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第二話『今世では魔法を極めたい』

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 アランに拾われて早三年。時が経つのはあっという間だった。
 吾輩はそれはもう聡明で可憐な美少女へと成長した。これも全てアランのおかげだ。
 アランは吾輩がたぐいまれなる頭脳を持っていると気づくと色んな事を教えてくれた。
 正直吾輩は勉強など全く興味がなかったのだが、アランが直々に教えてくれるならばと真面目に取り組んだ。
 おかげで見た目は幼女で中身は歳不相応なレディへと成長できた。まあ、アラン以外の人間と会ったことがないので普通がどれくらいのものかは知らないがな。

 ただ、さすがの吾輩も座学ばかりの現状に飽きてきた。そろそろアレを強請ってもいい頃合だろう。

 目の前のアランはコーヒーを口にして満足気に微笑んでいる。大のコーヒー好きなアランにとってこの時間は至福らしい。
 ちなみに、吾輩が飲んでいるのはオレンジジュースだ。吾輩もアランと同じものを飲んでみたいのだが、以前アランから「まだ早い」と言われてしまった。

 オレンジジュースをぐいっと一気に飲み干して、アランがコーヒーを飲み終わるのを観察しながら待つ。
 節くれだった指がマグカップを机に戻した。その音でもう中身がないことがわかる。

 さっそく作戦開始だ。
 両手の指先を合わせておねだりポーズをとった。

「アラン~。私、アレが見たいな?」
「アレ?」

 首を傾げるアランに身振り手振りで伝える。

「アランが手からボッて出すやつ!」
「ああ……もしかして、これのことか?」

 どうやら伝わったらしい。
 アランの右手から炎が上がった。
 ――――すばらしい! 揺らぎも一切ない完璧な炎だ。

 吾輩はの吾輩になるまでアランが魔法を使えることを知らなかった。『魔王』との戦いにアランは聖剣以外を一切使わなかったからだ。だからかアランがこうして魔法を使う姿は新鮮で、いつ見ても興奮してしまう。

 ――――気をつけなければまた鼻血が出てしまいそうだ。
 この身体は健康体にもかかわらず異様な程鼻血が出やすい。おかげで鼻血ティッシュが手放せない。

 前世の吾輩は魔法と縁がなかった。というより、まずその必要がなかった。でも、今は違う。
 今の吾輩には魔王特有の力もなければ手足となる配下もいない。
 今のままでは万が一何かあった時にアランの足手まといになってしまう。

 それは嫌だ。ただでさえ吾輩はまだ三歳。肉体的には弱者でしかない。
 その弱点を補う為にも早く魔法を取得しなければならない。できれば、極めたい。だから……

「そう、それ! アラン。私もソレをしてみたい!」

 お願いとアランを見上げるとアランの眉間に皺がよった。無言で見つめ合うこと五分。先に音を上げたのはアランだ。

「体術を習いたいと言われるよりましか。最低限の魔法が使えれば護身にもなる。……いや、そもそも俺がついているのだから護身の心配はない。それよりも、魔力暴走の方が心配だ」

 アランがブツブツと小声で呟いている。おそらく吾輩には聞こえないようにという配慮なのだろう。だが、吾輩にはしっかりと聞こえている。
 吾輩は『アランの声はよく聞こえる』という特技を持っているのだ!

「アランとおそろいの魔法を使ってみたいの。ダメ?」

 顔の前で軽く手を合わせたまま首を傾げてアランの顔を覗き込む。吾輩がアランにここぞというおねだりをする時に使うポーズだ。
 アランの動きが止まった。次の瞬間アランが吾輩の肩を掴む。

「わかった。だが、習得するまでは俺の前でだけ使うと約束してくれ。ユエは見たところ魔力がかなり高い。無理をすれば魔力暴走を起こしてしまうかもしれない。本来なら自然に『魔法覚醒』が起きるのを待ってから学ぶのが理想なんだ」
「魔法覚醒?」

 初めて聞く言葉に首を傾げる。

「『魔法覚醒』というのは、その名の通り魔法に覚醒することだ。人間は生まれた時から魔力を持ち、その容量を成長とともに増やしていく。そして、身体が魔法を使っても耐えれると判断した時、魔法覚醒がおきるんだ。一般的には魔法について学び始めるのはその後」
「後に? でも、その前に座学だけでもしておくべきなんじゃ……」
「確かにユエのように優秀な子ならそれもありだろう。けど、皆が皆そうじゃない。好奇心旺盛な子は我慢できずに試してみたくなるかもしれない。でも、身体はそれに耐えきれない……するとどうなるか……何となく想像できるか?」

 おそらく、魔力暴走を起こすのだろう。たとえ上手くできたとしても子供が魔法を扱えるかは怪しい。
 ユエは眉間に皺を寄せて頷いた。

「だが、まあ……中には例外もある。幼いうちに強制的に『魔法覚醒』をしなければならない家系もあるんだ。ユエがさっきの約束を守れるって言うならその方法を試してみよう」

 真剣なアランに吾輩も同じくらい真剣な表情で頷き返す。

「約束する」

 元々アランの為に魔法を極めようとしているのだ。その魔力暴走とやらでアランを危険な目に合わせるなんて絶対にあってはならない。

 こうして吾輩はアランから魔法を教わることになったのだが……まさかこんなにも難しいとは思っていなかった。
 ――――どうしてだ。何が悪いのだ! 

