかもしれない」
「じゃあその前に俺たちのことご両親に挨拶しとかなきゃいけないね」
「うーん別に、それは後でもいいかな」
「大丈夫なの?それで」
「うん。今まで言ってなかったけど、私両親とあまり仲良くないから」
「でも、挨拶はちゃんとしないとなんか悪い気がして」
「いいよそんなこと、私、寝るね」
「ああ、うん。おやすみ」
その日から彼女は家に帰ってこなくなった。
彼女は、メールで直近の状況をこまめに教えてくれて、頑張っていることが知れたので何も不安は無かったし、俺も仕事が忙しかったから、彼女の両親に挨拶するという話はいつの間にか消えていた。
でもいつの日か、もう今じゃ遠い昔のようなある夜、彼女から一通のメールが届いた。
「今夜、空いてる?話したいことがあるんだけど」
それは突然だった。俺はとても驚いた。何故かって、彼女はこれまで自分から何か僕に誘うことなんて無かったから。
しかし、俺はその誘いを断ってしまった。仕事のノルマが終わらず、どうしても残業をせざるおえない状況にあった。
ごめん、今日残業があるからとそれだけうって俺は仕事に戻った。彼女の返信は、「わかった。また今度ね」とそれだけだった。
その2日後、彼女は亡くなっていたことを知った。彼女は、その前日に亡くなっていたらしいが、俺は、2日後の朝、ネットニュースを見るまで気づかなかった。その訃報を知った瞬間、全身総毛立って、全身から冷や汗が吹き出した。身体はガクガクと震え、顔は鏡で見ていたら色がわかるほどに青ざめていたと思う。その日から俺は何も考られなくなり、仕事が手につかなくなった。
残ったのは、後悔と罪悪感。
俺があの時、彼女に連絡をしていれば彼女は早まらなかったかもしれない。踏みとどまれたのかもしれない。
考えれば、考えるほど、俺が殺してしまったようなものなのかもしれないという思考に至って自分を追い込んで、食べ物も喉に通らなかった。
その後に彼女に親しかった人間として、俺に届いた遺書。
俺は、受け取れないと言ったのだが、彼女のマネージャーがどうしてもと言うから受け取れざるおえなかった。
あの遺書は、今なお読めていない。
後悔と罪悪感からか、怖くて読めなかった。
俺は、グッとコップに入った水を飲む。その水が喉を通って、胃にたまる感覚はあったが、満たされることなどなく、喉は乾ききったままだった。
そして俺は、水を飲み干した後、何かを決意して、あの日、彼女がそうしたように、一番信頼出来る人物に、中学時代からの親友に、メールを送った。
「今夜、空いてるか?話したいことがあるんだが」
返事は数分後に帰ってきた。仕事が早く終わったらしくOKということだった。
俺はいつもの居酒屋集合と送って、ゆっくりと出かける支度をした。家からは歩いて十数分と近所なので余裕があった。
「おう、久しぶり」
俺が店に着いた時には、彼はもう店の前に着いていていつものように、俺に手を振った。
店内に入ると、客が多く、ガヤガヤとしていたし、折行った話をするということもあって、個室を選んだ。
「珍しいな。お前から誘うなんて」
「ああ、ちょっと相談したいことがあってだな」
「相談か」
彼は少し俯いてそう呟いた。
「彼女のことか?」
そして少し間を開けてから真剣な眼差しで、落ち着いた声でそう言った。
「ああ」
俺はそう答え、ゆっくりと話し始めた。
これまでの経緯や自分の思いなどのありとあらゆること丸ごと全て話した。
「事情は把握した。つまり、お前は、あの日のことを悔やんで、後悔して、どうすればいいのか分からないってことか」
「情けないと思うかもしれないが、そうだ」
「情けなくなんかねぇよ。死は、自分で選ぶもんだ。お前があの日、連絡してようがしてまいが、この道を決めたのは彼女だ。」
「...」
俺は、それを聞いても押し黙ったままだった。
「そうだなぁ...これは、昔、教師やってた親から聞いた話なんだが」
少しの沈黙の後、半酔いの彼はそう言って、話し始めた。
「愛情の水って知ってるか?」
「さぁ、聞いたことないな。」
「人には愛情を受け取る器、コップとしよう。それが必ず誰しもある。そのコップに、誰かの愛情の水が注がれた時、人は幸せに感じるし、満たされた豊かな人生を送っていけるんだ。一概には言えないが、お前の彼女は、その水が無くなってコップが空になってしまったんだろうなと俺は思う」
「でも、周りから愛される存在であった。これからもっと有名な女優になるとこでもあったし、これから俺と結婚だって、、」
「愛情の水でも、いろんな色の水があるんだよ。コップにもな。コップと違う色の愛情の水を入れても意味が無い。どれだけ注がれようとも同じ色同士でなければね。彼女のコップは何色だった?彼女が欲していた愛情の水の色は?おそらくだが、彼女が受けていた愛情と求めていた愛情は違ったんじゃないのか。そうだな、、俺が思うに、家族愛とかだったんじゃないか?」
家族愛。彼女は、家族のことになるといつもその話題を避けていた。だから俺も察して、話さないようにしていた。彼女確かに、家族愛を飢えていて、それを欲していたのかもしれない。
