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5、正しい奴隷の洗い方

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「広っ!」

 ローズ・ブラッドリィの屋敷は恐ろしく大きい。
 奴隷商人に無理やり連れて来られた俺は正門横の勝手口みたいな小さな扉から中に放り込まれたのだが、庭が広大すぎて建物までの距離が果てしなく遠かった。
 そしてその中央にある屋敷自体も、どこのドーム球場だよと思うほどデカい。

 主人公リディアがゲーム中、ここに訪れる事はなかったので、俺にとっては完全に初見。

 ───確か父親が伯爵様だったっけ?

 そういった階級などはあまり詳しく知らないのだが、このゲーム内の爵位はなんとなくわかる。

 公爵>侯爵>伯爵>子爵>男爵

 力関係を簡単に説明すると、こんな感じらしい。
 ちなみに主人公リディアは男爵家で、おっとり系ニーナと雑魚ギャルエリザベスは子爵家。
 性格破綻者ローズが1番家柄は良いって事だな。



「アルバート様、こちらでございます」

 そして俺を先導して、ここまで連れてきてくれたこのおじいちゃんは、ブラッドリィ家の執事カフスさん。
 これぞ執事って感じの黒い上下のスーツを着ておられます。

「あの、俺奴隷なんで『様』付けはおかしいのではないでしょうか?」

「いえいえ、ローズお嬢様のお客人ですから」

 客じゃない。
 買われて強制連行されてます。

「‥‥‥まあ別に構わないんですけど」

「さあ、アルバート様お召し物をこちらへ」

 カフスさんが手に持っているのは木を編み込んで作られた立派なカゴ。
 お召し物とは腰蓑こしみのの事です。
 この人、自分で言ってて可笑しくならないのかな?

「‥‥‥入って良いんですか?」

 今俺が連れてこられていたのは、屋敷の一階にある風呂と思われる空間。
 そこらにある銭湯よりデカい。
 中央にあるどデカい浴槽から、気持ち良さそうな白い湯気がユラユラと立ち昇っていた。

 こちらの世界に来てから数日、奴隷生活を満喫していた俺は身体を拭く事しか出来ていない‥‥‥牢屋に風呂なんて豪華なモノがあるわけもないのだ。

「もちろんでございます。綺麗に洗っておくようにとキツく言われておりますので」

「‥‥‥洗う?」

「私共が、隅々まで綺麗に洗わせて頂きます」

 コレはゲームや話などの貴族にありがちな、高貴な人間が身体を洗ってもらうアレか?
 ‥‥‥いや違うな。
 『綺麗に洗っておくように』って言ってんだ、やはりローズは俺をモノ扱いしてると思われる‥‥‥。

「やです」

「アルバート様、それでは私共が怒られてしまいます‥‥‥」

「1人で出来るもん」

「‥‥‥そこをなんとか、お願いでございます」

「絶対やだ」

 おじいちゃんに隅々まで身体を触られるなんて、おぞましくて想像もしたくない。
 カフスさんは良い人だが、それとこれとは別のお話。
 それ以前に風呂とは本来1人で入るもの。
 そもそも俺は、公共の大浴場などで人と一緒に風呂に入ること自体あまり好きじゃないんだ。

「お前達からもアルバート様にお願いしなさい」

 カフスさんが後ろを向き、浴場に招き入れたのは数名の女性。

 ───‥‥‥なんだとっ?!

「「お願いします、私どもにお身体を洗わせて下さい」」
 
 浴場の硬い床に土下座してるのは、可愛らしい5人の侍女達。
 皆さんフリフリのメイド服を着て、俺を上目遣いで見つめておられます。

 ───あ、凄い! 全員容姿が70を超えてるよ!

「この者達もアルバート様のお世話をしなければ、後ほどキツく怒られてしまいますので‥‥‥なんとかお願い出来ないでしょうか?」

 頭を下げるカフスさん。

「‥‥‥そこまで言われると仕方ありませんね」
 
 俺は軽くため息をついた。

「アルバート様、よろしいのですか?!」

 目を見開き驚くカフスさん。

 ───コレじゃあどうしようもない‥‥‥。

 女性の泣いてる姿なんて俺は見たくなかった‥‥‥。
 俺が我慢して彼女らに洗われるだけで‥‥‥ただそれだけで、その先に沢山の人の笑顔が待っているのなら、俺は‥‥‥俺は自分の意志を封印する。

「身体の隅々まで綺麗にお願いします!」

 俺はそっと目を閉じて覚悟を決めたのだった。





「ではアルバート様、こちらにお召し物を」

 1人の侍女が腰蓑を入れるカゴを差し出してきた。
 その笑顔はとても可愛い。
 
 ───もしかして、ローズに拾われたのって大当たりなのでは?!

 風呂も入れるし、周りは良い人ばかり。
 リディアに拾われた超美麗ネロは、今頃牢屋に入れられているか、鞭を打たれてヒィヒィ言わされているだろう‥‥‥。
 
 ───これはもう間違いない。俺の方が幸せだ。

「ローズはいい奴だ。俺は絶対に大会で優勝し、アイツの側にずっといる事をここに誓おう」

 ───この生活、手放してなるものか!

 石にしがみついてでも、ローズから‥‥‥この達の側から俺は離れない。

 俺はそう心に決めると、自分の腰蓑に手をかけ勢いよく脱ぎ捨てた。

 ───さあ、見てくれ可愛い侍女の皆んな!

「‥‥‥カフス」

「お、お嬢様どうされましたか? 今からアルバート様に湯浴みして頂くところなのですが‥‥‥」

 産まれたままの姿になった俺の後ろで、何やら話し声。
 今からいいところなんだ、邪魔する奴は誰だろうと許さんぞ!

「ニヤニヤして気持ち悪いからもう洗わなくていい‥‥‥浴槽に沈めといて」

 振り向くと、そこには側に居ると誓ったばかりの綺麗なご主人様。

「‥‥‥沈めるのですか?」

「そう。あと‥‥‥また変な事を言わないように、針と糸で口を縫い付けといて」

「承知致しました」

 カフスさんの返事を確認した後、浴室を出て行こうとするローズ。

 ‥‥‥いやいや、カフスさん承知しないでよ。口を縫われて沈められたら高確率で死んじゃうよ?

「ま、待て! 待ってくれ! 今から彼女達を救う為に俺は身体を洗ってもらわないといけないんだ。‥‥‥せめて一度だけ、一度だけでも!」

「クソ虫‥‥‥あんた、覚えてなさいよ」

 ───今から死ぬのに何を覚えとけと?!

 ローズは俺の方を見ることなく、コツコツと軽快な足音を響かせ、その場からいなくなったのだった。

 ‥‥‥ねえ、うじ虫とクソ虫って、どっちが立場的に上なんでしょうか?


「カフスさん、俺は死ぬんですね‥‥‥」

「本当にやれば死ぬでしょうね」

「せめて、身体を隅々まで綺麗に洗ってもらってからじゃ駄目ですか?」

「アルバート様、それ以上しつこくされますと、本当にローズお嬢様に殺されますぞ?」

「‥‥‥いや、だってクソ虫は浴槽に沈められて帰らぬ人になる予定でしょ?」

 口も縫われます。

「いやいや、あれはローズお嬢様の冗談でございますよ」

「‥‥‥そうなんですか?」

「あんなに楽しそうなお姿を見るのは何年振りでございましょうか」

 ニコリと笑う執事カフス。

「‥‥‥はっ? 楽しそう? 眉間が皺だらけの鉄仮面みたいな顔してましたよ?」

「アルバート様‥‥‥また聞かれますと大変ですぞ‥‥‥」

「はい‥‥‥」


 
 俺は何故か嬉しそうに去っていく侍女達と、カフスさんを見送った後、1人で寂しくお湯を頂いたのだった。
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