死にたがりの黒豹王子は、婚約破棄されて捨てられた令嬢を妻にしたい 【ネコ科王子の手なずけ方】

鷹凪きら

文字の大きさ
11 / 39
2章

11 呪いの力

しおりを挟む
 人気のない廊下に、二つの靴音が響く。

「殿下! お待ちください!」

 前を行く人物に、慌てた様子で声が投げられた。

「ロイアルド殿下!」

 制止の声を無視して、ロイアルドは廊下を進む。
 苛立ちを隠そうともしないその態度に、後ろを追う者は頭を抱えながら大きく息を吐いた。

「あぁ、俺はまたやらかしてしまったのか……」

 呟きが聞こえていたのか、ロイアルドはぴたりと足を止め振り返る。
 眉間に深く刻まれたしわが、その怒りの大きさを表していた。

「クアイズ、あれは俺への当て付けか?」
「あれと言うのは……」
「髪紐のことだ」
「あれは特に深い意味はなく……」

 この同年の副官はいつもこうなのだ。
 決して悪気があった訳でも、わざとやっているわけでもない。至って単純に善意でやっている。だからこそ逆にたちが悪い。

 彼女があの時間に、あの場にいたことは想定外だった。休憩に入るにはだいぶ早い時間だったので、鉢合わせることはないだろうと思っていたのだが、不運にも偶然が重なったらしい。

 それにより、彼女にもうひとつの姿を見られてしまった。
 黒い毛皮に、程よく筋肉のついた体躯。
 そこから伸びる長い尻尾に、暗闇で光る銀色の瞳。
 まごうことなき、獣の姿。

 これがアレストリア王家に伝わる秘密。
 呪いの枷。

 何百年も前から男系の王族にのみ受け継がれているこの呪いは、ある条件に触れるとその姿を獣へと変化させる。
 発動条件はさまざまで、人によって異なる。人の姿に戻るにも条件があり、それを満たさないことには獣の姿でいるしかなく、生きていく上ではなかなか厄介な枷となっていた。

「殿下の機嫌と引き換えになりましたが、無事に戻られたようで安心しました」

 ロイアルドの苦悩など気に留める様子もなく、クアイズはほっとしたように胸を撫で下ろす。
 確かにこの副官の発言で人の姿に戻れたようなものだが、簡単に納得はできない。

 ロイアルドの呪いは精神的な部分に大きく影響する。
 基本的には滅多に発動しないような条件のため、普通に生活していれば問題はないのだが、ロイアルドの場合はそうもいかない理由があった。

「今回は長引きましたね」
「主犯を取り逃がしたからな、あれを引きずったらしい」

 執務室の扉を開け中へと入る。そのあとをクアイズが続いた。

「作戦が失敗した原因は殿下ではありません。あれは白隊の問題です」

 白隊というのは、近衛騎士団とは管轄の異なる王宮騎士団を指す。
 彼らの白い隊服から、内々でそう呼ばれているのだ。

「せっかくロイアルド殿下があそこまで追い詰めたのに、詰めが甘いんですよ」
「否定はできないがな、本人らの前で言うなよ」
「分かってますよ」

 納得ができない様子でクアイズは頷く。
 念のためここで釘を刺しておかないと、王宮騎士たちの前でまたとんでもないことを言いかねない。

「犯人はそこそこの深手を負ったはずだ。しばらくは大人しくしているだろ」
「だといいのですが」

 ここ最近、王都周辺で貴族の娘を狙った誘拐事件が頻発している。
 捜査をする過程で大規模な犯罪組織の関与が分かり、つい先日、そのアジトへと奇襲をしかけた。
 作戦は途中までは順調だったのだが、最後の最後で味方の失態により、リーダー格の男を取り逃がしてしまう。

 本来こういった事件は王宮騎士団の管轄なのだが、近衛騎士であるロイアルドとクアイズもこの作戦に参加していた。

 王族の護衛が主な任務のはずの彼らだが、二人が作戦に携わった理由が、ロイアルドの呪いと関係している。

「殿下の手を借りて失敗しておきながら、困ったときはまた頼みます、なんてよく言えたものですよ」
「仕方がないだろ。彼らは俺の飼っている黒ヒョウを使っているとしか思っていないんだから。別にそれでいい」

 厄介なだけに思える呪いだが、使いようによっては武器にもなる。訓練次第で、その獣の能力を自在に操ることができるのだ。
 黒ヒョウ時のロイアルドは特に聴覚に優れており、かなり広い範囲の音を聴き分けられる。それを利用して犯人の位置特定などに役立てていた。

 この呪いは王族に近しい関係にある者と、特務隊に所属している近衛騎士しか存在を認知していないため、一般の騎士は黒ヒョウの正体を知らない。
 第二王子が飼育している、任務に使える便利な獣くらいにしか思っていないのだ。

