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振り返ってみると、人生色々経験するんだなあとつくづく思う。
あたしはなかなか波乱万丈な人生を歩んでいるのではないかな。
これから書く出来事もそう。
できることならこんな経験はしたくなかったけど、まあこの後あたしに降りかかる出来事に比べたら人生のスパイスみたいなものだね。
辛いの嫌いだけど。
「あなた、諏訪部奈緒さんよね?」
学校帰り、女性に話しかけられた。
三十代後半から四十代半ばくらいの年齢かな?
皺のないパリッとしたパンツに、身体にフィットしたジャケットを羽織り、いかにも仕事のできるバリバリキャリアウーマンといった風貌の人だった。
あたしは彼女の顔に見覚えがあったような気がした。
知り合いかな?
どこかで見たことあるような気がするんだけど、どこで見たかは全然思い出せない。
まあ少なくとも話したことはないと思う。
女性と話すことが少ないあたしにとって、こんな威圧感のある女性と話したら忘れるわけがない。
なんでこんな女性に話しかけられたんだろう?
もしかしてまた援交相手の奥さんか?
あたしは身構えた。
「諏訪部奈緒さんで間違いなかったわよね?」
女性が繰り返した。
なぜあたしが先に名乗らなければいけないんだ。
そっちが先に名乗れ。
話はそれからだ。
「どちら様ですか?」
あたしは威嚇するように語勢を強めて言った。
全身の毛を逆立てるように、警戒心を全面に出した。
霜田があたしをヤマアラシだと言ったけど、あながち間違いではないと思う。
女性は少し怯んだように見えたけど、今度は逆に挑むような顔つきになり、あわてて笑顔を取り繕っていた。
不信感を与えてはいけないと考えたのかな?
いやいや、もう不信感がメーターを振り切っていますよ。
いまさら笑顔になっても手遅れです。
「少しお話をさせて欲しいんだけど、いいかしら?」
そう言って女性は名刺を差し出した。受け取って名刺を見たら、どうやらフリーの記者らしい。
名前は寺島万里子。
どこかで見たような見ていないような名前だけど、思い出せないってことは大した記憶ではないんだろうね。
「この近くにファーストフード店があるからそこでいいかしら?」
彼女はあたしの返事を待たずに矢継ぎ早に続けた。
とにかくあたしと話をしたいらしく、必死な様子が見て取れる。
あたしも人気者になったものだね。
全然嬉しくないけど。
「どこでもどうぞ」
面倒だったけど、どうせ断っても食い下がってきそうだから余計な労力を使う前に承諾した。
ファーストフード店に入り、窓際の席に促された。
あたしは椅子に座って丸テーブルに肘をついた。
喫煙席と禁煙席に別れていて禁煙席に座ったけど、店内の空気はどことなく全体的に澱んでいた。
空は爽やかな青色なのになんであたしはこんな燻んだ店内にいるんだろう?
寺島さんとやらは注文をしにカウンターに行き、二人分のホットコーヒーを持って戻ってきた。
「どうぞ」
寺島さんは紙コップに入ったコーヒーをあたしに薦めた。
どうせならカフェオレがよかったのに。
こっちはわざわざ時間を費やしているんだからケチケチしないでよね、なんて援助交際に毒された頭で考えてしまう。
軽くお礼を言って、蓋に付いている飲み口に唇を付けてそっとコーヒーを啜る。
熱いコーヒーが舌先を刺激した。
寺島さんも、腰を落ち着けてほっとしたのか、ゆっくりとコーヒーを口に運んだ。
そして、「ところで」と勿体ぶって話し始めた。
「単刀直入に聞くけど、あなたは穂高君とずいぶん懇意にしているみたいね」
意外な名前が出て驚いた。おじさん達の中の誰かの関係者だと思ったら、穂高の関係者だったとは。
というか、穂高に知り合いなんていたんだ。
人付き合いを全く感じさせないから意外だった。
「穂高の関係者ですか?」
「ええ、そんなところ。昔から穂高君の事を知っているの」
口ぶりから、家族でないことは予想がついた。
家族だったらもっとストレートに色々言ってくるだろうに、この人はどことなく話しづらそうにしている。
二人はどんな関係なんだろう?