そして、俺はどれだけ彼女に親しくて、愛し愛されていても、彼女の本当の家族にはなれなかった。彼女のコップを水で満たすことは出来なかったのだ。
「それでもまだ、後悔はあるか?」
「...分からない」
「お前に対しての愛情のコップもあったかもしれないと考えれば、後悔は消えないかもしれないな」
「...」
図星をつかれて俺は声が出なくなった。やはりあそこで俺が連絡をしなかったから。
そして俺の親友は、俺の肩を掴み、顔を覗き込んで目を合わせてこう言ってきた。
「お前、いつまで逃げてるつもりなんだ」
彼の目は真剣そのものでありながら、僕を脅迫するような目ではなく、俺を試すかのようなあくまで余裕すら感じさせる遠くを見透かしたかのような目で、表情は半笑いの落ち着いて崩れたものだった。
「逃げる..?」
俺には逃げている自覚が無かったから、素っ頓狂な声が出た。
「逃げてるだろう。彼女と向き合ってない。本当に彼女に申し訳ないことをしたのなら、仏壇の前で謝って許しを乞う自己満足な謝罪なんて逃げだ。君は彼女の本当の想いを知るべきなんだよ。逃げずにね」
俺は、彼のその言葉を聞いて、はっとした。
俺はなんて愚かなんだろう。彼女の想いをいつまでも決めつけて、謝って、逃れていた。勝手に罪悪感を感じ、彼女を恐れてすらいたのだ。そんな俺に今更向き合う権利などあるのだろうか。
「まだ遅くは無いさ、逃げずに向き合うんだよ。我が親友、お前、いつもの元気とやる気はどうしたんだよ。俺よりも何倍も活発なお前がさ。ほら、今日はもっと飲めよ」
「ほんと、いつもありがとうな」
俺は心の底から彼に感謝した。
「おうよ。昔はお前に助けられてばっかりだったからな。仮を返せてこちとら満足だよ」
彼は、片手に酒を持ちながら、高笑いして満足そうな笑みでそう答えた。
俺はそんな彼の表情を見ながらグビっといっぱい呷って、本当にこいつが親友で良かったと思った。
彼と別れ、俺は家へと帰った。
俺は、家に帰ると直ぐにベットに横たわった。時計を見るともうすぐで23時になるところだった。
俺はそのままぐったりと眠ってしまっていて、いつの間にか朝になっていた。
「おはよう」
ふと、彼女の声が聞こえたような気がした。リビングのテーブルに座って俺に笑顔で挨拶する彼女の姿が残像として脳裏に過った。しかし空いていた窓から強い風が吹き抜け、瞬きをすると実際のテーブルにはもちろん誰もいなかった。
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俺は、顔を洗って、寝癖を直し、鏡に向き直る。鏡に反射した自分の顔は、決意の表情を形取っていた。
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でも、私には大きな悩みがあり、それは今後も解決する見込みはないんだと悟りました。そして、その悩みは、今後の人生、私を苦しめて、全てを壊していくという真っ暗な未来しか見えなかったのです。私は弱かった。誰にも打ち明けられなかったし、我慢もできなかった。何よりもちゃんと向き合う事が出来ずに逃げていました。
そんな私を、最後まで勇気づけてくれたのが君でした。
君は、私に色々なことを教えてくれました。人と話すことがこんなにも楽しいこと。なにかに夢中になることがあれほど楽しいこと。そして恋することが誰かを愛することが言い表せられないほど、楽しくてそれでいて辛くて、幸せだったこと。
本当に君には迷惑をかけっぱなしで、そして最後もこんな別れになってしまって、本当に申し訳ない気持ちでいっぱいです。本当にごめんなさい。
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最期の最後まで、わがままな私ですみません。
最期に、私の最後のわがままを聞いてください。
君は、私の為にも、生きて下さい。勝手に死んで、自分には生きろって言うなんてほんとに身勝手なやつだなって思うかもしれません。
その通りです。でも、身勝手でもいいから、君には生きて欲しい。私の分も。それが、私の最期の最後のわがままであり、願いです。そして、死んだ私が馬鹿だったって思えるほど最高の人生を送ってください。
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俺は、頬を大粒の涙で濡らしていた。
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遺書が、俺へ向けた彼女の心とも言える手紙が、俺の涙で滲んでいく。
慌てて閉じて、元にあった場所へ置いた。その後俺はずっとその場から動けず、静かに泣いていた。
数時間後、ようやく落ち着いて、彼女の心を胸に俺は、生きていく決意をした。
仏壇の彼女の写真に、きちんと向かい合って。
するとあることに気づいた。俺が買ってきた白い百合の花は、もう枯れていて、花弁が落ちていたのである。
俺は、白い百合を花瓶から取り出して、捨てようかとしたが、その百合にまた新たに蕾があることに気づいた。
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