「あなたはもう少し、怒っていいと思いますが」
「おまえには怒っているぞ」

 上着のボタンを外しながら、鋭い視線でクアイズを睨みつける。その銀灰色の瞳の奥には鋭利な刃物のような煌めきがあり、ロイアルドが本気で怒っていることを証明していた。

「いや……本当に、あれは他意はなく……」
「他意があったら、俺はおまえを殺しているところだ」
「申し訳ありませんでした……」

 過激な言葉を使っているが、二人の付き合いは学院時代からであり、そこそこ長い。
 ロイアルドの言葉が本気ではないことも、クアイズに悪意がなかったことも、お互いに理解はしている。

「それほど想っているのなら、奪ってしまってはどうです?」

 脱いだ上着を椅子にかけようとしたロイアルドの動きが、ぴたりと止まった。
 窓の外へと視線を走らせ、物憂げな顔で言う。

「……それをしたら、もうにはなれないかもしれない」
「あれは過ぎた力です。無ければないで、どうとでもなりますよ」
「そうかもしれないな……」

 民のためになるならと、今まで無理やり呪いを発動させて力を使ってきた。

 国政に携わる兄や弟と違って、ロイアルドはあまり知略を働かすことが得意ではない。
 この国の王子として産まれてきた自分に何ができるのか。何度も考え、悩み、そして行き着いた先が、呪いの力に頼ることだった。

 しかし、呪いを発動させるには精神的負担が大き過ぎる。このようなことを続けたら、いつか本当に壊れてしまうかもしれない。

「あまり無理をなさらないでください。あなたの心を犠牲にして得る幸せなど、誰も望んではいません」
「……わかっている」

 自ら進んでやり始めたことだ。
 今では頼りにされることも多いが、もともと望まれてやったことではない。
 やめる時は自分で決める。

「それに呪いの力がなくとも、殿下の剣に敵うものはそうそうおりません」
「おまえに言われると、嫌みにしか聞こえん」

 ロイアルドの剣技は、アレストリアの騎士の中でも一位、二位を争うほどの腕前だ。その国内最高峰の剣と互角に渡り合えるのが、クアイズなのである。

 彼は将来侯爵家を継ぐことになっており、身分的にも申し分ない。たまに空気の読めないところはあるものの頭脳も明晰で、無意識にライバルとして視てしまうのも仕方がないだろう。
 クアイズ本人からしたら、尊うべき自国の王子からそのような感情を向けられることは、はた迷惑極まりないのだが。

 そんな事実はあれども、お互いを信頼し合っていることは確かだ。

「体調はどうです? 何か召し上がりますか?」
「いや、だるいから少しねむ――」

 窓の外を見ていたロイアルドの顔色が変わる。
 言葉は最後まで紡がれることはなく、沈黙のあとに聞こえてきたのは小さな舌打ちだった。

「……今日は出かける。俺はまだ人に戻っていないことにしておけ」
「え!? 外出されるんですか?」
「そうだ」
「……分かりました。護衛は?」
「必要ない」

 隊服の上着を、乱雑に椅子に投げつける。
 そのまま重力に従い床へと落下してしまったが、ロイアルドは気に留めることもなく、着替えのために仮眠室へと消えていった。

 黒い隊服を拾い上げ、クアイズは窓の外に目を向ける。

「あー……」

 その視線の先には、こげ茶色の長い髪を見覚えのある髪紐で一つに結った、女性の庭師の姿があった。

しおりを挟む
感想 12

あなたにおすすめの小説

婚約破棄されましたが、辺境で最強の旦那様に溺愛されています

鷹 綾
恋愛
婚約者である王太子ユリウスに、 「完璧すぎて可愛げがない」という理不尽な理由で婚約破棄を告げられた 公爵令嬢アイシス・フローレス。 ――しかし本人は、内心大喜びしていた。 「これで、自由な生活ができますわ!」 ところが王都を離れた彼女を待っていたのは、 “冷酷”と噂される辺境伯ライナルトとの 契約結婚 だった。 ところがこの旦那様、噂とは真逆で—— 誰より不器用で、誰よりまっすぐ、そして圧倒的に強い男で……? 静かな辺境で始まったふたりの共同生活は、 やがて互いの心を少しずつ近づけていく。 そんな中、王太子が突然辺境へ乱入。 「君こそ私の真実の愛だ!」と勝手な宣言をし、 平民少女エミーラまで巻き込み、事態は大混乱に。 しかしアイシスは毅然と言い放つ。 「殿下、わたくしはもう“あなたの舞台装置”ではございません」 ――婚約破棄のざまぁはここからが本番。 王都から逃げる王太子、 彼を裁く新王、 そして辺境で絆を深めるアイシスとライナルト。 契約から始まった関係は、 やがて“本物の夫婦”へと変わっていく――。 婚約破棄から始まる、 辺境スローライフ×最強旦那様の溺愛ラブストーリー!

