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ローグ伯爵家跡の魔犬事件

第28話 バスカーくん、犯人をさがす

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 朝目覚めると、ムフーッというすごい鼻息とともに、もこもこしたものが私の顔に鼻先を押し付けてきた。

「うわーっ」

 私が悲鳴をあげて飛び起きると、昨日引き取ったバスカーが、ベッドに頭を乗せて私をじーっと覗き込んでいるのだった。

「お、おはよう」

『わふ』

 魔犬ガルム。
 青白い炎を操るモンスターで、子牛ほどの大きさがある。
 賢いらしく、私が引き取り手になったというのをちゃんと理解しているのだろう。

 だから、朝の挨拶にやって来たのだ。
 彼の世話をしていた庭師もいいお年なので、いつまでも一緒にはいられまい。

 今後は私が世話をしていくことになる……のだろうか?
 とりあえず、魔犬ガルムともなれば、辺境でもいい活躍ができそうだ。

 ベッドから半身を起こしたまま、じーっとバスカーを見ていると、彼は不穏な空気を感じたらしい。

『わふぅーん』

 スッと静かに引き下がって、器用に前足で扉を開けて去っていった。
 廊下から、メイドの悲鳴が聞こえる。
 いきなり私の部屋からガルムが出てきたら驚くよな、それは。

「お嬢様が食べられたかと思いました」

「思うよね、それは」

 納得しかない。
 朝食の場では、ナイツがなんとも不思議なものを見るような目を、私とバスカーに向けていた。
 食事をする私の横で、大きなお皿に盛られた朝食を、バスカーがもりもりと食べているのだ。

「……お嬢、よく引き取る気になりましたよね」

「私が引き取らなかったら、この子どこにも行くところなかったでしょ」

「そりゃあそうですけど。今でさえ、“あのシャーロットとともに数々の事件に挑む辺境伯令嬢ジャネット! その勢いは国王ですら止められない!”なんて言われてるんですがねえ」

「ええ……。私そんな扱いになってるわけ? 道理で外を歩くと視線を感じると思った」

 本日の予定は、午前中はアカデミー。
 講師でシャーロットが来るから、そこで彼女と合流。
 そしてローグ邸前殺人事件の決着をつける、と。

「そもそもお嬢が、こんな殺人事件に関わって解決しなくちゃいけない理由もないんじゃないですかね?」

「私の目が届くところで間違った事が行われているのよ? こんなことが横行するようになったら国の終わりだわ! 父は辺境で国を守り、私はここで国を守るの」

「そういう心づもりでいるから、巷で話題になるんでしょうが」

 うるさい。
 そして私はアカデミーに行き、シャーロットの講義を受けてから彼女と合流。

 一旦家に帰ったあと、大人しく待っていたバスカーを連れて外に出た。
 もう夕方が近い。

 ワトサップ邸から出てきたガルムに、道行く人がギョッとする。
 だが、すぐに何か納得した顔になって微笑みを浮かべた。
 解せぬ。

「お嬢の噂も役に立つもんだなあ。全然騒ぎにならねえや」

「そんなところで感心されても嬉しくないわ」

 私がむくれると、シャーロットが微笑んだ。

「いえいえ! こうして事件解決のための鍵である彼を、何の問題もなく運用できるということは素晴らしいことですわ。ジャネット様の人徳ですわね」

 本当に嬉しくないな!

 ちなみにバスカーは大きいので、通常の馬車の中に入りきらない。
 無理やり詰め込むと、私とシャーロットとバスカーでぎゅうぎゅうになってしまうのだ。

 彼は軍事用のベルトを首輪代わりにして、そこからチェーンを伸ばして私が握っている。
 凄いスケールの犬の散歩だ。

 ジャラジャラと鎖が音を立て、バスカーは楽しそうに馬と並走する。
 馬も馬で、戦場でヘルハウンドやモンスターを見慣れているから、バスカーくらいでは驚きもしない。
 バスカーは敵意を持っていないしね。

『わふわふ!』

「嬉しそうに走るわねえ。そうか、ずっと中庭にいたもんね。こんな往来を走るのは久しぶりかあ」

「普通に鎖をつけて散歩させる発想が常人のそれではありませんわねえ。さあ、ジャネット様。ローグ邸の前ですわよ」

 あっという間に到着だ。
 バスカーを走らせようと思ったら、馬車の速度も上がる。
 普段ならば、前に人が飛び出してきたりすると危ないのだが、不思議とうちの馬車は大きな軍馬を使っているせいか人が寄り付かない。
 それにバスカーもセットで、道行く馬車でさえ私たちから距離を取っている。

 怖くないのに。

 ローグ邸の前で降りた私たちは、早速調査を開始する。
 憲兵たちが来ていたのだが、バスカーがトコトコ歩き回ると、真っ青になって遠ざかった。

「え? え? 噂の魔犬……?」

「ローグ屋敷の魔犬、実在したんだ……」

「どうして普通に町の中歩いているの……?」

「見ろ、またシャーロットとワトサップ辺境伯令嬢だ!」

「あの二人かあ」

 うるさいよ。
 憲兵たちのざわめきをあえて無視しつつ、私はバスカーに問う。

「どう? 何か分かる? 私たちは君の言葉が分からないから、こうして現場で君に動いてもらうしかないんだけど」

「バスカーならば、犯人の姿も見ていた可能性がございますし、何よりも鼻が利きますわね。どうです、バスカー。犯人の臭いがしますこと?」

『わふん』

 バスカーが顔を上げて、鼻を鳴らした。
 シャーロットが目を細めて、彼の頭を撫でる。
 物怖じしない人だな。

『わふ!』

 バスカーが走り出した。
 進行方向にいた憲兵たちが、悲鳴をあげて逃げる。

「大丈夫! 危なくないから! 賢い犬だから!」

 私は彼らに声を掛けながら、馬車に乗り込んだ。

「バスカーを追って!」

「へいへい! とんでもないことになってきましたなあ……」

 呆れた様子のナイツ。
 だが、どこか楽しそうだ。

 夕暮れ時。
 走るバスカーの体や口元から、青白い光が漏れる。
 遠巻きに見ると、暗がりに映えて迫力満点。なるほど、ローグ邸の魔犬だ。

「バスカーが方向転換しましたわよ! あら、あちらは下町……。やはり、実行犯は下町に潜んでいたようですわね」

 シャーロットが窓から身を乗り出している。
 どうやら、実行犯の目星はついていたらしい。
 バスカーの鼻をダメ押しの証拠にするつもりだろう。

 こうして事件は、猛スピードで解決に向けて突き進む。
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