上 下
3 / 11

酒場ドタバタ大乱闘

しおりを挟む
「良かった! ダンジョンから外に出られたあ……!」

 カオルがダンジョン入り口から飛び出すと、思い切り伸びをした。
 リュミも続き、地面の硬さを確かめるように何度も飛び跳ねる。

「足元もちゃんと平たくなってるです! 傾いてないですー!」

「俺も無事に外に出られたよ。ありがとう」

 俺は二人に向かって礼を言った。
 ダンジョンの中では、カオルの牽制攻撃とか、リュミの目潰し魔法が俺のサポートして働いた。
 魔物どもの行動を妨害するため、たいへん役立ったのだ。

「でも、私たち、何にもできなくて……。魔剣なのに全然上手く決まらないし……」

「あたし、詠唱を噛んじゃって、光の魔法が上手く決まらなくて」

「ナイス牽制! 俺たちに大事なのは、勝つことじゃない。生き残ることだったんだよ!」

 俺がグッと親指を立ててみせると、二人は顔を見合わせて、それから笑った。

「うん、そうだよね!」

「リードさん、改めて、ツイン・プリンセスに加わって欲しいです! 信頼できる人が見つからなかったので、あたしたち二人だけで行動してましたけど、リードさんなら信頼できるです!」

「ああ。正式採用になって俺も嬉しいよ。よろしく!」

 俺は二人と固く握手を交わした。
 時間はもう夕方。
 ダンジョンから町に戻るには、真っ暗になっているに違いない。

「じゃあ戻ろうか。帰りも三人なら安心だな!」

「あの、それが、リードさん。私たち……」

「うん、ワープストーンで帰るので……」

 二人は、背負い袋からワープストーンを取り出した。
 しかも、マイティ・ホークの連中が持っていたものよりも、明らかに上質なタイプだ。

「あれっ、それがあるなら、すぐにダンジョンから脱出できたんじゃ……?」

「これ、回数制限が無い代わりに、決まった場所の行き来しかできないの」

「ならば、俺も一緒にワープさせて」

「そ、それがー。あたしたちのワープ先、えーと、その、ほら、男子禁制なので!」

「あっ」

 俺は察した。
 明らかに、俺が行くと大変なことになる場所へワープしてしまうのだろう。
 例えばお城とか。

「じゃあ、また明日、ここで!」

「またね、リードさん!」

「また明日……」


 彼女たちは消えていった。
 そして、ダンジョンを抜けてくる途中で狩ったモンスターの素材が、俺の前に残された。
 素材も回収していかないとか……。
 明らかに、普通の生まれの冒険者じゃないじゃないか。
 だが、これで俺はフリーでダンジョンに潜らなくてもいい。
 素材も独り占めなら、悪くない稼ぎだ。
 俺は素材を抱え、ほくほく顔で町へ戻った。


▲△▲


 冒険者の店の扉をくぐると、一体になっている酒場から剣呑な視線が向けられた。

「はっ! よく一人であのダンジョンから出てきたもんだな?」

 ヴィクターが俺に向かって野次を投げかける。

『目端』──発動。

 だが、俺には分かった。
 彼の手足が、微かに震えている。
 何を恐れてるんだ、こいつは?

「そのまま死ねば良かったのに。ほんと空気が読めないやつ」

 チェリーはいつも通り、と。
 こいつホント性格悪いなー。
 フラン兄弟は見るまでもないから無視な。

「おいっ!!」

「無視するなあっ!」

 俺は耳をほじくりながら告げた。

「あれ? 誰かな君たちは。新しいパーティに再就職が決まった俺は、君たちみたいな過去を振り返ったりはしないんだけどなあ」

「てめえ、言わせておけば……!」

 ヴィクターが立ち上がる。
 ちょいと顔が赤いのは、酒が入っているせいだろう。
 彼は優れた戦士だが、魔物相手でなければ大したことはない。

 拳を作って、俺に殴りかかってくるヴィクター。

『起こり』──発動。

 拳が速度を得る前に、彼の腕を横から打つ。
 すると、ヴィクターは自分の力で自分を吹き飛ばしたようになる。
 拳に込めていた力が自分に返り、ヴィクターはもんどり打って倒れた。

