32 / 39
5章
32 後始末 ①
しおりを挟むスーリアを自宅に送り届け、ロイアルドはそのまま馬車に引き返した。
屋敷の周囲では騎士団から派遣された騎士たちが、念のためにと警備を担当してくれていた。
出迎えてくれたのは母と使用人のみで、父はどこかに出かけたまま帰ってきていないらしい。
もうすぐ日付が変わる時刻なこともあり、疲労の溜まっていたスーリアは、軽食をとってすぐに就寝した。
翌日の昼過ぎころ、仕事を休んだスーリアのもとに二人の訪問者が現れた。
彼らは王宮騎士団の者で、誘拐された当時の状況を聞き取りに来たらしい。
路地裏で薬品を嗅がされてから、ロイアルドが来るまでの状況を話した。
彼のことはどこまで口にしていいのか分からず、不審に思われない程度に言葉を濁したのだが、事前にロイアルドからある程度聞いていたのか、深く追求されることはなかった。
その日も父は帰宅しなかったが、母が手紙を預かっており、そこにはこう書かれていた。
『明日、ロイアルド殿下と一緒に帰宅するから、出迎えの準備をしておきなさい。それから、仕事はしばらく休むように』
準備と言ってもスーリアがすることは特にないのだが、仕事に関しては納得がいかなかった。
特に身体の不調もないし、明日からは出勤する予定でいたのだ。出鼻を挫かれ、父に抗議をしたかったが、本人がいないので胸の内に押し込んだ。
一夜明け、その日の午前中に父は帰宅した。手紙の内容の通り、彼を連れて。
屋敷のサロンに三人が集まる。
スーリアの隣に父が座り、向かい側にロイアルドが腰かけた。
「おまえに会いたいというから連れてきたが、今の殿下と二人きりにするのは心配だから、お父さんが同席するよ」
父の言葉に、ロイアルドは気まずそうに視線を逸らした。
「それじゃあまずは誘拐の件に関してだが、直接指示を出した犯人が分かったよ」
スーリアに視線を向けながら父が言う。
ろくに寝ていないのか目の下にはクマができ、疲れ果てた表情をしていた。
「おまえとシェリルの誘拐を企んだのはヒューゴだった。金の工面に苦心して、犯行に及んだらしい。彼はいま、騎士団で拘置されている」
父の言葉を聞いても、スーリアに驚きはなかった。シェリルが言っていたことを考えると、もしかしたらと頭の隅で思っていたのだ。
だが、ヒューゴが金に困っていたというのは初耳だ。
「犯罪に手を出すほど、リンドル侯爵家は財政難に陥っていたの?」
「おまえは知らなかっただろうが、あの家には元々かなりの額の借金があったんだ。先々代が事業に失敗してな、ヒューゴの父……先代の侯爵はなんとか返済を続けていたんだが、無理がたたって結局身体を壊して亡くなった」
そのような事情全く知らなかった。誰も教えてはくれなかったし、ヒューゴも何も言っていなかった。まさか、彼も知らなかったのではないだろうか。
スーリアが疑問を口にする前に、父が続ける。
「ヒューゴは借金があること自体は知っていたようだが、それがどれくらいの額にのぼるかまでは把握していなかった。先代の侯爵は、生きている間に息子に説明していなかったらしい。爵位を継いだヒューゴは欲望のままに金を使い、さらに借金が増え、気づいた時にはどうにもならなかったと言っていた」
息子に詳細を話していなかった先代の侯爵にも非はあるが、自分の家の財政状況すら把握せず、侯爵を名乗っていたヒューゴにもあきれる。
誰か彼に教えてやる人はいなかったのだろうか。
「あれの母親はとっくに離婚して家を出ているし、使用人も詳しいことは知らなかったのだろう。あそこの領地はここ数年で税収も悪化している。返す当ても見つからなかったようだ」
聞けば聞くほど最悪な状況に思えるが、父は何故そんなに家に娘を嫁がせようと思ったのだろうか。
スーリアの胸中を察したのか、眉根を寄せて父が言った。
「実はな……スーリアを嫁がせるのではなく、ヒューゴを婿としてもらう予定だったんだ。本人に言わなかったのは、絶対に納得しないと分かっていたから。ギリギリまで隠しておくように、先代の侯爵と取り決めていたんだ」
さすがのスーリアも今度は驚いた。ぽかんと口を開けたまま、父の顔を見つめ返す。