寵愛の花嫁は毒を愛でる~いじわる義母の陰謀を華麗にスルーして、最愛の公爵様と幸せになります~

紅葉山参
恋愛
アエナは貧しい子爵家から、国の英雄と名高いルーカス公爵の元へと嫁いだ。彼との政略結婚は、彼の底なしの優しさと、情熱的な寵愛によって、アエナにとってかけがえのない幸福となった。しかし、その幸福を妬み、毎日のように粘着質ないじめを繰り返す者が一人、それは夫の継母であるユーカ夫人である。 「たかが子爵の娘が、公爵家の奥様面など」 ユーカ様はそう言って、私に次から次へと理不尽な嫌がらせを仕掛けてくる。大切な食器を隠したり、ルーカス様に嘘の告げ口をしたり、社交界で恥をかかせようとしたり。 だが、私は決して挫けない。愛する公爵様との穏やかな日々を守るため、そして何より、彼が大切な家族と信じているユーカ様を悲しませないためにも、私はこの毒を静かに受け流すことに決めたのだ。 誰も気づかないほど巧妙に、いじめを優雅にスルーするアエナ。公爵であるあなたに心配をかけまいと、彼女は今日も微笑みを絶やさない。しかし、毒は徐々に、確実に、その濃度を増していく。ついに義母は、アエナの命に関わるような、取り返しのつかない大罪に手を染めてしまう。 愛と策略、そして運命の結末。この溺愛系ヒロインが、華麗なるスルー術で、最愛の公爵様との未来を掴み取る、痛快でロマンティックな物語の幕開けです。

【完結】ひとつだけ、ご褒美いただけますか?――没落令嬢、氷の王子にお願いしたら溺愛されました。

猫屋敷 むぎ
恋愛
没落伯爵家の娘の私、ノエル・カスティーユにとっては少し眩しすぎる学院の舞踏会で―― 私の願いは一瞬にして踏みにじられました。 母が苦労して買ってくれた唯一の白いドレスは赤ワインに染められ、 婚約者ジルベールは私を見下ろしてこう言ったのです。 「君は、僕に恥をかかせたいのかい?」 まさか――あの優しい彼が? そんなはずはない。そう信じていた私に、現実は冷たく突きつけられました。 子爵令嬢カトリーヌの冷笑と取り巻きの嘲笑。 でも、私には、味方など誰もいませんでした。 ただ一人、“氷の王子”カスパル殿下だけが。 白いハンカチを差し出し――その瞬間、止まっていた時間が静かに動き出したのです。 「……ひとつだけ、ご褒美いただけますか?」 やがて、勇気を振り絞って願った、小さな言葉。 それは、水底に沈んでいた私の人生をすくい上げ、 冷たい王子の心をそっと溶かしていく――最初の奇跡でした。 没落令嬢ノエルと、孤独な氷の王子カスパル。 これは、そんなじれじれなふたりが“本当の幸せを掴むまで”のお話です。 ※全10話+番外編・約2.5万字の短編。一気読みもどうぞ ※わんこが繋ぐ恋物語です ※因果応報ざまぁ。最後は甘く、後味スッキリ

悪役令嬢、記憶をなくして辺境でカフェを開きます〜お忍びで通ってくる元婚約者の王子様、私はあなたのことなど知りません〜

咲月ねむと
恋愛
王子の婚約者だった公爵令嬢セレスティーナは、断罪イベントの最中、興奮のあまり階段から転げ落ち、頭を打ってしまう。目覚めた彼女は、なんと「悪役令嬢として生きてきた数年間」の記憶をすっぽりと失い、動物を愛する心優しくおっとりした本来の性格に戻っていた。 もはや王宮に居場所はないと、自ら婚約破棄を申し出て辺境の領地へ。そこで動物たちに異常に好かれる体質を活かし、もふもふの聖獣たちが集まるカフェを開店し、穏やかな日々を送り始める。 一方、セレスティーナの豹変ぶりが気になって仕方ない元婚約者の王子・アルフレッドは、身分を隠してお忍びでカフェを訪れる。別人になったかのような彼女に戸惑いながらも、次第に本当の彼女に惹かれていくが、セレスティーナは彼のことを全く覚えておらず…? ※これはかなり人を選ぶ作品です。 感想欄にもある通り、私自身も再度読み返してみて、皆様のおっしゃる通りもう少しプロットをしっかりしてればと。 それでも大丈夫って方は、ぜひ。

