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序章 日の目をみない「奇跡の力」と憂鬱

魔力の暴走

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 私は15歳になり、社交界デビューをする年になった。
 同時に、カール様から冷遇されて、5年近くが経っていた。

 成長と共に、魔力に関する感覚も研ぎ澄まされ、私の魔力量は、相当な数の魔法を使用しても枯渇しないほど潤沢だった。
 
 精霊の力も、大気中に漂う力を余すことなく、自分の体に溜めおいて、癒しの力として、空間への放出まで出来るようになっていた。
 直接的に、癒しの力を使えないなら、気づかれないように、さり気なく部屋中に癒しの力を満たして、肩が上がらない庭師や、腰が痛いという料理人などへ彼らを癒して、元気に働く彼らを見て、独りで喜びを感じていた。

 だけど、もう、この力を誰にも伝えるつもりは無くなった。
 今更、カール様に伝えられないから。まあ、どちらにしても、私を避けている相手へ、どうやって説明出来るのかも分からない。
  瀕死の状態の人も救える力。だけど、救いを求める全ての人々へ、この力を使える訳ではない。助けられ無い人々からは、知らず知らずに、恨まれてしまう。
 力を持つということは、救うもの、見捨てるものを忖度するということ。
 ましてや、王族という、自由な振る舞いが許されない立場で生きるのであれば、自分一人の感情で行動できないことが、この長い妃教育の中で嫌というほど学んだ。

 婚約者に見向きもされない虚しい気持ちを、私は一人で慰めていた。

 ****

「お嬢様。3日後には、お嬢様の初めての社交界ですね。ご主人様も奥様とケントお坊ちゃんを連れて、この邸にいらっしゃいますよ」
「弟も来るのね! お母様はきっと、馬車での移動で疲れているはずだから、着いたら私が、いっぱい弟と遊んであげるわ」
「皆様、お嬢様に会えるのを、とても楽しみになさっています」

 弟の話題で、社交界デビューへの不安が、少しだけ忘れられた。
 社交界のパートナーは……本来であれば、婚約者のカール様のはずだった。
 最近になって、パートナーとしてエスコートは出来ないと言われ、急いで、父へお願いすることになってしまった。

 第1王子の婚約者である私の初めての夜会。
 王子にエスコートをしてもらえない私のことを、他の貴族達は何を思うんだろうか? うぅん、そんな事を言ってはいけないわね。王子として政務に忙しいのは仕方ないんだから、私が我が儘を言う訳にはいかないんだから。

 ****

 私は、邸に到着した両親と弟の旅の疲れをとるのに、邸中に癒しの力を充満させた。ふふっ、父は気づいたようで、私を見て慌てていた。 
 疲れた表情をして、顔色が悪かった母の血色が戻り、力が届いていることに心の中の渇きが少し癒される。毎日、こんな小さな喜びを探すしか、楽しみが無かった。

 父から、この日のために仕立てられたドレスが贈られた。
 上等なドレスには、手の込んだ刺繍がびっしりとしたためられていて、この日のために、相当前から用意してくれたのね。

 翌日、私は2歳になったばかりの弟と一緒に過ごした。
 走り回って転んだ弟の姿が、小さい父に見えて思わず笑ってしまう。
 すかさず立ち上がるけど、今にも泣きそうな顔。
「ねえしゃま。手、血が。ねえしゃま、いたい」
 すかさず癒しの力を使う。一瞬で弟の怪我も痛みも消える。
「うわーすごい。なおったです。ねえしゃま、かっこいい。しゅって、すぐになおったです!」
 癒しの力を使って、こんなに喜んでもらえるなんて……、私の方が嬉しくて泣きそうになったわ。

 ****

 デビュー夜会当日。父のエスコートで、会場に到着し、一気に向けらた視線。
「カール様の婚約者なのに……私への冷めた態度が、すでに、噂になっているようです……」
「気にする必要はない……、リディ……」
 私を勇気づけてくれる父の存在に、後押しされ、社交界を少しでも楽しもうと思ったその瞬間っ。
 ―――ぁっ ――ぇっ ――っ!
 どうして、ここにカール様がいるの?
 カール様は政務で忙しい……、では無かったのね。あはは……、私は嘘をつかれていたみたい。
 目の前で、別の女性をエスコートして、ダンスを踊っている。

