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賢者の館の事務員事件
第87話 再就職した男
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以前、カゲリナの家に勤めていたハンスという庭師がいるのだけれど、彼は色々あってあの家から独立したそうだ。
多分人間関係が理由だと思うんだけど。
知らない仲でもないので、たまにシャーロットと一緒に彼の相談に乗ったりした。
主に次の仕事先の相談。
そこで、庭師の仕事は専属だし、今から入り込める家はないから、新しい技術を身に着けておくべきという話になった。
ハンスはそこそこ貯金があったので、これで暮らしつつ、シャーロットの知り合いの会計屋で見習いとして働く事になった。
会計屋というのは、他の商売人の税金の金額とか、あるいは大きな買い物をするぞという人の資金運用を計算してあげる仕事。
複雑で大きな数字が動く計算ができるのは、特殊技能なのだ。
ここでハンスは、苦心して技能を身に着けた。
下町だと商売敵になるので、別のところで就職するという条件があったが、ハンスはなんと貴族街の近くに仕事先を見つけたのだ。
大したもんだと、私とシャーロットで感心していたところ……。
当のハンスが、突然相談に訪れたのだった。
ここはシャーロットの家。
「なんかですね……。おかしいんですよ」
「おかしいって、何が?」
私が尋ねると、ハンスも首を傾げた。
「いや、毎日会計屋の仕事をしてるんですけど、だけど仕事の量は少ないし、その割には給料もちゃんと支払われてるんですが」
「何も問題はないじゃない」
「そうなんですけどねえ。事務所に俺一人しかいないんですよ」
「はあ?」
とんでもない話を聞いた。
会計屋は確かに、一人でもやっていける仕事だ。
下町くらいの規模なら、やってくる案件も小さいから、それぞれにかかる時間も少ない。
だけど、ハンスの職場は貴族街の近くだ。
絶対に大きな案件が来るでしょう。
それを口にしたら、ハンスが困った顔をする。
「いやあ? なんか、会計屋の師匠のとこで見習いしてた時と、仕事の規模があんま変わらないんですよね。というかそもそも、俺はまだ見習いレベルなんで一人に任せるのがどうかなって」
「あー、確かに」
一般的に、相手がライバルになると分かっていれば、仕事などあまり教えないものだ。
見て盗め、見て覚えろ、というのが仕事を教える基本。
ここでいつまでも大して腕を上げぬまま、職場で下働きをするという選択肢もあり。
ハンスの場合は独立すると宣言していたので、会計屋のお師匠も、あまり深いところまで教えなかったのだろう。
技術の核に当たる部分は、いちばん大事な商売道具だからだ。
みんな自力で手にするしか無い。
さもなくば、親から受け継ぐか。
そういう意味では、世襲の職人は強いのだ。
「なんだろうねえ。それじゃあハンスも経験積めないでしょ」
「いやあ、俺としては仕事が楽でいいんですけどー。でもなんか不安で」
「そりゃあそうよ。いつまでもそんな不自然な、楽な状態が続くわけないじゃない」
私は悲観論者である。
平和は争乱の合間に訪れる一時の休憩でしかないし、人と人が集まれば必ず争いが起こるし、国と国の境が接すれば必ず攻められる。
苦労のない楽が続くのは不自然な状態だと思うのだ。
「そんなもんですかねえ。だったら俺、どこで働いてるんでしょうねえ」
「どこで働いてるのかも確認していなかったの!?」
私はハンスの楽観ぶりに仰天してしまった。
ここで、今まで沈黙を守っていたシャーロットが動き出す。
「事件のにおいがしますわね!」
ぐいっと紅茶を一気に干して、彼女は立ち上がった。
置いたカップがふわりと浮いて、水瓶のある流しの方に移動していった。
インビジブルストーカーが仕事をしている。
「事件ですか!?」
ハンスが目を白黒させる。
そんな大事だとは思っていなかったのだろう。
「事件ですわよ。こういうのは大概、不自然な状況から始まるものですわ。既に事件は起こっていると見て間違いないでしょうね。ハンス、わたくしたちをあなたの職場に連れて行ってもらえないかしら」
「は、はい!」
そんなわけで、出立となった。
今回はシャーロットの馬なし馬車を使う。
待機していたナイツには帰ってもらった。
荒事は起きなさそうな気がしたので。
「この事件、どこかで覚えがございませんこと、ジャネット様?」
「どこか……? あ! プラチナブロンド組合の事件!!」
シャーロットに言われて思い出した。
私が妙な館に拘束されて、意味のわからない仕事をしてお金をもらっているうちに、賊がバスカーを狙ったという事件だ。
「何か理由があって、ハンスは狙われたっていうこと?」
「そうなりますわね。そしてハンスは、狙われるだけの理由がありますわよ」
「お、俺に理由!?」
対面に座っているハンスが震え上がった。
「ただの元庭師で、会計屋見習いの俺がなんで!?」
シャーロットの目が細くなる。
「それはもちろん。あなた、わたくしやジャネット様と関わったじゃありませんの。あの後、メイドの子があちこちで喋ったみたいで、婚約者が消えた事件の話は貴族街に広まってましたのよ? みんな楽しいお話に飢えてますもの」
そうだったのか……!
そこから、ハンスの事を知った者がいてもおかしくない。
っていうか、これは私が原因に一噛みしてるってことにならない?
なるな!
