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「あれ?霜田、いつも使っていたシャーペンは?」
物理の授業前、隣に座った霜田のシャープペンがいつもと違っていた。
手に持っていたのは、校門で配られていた予備校のチラシに付いていたシャープペンだった。
予備校の名前がデカデカと書いてある、安っぽいものだ。
いつもは黒い重量感のある高そうなものを使っていたのに。
「ああ、無くしちゃったんだよ。お母さんから高校入学の時もらったプレゼントで、大切にしていたのに」
霜田が口をへの字に曲げた。
少し俯き気味の霜田の表情は悲しそうで、失くしたことが相当ショックな様子だった。
落ち込んでいる霜田に何かしてあげたいけど、人付き合いの少なかったあたしはこういう時に何をしたらいいかわからない。
おじさん相手なら「大丈夫だよ」とか言ってハグして頭を撫でてあげると喜んだりするんだけど、そんなことをするわけにはいかない。
自分のコミュニケーション能力の異常性が悲しい。
結局あたしは何もできないままで、先生が教室に入ってきて会話が強制終了した。
この日の放課後は一人で買い物をする予定だった。
もうすぐタヌキおじさんの誕生日だからプレゼントを探すことにしていた。
誕生日のプレゼントは毎回頭を悩ませる。
数学とか物理と同じくらい難しい。
ネクタイやネクタイピンは社会経験のない女子高生からもらってもあんまり嬉しくないだろうし、少し背伸びをし過ぎている気がして恥ずかしい。
財布やバッグは高価すぎる。
散々悩んで結局無難なハンカチなどの小物にしようと決めた。
毎年同じようなものだけど仕方がない。
気持ちが伝わればいいのだ。
百貨店のメンズの小物売り場に行き、白のラインが入った紺のハンカチを買った。
小型の箱に入れてラッピングしてもらい、青いリボンを付けてもらった。
タヌキおじさんも喜んでくれるに違いない。
買い終えた後、店内を見渡し、少しお高い筆記用具が売っている事に気づいた。
あたしは何気なくそちらへ足を運んだ。
筆記用具売り場へ向かい、ケースの中で展示されているボールペンやシャープペンを眺めた。
その中の、シンプルだが少しだけ高級感があるシルバーのシャープぺンに目が止まった。
「お手に取ってみますか?」
店員のおばさんがケースから一つ取り出して、あたしに手渡してくれた。
おばさんは手袋をしているのに、あたしは素手で触ってよかったのかな?
予想したよりも重量感があり、手にフィットする。
見た目もくすんだシルバーで程よい光沢があり、地味すぎず目立ちすぎず丁度いい。
あたしは何故か霜田がそのシャープペンを使う様子を思い浮かべた。
なんでこんなことをしたのか自分でもよくわからないが、私はそのシャープペンを買った。
急に霜田にあげたくなった。
大袈裟なプレゼントにしたくなかったので、ラッピングはしなかった。
小さな長方形の箱に入ったシャープペンを、あたしはタヌキおじさんのプレゼントより丁重に扱った。
次の放課後、教室で勉強を始めようとしていた霜田に声をかけた。
「霜田、シャーペンなくして困ってたよね?」
霜田の前の席に腰を掛け、カバンからシャープペンが入った小箱を取り出そうとした。
「ああ、あれ見つかったんだ。世界史の図録に挟まってた」
「え!そうなの?」
あたしは小箱を出しかけた状態で固まった。
せっかく買ったのに、必要がなくなってしまったのか。
もちろん、あたしが勝手に買ったのだから霜田が悪いわけではない。
大事な物が見つかったのだから一緒に喜んであげるべきだ。
そうは思っていてもあたしは少し悲しかった。
「なんだ……よかったねっ」
悲しみを悟られないように振る舞おうと躍起になったら、逆に語勢が強くなってしまった。
「え?何?」
あたしが怒っていると思ったのか、霜田は狼狽えた。
そしてカバンを覗き込んで、あたしが手に持っていた小箱を見つめた。
「その箱、どうしたの?高そう」
あたしは隠そうと思ったけど、観念して机の上に出した。
「霜田が困ってると思って買ってきたの」
小箱の蓋をあけてシャープペンを見せた。
霜田は目を見開いてシャープペンを見ていた。
あたしとシャープペンを交互に見ている。
「いつも勉強を教えてもらっているし、仲良くしてもらってるお礼」