この人は記者で穂高はWebライターだから、物書き同士の繋がりか?
「あたしから穂高の事を聞いてどうするんですか?何かの記事にするんですか?何も面白い話なんてありませんよ」
あたしは彼女をつっぱねた。
先日のことがあってから、あたしは穂高のことを考えるのを避けていた。
考えると胸に黒いモヤモヤとしたものが重くのしかかるような気分になるから。
だから、事情を知らない彼女にとっては完全に八つ当たりだけど、初対面で急にあたしの触れられたくない部分に触れてきた彼女に丁寧に接する気はない。
我ながら子どもだと思ったけど、感情には逆らえない。
「いいえ。さっきは怪しまれないように名刺を出したけど、仕事じゃなくて私の個人的なことで話を聞きたいの」
個人的なことであたしと穂高について聞いてくるということは、もしかしてこの人は、穂高のことが好きなのか?
元恋人同士?
あたしはそんなドロドロとした昼のメロドラマみたいな面倒ごとに巻き込まれるのはご勘弁いただきたいんだけど。
「で?何を聞きたいんですか?あたしも穂高と数年前から知り合いですが、あたしに答えられることなんてないと思いますけど」
髪の毛先を指で弄びながら聞いた。
あたしと穂高の関係なんて身体の関係だけだし、何か質問されても困る。
あたしの態度を見て寺島さんが苛立っているのが分かった。
綺麗にリップを塗った口元がピクピクと痙攣している。
プライドの高そうな人だな。
あたしにコケにされているのが堪らなく嫌みたい。
「聞きたいというか、お願いしたい事があるの。穂高君から離れてほしい」
これはやっぱり面倒なことになりそうだ。
この人はきっと穂高のことが好きなんだ。
それで、穂高とあたしの関係を誤解して、諦められずにあたしにこうやって別れるよう伝えにきたのだ、というところまで想像した。
「穂高との関係を誤解されているみたいですけど、訂正しておきます。あたしたちは別にお互いを好きなわけじゃないですよ」
女性は一瞬顔を顰めたような気がした。
それでも平静を装うよう努力していた。
「好きかどうかなんてどうでもいいわ。でも、穂高君はあなたと離れられないようなの」
彼女は演劇のような口調で話し始めた。
なにやら舞台が始まったぞ。
あくまで冷静を装っているようだが、あきらかに周囲から浮いていた。
高校生カップルとか女子高生集団とか、保険の説明をしているおばさんと客とかから不審な目で見られた。
ああ恥ずかしい。
声がでかいんだよ。
「わたしはね、ずっと前から穂高君を知っている。あなたよりもずっと前からよ。ずっと穂高君を見てきて、それこそ自分の弟とか、大事な人のように接してきたわ。わたしはね、ずっと穂高君のことを見守ってきた。援助もしてきたわ。金銭的にも精神的にも。長い期間を二人で歩いてきた」
自分の言葉に酔っているのか、悲劇のヒロインぶった口調になってきて、少し涙ぐんでいる。
彼女が高ぶるのに反比例して、あたしはどんどん冷めた気持ちになった。
好奇の目はどんどん強くなり、周囲の人があたしたちを見て、ヒソヒソ話したり笑ったりしているのが見えた。
彼らに言いたい。
これはドラマの撮影じゃないんですよ、現実なんですよ?信じられる?
「でも、あなたと合っていると知ったのはつい最近。穂高君の様子がおかしかったから問い詰めたけど教えてくれなくて、調べたらあなたと会っていることが分かった」
調べたって、どうやって?
後をつけられていたってこと?
