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第3章 貴女をずっと欲していた
アリーチェを手にするのは⑤
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【SIDE アリーチェ】
わたしの仕事部屋だった、ワーグナー公爵家の別邸。
午前中は誰も来ないから、静かに仕事に集中できるのが好きだった。
結婚したあとから見ていなかった、ワーグナー公爵家の資料全てに目を通すことにした。
新しい情報は相当にあるけど、我が家の事業に大きな変化はないようだ。
マックスは、事務官長としていつも忙しいはずなのに、1人で我が家のことをやっていたんだと嬉しくなる。
わたしは、城の中で迷子になったあの日、自分を助けてくれたマックスへ、姉の恋を応援しろと駄々をこねたんだ。
あの日以降、弟はただ静かにわたしを見守ってくれていた。
わたしがいないと、屋敷中を探し回り、姉に甘えていたマックスなのに……。
2か月間目を通していなかった書類を見終わる頃には、以前の勘を取り戻してきたようだ。あることが頭の中に閃いてきた。
そしてわたしは契約書に目を通し、利益の出そうな投資を見繕う。
フレンツ王国は既に動き出していたようだ。
妃になったけど、誰からも知らされることがなかったそのことに、今更ながら悲しくなる。
わたしが異変に気付いたあの頃は、自分がこの国の力になれる、そう確信していたのに……。
国土が広く農耕産業で急激に国力を増しているフレンツ王国は、メレディス王国との同盟に価値がないと判断している。
メレディス王国は、一方的にフレンツ王国からの食糧需給に頼りきっているせいで、人口増加が著しいフレンツ王国と力の均衡が崩れている。
けれど一気に増えすぎた燃料消費はフレンツ王国内で賄いきれていない。
この周辺で炭鉱に余裕があるソメヌ帝国だけ。
だけど、敗戦国であるフレンツ王国はソメヌ帝国と国交を絶っている。
ワーグナー公爵家がその間を介入できれば、と思っていたけど、1貴族がもの言える立場ではない。
このままでは悪くて国交断絶。良くて属国、そんな感触だ。
フレンツ王国の農耕に頼りきっているこの国が、この先どうなるのか少し気掛かりだけど、まあいいか、と見過ごすことにした。
もう私には、関われない話だし、マックスと父は我が家の事業に問題なければ、こんなことに興味はないのだから。
よし、後はもう、まったりするか。
公爵家長女のプライベートな書庫は、相変わらずそのまま。
今、手に取って読みたい本は見つからない。
だけど、ワーグナー公爵家には、どこへ行ってもわたしの居場所がある。
それに浸っていたくて、ぼんやりとソファーで本棚を眺めていた。
どうしてマックスが慌てているのか分からないけど、額に汗を滲ませている弟に声をかけられて、ハッとした。
「姉上、ここにいたんですね。部屋にいないから探しましたよ」
「うん、もうそろそろ寝ようと思っていたところ」
「それでは、部屋に行きますよ」
わたしは当たり前にマックスに手を引かれて懐かしく思う。
こうやって、何にも言わなくても、わたしが夜に部屋にいないとマックスが探してくれるから、ワーグナーの屋敷では床で寝落ちすることも、なくなったんだ。
でもいつからだろう、こんなにマックスが大きくなっていたのは?