適当な理由をつけて霜田の方へ押しやった。
霜田は両手を振って断った。
「いや、そんな高そうなの、申し訳ないよ」
「そうだよね。いらないよね。いやー見つかってよかったね」
あたしは投げやりに言った。
自分の暴走っぷりが恥ずかしくなった。
付き合ってもいない男の子に気を遣わせる物買って、引かれたよね。
援助交際の関わり方しか知らないあたしには、友達同士の付き合い方が分からない。
あたしがシャープペンをカバンに入れようとしたら霜田が手で制してきた。
「待って。それ、僕のために買ってくれたんでしょ?よく見せて?」
あたしの気持ちを汲み取ってくれたようで、この場合は興味を持った方がいいと判断したのだろう。
気を遣わせてしまってまた恥ずかしくなった。
「うん」
あたしは霜田にシャープペンを手渡した。
霜田は恐る恐るシャープペンを手に取った。
両手で持ち上げてデザインを眺めたり、握ってみたり、ノートに走り書きをしたりしていた。
あたしの予想通り、シックなデザインは落ち着いた霜田に合っていた。
「この重み、いいね。手にフィットする。決めた。これは学校用、こっちのお母さんからもらったのは家用で使う。ありがとう」
あたしを傷つけないために気遣ったのか、それとも本当に喜んでもらえたのかは分からないけど、霜田に使ってもらえることになって嬉しかった。
きっとシャープペンも、他の人に使われるよりも霜田に使ってもらえることを喜んでいると思う。
勝手な妄想だけど。
霜田が勉強を開始したのであたしも勉強することにした。
机を向かい合わせにした。
こうするとお互いわからないところを質問しやすい。
椅子に座って目の前の霜田を盗み見る。
霜田があたしのプレゼントしたシャープペンを、数式を書くのに使ったり、悩んだ時にあごにあてたりしているのを見て、あたしは嬉しくなった。
友達ができるとこういうところで幸せを感じるんだって、霜田のおかげで学校生活も悪くないなって思えるようになってきていた。
物理の授業前、隣に座った霜田のシャープペンがいつもと違っていた。
手に持っていたのは、校門で配られていた予備校のチラシに付いていたシャープペンだった。
予備校の名前がデカデカと書いてある、安っぽいものだ。
いつもは黒い重量感のある高そうなものを使っていたのに。
「ああ、無くしちゃったんだよ。お母さんから高校入学の時もらったプレゼントで、大切にしていたのに」
霜田が口をへの字に曲げた。
少し俯き気味の霜田の表情は悲しそうで、失くしたことが相当ショックな様子だった。
落ち込んでいる霜田に何かしてあげたいけど、人付き合いの少なかったあたしはこういう時に何をしたらいいかわからない。
おじさん相手なら「大丈夫だよ」とか言ってハグして頭を撫でてあげると喜んだりするんだけど、そんなことをするわけにはいかない。
自分のコミュニケーション能力の異常性が悲しい。
結局あたしは何もできないままで、先生が教室に入ってきて会話が強制終了した。
この日の放課後は一人で買い物をする予定だった。
もうすぐタヌキおじさんの誕生日だからプレゼントを探すことにしていた。
誕生日のプレゼントは毎回頭を悩ませる。
数学とか物理と同じくらい難しい。
ネクタイやネクタイピンは社会経験のない女子高生からもらってもあんまり嬉しくないだろうし、少し背伸びをし過ぎている気がして恥ずかしい。
財布やバッグは高価すぎる。
散々悩んで結局無難なハンカチなどの小物にしようと決めた。
毎年同じようなものだけど仕方がない。
気持ちが伝わればいいのだ。
百貨店のメンズの小物売り場に行き、白のラインが入った紺のハンカチを買った。
小型の箱に入れてラッピングしてもらい、青いリボンを付けてもらった。
タヌキおじさんも喜んでくれるに違いない。
買い終えた後、店内を見渡し、少しお高い筆記用具が売っている事に気づいた。
あたしは何気なくそちらへ足を運んだ。
筆記用具売り場へ向かい、ケースの中で展示されているボールペンやシャープペンを眺めた。
その中の、シンプルだが少しだけ高級感があるシルバーのシャープぺンに目が止まった。
「お手に取ってみますか?」
店員のおばさんがケースから一つ取り出して、あたしに手渡してくれた。
おばさんは手袋をしているのに、あたしは素手で触ってよかったのかな?
