バッドエンドの女神

かないみのる

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霜田とジェラートを食べた日の次の登校日、あたしは余韻で浮かれていた。

授業中もホームルーム中もニヤニヤとして、気づいたら帰りの挨拶も終わっていた。

クラスの子達が帰った後、教室でニヤニヤしていたらいつの間にか霜田が隣に立っていた。



「あれ?霜田どうしたの?」



 今の締まりのないゆるゆるとした表情を見られていたかもしれないと思うと恥ずかしかったけど、霜田のことだからスルーしてくれるに違いない。



「なにニヤニヤしてんの?」



スルーしてくれなかった。



「こっちの教室来るなんて珍しいじゃん」



あたしは照れ隠しに少し皮肉を込めて言った。



「いいじゃんたまには。ここの席借りて良いかな?」


「うん、そこの席の子、もう帰ったっぽいし。なになに、あたしに会いたくなった?」



霜田はあたしの前の席の机を動かし向かい合わせにした。



「うん」


「あーそう……へ?」


「諏訪部に会いたくて来たんだよ」



霜田が小さな声で呟いた。

その言葉が信じられなくて、あたしは数秒固まってしまった。



「どういう風の吹き回し?熱でもあるんじゃないの?」



あたしは霜田のおでこに触ろうとした。

霜田は頭を逸らして避けた。



「失礼だなー。いつも通り、健康体だよ。諏訪部がなかなか来ないから、こっちから来たんだよ」



そう言って鞄から筆箱や教科書を机の上に出した。

二人でなぞなぞ形式で化学の問題を出し合った。

無機化学は暗記が多いから大変だけど、理論化学とは違った楽しさがある。

お互い集中力が切れたところで、ペットボトルのミルクティーを飲んで息を吐く。



「最近ね、あたし、霜田にとって二番目なら、いいかなって思えるようになったの」



あたしはかねてから考えていた事を霜田に伝えた。

霜田はあたしの発言に驚いていた。



「二番目?」


「一番はお母さんでしょ?だから、二番目」



あたしは指で二を示した。

ピースサインを霜田に向ける形になる。



「別に好きって言ってもらえなくてもいいし、お母さんを優先してくれても全然気にしない。ただ霜田と一緒に楽しい時間を過ごせれば、あたしはいいんだ」


 
少しの沈黙の後、霜田が意を決した様子で話し出した。重大な事件でも発表するかのようだった。



「うまく言えないけどさ、お母さんは大事だけど、それとは別に諏訪部とは一緒にいたいと思った。お母さんと諏訪部は比べられない」


 
その発言は、あたしにとっては衝撃的だった。



「それって、霜田にとってあたしはお母さんと同じくらい大きな存在になったってこと?」


 
少しの沈黙の後、霜田は囁くような声で「うん」と言った。

それは、今まではお母さんには勝てなかったけど、今では同じ高さまできたという事か。

そんなことを言われたら浮かれてしまうではないか。



十七時をまわった頃、霜田は「さて、帰りますか」と言って教科書類をカバンにしまった。



「えーもうちょっと一緒にいようよ」



あたしはさっき霜田に言われた事が嬉しくて調子に乗っていた。



「ダメだよ。門限は守らないと。お母さんが心配するから」



案の定霜田は断った。



「もう少しだけ!」


「お母さんを困らせるようなことはしない」



食い下がったけど駄目だった。

まあ本気にはしていなかったが、それでも少しぐらいお願いを聞いてもらえるのではないかと心の隅で思っていたのでがっかりした。

うーむ、母の壁は大きい。

やっぱりお母さんに勝とうと思っていることがそもそもの間違いなんだよね。

うん、知ってた。

同じくらい大事に思ってくれているだけでも十分だと思わないと。



翌日、移動教室で廊下を歩いていると、後ろから声をかけられた。

この間ライブで話しかけてきたツンツン長髪の先輩と、その友人だ。

あたしは小さく舌打ちをする。



「この間はありがとう、奈緒ちゃん。ライブに来てもらっちゃって。お礼に今度奢らせてよ」



別にあなたのために行ったわけじゃないんですけど、と心の中で毒づいた。



「おい、奈緒ちゃん嫌がってるからやめてやれよ。ごめんね、奈緒ちゃん。でも、よかったら今度、またライブ来てね。打ち上げも込みで」



この友人もバンドのメンバーだったのか、全く気づかなかった。

というか興味がなかった。

こっちは髪が短く、同じようにワックスで立たせている。

チクチクハリネズミみたい。

もっとも、ハリネズミのような愛らしさは全くないが。



あたしは苦笑いで受け流し、その場を後にした。

廊下を曲がったところで立ち止まり、耳をそばだてる。



「諏訪部奈緒だっけ。あの子と話せるなんて、俺たちラッキーだよな」


「きっと話しかけるまでがハードル高くて、ちょっとおだてればすぐにヤレると思うぜ。オッサンとばっかりやってるから、きっと俺たち相手なら簡単に股開くって。3Pもできるかも。ギャハハ」



