死にたがりの黒豹王子は、婚約破棄されて捨てられた令嬢を妻にしたい 【ネコ科王子の手なずけ方】

鷹凪きら

文字の大きさ
33 / 39
5章

33 後始末 ②

しおりを挟む


 婚約についてという、父の言葉にはっとする。
 ロイアルドの妃になるとは決めたが、具体的に手続きなどは何もしていなかったことに気付いた。

 父が二枚の紙を取り出し、スーリアの前に置く。
 二枚とも内容は同じで、婚約に関する誓約書のようだった。

「内容を確認して、問題がなければサインする。それで婚約は完了だ。質問があれば今のうちにするといい」

 父に促され、誓約書に目を通す。
 最初に目についたのは、王家の秘密について絶対に口外しないこと、という項目だった。
 これは恐らく、呪いについてのことだろう。もとより誰にも話す気はなかったので、気にせず読み進める。

「婚約期間のところが空白になっているけれど、どうしてかしら?」
「それはおまえに確認してから決める予定でいたんだ。殿下は秋にでも式を挙げたいなんて言っていたけど、二人はまだ出会って四カ月程度だろう? お父さんは早くても春以降がいいと思うんだが」

 横目でロイアルドを見ると、またしても気まずそうに視線を逸らす。
 今が初夏なので、確かに秋は早すぎる気がする。かと言って冬に式を挙げるのは何かと大変だし、父の言う通り春以降がいいのでないかと思った。

「春でいいわ」

 彼の了承を取らずに言うと、向かいの席から大きな溜め息が聞こえた。
 視線をやると、落胆した表情で肩を落とし、椅子に沈み込むロイアルドがいた。

「文句あるかしら?」
「いや………………ない」

 あきらかに何か言いたそうな顔をしていたが、父の手まえ言葉をのみ込んだのだろう。
 立場的には彼の方が上のはずなのに、父には頭が上がらないようだ。

 父が空欄に書き込んでいる間に、もうひとつ気になっていたことを質問する。

「ロイは仕事を続けてもいいって言っていたのだけど、それはどうなってるの?」
「仕事については、とりあえず一週間は休みなさい。その間に態勢を整えるから」

 さすがにもう、第二王子の婚約者であるという事実を隠すことは難しいだろう。今まで通りとはいかないが、それでも、なんとかスーリアが庭園に出られるように図らってくれるようだ。

「両親にも、仕事を続ける方向で了承をもらっているから安心していい。仕事というよりは、趣味の範囲になるだろうが……」

 申し訳なさそうにロイアルドが言う。
 両親の許可をもらったということは、国王陛下と王妃殿下にすでに話が通っているのか。こんな我がままを言ってしまってよかったのかと、違う意味で心配になった。

「本当に、よかったの……?」
「ああ、俺が言ったことだしな。君専用の庭も用意させる」

 彼はどこまでもスーリアの良いように図らってくれるようだ。
 婚約期間についてもスーリアの希望を通してしまったし、逆に申しわけない気持ちになってくる。

「とてもありがたいけれど、私の希望ばかりでなんだか悪いわ」
「俺は……君と一緒になるためならなんだってする。だから、気にせずにしたい事を言ってくれ」

 微笑を浮かべて言ったロイアルドに続いて、父が口を開く。

「スーリア。殿下はすでに、おまえを無理やり婚約者に仕立て上げたんだ。希望があるなら、遠慮なく叶えてもらいなさい」

 その言葉に、ロイアルドの笑みが引きつったものに変わった。

「フロッド……俺に対して、あたりがきつくないか?」
「娘を取られるのですから、当然でしょう」

 平然と言い切る父に、彼はまた深く溜め息を吐く。
 そんな様子のロイアルドを無視して、他に気になることがないならサインを、と父が促してきた。

 二枚の誓約書に同じようにサインをして、一枚をロイアルドに手渡す。
 彼は感慨深げに誓約書を見つめていた。

「さて殿下、忙しいんですから、そろそろ王城に戻りますよ!」
「は? 忙しいのは君だけだろ? 俺は別に――」

 否定しようとしたロイアルドの腕を無理やりひっぱり、父は扉の外へと連れ出そうとする。

「今のあなたは娘に何をするか分かりませんから、一緒に戻っていただかないと困ります。私は暇ではないので!」
「何もしない! 何もしないから、もう少し彼女と二人で話をっ――」
「信用できません!」