記者って怖いわ。
「あなたのことを知ってからは毎日のように穂高君を説得した。あなたと離れるように言った。そうしなければ彼は幸せな人生を歩めない。けれど伝わらなかった」
彼女は今にも涙を溢しそうな瞳であたしを見つめた。
あたしのことを知らないくせに、何故こんなに人を疫病神扱いできるのか。
あたしは険しい顔でコーヒーを啜った。
不味い。
「あなたがいると穂高君が前に進めないの。これ以上穂高君の人生を狂わせたくないのよ。穂高君を解放してあげて!」
ついに彼女の目から涙が溢れ出し、テーブルの上に涙が一滴落ちた。
彼女は慌てて綺麗な花柄のハンカチを取り出して目を覆った。
感極まっているところ悪いけど、彼女の叫びはあたしには響かなかった。
だって、解放するも何も、解放してくれないのは穂高の方だもん。
実は今までに何回か、穂高に恐怖を感じて離れようとしてきたけど、穂高は受け入れてくれなかった。
連絡を断とうとしても、会わないように避けても、何故かあたしを見つけ出した。
この地球が丸々穂高の籠の中のように感じていた。
鳥籠に囚われている鳥に、飼い主を解放しろと言われても困ってしまう。
「あたしも離れたいのはやまやまなんですけど、無理なものは無理なんですー」
真面目に相手をするつもりがハナから無かったあたしは、あえてバカみたいな話し方で彼女に伝えた。
彼女は赤い目であたしを睨みつけた。
あたしはさらに馬鹿にした顔でぬるくなったコーヒーを舐めた。
「あなた、もしかして穂高君をまだ許していないの?」
怒りを堪えた唸るような低い声で彼女は言った。
話の流れが掴めず、あたしは困惑した。
眉間に一生消えない皺が刻まれるんじゃないかというくらい眉を顰めた。
許すって、何を?
「過去を引き合いに出して穂高君を縛り付けているんでしょ?」
はあ?
何を言い出すんだこのおばさんは。
穂高の過去なんてあたしは知らないし、興味もない。
知らないものを引き合いには出せないよ?
「あなた、穂高君の人生を狂わせた自覚ある?」
彼女の言っていることが全く理解できない。
アニメだったらクエスチョンマークが頭に二、三個浮かんでいる状態だ。
まあ、あたしを責めていることだけはなんとなく理解できた。
「そうよね、あの悪女の娘だものね」
なるほど、さすが記者だ。
あたしのママのことまでしっかりと調べ上げているのね。
ママのことを悪く言われて、あたしは頭にきた。
わざわざ呼び出されてママの悪口を聞かされるなんて、馬鹿にするのもいい加減にしてほしい。
まあ、散々馬鹿にしていたのはあたしの方だけど。
お互いに睨み合っていると、寺島さんが急に視線を外し、驚いた顔をした。
「何をしているの?」
あたしの後ろから声がした。
あたしは驚いて振り返ると、穂高が無表情で立っていた。
寺島さんは目を見開いて穂高を見ていた。
「穂高君!?どうしてここに!?」
「万里子さん、奈緒に何を話していたの?」
「あなたに話しても埒が開かないから、この子に直接穂高君と離れるよう説得していたの。お願い、分かって」
「余計なお世話だよ」
「私は穂高君のことを思って」
「話は後日させてもらうよ。今日は帰って。奈緒、帰るよ」
あたしは穂高に手を引っ張られて席を立たされた。
寺島さんを置いてあたしたち二人はファーストフード店を出た。
窓の外からさっきまで座っていた席を見ると、寺島さんが放心していた。
恐らく気力が抜けてしまったのだろう。
大事にしていた穂高から邪険に扱われている寺島さんの姿を見て、さすがに可哀想に見えた。
帰りは穂高の車で家まで送ってもらった。
本当は一人で歩いて頭をスッキリさせたかったのだけど、穂高に腕を掴まれて車へ連れていかれたので、仕方なく助手席に乗った。
最近いろいろなことがあって、頭がもやもやしている。
「奈緒は何も心配しなくていいよ」
運転しながら穂高は言った。
「何も心配なんてしていないけど、あの人誰なの?」
「俺の昔からの知り合い。良い理解者なんだけど、人の話を聞かないところがある。暴走しやすいんだ」
なるほどね。先ほどの様子を思い浮かべ、納得した。
「穂高はあの人とどんな関係なの?」
「ただの知り合いだって。余計なこと聞かないで」
穂高の返答を不満に思ったあたしは、不貞腐れて窓に額をつけて外の景色を眺めた。
あたしの家の前で車を停車させて、穂高はあたしの目をまっすぐ見つめた。
見つめたというよりは睨みつけたに近い、険しい顔つきだった。
「あの人の言葉は間に受けなくていいから」
穂高はあたしに命令するように言った。
そう言われても、気になって仕方がなかった。
あたしは寺島さんから言われたことを反芻した。
過去を引き合いに出して穂高を縛り付けているって、どういうこと?
