バッドエンドの女神

かないみのる

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日曜日、霜田と出かける約束をしていた。

出かけると言っても、近くの図書館で勉強するだけだけど。

とはいえ二人きりで休日に会うことには変わりないのであたしは柄にもなくはしゃいでいた。

気分が上がるようにお気に入りの服を着て、綺麗に見えるようにアクセサリーを付けて、見せるわけじゃないけどお気に入りの下着を身につけて。

教科書を持っていかないといけないから、カバンだけはいつもと同じで、私服に合っていないけど仕方ない。

あたしは準備万端で家を出た。



パパはいつもの活動で一日中出かけていた。

今回は、いじめにより息子が自殺したという両親が学校からの報告書が提出されないことで学校と揉めているらしく、真実を知るために力を貸して欲しいと団体に助けを求めてきたようだ。

今後の動きについて話し合うんだって。

どこの学校も、いじめについてはろくな対応しないよね。



霜田が迎えに来てくれて、二人で図書館へ向かった。

霜田はあたしを見るなり、少し気まずそうな顔で下を向いてしまった。

せっかくオシャレしたんだけど、似合ってなかったかな。

あたしは少し凹んだ。

それにしても今日の霜田は落ち着きがなく、頻繁に腕時計や携帯電話を見ていた。

あたしと目を合わそうとしないし、なんだかソワソワとしている。何か隠しているのだろうか。



図書館での勉強を終え、喫茶店で二人でカフェラテを飲んで話をした。

その喫茶店ではラテアートを描いてもらえるサービスがあり、二人でウサギを描いてもらった。

かわいいウサギちゃんを歪ませながらラテを飲んでいると、あっというまに霜田の門限が近づいていた。

休日は平日よりも門限が早いのだ。



「五時半だ。もうそろそろ帰らないと、六時になっちゃうね」



あたしは寂しさを我慢して言った。

できればもう少し霜田と一緒にいたかった。

あたしが今まで撮ってきた空とか花の写真を一枚一枚見せるたびに、色んな反応をしてくれる霜田をもっと見ていたかった。

あたしの気持ちを察したのか、霜田は神妙な面持ちになり、急に携帯を取り出し電話をかけ始めた。



「あ、お母さん?ごめん、テストが近いから、どうしてももう少し勉強していきたいんだ。うん、分かってるけどそこを何とかしてほしい。うん、難しい課題が解けそうなんだよ。うん、うん、もう高校生だし心配しなくて大丈夫。うん、ごめんね。あんまり遅くならないようにするよ。じゃあ」



霜田が電話を切った。



「霜田?」


「僕は今、生まれて初めてお母さんに嘘をついた」



霜田は気持ちを落ち着けるように大きく息を吸った。

そしてあたしの目を見てゆっくり話し始めた。



「本当は勉強したいんじゃない。諏訪部ともう少し一緒にいたいと思った」



なんだ? 何が起こっているんだ?

霜田、どうした?



