サクッと読める面白短編集

内海 裕心

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から傘お化け

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 夏休みが終わりに近づいていたが、日傘が必要なほどのギラギラとした光線銃を浴びせるような日差しが強い日が続いていた。

 今日も同じように炭酸飲料を飲みながら、連中と街を歩き、白い壁を見つけては、スプレーで落書きした。

 公園に行き、石を拾って、遊具に落書きした的に当てる遊びや、缶けりなど幼稚な遊びをするのはこの歳になっても楽しかった。

「おい、力哉。お前また缶強く蹴りすぎただろ、もう潰れてんぞ」


「あーあーごめんごめん。俺、力の加減できねえからよお」

「ったく相変わらずだよなぁ。力哉お前、小学校の頃も何個鉛筆折ったっけ。それに今もシャーペン使えないんだろ?」

「俺にシャーペンは合わねえからな。あんな細い芯すぐ折れちまう。まあ鉛筆でも折れる時は折れるけどな」

「はは、さすが力の力哉だな。俺は小学校低学年からずっと同じ筆箱だぜ?俺を見習えよ」

「それはすげぇな。俺には到底無理だ」

 俺は昔っからすぐものを壊してしまう物持ちの悪いタイプだった。力哉という名前通りに力も強かったが、ただ力が強いだけでなく、扱い方も乱暴で、母親には金がかかる子だとよく怒られる。だから、同じ筆箱をいつまでも使ってる物持ちの良いダチのような、愛用の物を持ってる奴の気は分からなかった。

 今日も遊び尽くして、一日が終わった。夏休みの日々がどんどんと失われていく。この絶望感といえば、他に表しようがない。

 俺の場合、夏休みの宿題を最後まで溜め込むタイプであり、ラストを締め飾る強敵と言えば、読書感想文だった。

 中学生にもなって、読書感想文をかかなきゃいけねぇのは本当に面倒だった。

 今日も、連中は遊ぶみたいだったが、俺は図書館へ行くこととした。

 俺はこういう所が生真面目な性格だなと思う。多分俺以外の連中はみんなやらずに後で先行にこっぴどく叱られるんだろう。俺はそれがだるいのだ。

 図書館で本を読んで、作文用紙に適当に書きなぐったあと、俺は図書館を出ようとした。

 外を見るとさっきまで晴れていた天気が急転し、土砂降りの雨となっていた。まさに夕立というやつだ。

 俺は傘を持ってきていなかった。でも濡れたくもなかった。そこで俺は、図書館の傘立てを見た。そこに立てかけてあったのは黄土色の傘、一本だけだった。

 俺はその傘を手に取り、図書館を後にした。

 土砂降りの雨の中、俺は盗んだ傘を差して歩いていた。

 傘は開きにくく傘の中棒や受骨部分の金属が錆びていたし、布に小さな穴がところどころ空いていた。

 古い傘なんだろうと思った。

 家に着き、家の門を傘を閉じずに強引に抜けようとすると、門の棒の端に傘の布が引っかかり、そこが破けてしまった。

「あーあ」

 小さな穴が出来ていたところにちょうど引っかかったのだろう。その穴が大きく破け、使い物にならなくなってしまった。

 長く使われていた古い傘、そして盗んだものであるから、俺は少しの罪悪感を感じたが、家の庭にある物置の茂みにその傘を放り投げて、家の中に入った。

 次の日の朝は快晴だった。

 こんな気持ちのいい晴れの日には俺は、家の庭へと出て、軽くストレッチするのが朝の日課となっていた。

 俺の家の庭は広く軽くキャッチボール出来るようなスペースがある。今は草が鬱蒼と生えていて出来ないし、スペースも取られているがそれでも広い庭だった。

 俺は庭をストレッチしながら歩き回っていると、昨日傘を捨てた物置の近くの茂みが揺れ、ガサガサと音がした。

 俺はその音に身を屈ませ、ゆっくりと近づくと、急にその草の茂みから何かが飛び出して、俺はその拍子で、後ろに尻もちを着いてしまった。

「っつ、、いってぇ」

「いやあー驚かせて済まないね」

「うわあああああああああああああ」

 俺は顔を上げた途端に絶叫した。

 昨日捨てた傘の柄の部分に一本足が生え、その足は下駄を履いていて、傘の布から手が飛び出し、ひとつの目玉も付いていて、そして舌が長く垂れ下がっていた。

 これが妖怪アニメでよく見るあの、から傘小僧、から傘お化けというやつかと頭の中で理解したが、それが俺の目の前に現れ、俺に向かって喋っているというこの摩訶不思議な状況に頭の処理は追いつかなかった。

