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3章
18 一方通行な想い
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夜会の会場からそう遠くない部屋へと入ると、ロイアルドはソファの上にスーリアを降ろす。
一瞬胸元に視線を感じたが、それは気のせいだと思うことにした。
ここは恐らく、控え室として用意されている部屋だろう。
「改めて聞くが、怪我はないか?」
「大丈夫、……です」
グラスの破片は長いスカートによって阻まれたので怪我はない。
ワインのしぶきが裾に少しかかったが、もともとワインと似たような色のドレスだったため目立たずに済んだ。
「そうか、よかった」
ロイアルドはほっとしたように息を吐くも、少し悲しそうな表情をした。
さすがに彼の身分を知ってしまったスーリアが、今までと同じように接することはできない。癖でつい砕けた物言いをしてしまいそうになり、慌てて付け加えることになったが。
「ロイアルド殿下、いったいどういうことですか?」
近くで様子を窺っていた父が尋ねる。
ロイアルドは俯きがちな視線のまま、言いにくそうに答えた。
「スーリアとは、少し前に偶然知り合って……君の娘だとは知らず、何度か会っていた」
スーリアは身分を偽っていたので、バース伯爵家の令嬢だということを彼が知るはずはない。
それは父も理解しているようで、何も言わずに頷いた。
「俺が……一方的に、彼女に恋をしたんだ」
その言葉に心臓が跳ねる。
――恋? 彼が、私に?
何かの聞き間違いかと目の前に立つ彼を見上げると、銀灰色の瞳に捕らえられる。
その瞳の奥には静かに揺らめく熱が宿っており、彼の言葉が本気であることを証明していた。
「それじゃあ、あのキスは……」
思わず確認するように声をもらすと、彼が顔を歪めた。
それを見て悟る。
あのキスは間違いでも、動揺したからでもなく、ロイアルドは本当に――
思い出した唇の感触に、恥ずかしさから顔がほてりだす。
今日は頬が赤くなる体質を隠すために多めにおしろいを叩いてきたが、これでは意味がなさそうだ。
「殿下、すでに娘に手を出したのですか?」
「すまないっ……あれは、気持ちを抑えることができなくて……!」
慌てて弁解する彼に、さらに顔が熱をもった気がする。
ロイアルドは大きく息を吐くと、徐にスーリアの前に膝を突いた。
そして、意を決したように正面から見つめ、口を開く。
「順番が逆になってしまったが、言わせてほしい。スーリア、君が好きなんだ。俺の妻になってくれないか?」
鼓動が鳴りやまない。
どくどくと、血の流れを全身で感じる。
うるさい心臓の音を聞きながら、スーリアは口を開いた。
「……お断り、します」
彼が眉を寄せて、かすれた声で尋ねる。
「……やはり、俺が嫌いか?」
――嫌い? そんなはずはない。
むしろ、嫌いになれたらどんなに良かったか。
悲鳴を上げるように痛む胸に手を当て、勢いよく首を横に振った。
彼が好きだ。
それは今も変わらないし、この先もきっと変わることはない。
でも、だめなのだ。
目尻に滲んだ涙を手の甲で拭う。
その様子を見ていた父が口を開いた。
「殿下、娘も混乱しているようですし、この話はまた後日改めてさせてください」
「……そうだな、すまなかった」
ロイアルドは頷いてから、そっとスーリアの髪に触れる。
金細工の髪留めを指でなぞりながら、彼は泣きそうな顔で微笑んだ。
「使ってくれて、嬉しい」
それから彼は立ち上がると、スーリアの前から離れた。
入れ替わりで父がやってくる。
「スーリア、立てるかい?」
「はい……」
父はスーリアの手を取り、部屋の扉へと促す。
出口へと向かう親子の様子を、ロイアルドが切なげな表情で見ていた。
開いた扉からスーリアを先に部屋の外へ出すと、父はロイアルドに向かって言う。
「殿下の性格は存じておりますが、王族がそう易々と頭を下げるものではありませんよ」
「そうだな……」
「それでは後日登城しますので、時間を作ってください」
「わかった」