「アラン。私はカスだ! アランが教えてくれているのにこのていたらく。なんとも情けない!」
「ユエ落ち着け。焦らなくても大丈夫だ。ユエが頑張っていることは俺が一番わかっている。それに、まだユエは三歳だぞ。できなくて当然なんだ。言葉が乱れる程そんなに悲観しなくてもいい」

 アランに抱きしめられ慰められる。いつもなら嬉しくて身体が震えるところだが、今日は別の意味で震えた。

「私、もっと頑張るから。絶対に『魔法覚醒』してみせるから! なんなら全属性扱えるようになってみせるから!」
「無理はするな! というか、全属性はこの方法じゃ無理……ってそういえば言ってなかったな」

 アランが何かに気づいたようにぽつりと呟いた。その内容が気になり顔を上げるとアランがじっとユエを見つめていた。

「今までユエに教えてきたのはの魔法覚醒をするための方法だ。でも、複属性の場合はそれでは覚醒できない」
「同じ魔法なのに?」
「ああ。少し難しい話になるが、聞くか?」

 ユエがもちろんと頷くとアランは苦笑しながら説明を始めた。

「本来、人間は『魔法』を使えない。自分の魔力を妖精に渡す代わりに妖精の力を借りているにすぎないんだ。つまり、俺達が使っている『魔法』というのは妖精の力だ。ここまでは理解できるか?」

 ユエは頷き、先を促す。

「次に、単属性と複属性の違いについてだが……最大の違いは妖精が見えるかどうかだ。単属性を扱う者はその血筋と契約した加護妖精から力を借りている。だから妖精の姿や声が認識できなくても魔法を使うことができる。でも、複属性を使う者は違う。妖精と直接交渉して契約を結び、その力を借りるんだ」
「なるほど」

 つまり、妖精を捕まえて使役すればよいということか。
 それならば心当たりがある。『魔王』の時に使役していた達だ。妖精とはちょっと違うかもしれないが似たようなものだろう。多分。

 ――――来い。火の精霊サラマンダー水の精霊ウンディーネ風の精霊シルフ土の精霊ノーム

『『『『魔王様! お呼びでしょうか!』』』』

 呼んだ瞬間懐かしい四体が目の前に現れた。自分で呼んでおいてなんだが、人間となった吾輩の呼びかけに応えてくれるとは思っていなかった。
 ――――お前達、吾輩はもう魔王ではない。今の吾輩にはユエという素晴らしい名前がある。

『『『『はっ! ユエ様!』』』』

 ――――うむ。それでだな。お前達を呼び出したのは他でもない。吾輩と契約とやらをしてほしいのだ。見ての通り、今の吾輩は人間だ。そこでお前達の力を借りたい……どうした。なぜ無言なのだ?

 戸惑った様子で顔を見合わせているペット達。不満があるのかと声をかければ一気に詰め寄ってきた。
『契約などせずとも我らはユエ様に力をお貸し致します!』
『契約となるとユエ様のお力を頂戴しないといけなくなります。そんな恐れ多いことできませんもの』
『以前のように我らを使役してください』
『我らはユエ様の為に』

『『『我らはユエ様の為に』』』
 懐かしい言葉に思わず頬が緩む。

 ――――わかった。それでは、今世でもお前達を可愛がるとしよう。

『『『『ありがたき幸せ!』』』』



「ユエ? 大丈夫か?」
 どれくらいの間無言になっていたのかはわからないが、アランがものすごく心配した様子で顔を覗き込んでいる。
 吾輩は慌てて笑みを浮かべて頷いた。
「はい。ユエは大丈夫です! それよりもアラン。私、魔法使えるようになったの!」

 数秒後、アランは困惑した声を漏らした。

「ええ?」

 吾輩はどや顔で手を上げた。
「さっき妖精と契約したの。ほら!」

 炎を出し、水を出し、風をおこし、土を隆起させる。
 吾輩が次々に魔法(?)を披露している間、アランは目が点になっていた。
 ――――アランが震えだした。もしや、やり過ぎたのか?
 内心焦り始めているとアランから勢いよく抱きしめられた。

「さすが俺のユエだ! ユエは天才だ!」

 そのまま抱えられ、クルクルと回される。
 アランがこんなに喜ぶとは思わず驚いていると――――チュッと頬が鳴った。

 ――――え? 吾輩、今アランにほっぺちゅってされた?

 この後、いつものように鼻血を出した吾輩はアランの腕の中で気を失ったのだった。
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