やっぱりな。

分かっていたけど、実際に耳にすると腹が立つ。

あたしの事を誰とでも寝る節操無しだというような発言。

今まで幾度となく同じような事を言われてきたから慣れてはいるけど、それでも頭に来る。

もう視界にも入れたくないから早く卒業してほしい、むしろ退学してしまえ。

ツンツン頭とチクチク頭の先輩達の存在を頭の中だけでも切り捨てたかった。

あたしは嫌な気持ちを振り切るように早歩きで次の授業へ向かった。



また数日後、霜田が友人に誘われていたので仕方なくまたライブに行くことになった。

今度はどこかの音楽関係の専門学校が企画したライブイベントらしい。

あの先輩達がいると思うとテンションが上がらないが、霜田が行くというので仕方なくついて行く事にした。



ライブが始まり、他の学校の五人組バンドとか、制服が可愛いことで有名な女子高のガールズバンドとか、前回より演奏するバンドが増えていた。

霜田の友人の演奏は相変わらずだったが前回よりは音にまとまりが出ていたように感じた、などと専門家気取りの感想を心の中で呟く。

そしてあの不快な先輩達がステージに立った時は、席を立ちトイレで時間を潰した。



ライブ後のお決まりの出待ち。

あたしは霜田から離れなかった。

友人と話す霜田の影に隠れて目立たないようにしたつもりだったが、あの先輩達は目敏くあたしを見つけて声をかけてきた。

ツンツンチクチクコンビがあたしに近づいてくる。



「奈緒ちゃん、また打ち上げあるから、今度こそ来てよ!」



チクチク頭が相変わらず馴れ馴れしく話しかけてくる。

しつこい誘いにあたしは気が滅入った。

宗教の勧誘か。



「あたしは結構です。霜田と帰ります」



前と同様霜田の腕を取って言った。

前回と同じ作戦だったため、霜田は驚かなかった。



「え?奈緒ちゃんの彼氏」



ツンツン頭が訝るような目で見てきた。

口調には、「彼氏なわけないよね?」という嘲りが含まれているように感じた。



霜田には悪いが彼氏だと嘘をついてこの場を逃れよう。



「違うらしいですよ」



 霜田の友人が脇から答えた。

余計なこと言いやがって。



「じゃあ、良いじゃん。奈緒ちゃんだけ来なよ」



あたしはツンツンに腕を掴まれ、霜田から引き離された。

これで八方塞がりになってしまった。

ツンツンはあたしの身体を引き寄せられて肩を抱いた。

あのねえ、そういうのは好きな人にされるから良いのであって、好きでも何でもない人間にされても不快なだけなんだよ。

「おい、奈緒ちゃん嫌がってんだろ」とチクチクが笑いながら言う。

その笑い声も神経に触る。



ヤリ目的だっていうのは分かってますよ、と伝えて肘打ちでもかまそうとしたら、その前に霜田があたしの手を掴んだ。



「諏訪部はこれから僕と二人で帰るんで!んじゃ!」


 
霜田はあたしの手を引いてその場を後にした。

霜田は怪獣のように足音が響くのではないかというくらい力強くアスファルトを蹴った。



「霜田?」


「あの人達、感じ悪かったね。あ、やばい。早く帰らないと門限が……急ぐよ!」



霜田が駆け足になった。

こんなにイライラしている霜田を初めて見た。

駅の改札をくぐり、ホームの階段を駆け降り、電車に乗り込んだ。

あたしと霜田はボックス席に向かい合って座った。



「諏訪部はもっと危機意識を持った方がいいよ。あんなガラの悪い先輩達と知り合いだなんて、何かあったらどうするの?」



席に着くや否や、霜田のお説教が始まった。

今までにない剣幕にあたしは気圧された。

あたしは自分で自分を守ろうとしていたのに、何をそんなに怒っているんだろう?



「分かってるよ、あの人たちがヤリたいからあたしに声をかけてきたのは。あたし、ああいうのには厳しいから大丈夫」


「絶対大丈夫じゃないって。さっきだって危なかったじゃん」


「大丈夫だよ。なんでそんなに怒ってるの?」


「そりゃあ、怒るよ。諏訪部が呑気なんだもん」


「そうかなあ?霜田、ひょっとしてあたしのこと心配してくれたの?」


「まあ、そりゃあね」


「ヤキモチ?」



あたしは霜田を揶揄ってみた。

きっと反撃されるだろうなと思ったら、予想とは裏腹に霜田は俯くだけだった。



「自分でもよくわからない。怒ってごめん。こんな気分になったの初めてだ」



霜田は窓枠に肘をついて、頬杖をついた。

子犬が餌を取り上げられたみたいにしょぼくれていて、あたしは揶揄ったことを反省した。



「実を言うと、あの人たちが諏訪部に触ったのが許せなかった」



小さな声で呟いた。

あたしもなんだか不思議な気持ちになる。

霜田が苦しむところは見たくないけど、あたしのことで悩んでくれているのかと思うと、それほどあたしの存在が大きくなったのかと嬉しいやら申し訳ないやらで複雑な気持ちになる。



「触られただけでも腹が立つのに、諏訪部にもし何かあったら僕は自分が許せなくなると思う」



霜田は頭を抱えてしまった。



「僕が弱々しいからいけないんだよね。諏訪部を守れるくらい強くならないといけないんだって分かった」



自分に言い聞かせるように呟き、一人で納得し頷いた。



「あたしは守ってもらおうなんて思ってないよ。あたしが霜田を守るから大丈夫だよ?」



あたしはそんなにやわじゃない。自分ではそう思っていた。



「そうじゃないんだよ、諏訪部。僕にも男としての威厳が……」



ないね、と嘆いて霜田はまた頭を抱えてしまった。

あたしは霜田に悪い事をしたらしいけど、何か言ったらまた落ち込んでしまいそうだから黙っていた。



今なら言える。

霜田は誰よりも強くて、誰よりも優しいよ。
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