 まず、この奇妙な妖怪という存在がこの世に存在していたことに俺は驚愕した。

「そんなに驚かなくてもいいじゃないか。それとも僕が怖いのかい?」

「ああ、怖いよ。お前妖怪か?ホントにいるんだな妖怪なんて」

「ああいるよ、こうして君の前に立ってるしね」

「なんで出てきたんだよ、俺の前に」

 から傘お化けは、俯いて、目を閉じ、少し黙ってから、急に目をパッと開き、言った。

「お前を食べてしまうためだ」

 声色を変わり、ドスの効いた悪魔のような声だった。

「え?」

 俺を睨み、そして、不気味なステップをしながら近づいてくる。

 だらんと垂れた長い舌が左右に揺れ、目の前の食事を見て、舌なめずりするかのようだった。

 そして、俺はついに追い込まれ、尻もちをつき、地を這いながら後退する。

 ズボンで砂を引きずりながら、何歩が下がったら、家の壁にぶつかった。

 もう、逃げ場は無い。やばい。やられる。

 から傘お化けはそんな俺を見て、ニヤリと笑ったような表情をし、俺に手を伸ばした。

「やめろ!やめろ!!くるなあああああああ」

 その伸びた手が、俺の顔を触れようとして、俺は目をぎゅっと瞑る。

 しかし、顔に触れる直前で、その手がピタッと止まった。

「ま、冗談なんだけどね」

「は、、、?」

 から傘お化けは、そう言って舌を閉まってから、ぺろっとだしてお茶目に笑った。

「ただ君を驚かせたいだけだよ、、、いやあいい表情してたなあ、最高」

「くそ、、なんなんだよガチでビビったじゃねえか」

「はぁ~満足満足、、それじゃ僕ちょっと疲れたから、もう行くね」

「あ、おい!」

 から傘お化けはそう言って、踵を返して、茂みの奥深くへと消えていった。

 その後、その茂みをそーっと覗いてみると、あの特徴的な壊れた傘だけが、茂みの中に落ちていた。マジでなんだったんだよ、、、俺を驚かしたいだけだったのか、、、?本当に??

 翌日、俺は昨日の出来事がずっと頭の中に残っていた。奴は何のために俺の前に現れたのだろう。そしてあの光景は本当に現実だったのか、訳が分からなかった。

 しかし、その疑問は今日でハッキリすることとなった。

 今日もあの、庭に行けば、、あいつはいるのだろうか、、、そんなことを今日一日、考えながら学校で過ごすこととなっていた。俺はあのから傘お化けのことで頭がいっぱいだった。