「自分でもよくわかんないけど、今は諏訪部のことが一番大切なんだとおもう」


「それって……」


「うん。僕、諏訪部が好きになったみたい」



霜田は淡々と言ったが、顔を真っ赤にしている。

耳まで真っ赤だ。

あたしがずっと聞きたかった事を言ってくれた。

霜田があたしのことを好きになってくれたなんて、奇跡としか思えない。



「ほんと……に?」


「うん。今日はそれを伝えようと思ってたんだけど、なかなか言えなくて。もっと自然に言えると思ったんだけど、今日に限って諏訪部、綺麗なんだもん」



それでずっと落ち着きがなかったのか。

あまりあたしの方を見てくれなかったから、好みじゃなかったのかなって考えていたけど、逆だったのか。

霜田の真意を聞いて、あたしの胸には嬉しさが溢れて、涙として零れ落ちた。



「あたし、霜田を好きになってよかった。諦めなくてよかった」


「うん」


「これからも一緒にいてくれる?」


「うん。まあ、あんまりお母さんに心配かけるようなことはできないけどね。諏訪部の要望にはできるだけ応えていきたい」



幸福感があたしの身体を隅々まで満たして、指先がぽかぽかと暖かくなった。



もっと霜田と幸せな時間を過ごしたい。



「じゃあ、わがまま言ってもいい?」


「無茶なことは言わないでね」


「夜景見に行こう!」



あたしは高層ビルの屋上へ連れて行った。

蛇弁護士に連れていってもらったレストランは高級すぎて入れないから、似たような夜景が見られる場所を前から探していたのだ。

人もあまりいなくて、二人きりになるには絶好の場所である。



「すごい!すごく良い眺め!こんなの初めてだよ、諏訪部!」



霜田は目を輝かせながら言った。

展望台はガラス張りで色々な方向から夜景を楽しむ事ができる。

霜田はキョロキョロと、場所を移動しながら目の前に広がる光の海を楽しんでいた。

まるで子どものようだ。

そんな霜田の反応の一つひとつがたまらなく愛しい。

あたしを援助してくれるおじさん達もこういう気持ちだったのかな?



「ねえ、霜田」


ガラスにおでこをつけんばかりに近づいて夜景を見ている霜田の耳元であたしは囁いた。

どうしてもしたいことがあった。

恋人同士になったからこそできることを。



「ホテル行こう」



両思いになった今、あたしは霜田と愛し合いたいと強く思った。

心から好きだと思える人に抱いてほしい。

今までとは違う、心の通じ合った交わりが欲しかった。



霜田は額に手を当てた。

眉間に皺をよせ、目を固く瞑ったり、見開いて外を凝視したりと自分の欲求と理性の間で揺れているみたい。

霜田は悩んだ末、答えた。



「今はダメかな」



その言葉にあたしは心底がっかりさせられた。

雲の上から突き落とされた気分だった。

どうして駄目なのか理解できない。



「えー、どうして?霜田はあたしのことを好きなんじゃないの?」


「好きだよ!好きだけど!」



うーん、と唸って霜田は続けた。



「性行為は十八歳になってからって決まってるでしょ?青少年保護育成条例だっけ?」



あたしは膨れた。



「それは片方が十八歳以上の場合だよ。あたしたちは大丈夫!というかなんでそんなの知ってるの?」


「いや、諏訪部がなんで周囲から白い目で見られないといけないのか、気になって援助交際について調べてみて……」


「え?あたしのこと心配してくれてたの?」


「まあ、そんな感じ。とにかく条例とか法令とかにはきっと理由があるんだろうから、守った方がいい。あと一年だし」


「へー、霜田は法律を律儀に守ってるんだ」


「お母さんからルールを守るよう言われてるから」


霜田らしいなと納得した。

霜田も悩んだ末の選択だったようだし、困らせるようなことはしたくないから渋々受け入れた。



「じゃあ、キスだけ」



あたしは食い下がった。

この日を忘れられない最高の思い出にするためにも、恋人同士だからできる事をしたかった。



「仕方ないなあ。僕、初めてだから笑わないでよ?」



霜田の方を向いて口を閉じた。



「目、つぶってよ」


「だって霜田の顔をよく見たいんだもん」


「恥ずかしいじゃん」


「照れてる霜田かわいい」


「からかわないで」

 

あたしは目を瞑った。



霜田の唇が触れた時、少しだけ目を開けた。

まつ毛が長いこととか、瞼に二重の線がしっかり入っていることとか、初めて気づく事ばかりで、それら全てが愛おしく思えた。



唇を離し、お互い見つめあった。

幸せな沈黙があたし達の間に流れた。

霜田とはプラトニックな関係でいるのも悪くないかもしれない。



「そろそろ帰ろっか。霜田のお母さんも心配するだろうし」


「うん」


「諏訪部、手」



霜田が片手をあたしの方に差し出した。



「手?」



よく分からずに手を差し出したら、あたしの手を引いて歩いてくれた。

なんだ、手を繋ぎたかったのか。



繋がったのは手だけじゃない。

掌を通して心まで通じ合った。

身体の距離はまだ遠いけど、あたしが経験した中で一番心が近くなったと感じられた瞬間だった。
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