あたしはなかなか波乱万丈な人生を歩んでいるのではないかな。
これから書く出来事もそう。
できることならこんな経験はしたくなかったけど、まあこの後あたしに降りかかる出来事に比べたら人生のスパイスみたいなものだね。
辛いの嫌いだけど。
「あなた、諏訪部奈緒さんよね?」
学校帰り、女性に話しかけられた。
三十代後半から四十代半ばくらいの年齢かな?
皺のないパリッとしたパンツに、身体にフィットしたジャケットを羽織り、いかにも仕事のできるバリバリキャリアウーマンといった風貌の人だった。
あたしは彼女の顔に見覚えがあったような気がした。
知り合いかな?
どこかで見たことあるような気がするんだけど、どこで見たかは全然思い出せない。
まあ少なくとも話したことはないと思う。
女性と話すことが少ないあたしにとって、こんな威圧感のある女性と話したら忘れるわけがない。
なんでこんな女性に話しかけられたんだろう?
もしかしてまた援交相手の奥さんか?
あたしは身構えた。
「諏訪部奈緒さんで間違いなかったわよね?」
女性が繰り返した。
なぜあたしが先に名乗らなければいけないんだ。
そっちが先に名乗れ。
話はそれからだ。
「どちら様ですか?」
あたしは威嚇するように語勢を強めて言った。
全身の毛を逆立てるように、警戒心を全面に出した。
霜田があたしをヤマアラシだと言ったけど、あながち間違いではないと思う。
女性は少し怯んだように見えたけど、今度は逆に挑むような顔つきになり、あわてて笑顔を取り繕っていた。
不信感を与えてはいけないと考えたのかな?
いやいや、もう不信感がメーターを振り切っていますよ。
いまさら笑顔になっても手遅れです。
「少しお話をさせて欲しいんだけど、いいかしら?」
そう言って女性は名刺を差し出した。受け取って名刺を見たら、どうやらフリーの記者らしい。
名前は寺島万里子。
どこかで見たような見ていないような名前だけど、思い出せないってことは大した記憶ではないんだろうね。
「この近くにファーストフード店があるからそこでいいかしら?」
彼女はあたしの返事を待たずに矢継ぎ早に続けた。
とにかくあたしと話をしたいらしく、必死な様子が見て取れる。
あたしも人気者になったものだね。
全然嬉しくないけど。
「どこでもどうぞ」
面倒だったけど、どうせ断っても食い下がってきそうだから余計な労力を使う前に承諾した。
ファーストフード店に入り、窓際の席に促された。
あたしは椅子に座って丸テーブルに肘をついた。
喫煙席と禁煙席に別れていて禁煙席に座ったけど、店内の空気はどことなく全体的に澱んでいた。
空は爽やかな青色なのになんであたしはこんな燻んだ店内にいるんだろう?
寺島さんとやらは注文をしにカウンターに行き、二人分のホットコーヒーを持って戻ってきた。
「どうぞ」
寺島さんは紙コップに入ったコーヒーをあたしに薦めた。
どうせならカフェオレがよかったのに。
こっちはわざわざ時間を費やしているんだからケチケチしないでよね、なんて援助交際に毒された頭で考えてしまう。
軽くお礼を言って、蓋に付いている飲み口に唇を付けてそっとコーヒーを啜る。
熱いコーヒーが舌先を刺激した。
寺島さんも、腰を落ち着けてほっとしたのか、ゆっくりとコーヒーを口に運んだ。
そして、「ところで」と勿体ぶって話し始めた。
「単刀直入に聞くけど、あなたは穂高君とずいぶん懇意にしているみたいね」
意外な名前が出て驚いた。おじさん達の中の誰かの関係者だと思ったら、穂高の関係者だったとは。
というか、穂高に知り合いなんていたんだ。
人付き合いを全く感じさせないから意外だった。
「穂高の関係者ですか?」
「ええ、そんなところ。昔から穂高君の事を知っているの」
口ぶりから、家族でないことは予想がついた。
家族だったらもっとストレートに色々言ってくるだろうに、この人はどことなく話しづらそうにしている。
二人はどんな関係なんだろう?
