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第3章 貴女をずっと欲していた

アリーチェを手にするのは④

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【SIDE アリーチェ】

 自然に目が覚めると、まだ記憶に新しいベッドの天蓋が目に入る。
 多分、城の鐘は、とっくに鳴り終わった時間だと思う。
 時計を見なくても、太陽の差し込む角度が、それを教えてくれている。
 酷いめまいで、立っていられなくなった昨日の夕方。
 あのときは、一瞬重なったリックの姿に、フレデリック様が何を言うのか気になり、彼を待っていたかった。
 だけど、わたしは、ワーグナー公爵家に帰ってきたみたいだ。

 ふぅ~っと、深いため息が、こぼれた。

 もう、これで良かった。
 毎日、必死に足掻いていたわたしの心が、久しぶりに凪いで、穏やかになっている。

 なかなか決まらなかった婚約発表は、相当におかしいことくらい、十分に分かっていた。
 フレデリック様が、わたしと結婚をしたくないのは、気付いていた。
 気付かないような、お馬鹿さんだったら、むしろ良かったのにって、何度も思ったのだから。

 それなのに、陛下から祝いの言葉を貰ったときは、浮かれ過ぎて、フレデリック様に大きな期待を抱いた。

 結局わたしは、フレデリック様のことを何も知らないまま、今日に至っている。彼と再会してから、4年の月日が経っているのに。
 もう、勘違いは懲り懲りだ。
 わたしがこの屋敷に無断で帰ってきたのだから、これで、16年の恋は完全に終わりを迎えた。

「お嬢様、お目覚めですか」
 長年この屋敷に仕えているメイド長のミリアが、目を開けたわたしに気付いて、声をかけてきた。

「あらミリア、久しぶりね。あなたから背中を押して送りだしてもらったのに、帰ってきちゃった」
「お嬢様が帰ってきたくてそうしたなら、いいではありませんか。マックス様から、アリーチェ様へ食事を出すようにと頼まれていたんです。お部屋に持ってきますから、お待ちくださいね」
 
 突然帰ってきたのに、ワーグナーの屋敷に、ちゃんとわたしの居場所が残っていて安心した。

 料理を乗せたカートを運んできたミリア。
 わたしは、その料理を見て目が点になる。
 どうしてスープばかりが10杯もあるのか。
 器に少しだけ盛られた色とりどりのスープは、見た目も具材も全部違うようだ。
 わたしは目の前の朝食に呆気に取られ、スプーンを握ることもせずに固まっている。
 ミリアに、それが伝わったようで呆れた顔で説明を始めた。

「うちの厨房の男連中は、どうしてこんなに自己主張が強いんでしょうかね。マックス様が、消化に良い物を出すようにと指示されたんですけど、帰ってきたお嬢様に自分の料理を食べて欲しくて、寄ってたかってみんな、それぞれがスープを作ったようで。全く迷惑な話ですよね」

「うっ嬉しいけど、どうしよう、こんなに食べきれない」

「そうですよね。私もそう思いますよ。でも、誰かのだけを食べると角が立ちますから、1口ずつでもいいんで、みんなのを食べてやってください。それじゃなきゃ、私が後から厨房の連中に文句を言われますから」

 厨房には、フィナンシエを作るために頻繁に顔を出していた。だから、わたしのことを、よく見知った従者達ばかりだもの。
 わたしが屋敷を離れて2か月足らずなのに、なんだか懐かしい。

 ふふっ、みんなで何やっているのかしら。
 わたしのために…………信じられない、
 こんな馬鹿なこと。
 きっと料理長が言いだしたのね。わたしのためだけに、たくさん手間暇をかけて。

 綺麗な緑色のスープを1さじ口に運ぶ。
「――おいしい」
 うん、やっぱりグリンピースのスープだ。
 昔、副料理長が栄養価について語っていたものだろう。
 味ばかりを気にする若い料理人達に「これだから若いやつは」と説教する姿を思い出す。

 わたしがあまりにも空腹だったせいなのか、美味しいからなのか、意外な程にスプーンが進む。
 初めに食べきれないと、かわいい乙女のふりをしたのは誰だろう。
 わたしは、なんだかんだと完食している。

 本当であれば、お腹を満たす前に聞くべきなのに、食べるのに忙しかったわたしは、確認するのがすっかり遅くなった。

「お父様とお母様は、どこにいるの?」
 父はともかく、出戻ってきたわたしの元へ、母が顔を見せないのは、2人は屋敷にいないのだろう。我が家ではよくあることだ。

「取引国を周っているみたいですね。しばらく戻ってこない予定だって聞いていますよ」

「そうなんだ。わたしこれから事業の状況を確認するわね。厨房のみんなには美味しかったと伝えて。料理長のスープは人参が甘くて気に入ったと、教えてあげて」
「アリーチェ様、どれが料理長の作ったスープか分かるんですか?」
「当たり前でしょう、それくらい味の違いで分かるわ。誰がどれを作ったか当てるのは簡単よ」
「アリーチェ様の感覚がすごいのは、味覚までとは」

「な~んてね、味では分からないわ。昔ね厨房にいたときに、みんなが言っていたの。わたしが元気のないときに何のスープを出すべきかって。そのときに料理長が言ってたスープが、人参の入ったスープだったからよ。全員分の感想をミリアに伝えても困るでしょう。だから、料理長の感想だけにしておいてあげるわ、ふふっ」

 わたしは、久しぶりに、冗談を言って笑った気がする。
 フレデリック様のことで、悩むのをやめれば、すっかり気持ちが楽になっている。
 どうして、わたしは今まであんなに苦しんでいたのか、さっぱり分からない。

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