「仕方ない! じゃあハンス、さっさと事件を解決するわよ。プラチナブロンド組合事件みたいなことになってるなら、裏で陰謀が動いてるはずだもの。一刻の猶予も無いわ!」
「ジャネット様が燃えてる!」
「経験者ですものねえ。さあ、では調べて参りましょうか。ジャネット様関係でハンスを知ったのならば、絶対にこの話、裏では大きいことになっていますわよ……!」
多分人間関係が理由だと思うんだけど。
知らない仲でもないので、たまにシャーロットと一緒に彼の相談に乗ったりした。
主に次の仕事先の相談。
そこで、庭師の仕事は専属だし、今から入り込める家はないから、新しい技術を身に着けておくべきという話になった。
ハンスはそこそこ貯金があったので、これで暮らしつつ、シャーロットの知り合いの会計屋で見習いとして働く事になった。
会計屋というのは、他の商売人の税金の金額とか、あるいは大きな買い物をするぞという人の資金運用を計算してあげる仕事。
複雑で大きな数字が動く計算ができるのは、特殊技能なのだ。
ここでハンスは、苦心して技能を身に着けた。
下町だと商売敵になるので、別のところで就職するという条件があったが、ハンスはなんと貴族街の近くに仕事先を見つけたのだ。
大したもんだと、私とシャーロットで感心していたところ……。
当のハンスが、突然相談に訪れたのだった。
ここはシャーロットの家。
「なんかですね……。おかしいんですよ」
「おかしいって、何が?」
私が尋ねると、ハンスも首を傾げた。
「いや、毎日会計屋の仕事をしてるんですけど、だけど仕事の量は少ないし、その割には給料もちゃんと支払われてるんですが」
「何も問題はないじゃない」
「そうなんですけどねえ。事務所に俺一人しかいないんですよ」
「はあ?」
とんでもない話を聞いた。
会計屋は確かに、一人でもやっていける仕事だ。
下町くらいの規模なら、やってくる案件も小さいから、それぞれにかかる時間も少ない。
だけど、ハンスの職場は貴族街の近くだ。
絶対に大きな案件が来るでしょう。
それを口にしたら、ハンスが困った顔をする。
「いやあ? なんか、会計屋の師匠のとこで見習いしてた時と、仕事の規模があんま変わらないんですよね。というかそもそも、俺はまだ見習いレベルなんで一人に任せるのがどうかなって」
「あー、確かに」
一般的に、相手がライバルになると分かっていれば、仕事などあまり教えないものだ。
見て盗め、見て覚えろ、というのが仕事を教える基本。
ここでいつまでも大して腕を上げぬまま、職場で下働きをするという選択肢もあり。
ハンスの場合は独立すると宣言していたので、会計屋のお師匠も、あまり深いところまで教えなかったのだろう。
技術の核に当たる部分は、いちばん大事な商売道具だからだ。
みんな自力で手にするしか無い。
さもなくば、親から受け継ぐか。
そういう意味では、世襲の職人は強いのだ。
「なんだろうねえ。それじゃあハンスも経験積めないでしょ」
「いやあ、俺としては仕事が楽でいいんですけどー。でもなんか不安で」
「そりゃあそうよ。いつまでもそんな不自然な、楽な状態が続くわけないじゃない」
私は悲観論者である。
平和は争乱の合間に訪れる一時の休憩でしかないし、人と人が集まれば必ず争いが起こるし、国と国の境が接すれば必ず攻められる。
苦労のない楽が続くのは不自然な状態だと思うのだ。
「そんなもんですかねえ。だったら俺、どこで働いてるんでしょうねえ」
「どこで働いてるのかも確認していなかったの!?」
私はハンスの楽観ぶりに仰天してしまった。
ここで、今まで沈黙を守っていたシャーロットが動き出す。
「事件のにおいがしますわね!」
ぐいっと紅茶を一気に干して、彼女は立ち上がった。
置いたカップがふわりと浮いて、水瓶のある流しの方に移動していった。
インビジブルストーカーが仕事をしている。
「事件ですか!?」
ハンスが目を白黒させる。
そんな大事だとは思っていなかったのだろう。
「事件ですわよ。こういうのは大概、不自然な状況から始まるものですわ。既に事件は起こっていると見て間違いないでしょうね。ハンス、わたくしたちをあなたの職場に連れて行ってもらえないかしら」
「は、はい!」
そんなわけで、出立となった。
今回はシャーロットの馬なし馬車を使う。
待機していたナイツには帰ってもらった。
荒事は起きなさそうな気がしたので。
「この事件、どこかで覚えがございませんこと、ジャネット様?」
「どこか……? あ! プラチナブロンド組合の事件!!」
シャーロットに言われて思い出した。
私が妙な館に拘束されて、意味のわからない仕事をしてお金をもらっているうちに、賊がバスカーを狙ったという事件だ。
「何か理由があって、ハンスは狙われたっていうこと?」
「そうなりますわね。そしてハンスは、狙われるだけの理由がありますわよ」
「お、俺に理由!?」
対面に座っているハンスが震え上がった。
「ただの元庭師で、会計屋見習いの俺がなんで!?」
シャーロットの目が細くなる。
「それはもちろん。あなた、わたくしやジャネット様と関わったじゃありませんの。あの後、メイドの子があちこちで喋ったみたいで、婚約者が消えた事件の話は貴族街に広まってましたのよ? みんな楽しいお話に飢えてますもの」
そうだったのか……!
そこから、ハンスの事を知った者がいてもおかしくない。
っていうか、これは私が原因に一噛みしてるってことにならない?
なるな!
「仕方ない! じゃあハンス、さっさと事件を解決するわよ。プラチナブロンド組合事件みたいなことになってるなら、裏で陰謀が動いてるはずだもの。一刻の猶予も無いわ!」
「ジャネット様が燃えてる!」
「経験者ですものねえ。さあ、では調べて参りましょうか。ジャネット様関係でハンスを知ったのならば、絶対にこの話、裏では大きいことになっていますわよ……!」
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