向かいに座るロイアルドが、小さく息を吐いた音が聞こえた。
「返済の目途は立っていたから、将来的にはあの土地はうちで管理する予定だったんだ。まあ息子が全て棒に振ったがな。爵位については返還する予定でいたが、今回ロイアルド殿下の婚約者であるおまえに手をかけたことから、国家反逆罪という扱いになり、取り潰しが決まったよ」
国家反逆罪と言えば、最も重い罪のひとつだ。下手をすれば死罪になる可能性もある。
想像したヒューゴの行く末に、ひゅっと息をのんだ。
それを見たのか、父が安心させるように言う。
「ヒューゴを誑かした者がいるようだから、恐らく死罪にはならないだろう。正式に婚約を交わしていたわけではないしな。ただ世間一般では、おまえの立場はもう第二王子の婚約者という事になっているから、減刑はできても罪状は変えられない」
ヒューゴは最低なやつだとは思うが、ある意味幼馴染みとも言える存在だ。
悲観はしないが、同情はしてしまう。
視線を伏せて俯いたスーリアに、ロイアルドが声をかけた。
「俺があの夜会で宣言していなかったら、反逆罪にはならなかったかもしれない。あの男を重罪に追いやったのは俺だ。だが、後悔はしていない」
顔を上げると、まっすぐにスーリアを見ていたロイアルドと目が合った。
「夜会でのことがなくても、俺はどんな手段を使ってでも君を手に入れようとしただろう。遅かれ早かれ、こうなることは決まっていたんだ。君があの男を悲しく思うのなら――」
「違うの。ヒューゴのことは、なんとも思ってないわ」
同情はするが、それだけだ。
散々スーリアを罵った挙げ句、あっさり捨てたやつなど、もうどうなろうと知ったことではない。
正直清々しているが、そう思った自分が少しだけ怖かった。
だから、本心を隠すために無意識に俯いたのだ。
「ロイが気にすることじゃないわ。私はもう、あなたの婚約者なんだから」
彼が驚いたように瞬きをする。
それから、眉尻を下げて優しく微笑んだ。
「その呼び方、戻してくれたのは嬉しい」
「あ!」
思わず両手で口元を覆う。
そう言えば、誘拐されてからいろいろあったせいか、呼び名だけではなく口調も元に戻っていた。指摘されるまで気づかなかったことが恥ずかしい。
もう今さら敬語を使うのもおかしいし、婚約することを決めたのだから、思い切って開き直るしかない。
「めっ命令だから、元に戻してあげるわ」
「そうだな、命令だもんな」
楽しそうに、ロイアルドがくつくつと笑う。
最初に交わした命令という名の約束を、彼も覚えていたようだ。
なんだか嬉しくなって、つられてスーリアも笑った。
完全に二人の世界に入ってしまった場の空気に、咳払いが割って入る。
「仲が良さそうでお父さんは嬉しいが、ここからが本題だよ。二人の婚約についての話だ」
あきれたような声音を滲ませながら、父が切り出した。
0
あなたにおすすめの小説
婚約破棄されましたが、辺境で最強の旦那様に溺愛されています
鷹 綾
恋愛
婚約者である王太子ユリウスに、
「完璧すぎて可愛げがない」という理不尽な理由で婚約破棄を告げられた
公爵令嬢アイシス・フローレス。
――しかし本人は、内心大喜びしていた。
「これで、自由な生活ができますわ!」
ところが王都を離れた彼女を待っていたのは、
“冷酷”と噂される辺境伯ライナルトとの 契約結婚 だった。
ところがこの旦那様、噂とは真逆で——
誰より不器用で、誰よりまっすぐ、そして圧倒的に強い男で……?
静かな辺境で始まったふたりの共同生活は、
やがて互いの心を少しずつ近づけていく。
そんな中、王太子が突然辺境へ乱入。
「君こそ私の真実の愛だ!」と勝手な宣言をし、
平民少女エミーラまで巻き込み、事態は大混乱に。
しかしアイシスは毅然と言い放つ。
「殿下、わたくしはもう“あなたの舞台装置”ではございません」
――婚約破棄のざまぁはここからが本番。
王都から逃げる王太子、
彼を裁く新王、
そして辺境で絆を深めるアイシスとライナルト。
契約から始まった関係は、
やがて“本物の夫婦”へと変わっていく――。
婚約破棄から始まる、
辺境スローライフ×最強旦那様の溺愛ラブストーリー!