予想したよりも重量感があり、手にフィットする。
見た目もくすんだシルバーで程よい光沢があり、地味すぎず目立ちすぎず丁度いい。
あたしは何故か霜田がそのシャープペンを使う様子を思い浮かべた。
なんでこんなことをしたのか自分でもよくわからないが、私はそのシャープペンを買った。
急に霜田にあげたくなった。
大袈裟なプレゼントにしたくなかったので、ラッピングはしなかった。
小さな長方形の箱に入ったシャープペンを、あたしはタヌキおじさんのプレゼントより丁重に扱った。
次の放課後、教室で勉強を始めようとしていた霜田に声をかけた。
「霜田、シャーペンなくして困ってたよね?」
霜田の前の席に腰を掛け、カバンからシャープペンが入った小箱を取り出そうとした。
「ああ、あれ見つかったんだ。世界史の図録に挟まってた」
「え!そうなの?」
あたしは小箱を出しかけた状態で固まった。
せっかく買ったのに、必要がなくなってしまったのか。
もちろん、あたしが勝手に買ったのだから霜田が悪いわけではない。
大事な物が見つかったのだから一緒に喜んであげるべきだ。
そうは思っていてもあたしは少し悲しかった。
「なんだ……よかったねっ」
悲しみを悟られないように振る舞おうと躍起になったら、逆に語勢が強くなってしまった。
「え?何?」
あたしが怒っていると思ったのか、霜田は狼狽えた。
そしてカバンを覗き込んで、あたしが手に持っていた小箱を見つめた。
「その箱、どうしたの?高そう」
あたしは隠そうと思ったけど、観念して机の上に出した。
「霜田が困ってると思って買ってきたの」
小箱の蓋をあけてシャープペンを見せた。
霜田は目を見開いてシャープペンを見ていた。
あたしとシャープペンを交互に見ている。
「いつも勉強を教えてもらっているし、仲良くしてもらってるお礼」
適当な理由をつけて霜田の方へ押しやった。
霜田は両手を振って断った。
「いや、そんな高そうなの、申し訳ないよ」
「そうだよね。いらないよね。いやー見つかってよかったね」
あたしは投げやりに言った。
自分の暴走っぷりが恥ずかしくなった。
付き合ってもいない男の子に気を遣わせる物買って、引かれたよね。
援助交際の関わり方しか知らないあたしには、友達同士の付き合い方が分からない。
あたしがシャープペンをカバンに入れようとしたら霜田が手で制してきた。
「待って。それ、僕のために買ってくれたんでしょ?よく見せて?」
あたしの気持ちを汲み取ってくれたようで、この場合は興味を持った方がいいと判断したのだろう。
気を遣わせてしまってまた恥ずかしくなった。
「うん」
あたしは霜田にシャープペンを手渡した。
霜田は恐る恐るシャープペンを手に取った。
両手で持ち上げてデザインを眺めたり、握ってみたり、ノートに走り書きをしたりしていた。
あたしの予想通り、シックなデザインは落ち着いた霜田に合っていた。
「この重み、いいね。手にフィットする。決めた。これは学校用、こっちのお母さんからもらったのは家用で使う。ありがとう」
あたしを傷つけないために気遣ったのか、それとも本当に喜んでもらえたのかは分からないけど、霜田に使ってもらえることになって嬉しかった。
きっとシャープペンも、他の人に使われるよりも霜田に使ってもらえることを喜んでいると思う。
勝手な妄想だけど。
霜田が勉強を開始したのであたしも勉強することにした。
机を向かい合わせにした。
こうするとお互いわからないところを質問しやすい。
椅子に座って目の前の霜田を盗み見る。
霜田があたしのプレゼントしたシャープペンを、数式を書くのに使ったり、悩んだ時にあごにあてたりしているのを見て、あたしは嬉しくなった。
友達ができるとこういうところで幸せを感じるんだって、霜田のおかげで学校生活も悪くないなって思えるようになってきていた。
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