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5章

32 後始末 ①

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 スーリアを自宅に送り届け、ロイアルドはそのまま馬車に引き返した。
 屋敷の周囲では騎士団から派遣された騎士たちが、念のためにと警備を担当してくれていた。

 出迎えてくれたのは母と使用人のみで、父はどこかに出かけたまま帰ってきていないらしい。
 もうすぐ日付が変わる時刻なこともあり、疲労の溜まっていたスーリアは、軽食をとってすぐに就寝した。

 翌日の昼過ぎころ、仕事を休んだスーリアのもとに二人の訪問者が現れた。
 彼らは王宮騎士団の者で、誘拐された当時の状況を聞き取りに来たらしい。

 路地裏で薬品を嗅がされてから、ロイアルドが来るまでの状況を話した。
 彼のことはどこまで口にしていいのか分からず、不審に思われない程度に言葉を濁したのだが、事前にロイアルドからある程度聞いていたのか、深く追求されることはなかった。

 その日も父は帰宅しなかったが、母が手紙を預かっており、そこにはこう書かれていた。

『明日、ロイアルド殿下と一緒に帰宅するから、出迎えの準備をしておきなさい。それから、仕事はしばらく休むように』

 準備と言ってもスーリアがすることは特にないのだが、仕事に関しては納得がいかなかった。
 特に身体の不調もないし、明日からは出勤する予定でいたのだ。出鼻を挫かれ、父に抗議をしたかったが、本人がいないので胸の内に押し込んだ。

 一夜明け、その日の午前中に父は帰宅した。手紙の内容の通り、彼を連れて。


 屋敷のサロンに三人が集まる。
 スーリアの隣に父が座り、向かい側にロイアルドが腰かけた。

「おまえに会いたいというから連れてきたが、今の殿下と二人きりにするのは心配だから、お父さんが同席するよ」

 父の言葉に、ロイアルドは気まずそうに視線を逸らした。

「それじゃあまずは誘拐の件に関してだが、直接指示を出した犯人が分かったよ」
 
 スーリアに視線を向けながら父が言う。
 ろくに寝ていないのか目の下にはクマができ、疲れ果てた表情をしていた。

「おまえとシェリルの誘拐を企んだのはヒューゴだった。金の工面に苦心して、犯行に及んだらしい。彼はいま、騎士団で拘置されている」

 父の言葉を聞いても、スーリアに驚きはなかった。シェリルが言っていたことを考えると、もしかしたらと頭の隅で思っていたのだ。
 だが、ヒューゴが金に困っていたというのは初耳だ。

「犯罪に手を出すほど、リンドル侯爵家は財政難に陥っていたの?」
「おまえは知らなかっただろうが、あの家には元々かなりの額の借金があったんだ。先々代が事業に失敗してな、ヒューゴの父……先代の侯爵はなんとか返済を続けていたんだが、無理がたたって結局身体を壊して亡くなった」

 そのような事情全く知らなかった。誰も教えてはくれなかったし、ヒューゴも何も言っていなかった。まさか、彼も知らなかったのではないだろうか。
 スーリアが疑問を口にする前に、父が続ける。

「ヒューゴは借金があること自体は知っていたようだが、それがどれくらいの額にのぼるかまでは把握していなかった。先代の侯爵は、生きている間に息子に説明していなかったらしい。爵位を継いだヒューゴは欲望のままに金を使い、さらに借金が増え、気づいた時にはどうにもならなかったと言っていた」

 息子に詳細を話していなかった先代の侯爵にも非はあるが、自分の家の財政状況すら把握せず、侯爵を名乗っていたヒューゴにもあきれる。
 誰か彼に教えてやる人はいなかったのだろうか。

「あれの母親はとっくに離婚して家を出ているし、使用人も詳しいことは知らなかったのだろう。あそこの領地はここ数年で税収も悪化している。返す当ても見つからなかったようだ」

 聞けば聞くほど最悪な状況に思えるが、父は何故そんなに家に娘を嫁がせようと思ったのだろうか。
 スーリアの胸中を察したのか、眉根を寄せて父が言った。

「実はな……スーリアを嫁がせるのではなく、ヒューゴを婿としてもらう予定だったんだ。本人に言わなかったのは、絶対に納得しないと分かっていたから。ギリギリまで隠しておくように、先代の侯爵と取り決めていたんだ」

 さすがのスーリアも今度は驚いた。ぽかんと口を開けたまま、父の顔を見つめ返す。
 向かいに座るロイアルドが、小さく息を吐いた音が聞こえた。

「返済の目途は立っていたから、将来的にはあの土地はうちで管理する予定だったんだ。まあ息子が全て棒に振ったがな。爵位については返還する予定でいたが、今回ロイアルド殿下の婚約者であるおまえに手をかけたことから、国家反逆罪という扱いになり、取り潰しが決まったよ」

 国家反逆罪と言えば、最も重い罪のひとつだ。下手をすれば死罪になる可能性もある。
 想像したヒューゴの行く末に、ひゅっと息をのんだ。
 それを見たのか、父が安心させるように言う。

「ヒューゴを誑かした者がいるようだから、恐らく死罪にはならないだろう。正式に婚約を交わしていたわけではないしな。ただ世間一般では、おまえの立場はもう第二王子の婚約者という事になっているから、減刑はできても罪状は変えられない」

 ヒューゴは最低なやつだとは思うが、ある意味幼馴染みとも言える存在だ。
 悲観はしないが、同情はしてしまう。
 視線を伏せて俯いたスーリアに、ロイアルドが声をかけた。

「俺があの夜会で宣言していなかったら、反逆罪にはならなかったかもしれない。あの男を重罪に追いやったのは俺だ。だが、後悔はしていない」

 顔を上げると、まっすぐにスーリアを見ていたロイアルドと目が合った。

「夜会でのことがなくても、俺はどんな手段を使ってでも君を手に入れようとしただろう。遅かれ早かれ、こうなることは決まっていたんだ。君があの男を悲しく思うのなら――」
「違うの。ヒューゴのことは、なんとも思ってないわ」

 同情はするが、それだけだ。
 散々スーリアを罵った挙げ句、あっさり捨てたやつなど、もうどうなろうと知ったことではない。
 正直清々しているが、そう思った自分が少しだけ怖かった。
 だから、本心を隠すために無意識に俯いたのだ。

「ロイが気にすることじゃないわ。私はもう、あなたの婚約者なんだから」

 彼が驚いたように瞬きをする。
 それから、眉尻を下げて優しく微笑んだ。

「その呼び方、戻してくれたのは嬉しい」
「あ!」

 思わず両手で口元を覆う。
 そう言えば、誘拐されてからいろいろあったせいか、呼び名だけではなく口調も元に戻っていた。指摘されるまで気づかなかったことが恥ずかしい。
 もう今さら敬語を使うのもおかしいし、婚約することを決めたのだから、思い切って開き直るしかない。

「めっ命令だから、元に戻してあげるわ」
「そうだな、命令だもんな」

 楽しそうに、ロイアルドがくつくつと笑う。
 最初に交わした命令という名の約束を、彼も覚えていたようだ。
 なんだか嬉しくなって、つられてスーリアも笑った。

 完全に二人の世界に入ってしまった場の空気に、咳払いが割って入る。

「仲が良さそうでお父さんは嬉しいが、ここからが本題だよ。二人の婚約についての話だ」

 あきれたような声音を滲ませながら、父が切り出した。

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