「お前ヴィクターを!」

「酔っ払いを殴るとはどういうことだ!」

 フラン兄弟がいきり立って立ち上がる。

「どういうことだはお前らだぞ。酔っ払いを自由に歩かせたらいかんのだ」

 俺は彼らを指さした。

「足元危ないから、ちゃんとお手手を繋いでてあげろ。マイムマイムでも踊ってな」

 俺の挑発に、酒場がやんややんやと盛り上がる。
 真っ赤になったフラン兄弟がこっちに向かってこようとしたので、

『間』──発動。

 彼らが踏み出すタイミングで、俺は彼らの間合いに入り込んだ。

「っ!?」

 虚を突かれ、呆然とする二人。
 彼らの体勢が定まらぬ内に両脇へと突き飛ばすと、彼らは別のテーブルに倒れ込んでいった。
 テーブルが崩れる音と、ぶちまけられるジョッキに皿。

「あーっ! 俺の酒が!」

「あたいの料理ーっ!」

 飛び込まれたテーブルにいた冒険者が、フラン兄弟を殴り始めた。
 にわかに酒場が活気づく。
 立ち上がる冒険者たち。
 喧嘩の輪に、彼らが次々に飛び込んでいく。

「大盛況だなあ……」

 俺に殴りかかって来る冒険者をあしらい、かわし、するりするりと喧嘩の中を渡っていく。
 俺はしみじみ呟きながら、冒険者の店のカウンターに向かうべく、酒場に背中を向けた。

『目端・起こり』──発動。

 おっと、同時にスキルが発動した。
 背後から飛んできたナイフを、振り返りもせずに避け、通り過ぎたところを指先で摘んで止める。
 ナイフを投げた相手は誰なのか。
 そりゃもう、とてもわかり易い。

「店の中で刃物を抜いちゃいけないな、チェリー」

「うるさい! さっさと消えな、この疫病神!!」

「へいへい」

 俺は投げられたダガーを舐めた。

「あっ、何してやがるのさ!」

「存分にペロペロしたら返してやる! そーれ!」

「ひい、汚い!」

 俺が投げ返したダガーが、チェリーのマントに突き刺さった。
 ぎゃあぎゃあと叫ぶ声を背に、俺はカウンターに取り付いた。

「ということで、生まれ変わった俺です。ツイン・プリンセスってパーティに入ったからさ。記録書き換えてよ」

 カウンターにいたのは、大柄で筋骨隆々の受付嬢ジェニファーちゃん。
 オーガ族らしく、額からは一本の角まで生えている。
 あっ、顔は超可愛い。

「ツインプリンセスってゆうとー。あ、これですねぇ」

 声も超かわいい。
 天使のようなウィスパーボイスだ。
 ちなみに、あれだ。
 この間土下座して、ただならぬ関係になった。
 俺たちはデキてる。

「Eランク冒険者で、最近登録したばかりみたいですぅ。いつも町に立ち寄らず、ダンジョンに直接潜ってるみたいですけど」

「そうだねー。それにはやんごとなき理由があってねえ。とりあえず、素材持ってきたから換金してよ」

「はぁい! リードさん、クビになったって聞いたときは、性格的にやっぱりーって思ってたんですけど、すぐ再就職できて良かったですねぇ。ジェニファーびっくりー」

「うん。ジェニファーちゃん可愛いけど、いつも一言多いよねー」

 ジェニファーはサラサラッと俺に関する記録を書き換えてくれた。
 そして、素材も換金、良いお金になった。
 これでしばらくは遊んで暮らせるけど……。
 明日もよろしくねって言われたからなあ。
 二人の姫……いや少女が、俺を待っているのだ。
しおりを挟む

処理中です...