彼が頷いたのを確認して、父は扉を閉める。
静かな廊下の空気と相反して、スーリアの心は波打つように揺れていた。
一瞬胸元に視線を感じたが、それは気のせいだと思うことにした。
ここは恐らく、控え室として用意されている部屋だろう。
「改めて聞くが、怪我はないか?」
「大丈夫、……です」
グラスの破片は長いスカートによって阻まれたので怪我はない。
ワインのしぶきが裾に少しかかったが、もともとワインと似たような色のドレスだったため目立たずに済んだ。
「そうか、よかった」
ロイアルドはほっとしたように息を吐くも、少し悲しそうな表情をした。
さすがに彼の身分を知ってしまったスーリアが、今までと同じように接することはできない。癖でつい砕けた物言いをしてしまいそうになり、慌てて付け加えることになったが。
「ロイアルド殿下、いったいどういうことですか?」
近くで様子を窺っていた父が尋ねる。
ロイアルドは俯きがちな視線のまま、言いにくそうに答えた。
「スーリアとは、少し前に偶然知り合って……君の娘だとは知らず、何度か会っていた」
スーリアは身分を偽っていたので、バース伯爵家の令嬢だということを彼が知るはずはない。
それは父も理解しているようで、何も言わずに頷いた。
「俺が……一方的に、彼女に恋をしたんだ」
その言葉に心臓が跳ねる。
――恋? 彼が、私に?
何かの聞き間違いかと目の前に立つ彼を見上げると、銀灰色の瞳に捕らえられる。
その瞳の奥には静かに揺らめく熱が宿っており、彼の言葉が本気であることを証明していた。
「それじゃあ、あのキスは……」
思わず確認するように声をもらすと、彼が顔を歪めた。
それを見て悟る。
あのキスは間違いでも、動揺したからでもなく、ロイアルドは本当に――
思い出した唇の感触に、恥ずかしさから顔がほてりだす。
今日は頬が赤くなる体質を隠すために多めにおしろいを叩いてきたが、これでは意味がなさそうだ。
「殿下、すでに娘に手を出したのですか?」
「すまないっ……あれは、気持ちを抑えることができなくて……!」
慌てて弁解する彼に、さらに顔が熱をもった気がする。
ロイアルドは大きく息を吐くと、徐にスーリアの前に膝を突いた。
そして、意を決したように正面から見つめ、口を開く。
「順番が逆になってしまったが、言わせてほしい。スーリア、君が好きなんだ。俺の妻になってくれないか?」
鼓動が鳴りやまない。
どくどくと、血の流れを全身で感じる。
うるさい心臓の音を聞きながら、スーリアは口を開いた。
「……お断り、します」
彼が眉を寄せて、かすれた声で尋ねる。
「……やはり、俺が嫌いか?」
――嫌い? そんなはずはない。
むしろ、嫌いになれたらどんなに良かったか。
悲鳴を上げるように痛む胸に手を当て、勢いよく首を横に振った。
彼が好きだ。
それは今も変わらないし、この先もきっと変わることはない。
でも、だめなのだ。
目尻に滲んだ涙を手の甲で拭う。
その様子を見ていた父が口を開いた。
「殿下、娘も混乱しているようですし、この話はまた後日改めてさせてください」
「……そうだな、すまなかった」
ロイアルドは頷いてから、そっとスーリアの髪に触れる。
金細工の髪留めを指でなぞりながら、彼は泣きそうな顔で微笑んだ。
「使ってくれて、嬉しい」
それから彼は立ち上がると、スーリアの前から離れた。
入れ替わりで父がやってくる。
「スーリア、立てるかい?」
「はい……」
父はスーリアの手を取り、部屋の扉へと促す。
出口へと向かう親子の様子を、ロイアルドが切なげな表情で見ていた。
開いた扉からスーリアを先に部屋の外へ出すと、父はロイアルドに向かって言う。
「殿下の性格は存じておりますが、王族がそう易々と頭を下げるものではありませんよ」
「そうだな……」
「それでは後日登城しますので、時間を作ってください」
「わかった」
彼が頷いたのを確認して、父は扉を閉める。
静かな廊下の空気と相反して、スーリアの心は波打つように揺れていた。
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