箱庭の空をあげる

ゆるふわ畜生

文字の大きさ
11 / 36
1.出会い

10.やだ

しおりを挟む
「なるほどね。大体の経緯は分かった。さてエット、あんたには聞きたいことがある。分からないことは『分からない』で良いから、知っていることを教えておくれ」

「うん」

「良い子だ。まず、あんたは名前を知らないと言ったね? それじゃあ自分以外からなんて呼ばれていたかは覚えているかい?」

「わかる」

「なんて呼ばれてた?」

「XXー021」

「なるほどね」

 エットの告げた言葉に、ローシャは小さく目を見開いたが、すぐにいつもの悠々とした表情に戻ると、顎に手を当て思案するような素振りを見せた。

「ノル、あんたファロに会ったんだろう」

「ああ」

「あの医者は何か知っていたかい?」

「……カプセルの廃棄元について心当たりがあるようだった。こいつは第六恒常実験区から来たんじゃないかと。それからこいつが……上層の、恐らく俺のような獣人に逃がしてもらった、と」

「恐らく?」

 エットを逃がしたのは誰かと問うたときに、何故かノルを指されたことを答えると、ローシャは興味深そうにぷかりと煙を吐き出した。

「……なるほど。それは面白いね。いいよ、こっちでも調べてみよう。末端だが『上』にも客がいる」 

 『カンタレラ』に来る客は、ムルクホルムの住人だけではない。時折、『上』に住む人間がお忍びでやってくることもある。研究都市には娼館がないためだ。

「感謝する。それから、」

「おや、坊やからなんて珍しいね。何だい?」

「こいつに仕事をさせたい」

「? しごと?」

「そうだ。スラムここではタダ飯食らいを置いておく余裕はない。だから子供でも働いている。お前も食いっぱぐれたくなければ働かなければいけない」

「俺、ノルと一緒がいい。ノルの仕事は?」

「俺の仕事は荒事専門だ。お前には無理だ。お前は、ここで食わせて貰え。仕事さえこなせば、悪いようにはならない」

「やだ!」

 初めてエットが声を荒げた。まるで駄々を捏ねる子供のように、頑としてノルの言うことを聞こうとしない。

(こいつ……)

 ぎゅ、とエットの手が遠慮がちに、しかし強くノルの服の裾を掴んだ。鮮やかな緑の瞳が、ノルの機嫌を伺うように見上げている。

「俺は、お前の母親でも、世話係でもない。拾った手前、生きるための方法は教えるが、それ以上のことは俺には関係ない」

「う、ぅ……」

 先ほどまで上機嫌にピンと立っていた耳は、再び力なく垂れた。今にも泣き出しそうな顔だが、ノルは容赦しなかった。これ以上、面倒ごとに巻き込まれるのはごめんだった。

「これ以上俺と一緒に居ても、お前にメリットはない。俺にもな。だから大人しく――」

「まあまあ、結論を急ぐもんじゃないよ、坊や」

 きっぱりとエットの懇願を切って捨てようとしたノルを止めたのは、ふたりのやり取りを見守っていたローシャだった。

「……どういうつもりだ」

「どうもこうも、この仔を受け入れるかは楼主のあたしが決める。それだけのことさ……さて、ここで働くってことは、その仔は『雌』ってことかい?」

 助けを求めるようにエットがノルの方を向いた。ノルが頷くと、エットは恐る恐るローシャに向かってこくりと頷いた。

「そうかい。セックスの経験は?」

「? せっくす?」

 明け透けなローシャの質問に、エットはこれまたこてりと首を傾げた。ノルはその様子を見て、頭が痛くなる心地だった。繁殖実験場から来たのかと思えば、とんだ箱入りだ。

「性交、交配、交尾……呼び方はなんでもいいがね、その可愛らしい股ぐらに雄の一物を受け入れたことがあるかってことさ」

「……やだ」

「? おい、」

 どうした、と聞く間もなかった。エットは素早い身のこなしでテーブルの下へ潜り込むと、そのままノルの足元へしがみついた。

「やだ‼」

 我儘を言うな、と叱りつけようとしたときだ。ノルは初めて気づいた。エットがノルの足元に触れる手が、その全身が小刻みに震えていることに。ぎゅう、とノルのズボンを握る手に力が込められる。

「坊や、こいつはよくないね……赤毛の坊や、出ておいで。大丈夫、取って食ったりもしないし、そんなに怯えている仔にセックスしろなんて言わないさ」

「ほんと……?」

「ああ」

 しばしの逡巡の後、エットはそっと机の下から這い出てきた。その顔は相変わらず怯えており、ノルの服の裾を掴んで離そうとしない。

「紹介してくれた坊やには悪いがね、その仔エットはうちでは雇えない。嫌がるのを無理矢理抱くのを好む客が居ないわけじゃないが、少なくともうちの店はそういうことはしちゃいない。うちにいる子たちはみんな『覚悟』をしている子ばかりさ」

「……」

「おや、不服そうだね」

「当たり前だ。拾ったとは言え、役立たずを飼うつもりはない」

 吐いて捨てるように言うと、ローシャは何が可笑しいのかくつくつと喉を鳴らして笑った。この女主事がこうした笑いを見せるときは、大抵がろくでもない提案をするときだ。少なくとも、ノルにとっては。