 カール様の笑顔は、以前私に向けられていた、あの優しく、輝くもので、2人から目を離せない私。お相手は、私の1つ年上のソフィア公爵令嬢ね。
 既に結婚しているか、婚約者がいるのは当たり前の年頃なのに、何故か、婚約者に関する話が一つもない令嬢であることは、私でも知っていた。
 ――――!
 どういうこと……。2人の仕草や様子を見れば、男女の事に鈍い私でさえ気づいた。ソフィア様の耳元へカール様が口唇を寄せて、まるで恋人同士……。
 なんなの……。このダンスは体を密着させる振りはないのに、カール様がソフィア様の腰に手を回し、体を密着させている。
 淑女が、男性にそんなに体を触らせて、ソフィア様もカール様に体を擦り寄せるなんて、いったい何を考えているの。
 あーそうなのね……。2人が相当深い男女の関係……誰が見ても明らかな淫靡な様子で、はっきりと理解した。
 今の私は、きっと酷い顔をしている。
 輝かしい会場に、相応しくない自分の表情を、これ以上誰かに見られる訳にはいかない。
「……お父様……、少しこの場を離れ…………」
 最後まで言葉を出せず、私は会場の中庭へ走り出した。
 外の空気を吸って、人のいない所で気持ちを静める。
 あぁ――――! なんなよぉ! もう。
 私の気持ちは、ここまで振れて動くもということさえも忘れていたわよ。
 これまで、自分を押し殺し続けて、既に限界だったのに、こんな裏切りを見せつけられ、もう無理っ! 
 うん、何これ。私が私じゃないみたい。大丈夫よ、しっかりして! 落ち着くのよ! 駄目だ、全く落ち着かない! 駄目っ!
 パっ、パリーン。
 自分の中で何かが壊れる音がした。
 
 えぇーもしかして、私の中にある、魔力が渦を巻き始めてるっ!
 強力すぎる魔力の波は、一度動き出したら、コントロールすることができない。
 押さえきれない魔力の暴走に、徐々に私の体から、魔力が漏れているのを感じる。
 いけない、押さえなきゃっ、こらえなきゃっ! 魔力が暴発してしまうっ!
 怖い……。誰か助けて……。

 ふっと、自分の意識に何か、入ってきたような感覚があった…………。
 ――――!?

 それとほぼ同時に、背後から声をかけられる。
「リディアンヌ嬢!? 体調が悪そうに見えるが、大丈夫か? 誰か呼んでくるか?」
 どうして、こんな時に……。
「っ初めての社交界に緊張して……しまったのと……人に酔ってしまってっ。少し、外の空気を吸っていれば、ぉ落ち着くと思いますので、ご心配なく……。本来であれば、振り向いて、挨拶を申し上げるところ……この無礼な対応で……申し訳ありません」
 やっとのことで、言葉をつないだ。もう、お願い立ち去って。
「いや、だが……、相当体調が悪いように見えるが? 兄を……呼んできた方がいいか?」
「ご心配いただき……感謝申し上げます……。でも本当に、しばらく、ここに1人で居れば、落ち着きますので……ぅっ……」
 兄という言葉に、先ほどのカール様とソフィア様の笑顔を思い出してしまう。
 自身の中で渦巻く魔力のコントロールが、もっと出来なくなってしまう。

 もう駄目だ……、このままでは、この方を巻き込んでしまう。すでに、相当な量の魔力が漏れている。
『大丈夫よ、あなたならできる。魔力は、頭ではなく、胸のあたり、呼吸に合わせて調整するのよ』えっ、何今の? 頭の中から、声が聞こえた気がした。

 頭の中の声と同時に、背中から、大きな体に抱え込まれる。
「――――! ジュリアス殿下……?」
「リディアンヌ嬢……。本当は大丈夫じゃないほど、体調が悪いのではないか? 無理するな……。心配しなくとも、兄に顔向けできないことはしないから、安心しろ」
「…………」
 ジュリアス王子……。

 もしかして、私に癒しの力を使ってくれている? 周囲の精霊の力の流れが変わっている。ジュリアス王子の癒しの力で、徐々に呼吸が整ってくる。

 上手く吐くことが出来なかった呼吸は平常に戻り、高ぶった感情は静まっていく。



 .。.:*・゚☆.。.:*・゚☆.。.:*・゚☆.。.:*.。.:*・゚☆.。.:*・゚☆.。.:*・゚☆.。.:*
 第8話を読んで、いただきありがとうございます。
 ジュリアス王子がやっと登場しました。
 純愛で胸キュンながらも切ない続きを、
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