 言い合いながら、二人は扉の外へと消えていった。
 その様子をぽかんと口を開けたまま、見守ることしかできなかった。


 二人が去って少しすると、サロンへとやってきた使用人に、一通の手紙を手渡される。
 差出人を確認すると、シェリルと名前が書かれていた。

 彼女から手紙をもらうなんて初めてだ。
 目を通してみると、初めはヒューゴを奪ったことに関しての、スーリアへの謝罪が綴られていた。


 シェリルには歳の離れた弟と妹がいる。
 彼女の家は経済状況が悪く、弟妹の学費を稼ぐために、シェリルは侯爵家に嫁ぐことを考えついたそうだ。

 結局、当てにしていたリンドル侯爵家にも援助をできるような余裕はなく、それどころか誘拐され身を売られる始末。
 もともとヒューゴのことは好きでもなんでもなかったようで、今回のことで安易な自分の行動を深く反省したらしい。

 シェリルの実家の状況はスーリアも知っていた。
 彼女の両親は働きに出ており、幼いシェリルを家に一人残すのは心配だと言うことで、バース家でめんどうを見ていたのだ。
 また、シェリルは学院に通うお金もなかったので、スーリアが家庭教師の代わりをしたこともある。

 そんな彼女だからこそ、何か理由があるのだろうと考えていた。
 安易に人の婚約者を奪うのはどうかと思うが、結果的にシェリルのおかげで自由にはなれた。
 ――まあ、すぐに別の人物に捕まってしまったのだが。


 手紙の最後には、こう書かれていた。

『今度はちゃんとお金持ちで、好きになれる人を探します。スーちゃんは、黒い隊服を着た金髪の騎士さまのことは知っていますか? 誘拐されたとき、黒ヒョウくんが連れて行ってくれた先にその人がいました。すごくかっこよくて気になっているので、第二王子様の知り合いだったら紹介してください』

 何というか、ちゃっかりしている。
 本当に反省しているのか疑問だが、彼女なりに必死なのだろう。
 気は進まないが、ロイアルドに話くらいはしてみるかと、溜め息とともに苦笑をもらした。

しおりを挟む
感想 12

あなたにおすすめの小説

婚約破棄されましたが、辺境で最強の旦那様に溺愛されています

鷹 綾
恋愛
婚約者である王太子ユリウスに、 「完璧すぎて可愛げがない」という理不尽な理由で婚約破棄を告げられた 公爵令嬢アイシス・フローレス。 ――しかし本人は、内心大喜びしていた。 「これで、自由な生活ができますわ!」 ところが王都を離れた彼女を待っていたのは、 “冷酷”と噂される辺境伯ライナルトとの 契約結婚 だった。 ところがこの旦那様、噂とは真逆で—— 誰より不器用で、誰よりまっすぐ、そして圧倒的に強い男で……? 静かな辺境で始まったふたりの共同生活は、 やがて互いの心を少しずつ近づけていく。 そんな中、王太子が突然辺境へ乱入。 「君こそ私の真実の愛だ!」と勝手な宣言をし、 平民少女エミーラまで巻き込み、事態は大混乱に。 しかしアイシスは毅然と言い放つ。 「殿下、わたくしはもう“あなたの舞台装置”ではございません」 ――婚約破棄のざまぁはここからが本番。 王都から逃げる王太子、 彼を裁く新王、 そして辺境で絆を深めるアイシスとライナルト。 契約から始まった関係は、 やがて“本物の夫婦”へと変わっていく――。 婚約破棄から始まる、 辺境スローライフ×最強旦那様の溺愛ラブストーリー!