寵愛の花嫁は毒を愛でる~いじわる義母の陰謀を華麗にスルーして、最愛の公爵様と幸せになります~
紅葉山参
恋愛
アエナは貧しい子爵家から、国の英雄と名高いルーカス公爵の元へと嫁いだ。彼との政略結婚は、彼の底なしの優しさと、情熱的な寵愛によって、アエナにとってかけがえのない幸福となった。しかし、その幸福を妬み、毎日のように粘着質ないじめを繰り返す者が一人、それは夫の継母であるユーカ夫人である。
「たかが子爵の娘が、公爵家の奥様面など」 ユーカ様はそう言って、私に次から次へと理不尽な嫌がらせを仕掛けてくる。大切な食器を隠したり、ルーカス様に嘘の告げ口をしたり、社交界で恥をかかせようとしたり。
だが、私は決して挫けない。愛する公爵様との穏やかな日々を守るため、そして何より、彼が大切な家族と信じているユーカ様を悲しませないためにも、私はこの毒を静かに受け流すことに決めたのだ。
誰も気づかないほど巧妙に、いじめを優雅にスルーするアエナ。公爵であるあなたに心配をかけまいと、彼女は今日も微笑みを絶やさない。しかし、毒は徐々に、確実に、その濃度を増していく。ついに義母は、アエナの命に関わるような、取り返しのつかない大罪に手を染めてしまう。
愛と策略、そして運命の結末。この溺愛系ヒロインが、華麗なるスルー術で、最愛の公爵様との未来を掴み取る、痛快でロマンティックな物語の幕開けです。
【完結】ひとつだけ、ご褒美いただけますか?――没落令嬢、氷の王子にお願いしたら溺愛されました。
猫屋敷 むぎ
恋愛
没落伯爵家の娘の私、ノエル・カスティーユにとっては少し眩しすぎる学院の舞踏会で――
私の願いは一瞬にして踏みにじられました。
母が苦労して買ってくれた唯一の白いドレスは赤ワインに染められ、
婚約者ジルベールは私を見下ろしてこう言ったのです。
「君は、僕に恥をかかせたいのかい?」
まさか――あの優しい彼が?
そんなはずはない。そう信じていた私に、現実は冷たく突きつけられました。
子爵令嬢カトリーヌの冷笑と取り巻きの嘲笑。
でも、私には、味方など誰もいませんでした。
ただ一人、“氷の王子”カスパル殿下だけが。
白いハンカチを差し出し――その瞬間、止まっていた時間が静かに動き出したのです。
「……ひとつだけ、ご褒美いただけますか?」
やがて、勇気を振り絞って願った、小さな言葉。
それは、水底に沈んでいた私の人生をすくい上げ、
冷たい王子の心をそっと溶かしていく――最初の奇跡でした。
没落令嬢ノエルと、孤独な氷の王子カスパル。
これは、そんなじれじれなふたりが“本当の幸せを掴むまで”のお話です。
※全10話+番外編・約2.5万字の短編。一気読みもどうぞ
※わんこが繋ぐ恋物語です
※因果応報ざまぁ。最後は甘く、後味スッキリ
悪役令嬢、記憶をなくして辺境でカフェを開きます〜お忍びで通ってくる元婚約者の王子様、私はあなたのことなど知りません〜
咲月ねむと
恋愛
王子の婚約者だった公爵令嬢セレスティーナは、断罪イベントの最中、興奮のあまり階段から転げ落ち、頭を打ってしまう。目覚めた彼女は、なんと「悪役令嬢として生きてきた数年間」の記憶をすっぽりと失い、動物を愛する心優しくおっとりした本来の性格に戻っていた。
もはや王宮に居場所はないと、自ら婚約破棄を申し出て辺境の領地へ。そこで動物たちに異常に好かれる体質を活かし、もふもふの聖獣たちが集まるカフェを開店し、穏やかな日々を送り始める。
一方、セレスティーナの豹変ぶりが気になって仕方ない元婚約者の王子・アルフレッドは、身分を隠してお忍びでカフェを訪れる。別人になったかのような彼女に戸惑いながらも、次第に本当の彼女に惹かれていくが、セレスティーナは彼のことを全く覚えておらず…?