この人は記者で穂高はWebライターだから、物書き同士の繋がりか?
「あたしから穂高の事を聞いてどうするんですか?何かの記事にするんですか?何も面白い話なんてありませんよ」
あたしは彼女をつっぱねた。
先日のことがあってから、あたしは穂高のことを考えるのを避けていた。
考えると胸に黒いモヤモヤとしたものが重くのしかかるような気分になるから。
だから、事情を知らない彼女にとっては完全に八つ当たりだけど、初対面で急にあたしの触れられたくない部分に触れてきた彼女に丁寧に接する気はない。
我ながら子どもだと思ったけど、感情には逆らえない。
「いいえ。さっきは怪しまれないように名刺を出したけど、仕事じゃなくて私の個人的なことで話を聞きたいの」
個人的なことであたしと穂高について聞いてくるということは、もしかしてこの人は、穂高のことが好きなのか?
元恋人同士?
あたしはそんなドロドロとした昼のメロドラマみたいな面倒ごとに巻き込まれるのはご勘弁いただきたいんだけど。
「で?何を聞きたいんですか?あたしも穂高と数年前から知り合いですが、あたしに答えられることなんてないと思いますけど」
髪の毛先を指で弄びながら聞いた。
あたしと穂高の関係なんて身体の関係だけだし、何か質問されても困る。
あたしの態度を見て寺島さんが苛立っているのが分かった。
綺麗にリップを塗った口元がピクピクと痙攣している。
プライドの高そうな人だな。
あたしにコケにされているのが堪らなく嫌みたい。
「聞きたいというか、お願いしたい事があるの。穂高君から離れてほしい」
これはやっぱり面倒なことになりそうだ。
この人はきっと穂高のことが好きなんだ。
それで、穂高とあたしの関係を誤解して、諦められずにあたしにこうやって別れるよう伝えにきたのだ、というところまで想像した。
「穂高との関係を誤解されているみたいですけど、訂正しておきます。あたしたちは別にお互いを好きなわけじゃないですよ」
女性は一瞬顔を顰めたような気がした。
それでも平静を装うよう努力していた。
「好きかどうかなんてどうでもいいわ。でも、穂高君はあなたと離れられないようなの」
彼女は演劇のような口調で話し始めた。
なにやら舞台が始まったぞ。
あくまで冷静を装っているようだが、あきらかに周囲から浮いていた。
高校生カップルとか女子高生集団とか、保険の説明をしているおばさんと客とかから不審な目で見られた。
ああ恥ずかしい。
声がでかいんだよ。
「わたしはね、ずっと前から穂高君を知っている。あなたよりもずっと前からよ。ずっと穂高君を見てきて、それこそ自分の弟とか、大事な人のように接してきたわ。わたしはね、ずっと穂高君のことを見守ってきた。援助もしてきたわ。金銭的にも精神的にも。長い期間を二人で歩いてきた」
自分の言葉に酔っているのか、悲劇のヒロインぶった口調になってきて、少し涙ぐんでいる。
彼女が高ぶるのに反比例して、あたしはどんどん冷めた気持ちになった。
好奇の目はどんどん強くなり、周囲の人があたしたちを見て、ヒソヒソ話したり笑ったりしているのが見えた。
彼らに言いたい。
これはドラマの撮影じゃないんですよ、現実なんですよ?信じられる?
「でも、あなたと合っていると知ったのはつい最近。穂高君の様子がおかしかったから問い詰めたけど教えてくれなくて、調べたらあなたと会っていることが分かった」
調べたって、どうやって?
後をつけられていたってこと?