寵愛の花嫁は毒を愛でる~いじわる義母の陰謀を華麗にスルーして、最愛の公爵様と幸せになります~

紅葉山参
恋愛
アエナは貧しい子爵家から、国の英雄と名高いルーカス公爵の元へと嫁いだ。彼との政略結婚は、彼の底なしの優しさと、情熱的な寵愛によって、アエナにとってかけがえのない幸福となった。しかし、その幸福を妬み、毎日のように粘着質ないじめを繰り返す者が一人、それは夫の継母であるユーカ夫人である。 「たかが子爵の娘が、公爵家の奥様面など」 ユーカ様はそう言って、私に次から次へと理不尽な嫌がらせを仕掛けてくる。大切な食器を隠したり、ルーカス様に嘘の告げ口をしたり、社交界で恥をかかせようとしたり。 だが、私は決して挫けない。愛する公爵様との穏やかな日々を守るため、そして何より、彼が大切な家族と信じているユーカ様を悲しませないためにも、私はこの毒を静かに受け流すことに決めたのだ。 誰も気づかないほど巧妙に、いじめを優雅にスルーするアエナ。公爵であるあなたに心配をかけまいと、彼女は今日も微笑みを絶やさない。しかし、毒は徐々に、確実に、その濃度を増していく。ついに義母は、アエナの命に関わるような、取り返しのつかない大罪に手を染めてしまう。 愛と策略、そして運命の結末。この溺愛系ヒロインが、華麗なるスルー術で、最愛の公爵様との未来を掴み取る、痛快でロマンティックな物語の幕開けです。

【完結】ひとつだけ、ご褒美いただけますか?――没落令嬢、氷の王子にお願いしたら溺愛されました。

猫屋敷 むぎ
恋愛
没落伯爵家の娘の私、ノエル・カスティーユにとっては少し眩しすぎる学院の舞踏会で―― 私の願いは一瞬にして踏みにじられました。 母が苦労して買ってくれた唯一の白いドレスは赤ワインに染められ、 婚約者ジルベールは私を見下ろしてこう言ったのです。 「君は、僕に恥をかかせたいのかい?」 まさか――あの優しい彼が? そんなはずはない。そう信じていた私に、現実は冷たく突きつけられました。 子爵令嬢カトリーヌの冷笑と取り巻きの嘲笑。 でも、私には、味方など誰もいませんでした。 ただ一人、“氷の王子”カスパル殿下だけが。 白いハンカチを差し出し――その瞬間、止まっていた時間が静かに動き出したのです。 「……ひとつだけ、ご褒美いただけますか?」 やがて、勇気を振り絞って願った、小さな言葉。 それは、水底に沈んでいた私の人生をすくい上げ、 冷たい王子の心をそっと溶かしていく――最初の奇跡でした。 没落令嬢ノエルと、孤独な氷の王子カスパル。 これは、そんなじれじれなふたりが“本当の幸せを掴むまで”のお話です。 ※全10話+番外編・約2.5万字の短編。一気読みもどうぞ ※わんこが繋ぐ恋物語です ※因果応報ざまぁ。最後は甘く、後味スッキリ

悪役令嬢、記憶をなくして辺境でカフェを開きます〜お忍びで通ってくる元婚約者の王子様、私はあなたのことなど知りません〜

咲月ねむと
恋愛
王子の婚約者だった公爵令嬢セレスティーナは、断罪イベントの最中、興奮のあまり階段から転げ落ち、頭を打ってしまう。目覚めた彼女は、なんと「悪役令嬢として生きてきた数年間」の記憶をすっぽりと失い、動物を愛する心優しくおっとりした本来の性格に戻っていた。 もはや王宮に居場所はないと、自ら婚約破棄を申し出て辺境の領地へ。そこで動物たちに異常に好かれる体質を活かし、もふもふの聖獣たちが集まるカフェを開店し、穏やかな日々を送り始める。 一方、セレスティーナの豹変ぶりが気になって仕方ない元婚約者の王子・アルフレッドは、身分を隠してお忍びでカフェを訪れる。別人になったかのような彼女に戸惑いながらも、次第に本当の彼女に惹かれていくが、セレスティーナは彼のことを全く覚えておらず…? ※これはかなり人を選ぶ作品です。 感想欄にもある通り、私自身も再度読み返してみて、皆様のおっしゃる通りもう少しプロットをしっかりしてればと。 それでも大丈夫って方は、ぜひ。