※これはかなり人を選ぶ作品です。
感想欄にもある通り、私自身も再度読み返してみて、皆様のおっしゃる通りもう少しプロットをしっかりしてればと。
それでも大丈夫って方は、ぜひ。
【完結】辺境に飛ばされた子爵令嬢、前世の経営知識で大商会を作ったら王都がひれ伏したし、隣国のハイスペ王子とも結婚できました
いっぺいちゃん
ファンタジー
婚約破棄、そして辺境送り――。
子爵令嬢マリエールの運命は、結婚式直前に無惨にも断ち切られた。
「辺境の館で余生を送れ。もうお前は必要ない」
冷酷に告げた婚約者により、社交界から追放された彼女。
しかし、マリエールには秘密があった。
――前世の彼女は、一流企業で辣腕を振るった経営コンサルタント。
未開拓の農産物、眠る鉱山資源、誠実で働き者の人々。
「必要ない」と切り捨てられた辺境には、未来を切り拓く力があった。
物流網を整え、作物をブランド化し、やがて「大商会」を設立!
数年で辺境は“商業帝国”と呼ばれるまでに発展していく。
さらに隣国の完璧王子から熱烈な求婚を受け、愛も手に入れるマリエール。
一方で、税収激減に苦しむ王都は彼女に救いを求めて――
「必要ないとおっしゃったのは、そちらでしょう?」
これは、追放令嬢が“経営知識”で国を動かし、
ざまぁと恋と繁栄を手に入れる逆転サクセスストーリー!
※表紙のイラストは画像生成AIによって作られたものです。
敗戦国の元王子へ 〜私を追放したせいで貴国は我が帝国に負けました。私はもう「敵国の皇后」ですので、頭が高いのではないでしょうか?〜
六角
恋愛
「可愛げがないから婚約破棄だ」 王国の公爵令嬢コーデリアは、その有能さゆえに「鉄の女」と疎まれ、無邪気な聖女を選んだ王太子によって国外追放された。
極寒の国境で凍える彼女を拾ったのは、敵対する帝国の「氷の皇帝」ジークハルト。 「私が求めていたのは、その頭脳だ」 皇帝は彼女の才能を高く評価し、なんと皇后として迎え入れた!
コーデリアは得意の「物流管理」と「実務能力」で帝国を黄金時代へと導き、氷の皇帝から極上の溺愛を受けることに。 一方、彼女を失った王国はインフラが崩壊し、経済が破綻。焦った元婚約者は戦争を仕掛けてくるが、コーデリアの完璧な策の前に為す術なく敗北する。
和平交渉の席、泥まみれで土下座する元王子に対し、美しき皇后は冷ややかに言い放つ。 「頭が高いのではないでしょうか? 私はもう、貴国を支配する帝国の皇后ですので」
これは、捨てられた有能令嬢が、最強のパートナーと共に元祖国を「実務」で叩き潰し、世界一幸せになるまでの爽快な大逆転劇。
『婚約破棄された令嬢、白い結婚で第二の人生始めます ~王太子ざまぁはご褒美です~』
鷹 綾
恋愛
「完璧すぎて可愛げがないから、婚約破棄する」――
王太子アルヴィスから突然告げられた、理不尽な言葉。
令嬢リオネッタは涙を流す……フリをして、内心ではこう叫んでいた。
(やった……! これで自由だわーーーッ!!)
実家では役立たずと罵られ、社交界では張り付いた笑顔を求められる毎日。
だけど婚約破棄された今、もう誰にも縛られない!
そんな彼女に手を差し伸べたのは、隣国の若き伯爵家――
「干渉なし・自由尊重・離縁もOK」の白い結婚を提案してくれた、令息クリスだった。
温かな屋敷、美味しいご飯、優しい人々。
自由な生活を満喫していたリオネッタだったが、
王都では元婚約者の評判がガタ落ち、ざまぁの嵐が吹き荒れる!?
さらに、“形式だけ”だったはずの婚約が、
次第に甘く優しいものへと変わっていって――?
「私はもう、王家とは関わりません」
凛と立つ令嬢が手に入れたのは、自由と愛と、真の幸福。
婚約破棄が人生の転機!? ざまぁ×溺愛×白い結婚から始まる、爽快ラブファンタジー!
---
貴族令嬢、転生十秒で家出します。目指せ、おひとり様スローライフ
凜
ファンタジー
第18回ファンタジー小説大賞にて奨励賞を頂きました。ありがとうございます!
貴族令嬢に転生したリルは、前世の記憶に混乱しつつも今世で恵まれていない環境なことに気が付き、突発で家出してしまう。
前世の社畜生活で疲れていたため、山奥で魔法の才能を生かしスローライフを目指すことにした。しかししょっぱなから魔物に襲われ、元王宮魔法士と出会ったり、はては皇子までやってきてと、なんだかスローライフとは違う毎日で……?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる