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誕生
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◇
ルカが王都に来て2週間が経った。図書室の写本は読み終えた。公爵家にも度々行き、親友であるミランダとお喋りをしたり写本を見せてもらったりする。陛下が白雪を下賜してくださった。なので馬屋でロシナンテや白雪の世話もする。ルカは結構忙しく過ごしていた。
今日は日曜礼拝の手伝いに来ていた。終わった後、司祭様が小さな王女を紹介してくれた。
「第7王女アンです。初めまして、ルーカス兄様」
驚いた。兄妹に会ったことがなかった。アン王女は10歳。懐妊中の側妃様の娘だという。赤みがかった金髪にそばかすが可愛らしい姫だった。
「よろしくね。兄様と呼んでくれて嬉しいよ」
「私も嬉しい!もう兄様は誰もいないから」
しんみりする。ルカは話題を変えた。
「一人で来たの?母上は?」
「朝、産気づいたの。もうすぐ生まれるはずよ」
それで礼拝が落ち着かない雰囲気だったのか。
「そうか。無事に生まれますように。アンもお姉ちゃんだね」
笑顔で王女を見送った。手を振る姿が子供らしくて良い。
「いよいよだな。男か女か。宮廷人は皆賭けてるぞ。君の立場も変わる」
司祭様は楽しげに言った。
「僕としては男の子だと良いですけど。でも女の子だって可愛らしいし」
その子の洗礼式までは宮廷にいないと思うが。
◆
「お生まれになりました!」
女官長が報せに来た。会議は中断された。
「王子か王女か」
王は短く問うた。宰相をはじめ多くの臣下が女官長を見た。
「王女殿下でございます」
「…会議を続ける」
決まった。ルーカスを立太子させる。王はもう何も言わなかった。女官長は静かに下がった。
◆
これで決まりだ。宰相は会議が終わると王太子宮に向かった。殿下は白い何かを縫っていた。ハンカチにしては長い。
「これですか?おむつです。お祝いに贈ろうと思って。沢山要るらしいですよ」
優しげな顔で語る殿下。ミカエルは赤子の誕生を伝えた。
「王女でした」
「…」
殿下は口をつぐんだ。また明日来ると言って、宰相は辞した。反ルーカス殿下の勢力を一掃しなければ。ミカエルは動き出した。
◇
この少年の身体に入った時から道は決まっていたのか。北の修道院は猶予期間だったのか。王太子になるしかないのか。ルカは針を運びながら考えた。
一度、王に訊いてみたい。その道に幸福はあるのかと。
「殿下。お客様です」
護衛さんが声をかけた。客間に行くと意外な人物がいた。
「お久しぶりです!ルーカス様!」
「メイドさん!」
8年前、ルカの介護をしてくれたメイドさんだ。結婚したと手紙が来たが、その後は無沙汰が続いていた。生まれたばかりの赤ちゃんを抱いている。
「わあ!お子さんもいたんですね。おめでとうございます!」
ルカは茶とクッキーでもてなした。護衛さんとメイドさんが並ぶと、似ていた。
「姉です」「弟です」
2人は血縁だった。メイドさんは結婚して仕事を辞めたが夫を疫病で亡くしたそうだ。今はミランダのように実家に戻っている。彼女はルカに頼んだ。
「殿下。宜しければここで働かせてください」
「え?でも赤ちゃんは…」
子供は実家に預けると言う。それではこの子がかわいそうだ。
「そうだ。赤ちゃんと一緒に住み込みはどうですか?皆で面倒見ます」
名案だ。メイドさんなら城内にも詳しいし、信頼がおける。ルカは侍従長に面会を申し込んだ。
◇
侍従長はあの白髪の役人だった。知らなかった。
「名乗ったはずですが。あの頃は色々ありましたからな」
「その節はお世話になりました」
北の修道院に行けたのは侍従長のおかげだ。礼を言って、本題に入る。ルカはメイドさんを子供ごと雇いたいとお願いした。
「王太子宮の人事は、王妃殿下か王太子殿下にしか権限がありません」
つまり王太子になれと。ルカは腹が立ってきた。なるしかないなら、なる。だが言いなりは嫌だ。
「良いでしょう。でも他の条件も飲んでいただきます。陛下にそうお伝えください!」
ルカは威勢よく言った。宮に戻って要求の一覧を作り始める。一生を売るのだ。せいぜい高く買ってもらう。
◆
ルーカスが腹を括ったらしい。だが還俗と立太子に条件を付けてきた。契約を交わしたいと言う。
「ではルーカス殿下の提示する条件を読み上げます」
テーブルに着くのは王と息子、宰相。侍従長が後ろに控える。
「一つ、王太子宮の人事権は王太子本人のみにある。
一つ、前王太子の財産・裁量権は全て新王太子が引き継ぐ。
一つ、王に男子が生まれた場合、王太子の地位を譲ることができる。一つ、」
「待て。その前にお前の子が出来たらどうする?」
王は訊いた。王太子の子より弟が優先されては混乱が起きる。ルーカスは真面目な顔で父を見た。
「生まれません。僕は結婚しないので」
「何だと?」
宰相も呆然としている。ルーカスが続きを読んだ。
「一つ、何人も王太子に婚姻を強制できない。王太子は子を持つ義務を持たない。僕が提示する条件は以上です」
「バカな!王統が途絶えてしまいます!」
椅子が倒れる。立ち上がった宰相は食ってかかった。
「王国暦1245年。一回途絶えてます。王女が降嫁した第4代ベリー公の次子が王として立ちました」
ルーカスは淡々と言った。隠された歴史のはずだ。公爵が教えたのか。
「王子としての義務は。責任はないんですか?!」
青ざめた宰相は叫んだ。
「僕は最初に言いました。別人格だと。ルーカスは7歳で死んだ。『私』は王子じゃない」
口調がガラリと変わった。人の良い修道士ではない。男でも女でもない。
「ボロボロのあの子を捨てたのはあんたたちでしょう。『私』に期待しないで」
冷ややかな美貌が王を見据えた。忘れていなかった。8年前の恨みを。
父と宰相に「ご検討ください」と言うと、『それ』は席を立った。残された3人は何も言えなかった。
ルカが王都に来て2週間が経った。図書室の写本は読み終えた。公爵家にも度々行き、親友であるミランダとお喋りをしたり写本を見せてもらったりする。陛下が白雪を下賜してくださった。なので馬屋でロシナンテや白雪の世話もする。ルカは結構忙しく過ごしていた。
今日は日曜礼拝の手伝いに来ていた。終わった後、司祭様が小さな王女を紹介してくれた。
「第7王女アンです。初めまして、ルーカス兄様」
驚いた。兄妹に会ったことがなかった。アン王女は10歳。懐妊中の側妃様の娘だという。赤みがかった金髪にそばかすが可愛らしい姫だった。
「よろしくね。兄様と呼んでくれて嬉しいよ」
「私も嬉しい!もう兄様は誰もいないから」
しんみりする。ルカは話題を変えた。
「一人で来たの?母上は?」
「朝、産気づいたの。もうすぐ生まれるはずよ」
それで礼拝が落ち着かない雰囲気だったのか。
「そうか。無事に生まれますように。アンもお姉ちゃんだね」
笑顔で王女を見送った。手を振る姿が子供らしくて良い。
「いよいよだな。男か女か。宮廷人は皆賭けてるぞ。君の立場も変わる」
司祭様は楽しげに言った。
「僕としては男の子だと良いですけど。でも女の子だって可愛らしいし」
その子の洗礼式までは宮廷にいないと思うが。
◆
「お生まれになりました!」
女官長が報せに来た。会議は中断された。
「王子か王女か」
王は短く問うた。宰相をはじめ多くの臣下が女官長を見た。
「王女殿下でございます」
「…会議を続ける」
決まった。ルーカスを立太子させる。王はもう何も言わなかった。女官長は静かに下がった。
◆
これで決まりだ。宰相は会議が終わると王太子宮に向かった。殿下は白い何かを縫っていた。ハンカチにしては長い。
「これですか?おむつです。お祝いに贈ろうと思って。沢山要るらしいですよ」
優しげな顔で語る殿下。ミカエルは赤子の誕生を伝えた。
「王女でした」
「…」
殿下は口をつぐんだ。また明日来ると言って、宰相は辞した。反ルーカス殿下の勢力を一掃しなければ。ミカエルは動き出した。
◇
この少年の身体に入った時から道は決まっていたのか。北の修道院は猶予期間だったのか。王太子になるしかないのか。ルカは針を運びながら考えた。
一度、王に訊いてみたい。その道に幸福はあるのかと。
「殿下。お客様です」
護衛さんが声をかけた。客間に行くと意外な人物がいた。
「お久しぶりです!ルーカス様!」
「メイドさん!」
8年前、ルカの介護をしてくれたメイドさんだ。結婚したと手紙が来たが、その後は無沙汰が続いていた。生まれたばかりの赤ちゃんを抱いている。
「わあ!お子さんもいたんですね。おめでとうございます!」
ルカは茶とクッキーでもてなした。護衛さんとメイドさんが並ぶと、似ていた。
「姉です」「弟です」
2人は血縁だった。メイドさんは結婚して仕事を辞めたが夫を疫病で亡くしたそうだ。今はミランダのように実家に戻っている。彼女はルカに頼んだ。
「殿下。宜しければここで働かせてください」
「え?でも赤ちゃんは…」
子供は実家に預けると言う。それではこの子がかわいそうだ。
「そうだ。赤ちゃんと一緒に住み込みはどうですか?皆で面倒見ます」
名案だ。メイドさんなら城内にも詳しいし、信頼がおける。ルカは侍従長に面会を申し込んだ。
◇
侍従長はあの白髪の役人だった。知らなかった。
「名乗ったはずですが。あの頃は色々ありましたからな」
「その節はお世話になりました」
北の修道院に行けたのは侍従長のおかげだ。礼を言って、本題に入る。ルカはメイドさんを子供ごと雇いたいとお願いした。
「王太子宮の人事は、王妃殿下か王太子殿下にしか権限がありません」
つまり王太子になれと。ルカは腹が立ってきた。なるしかないなら、なる。だが言いなりは嫌だ。
「良いでしょう。でも他の条件も飲んでいただきます。陛下にそうお伝えください!」
ルカは威勢よく言った。宮に戻って要求の一覧を作り始める。一生を売るのだ。せいぜい高く買ってもらう。
◆
ルーカスが腹を括ったらしい。だが還俗と立太子に条件を付けてきた。契約を交わしたいと言う。
「ではルーカス殿下の提示する条件を読み上げます」
テーブルに着くのは王と息子、宰相。侍従長が後ろに控える。
「一つ、王太子宮の人事権は王太子本人のみにある。
一つ、前王太子の財産・裁量権は全て新王太子が引き継ぐ。
一つ、王に男子が生まれた場合、王太子の地位を譲ることができる。一つ、」
「待て。その前にお前の子が出来たらどうする?」
王は訊いた。王太子の子より弟が優先されては混乱が起きる。ルーカスは真面目な顔で父を見た。
「生まれません。僕は結婚しないので」
「何だと?」
宰相も呆然としている。ルーカスが続きを読んだ。
「一つ、何人も王太子に婚姻を強制できない。王太子は子を持つ義務を持たない。僕が提示する条件は以上です」
「バカな!王統が途絶えてしまいます!」
椅子が倒れる。立ち上がった宰相は食ってかかった。
「王国暦1245年。一回途絶えてます。王女が降嫁した第4代ベリー公の次子が王として立ちました」
ルーカスは淡々と言った。隠された歴史のはずだ。公爵が教えたのか。
「王子としての義務は。責任はないんですか?!」
青ざめた宰相は叫んだ。
「僕は最初に言いました。別人格だと。ルーカスは7歳で死んだ。『私』は王子じゃない」
口調がガラリと変わった。人の良い修道士ではない。男でも女でもない。
「ボロボロのあの子を捨てたのはあんたたちでしょう。『私』に期待しないで」
冷ややかな美貌が王を見据えた。忘れていなかった。8年前の恨みを。
父と宰相に「ご検討ください」と言うと、『それ』は席を立った。残された3人は何も言えなかった。
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