バッドエンドの女神

かないみのる

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 寺島さんとはもう会う事はないと思っていた。

まさかまた会うなんて、そしてあんな事件が起こるなんて思ってもみなかった。

比喩表現じゃなくてマジな事件が起きたんだよ。



 普通に学校に行って霜田と話して授業受けて霜田と話して掃除して霜田と話して霜田は用事あるからってあたし一人で帰っていた時のことだった。

霜田霜田うるさいって?

でもあたしの学校生活は霜田で始まり霜田で終わるんだから仕方がない。



 学校から駅まで向かう途中、どうしても人通りの少ない道を歩かなければならない。

近くには廃墟もあり、不気味だからできるだけ足早に通り過ぎていた。

その人通りのない道の物陰からゆらりと人が現れた。

急に出てきた人間に驚き、あたしは悲鳴をあげそうになった。

よろよろと覚束ない足取りで現れたのは寺島万里子だった。



「……寺島さん?」



 この間とは違って髪は乱れ、目は濁ったかのように虚になっており、明らかに憔悴し切っていた。

一体この数日間に何があったのだろう?



 彼女と初めて会った後、あたしは寺島万里子について調べた。

そして彼女は、少年犯罪を専門にしているジャーナリストで、犯罪少年を守る事に必死で過激な思想を持っているという事を知った。

以前パパと見た情報番組にコメンテーターとして出演し、過激な討論を繰り広げていたのは彼女だった。

しかし今目の前にいる彼女にはあの爆発的なエネルギーがない。



 寺島さんは充血した目であたしを睨みつけた。

そして一歩、また一歩とゆっくりあたしに近づいてきた。



「あんたが……穂高君を……」


「穂高と何かあったんですか!?」



 あたしは寺島さんに駆け寄り、うずくまりそうになっている彼女を支えようとした。

あんなにエネルギッシュだった彼女がこんなに憔悴しきっているなんて、穂高と何があったんだろう?

彼女にとっては何よりも穂高が大事な様子だったし、よっぽど酷いことをされたんだな。

穂高ならやりかねない。



「あんたさえいなければ……」



 そう呟いて懐から何かを取り出した。

鈍色に輝く何かが目に映り、ただならぬ様子にあたしは慌てて後ずさろうとした。

しかし遅かった。



寺島さんは腕を大きく振り上げた。

その瞬間、あたしの左の肘と手首の間あたりに鋭い衝撃が走った。

彼女が手に持っている物を見てあたしは腰を抜かしそうになった。

寺島さんは崩れた体制を立て直し、包丁をあたしに向けて近づいてきた。



あたしは震える足に鞭打ってその場から逃げ出した。

普段から人通りのない道なだけあって誰もいなかった。

大声で助けを求めたいが、恐怖で喉が閉まって声が出せない。



あたしはとにかく走った。

どこに逃げたらいいのか分からず、足が動くままに進んだ。

寺島さんは先ほどの疲弊した様子は全く見られず、肉食獣が獲物を追うような鬼気迫る迫力であたしを追いかけてきた。

ハイヒールのパンプスが脱げるのも気にせずにあたし目掛けて走って来る。



 あたしは逃げ道の選択を間違えたようで、廃倉庫の敷地内に入り込んでしまった。

どこに逃げたらいいか迷っている間に、寺島さんはどんどん距離を詰めてくる。

廃倉庫を通り過ぎ、アスファルトの続く道を曲がると、フェンスに囲まれた袋小路に行き着いてしまった。

後ろを追っていた寺島さんはフェンスに寄りかかるあたしを見て、ついに追い詰めたことに気が昂ったのか、大声で笑い出した。

悪魔のような笑い声にあたしは怯んだ。



 寺島さんは笑いながら猪のようにあたしに向かってきた。

間一髪のところで一撃を避けたが、彼女はすぐに包丁を無鉄砲に振り回して、それがあたしの二の腕をかすった。

恐怖で腰を抜かしてしまい、上半身だけでなんとか逃げようと地べたを這いずるようにしたが、逃げられるわけもなく寺島さんはあたしに馬乗りになった。


 殺される……!


暴れて手を振り回し寺島さんを退けようとしたがそれも叶わず、包丁の刃に触れて手を傷付けるだけだった。



寺島さんが包丁を両手で持ち、振りあげたところで遠くからサイレンの音が聞こえてきた。

あたしと寺島さんは音の方向を探すように周囲を見回した。

サイレンの音がどんどん近くなり、あたしと寺島さんが硬直していると警察官が数名駆けつけてきた。

警察官は手際よく寺島さんから包丁を取り上げて彼女を拘束した。

あたしは急展開に訳がわからず、そのまま地面に寝そべっていた。

救急車も来ていたようで、救急隊員に「大丈夫ですか!?」と声をかけられたけど放心状態で、我に帰った時には応急処置をされ担架に乗せられていた。



「奈緒、大丈夫だった?」



 あたしが担架に乗せられると、いつの間にか側に穂高がいた。



「穂高?なんでここに?」


「よかった、間に合って」



 穂高はあたしの質問に答えなかった。あたしは担架ごと救急車に乗せられて、穂高と離れた。


 あたしはその後、命が助かったと確信したことで緊張の糸が切れたのか、意識を失って、気づいたら病院のベッドの上だった。

ベッドのそばにはパパが心配そうな顔で立っていた。

パパはわんわんと声を出して泣いていた。

「生きていてよかった」とか言葉にならない声で喚いていた。

そうだよね、ママと弟に続いてあたしまで死んじゃったら、パパはひとりぼっちになっちゃうし、そりゃあ泣くよね。

心配かけたことを謝ったけど、パパはなかなか泣き止まなかった。



「奈緒の叫び声を聞きつけて警察を読んでくれた人がいたらしい。病院にもきてくれたみたいで、お礼を言いたかったんだけどパパが来た時にはもういなかったんだ。名前も教えないよう警察に言っていたらしいからね。感謝してもしきれないなあ」


 恐らく穂高だろう。

穂高が警察を呼んで助けてくれたのは間違いない。

でも、あたしは叫び声なんてあげなかった、というかあげられなかった気がしたんだけど、気が動転して気付かないうちにあげていたのかな?


まあ、その後の警察の事情聴取とか腕の治療のこととかはあんまり覚えていない。

思い出したいとも思わないしね。
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