【完結】辺境に飛ばされた子爵令嬢、前世の経営知識で大商会を作ったら王都がひれ伏したし、隣国のハイスペ王子とも結婚できました

いっぺいちゃん
ファンタジー
婚約破棄、そして辺境送り――。 子爵令嬢マリエールの運命は、結婚式直前に無惨にも断ち切られた。 「辺境の館で余生を送れ。もうお前は必要ない」 冷酷に告げた婚約者により、社交界から追放された彼女。 しかし、マリエールには秘密があった。 ――前世の彼女は、一流企業で辣腕を振るった経営コンサルタント。 未開拓の農産物、眠る鉱山資源、誠実で働き者の人々。 「必要ない」と切り捨てられた辺境には、未来を切り拓く力があった。 物流網を整え、作物をブランド化し、やがて「大商会」を設立! 数年で辺境は“商業帝国”と呼ばれるまでに発展していく。 さらに隣国の完璧王子から熱烈な求婚を受け、愛も手に入れるマリエール。 一方で、税収激減に苦しむ王都は彼女に救いを求めて―― 「必要ないとおっしゃったのは、そちらでしょう?」 これは、追放令嬢が“経営知識”で国を動かし、 ざまぁと恋と繁栄を手に入れる逆転サクセスストーリー! ※表紙のイラストは画像生成AIによって作られたものです。

敗戦国の元王子へ 〜私を追放したせいで貴国は我が帝国に負けました。私はもう「敵国の皇后」ですので、頭が高いのではないでしょうか?〜

六角
恋愛
「可愛げがないから婚約破棄だ」 王国の公爵令嬢コーデリアは、その有能さゆえに「鉄の女」と疎まれ、無邪気な聖女を選んだ王太子によって国外追放された。 極寒の国境で凍える彼女を拾ったのは、敵対する帝国の「氷の皇帝」ジークハルト。 「私が求めていたのは、その頭脳だ」 皇帝は彼女の才能を高く評価し、なんと皇后として迎え入れた! コーデリアは得意の「物流管理」と「実務能力」で帝国を黄金時代へと導き、氷の皇帝から極上の溺愛を受けることに。 一方、彼女を失った王国はインフラが崩壊し、経済が破綻。焦った元婚約者は戦争を仕掛けてくるが、コーデリアの完璧な策の前に為す術なく敗北する。 和平交渉の席、泥まみれで土下座する元王子に対し、美しき皇后は冷ややかに言い放つ。 「頭が高いのではないでしょうか? 私はもう、貴国を支配する帝国の皇后ですので」 これは、捨てられた有能令嬢が、最強のパートナーと共に元祖国を「実務」で叩き潰し、世界一幸せになるまでの爽快な大逆転劇。

『婚約破棄された令嬢、白い結婚で第二の人生始めます ~王太子ざまぁはご褒美です~』

鷹 綾
恋愛
「完璧すぎて可愛げがないから、婚約破棄する」―― 王太子アルヴィスから突然告げられた、理不尽な言葉。 令嬢リオネッタは涙を流す……フリをして、内心ではこう叫んでいた。 (やった……! これで自由だわーーーッ!!) 実家では役立たずと罵られ、社交界では張り付いた笑顔を求められる毎日。 だけど婚約破棄された今、もう誰にも縛られない! そんな彼女に手を差し伸べたのは、隣国の若き伯爵家―― 「干渉なし・自由尊重・離縁もOK」の白い結婚を提案してくれた、令息クリスだった。 温かな屋敷、美味しいご飯、優しい人々。 自由な生活を満喫していたリオネッタだったが、 王都では元婚約者の評判がガタ落ち、ざまぁの嵐が吹き荒れる!? さらに、“形式だけ”だったはずの婚約が、 次第に甘く優しいものへと変わっていって――? 「私はもう、王家とは関わりません」 凛と立つ令嬢が手に入れたのは、自由と愛と、真の幸福。 婚約破棄が人生の転機!? ざまぁ×溺愛×白い結婚から始まる、爽快ラブファンタジー! ---

貴族令嬢、転生十秒で家出します。目指せ、おひとり様スローライフ

ファンタジー
第18回ファンタジー小説大賞にて奨励賞を頂きました。ありがとうございます! 貴族令嬢に転生したリルは、前世の記憶に混乱しつつも今世で恵まれていない環境なことに気が付き、突発で家出してしまう。 前世の社畜生活で疲れていたため、山奥で魔法の才能を生かしスローライフを目指すことにした。しかししょっぱなから魔物に襲われ、元王宮魔法士と出会ったり、はては皇子までやってきてと、なんだかスローライフとは違う毎日で……?

処理中です...