記者って怖いわ。
「あなたのことを知ってからは毎日のように穂高君を説得した。あなたと離れるように言った。そうしなければ彼は幸せな人生を歩めない。けれど伝わらなかった」
彼女は今にも涙を溢しそうな瞳であたしを見つめた。
あたしのことを知らないくせに、何故こんなに人を疫病神扱いできるのか。
あたしは険しい顔でコーヒーを啜った。
不味い。
「あなたがいると穂高君が前に進めないの。これ以上穂高君の人生を狂わせたくないのよ。穂高君を解放してあげて!」
ついに彼女の目から涙が溢れ出し、テーブルの上に涙が一滴落ちた。
彼女は慌てて綺麗な花柄のハンカチを取り出して目を覆った。
感極まっているところ悪いけど、彼女の叫びはあたしには響かなかった。
だって、解放するも何も、解放してくれないのは穂高の方だもん。
実は今までに何回か、穂高に恐怖を感じて離れようとしてきたけど、穂高は受け入れてくれなかった。
連絡を断とうとしても、会わないように避けても、何故かあたしを見つけ出した。
この地球が丸々穂高の籠の中のように感じていた。
鳥籠に囚われている鳥に、飼い主を解放しろと言われても困ってしまう。
「あたしも離れたいのはやまやまなんですけど、無理なものは無理なんですー」
真面目に相手をするつもりがハナから無かったあたしは、あえてバカみたいな話し方で彼女に伝えた。
彼女は赤い目であたしを睨みつけた。
あたしはさらに馬鹿にした顔でぬるくなったコーヒーを舐めた。
「あなた、もしかして穂高君をまだ許していないの?」
怒りを堪えた唸るような低い声で彼女は言った。
話の流れが掴めず、あたしは困惑した。
眉間に一生消えない皺が刻まれるんじゃないかというくらい眉を顰めた。
許すって、何を?
「過去を引き合いに出して穂高君を縛り付けているんでしょ?」
はあ?
何を言い出すんだこのおばさんは。
穂高の過去なんてあたしは知らないし、興味もない。
知らないものを引き合いには出せないよ?
「あなた、穂高君の人生を狂わせた自覚ある?」
彼女の言っていることが全く理解できない。
アニメだったらクエスチョンマークが頭に二、三個浮かんでいる状態だ。
まあ、あたしを責めていることだけはなんとなく理解できた。
「そうよね、あの悪女の娘だものね」
なるほど、さすが記者だ。
あたしのママのことまでしっかりと調べ上げているのね。
ママのことを悪く言われて、あたしは頭にきた。
わざわざ呼び出されてママの悪口を聞かされるなんて、馬鹿にするのもいい加減にしてほしい。
まあ、散々馬鹿にしていたのはあたしの方だけど。
お互いに睨み合っていると、寺島さんが急に視線を外し、驚いた顔をした。
「何をしているの?」
あたしの後ろから声がした。
あたしは驚いて振り返ると、穂高が無表情で立っていた。
寺島さんは目を見開いて穂高を見ていた。
「穂高君!?どうしてここに!?」
「万里子さん、奈緒に何を話していたの?」
「あなたに話しても埒が開かないから、この子に直接穂高君と離れるよう説得していたの。お願い、分かって」
「余計なお世話だよ」
「私は穂高君のことを思って」
「話は後日させてもらうよ。今日は帰って。奈緒、帰るよ」
あたしは穂高に手を引っ張られて席を立たされた。
寺島さんを置いてあたしたち二人はファーストフード店を出た。
窓の外からさっきまで座っていた席を見ると、寺島さんが放心していた。
恐らく気力が抜けてしまったのだろう。
大事にしていた穂高から邪険に扱われている寺島さんの姿を見て、さすがに可哀想に見えた。
帰りは穂高の車で家まで送ってもらった。
本当は一人で歩いて頭をスッキリさせたかったのだけど、穂高に腕を掴まれて車へ連れていかれたので、仕方なく助手席に乗った。
最近いろいろなことがあって、頭がもやもやしている。
「奈緒は何も心配しなくていいよ」
運転しながら穂高は言った。
「何も心配なんてしていないけど、あの人誰なの?」
「俺の昔からの知り合い。良い理解者なんだけど、人の話を聞かないところがある。暴走しやすいんだ」
なるほどね。先ほどの様子を思い浮かべ、納得した。
「穂高はあの人とどんな関係なの?」
「ただの知り合いだって。余計なこと聞かないで」
穂高の返答を不満に思ったあたしは、不貞腐れて窓に額をつけて外の景色を眺めた。
あたしの家の前で車を停車させて、穂高はあたしの目をまっすぐ見つめた。
見つめたというよりは睨みつけたに近い、険しい顔つきだった。
「あの人の言葉は間に受けなくていいから」
穂高はあたしに命令するように言った。
そう言われても、気になって仕方がなかった。
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