 そのせいか俺は、リュックを持ちそのまま乱暴に、そして乱雑に教科書や文房具類を入れると、「痛っ!」という声が聞こえた。

「え?」

 俺は周囲をを見渡すが、母親は台所にいて、父親はもう仕事へ出かけていたので家にはいない。テレビも消えていたし、そんな声聞こえるわけがなかった。

 その時は空耳だと思って、俺は靴の踵を踏んで、家を出た。

「ちゃんと履いてよ。癖になるし、痛いんだよ」

 学校へ向かい、歩いている時、そうハッキリと耳に聞こえて、俺はビクッと肩をあげる。

 その声は、俺の足元から聞こえてきた。

「ねぇ、聞いてる?」

 靴は、目玉を出してこっちを見ながらそういった。

 俺は思わず、靴を脱ぎ、その場に尻もちを着く。

 周囲を歩いていた人が、全員が俺の方を向き、驚いた顔をしていた。

 やはり、あのから傘お化けと同じで俺以外の人間は見えていないし、聞こえていない。

 校舎に入り、俺は、靴を慌てて靴箱にしまい上履きに履き替える。いつもなら踵を踏んでいるが踏まなかった。

 教室のドアを開け、席に着き、教科書や筆箱などを机の上にぶちまける。

 俺はその声の多さと、視線の多さに気がおかしくなりそうだった。

「なんだよ、これ。気持ち悪い。やめろ、やめてくれえええええええええええええええ」

 家に帰り、俺は閉じこもったが、全ての物が俺に喋りかけてくるので、いてもたっても居られず、俺はアイツの仕業だと思い、真意を確かめに行くことにした。

 俺が庭に行くとやはり、一つ目の不気味でありながら、少し滑稽に、踊るように一本足でけんけんを踏んでいるあいつが居た。

「やあ、昨日ぶりだね。」

「おい、お前の仕業か?」

「ん?なんのこと?」

「とぼけるんじゃない。俺の身の回りの物が全て生きてるんだよ」

「ああ、その事か」

「君には、物にも痛みがあることを知って欲しかったんだ」

「つまり、物を乱暴に扱ってた俺へ対しての戒めってことか?」

「戒めというよりも、願いを込めただけさ。僕は」

「願いというより、呪いだな」

「受け取り方は君次第だよ...」

 そう言ってから傘お化けは唐突に姿を消し、残ったのは何の変哲もない壊れた傘だけだった。

 俺はその傘を拾い上げ、自室まで持っていくと、ガムテープや裁縫道具、布などを引っ張り出して、その傘を修理した。

 その日からだ。俺は、から傘お化けを全く見なくなった。

 そして、周りの生きていた物達も、段々と姿を消していき、普通の物へと戻っていった。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

「ねぇねぇ、聞いた?あの近所のやんちゃ少年。今ではすっかり大人しくなってるらしいわよ」

「ホントなのそれ?あの子、学校でも外でもすごいやんちゃしてたって噂だけど」

「ところがどっこい。学校でも真面目に授業を受けるようになって、外でもやんちゃ連中とつるむのを辞めたそうよ?」

「へぇ、そうなの。何かあったのかしらね…」

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 俺は、数ヶ月ぶりにあの図書館へと足を運んでいた。

 その日は雨で、傘を持って出かけた。

 すっかりと怪奇現象も終わり、今差している傘も今ではなんの変哲もないものに感じる。

 図書館について、雨粒を振り払ってからら、傘を閉じる。そして俺はそのまま傘おきにその傘を置いて、図書館の本を数時間読んだ後、俺はその場を後にすることにした。

 図書室を出ようとしたときに、俺の傘がないことに気づいた。

 置いた場所は何となく覚えていたし、あの色の傘だ。忘れるはずがない。

 他の人が間違いて持っていったのだと思い、途方に暮れ、辺りをキョロキョロと見渡すと、図書館の入口から出て行こうとする男の後ろ姿が見えた。その男は俺の傘を持っていた。

「あ、あの!」

 俺は、思わず彼の肩を叩き、それが自分のものであることを主張した。

「はい?」

 男は肩を叩かれたにも関わらず、振り返らずにそう言う。

「その傘、僕のなんですよ」

「え?、あー、これ。すみません。間違えました。前無くした傘によく似ていたものでね」

 男はなおを振り返らず、手に持っていた傘を持ち上げてそう言った。

 俺は、彼の声色に違和感を覚えた。

 彼は傘を見ていたので、顔はよく見えなかった。

 そして、彼は急に、こちらを向いて言った。

「力哉君、その傘、今は、大事に使ってもらってるようで、良かったですよ」

 彼の一つの目を見て、その言葉を聞いた瞬間に、図書館の自動ドアが開き、雨風の音が漏れる。

 体中が総毛立って、ゾワッと身震いした後、身体が固まり、指一本も動かせなかった。

 肝を冷やすとは、まさにこういうことを言うのだろうなと思った。
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