わたしの記憶に残っている背中とは、もう違って見える。
もう、一緒にくっ付いて眠っていた、かわいい弟の姿ではない。
温かいマックスの手も、こんなに力強くなっていたなんて、気付かなかった。
「姉上どうかしましたか?」
「ううん、何でもないわ、ふふっ」
まるで、わたしがマックスのことを考えていたのを、見透かしているかのようなタイミングで振り向いたマックスに、ドキッとした。
わたしが浮かれて嫁いだお城は、白い壁に青い屋根が美しかった。
色んなものがキラキラしているように見えたけど、自分だけが輝いていなかった。
あの人は、初めから、わたしと結婚する気はなかった。どうしてわたしは、彼に愛されると思っていたんだろう。
わたしの元へ、訪ねてくるはずのなかった夫を、毎晩待ち続けていたことが、愚か過ぎたと笑えてきた。
わたしは立派な舞台には不釣り合いな妃だったと、やっと気がついた。
わたしの仕事部屋だった、ワーグナー公爵家の別邸。
午前中は誰も来ないから、静かに仕事に集中できるのが好きだった。
結婚したあとから見ていなかった、ワーグナー公爵家の資料全てに目を通すことにした。
新しい情報は相当にあるけど、我が家の事業に大きな変化はないようだ。
マックスは、事務官長としていつも忙しいはずなのに、1人で我が家のことをやっていたんだと嬉しくなる。
わたしは、城の中で迷子になったあの日、自分を助けてくれたマックスへ、姉の恋を応援しろと駄々をこねたんだ。
あの日以降、弟はただ静かにわたしを見守ってくれていた。
わたしがいないと、屋敷中を探し回り、姉に甘えていたマックスなのに……。
2か月間目を通していなかった書類を見終わる頃には、以前の勘を取り戻してきたようだ。あることが頭の中に閃いてきた。
そしてわたしは契約書に目を通し、利益の出そうな投資を見繕う。
フレンツ王国は既に動き出していたようだ。
妃になったけど、誰からも知らされることがなかったそのことに、今更ながら悲しくなる。
わたしが異変に気付いたあの頃は、自分がこの国の力になれる、そう確信していたのに……。
国土が広く農耕産業で急激に国力を増しているフレンツ王国は、メレディス王国との同盟に価値がないと判断している。
メレディス王国は、一方的にフレンツ王国からの食糧需給に頼りきっているせいで、人口増加が著しいフレンツ王国と力の均衡が崩れている。
けれど一気に増えすぎた燃料消費はフレンツ王国内で賄いきれていない。
この周辺で炭鉱に余裕があるソメヌ帝国だけ。
だけど、敗戦国であるフレンツ王国はソメヌ帝国と国交を絶っている。
ワーグナー公爵家がその間を介入できれば、と思っていたけど、1貴族がもの言える立場ではない。
このままでは悪くて国交断絶。良くて属国、そんな感触だ。
フレンツ王国の農耕に頼りきっているこの国が、この先どうなるのか少し気掛かりだけど、まあいいか、と見過ごすことにした。
もう私には、関われない話だし、マックスと父は我が家の事業に問題なければ、こんなことに興味はないのだから。
よし、後はもう、まったりするか。
公爵家長女のプライベートな書庫は、相変わらずそのまま。
今、手に取って読みたい本は見つからない。
だけど、ワーグナー公爵家には、どこへ行ってもわたしの居場所がある。
それに浸っていたくて、ぼんやりとソファーで本棚を眺めていた。
どうしてマックスが慌てているのか分からないけど、額に汗を滲ませている弟に声をかけられて、ハッとした。
「姉上、ここにいたんですね。部屋にいないから探しましたよ」
「うん、もうそろそろ寝ようと思っていたところ」
「それでは、部屋に行きますよ」
わたしは当たり前にマックスに手を引かれて懐かしく思う。
こうやって、何にも言わなくても、わたしが夜に部屋にいないとマックスが探してくれるから、ワーグナーの屋敷では床で寝落ちすることも、なくなったんだ。
でもいつからだろう、こんなにマックスが大きくなっていたのは?
わたしの記憶に残っている背中とは、もう違って見える。
もう、一緒にくっ付いて眠っていた、かわいい弟の姿ではない。
温かいマックスの手も、こんなに力強くなっていたなんて、気付かなかった。
「姉上どうかしましたか?」
「ううん、何でもないわ、ふふっ」
まるで、わたしがマックスのことを考えていたのを、見透かしているかのようなタイミングで振り向いたマックスに、ドキッとした。
わたしが浮かれて嫁いだお城は、白い壁に青い屋根が美しかった。
色んなものがキラキラしているように見えたけど、自分だけが輝いていなかった。
あの人は、初めから、わたしと結婚する気はなかった。どうしてわたしは、彼に愛されると思っていたんだろう。
わたしの元へ、訪ねてくるはずのなかった夫を、毎晩待ち続けていたことが、愚か過ぎたと笑えてきた。
わたしは立派な舞台には不釣り合いな妃だったと、やっと気がついた。
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