【完結】辺境に飛ばされた子爵令嬢、前世の経営知識で大商会を作ったら王都がひれ伏したし、隣国のハイスペ王子とも結婚できました

いっぺいちゃん
ファンタジー
婚約破棄、そして辺境送り――。 子爵令嬢マリエールの運命は、結婚式直前に無惨にも断ち切られた。 「辺境の館で余生を送れ。もうお前は必要ない」 冷酷に告げた婚約者により、社交界から追放された彼女。 しかし、マリエールには秘密があった。 ――前世の彼女は、一流企業で辣腕を振るった経営コンサルタント。 未開拓の農産物、眠る鉱山資源、誠実で働き者の人々。 「必要ない」と切り捨てられた辺境には、未来を切り拓く力があった。 物流網を整え、作物をブランド化し、やがて「大商会」を設立! 数年で辺境は“商業帝国”と呼ばれるまでに発展していく。 さらに隣国の完璧王子から熱烈な求婚を受け、愛も手に入れるマリエール。 一方で、税収激減に苦しむ王都は彼女に救いを求めて―― 「必要ないとおっしゃったのは、そちらでしょう?」 これは、追放令嬢が“経営知識”で国を動かし、 ざまぁと恋と繁栄を手に入れる逆転サクセスストーリー! ※表紙のイラストは画像生成AIによって作られたものです。

敗戦国の元王子へ 〜私を追放したせいで貴国は我が帝国に負けました。私はもう「敵国の皇后」ですので、頭が高いのではないでしょうか?〜

六角
恋愛
「可愛げがないから婚約破棄だ」 王国の公爵令嬢コーデリアは、その有能さゆえに「鉄の女」と疎まれ、無邪気な聖女を選んだ王太子によって国外追放された。 極寒の国境で凍える彼女を拾ったのは、敵対する帝国の「氷の皇帝」ジークハルト。 「私が求めていたのは、その頭脳だ」 皇帝は彼女の才能を高く評価し、なんと皇后として迎え入れた! コーデリアは得意の「物流管理」と「実務能力」で帝国を黄金時代へと導き、氷の皇帝から極上の溺愛を受けることに。 一方、彼女を失った王国はインフラが崩壊し、経済が破綻。焦った元婚約者は戦争を仕掛けてくるが、コーデリアの完璧な策の前に為す術なく敗北する。 和平交渉の席、泥まみれで土下座する元王子に対し、美しき皇后は冷ややかに言い放つ。 「頭が高いのではないでしょうか? 私はもう、貴国を支配する帝国の皇后ですので」 これは、捨てられた有能令嬢が、最強のパートナーと共に元祖国を「実務」で叩き潰し、世界一幸せになるまでの爽快な大逆転劇。

『婚約破棄された令嬢、白い結婚で第二の人生始めます ~王太子ざまぁはご褒美です~』

鷹 綾
恋愛
「完璧すぎて可愛げがないから、婚約破棄する」―― 王太子アルヴィスから突然告げられた、理不尽な言葉。 令嬢リオネッタは涙を流す……フリをして、内心ではこう叫んでいた。 (やった……! これで自由だわーーーッ!!) 実家では役立たずと罵られ、社交界では張り付いた笑顔を求められる毎日。 だけど婚約破棄された今、もう誰にも縛られない! そんな彼女に手を差し伸べたのは、隣国の若き伯爵家―― 「干渉なし・自由尊重・離縁もOK」の白い結婚を提案してくれた、令息クリスだった。 温かな屋敷、美味しいご飯、優しい人々。 自由な生活を満喫していたリオネッタだったが、 王都では元婚約者の評判がガタ落ち、ざまぁの嵐が吹き荒れる!? さらに、“形式だけ”だったはずの婚約が、 次第に甘く優しいものへと変わっていって――? 「私はもう、王家とは関わりません」 凛と立つ令嬢が手に入れたのは、自由と愛と、真の幸福。 婚約破棄が人生の転機!? ざまぁ×溺愛×白い結婚から始まる、爽快ラブファンタジー! ---

貴族令嬢、転生十秒で家出します。目指せ、おひとり様スローライフ

ファンタジー
第18回ファンタジー小説大賞にて奨励賞を頂きました。ありがとうございます! 貴族令嬢に転生したリルは、前世の記憶に混乱しつつも今世で恵まれていない環境なことに気が付き、突発で家出してしまう。 前世の社畜生活で疲れていたため、山奥で魔法の才能を生かしスローライフを目指すことにした。しかししょっぱなから魔物に襲われ、元王宮魔法士と出会ったり、はては皇子までやってきてと、なんだかスローライフとは違う毎日で……?

処理中です...