「早合点は良くないよ、坊や。役立たずと決まったわけじゃない……赤毛の坊や。あんた、字が読めるんだろう」

「!」

 そのことにはノルも気づいていた。先ほど、ローシャがメニューを渡したとき、エットは特に疑問を抱くことなくその内容を解読してみせた。少なくとも、ムルクホルムで読み書きができるのは人間でも獣人でも珍しい。もちろん、ノルも例外ではない。ローシャの問いかけに、エットは恐る恐るといったように頷いて見せた。

「よしよし、ならこの仔には使い道がある。だから、これからはあんたたちを二人一組で雇うとしよう。寝泊まりはそこの坊やのところで世話になりな」

「おい、何故俺が……」

「拾ったのはあんただし、仮にも命を助けて貰ったんだろう? そう邪険にするもんじゃないよ」

「ノル。俺、ノルと一緒がいい」

「……」

 二対一、結局、折れたのはノルの方だった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

従僕に溺愛されて逃げられない

大の字だい
BL
〈従僕攻め×強気受け〉のラブコメ主従BL! 俺様気質で傲慢、まるで王様のような大学生・煌。 その傍らには、当然のようにリンがいる。 荷物を持ち、帰り道を誘導し、誰より自然に世話を焼く姿は、周囲から「犬みたい」と呼ばれるほど。 高校卒業間近に受けた突然の告白を、煌は「犬として立派になれば考える」とはぐらかした。 けれど大学に進学しても、リンは変わらず隣にいる。 当たり前の存在だったはずなのに、最近どうも心臓がおかしい。 居なくなると落ち着かない自分が、どうしても許せない。 さらに現れた上級生の熱烈なアプローチに、リンの嫉妬は抑えきれず――。 主従なのか、恋人なのか。 境界を越えたその先で、煌は思い知らされる。 従僕の溺愛からは、絶対に逃げられない。

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

余命半年の俺を、手酷く振ったはずの元カレ二人が手を組んで逃がしてくれません

ユッキー
BL
半年以内に俺は一人寂しく死ぬ。そんな未来を視た。きっと誰も悲しむ人は居ないだろう。そう思っていたから何も怖くなかった。なのにそんな俺の元に過去手酷く振り、今では世界的スターとなった元カレ二人がやってきた。彼らは全てを知っていた。俺がどうして彼らを振ったのか、そして俺の余命も。 全てを諦めた主人公と、主人公を諦めきれないイケメンサッカー選手とシンガーソングライターの再会が導く未来は?

過保護な父の歪んだ愛着。旅立ちを控えた俺の身体は、夜ごとに父の形で塗り潰される

中山(ほ)
BL
「パックの中、僕の形になっちゃったね」 夢か現か。耳元で囁かれる甘い声と、内側を執拗に掻き回す熱。翌朝、自室で目覚めたパックに、昨夜の記憶はない。ただ、疼くような下腹部の熱だけが残っていた。 相談しようと向かった相手こそが、自分を侵食している張本人だとも知らずに、パックは父の部屋の扉を開く。 このお話はムーンライトでも投稿してます〜

淫愛家族

箕田 はる
BL
婿養子として篠山家で生活している睦紀は、結婚一年目にして妻との不仲を悩んでいた。 事あるごとに身の丈に合わない結婚かもしれないと考える睦紀だったが、以前から親交があった義父の俊政と義兄の春馬とは良好な関係を築いていた。 二人から向けられる優しさは心地よく、迷惑をかけたくないという思いから、睦紀は妻と向き合うことを決意する。 だが、同僚から渡された風俗店のカードを返し忘れてしまったことで、正しい三人の関係性が次第に壊れていく――

敗戦国の王子を犯して拐う

月歌(ツキウタ)
BL
祖国の王に家族を殺された男は一人隣国に逃れた。時が満ち、男は隣国の兵となり祖国に攻め込む。そして男は陥落した城に辿り着く。

オメガ修道院〜破戒の繁殖城〜

トマトふぁ之助
BL
 某国の最北端に位置する陸の孤島、エゼキエラ修道院。  そこは迫害を受けやすいオメガ性を持つ修道士を保護するための施設であった。修道士たちは互いに助け合いながら厳しい冬越えを行っていたが、ある夜の訪問者によってその平穏な生活は終焉を迎える。  聖なる家で嬲られる哀れな修道士たち。アルファ性の兵士のみで構成された王家の私設部隊が逃げ場のない極寒の城を蹂躙し尽くしていく。その裏に棲まうものの正体とは。

身代わりにされた少年は、冷徹騎士に溺愛される

秋津むぎ
BL
第13回BL大賞奨励賞頂きました! 最終17位でした!応援ありがとうございます! あらすじ 魔力がなく、義母達に疎まれながらも必死に生きる少年アシェ。 ある日、義兄が騎士団長ヴァルドの徽章を盗んだ罪をアシェに押し付け、身代わりにされてしまう。 死を覚悟した彼の姿を見て、冷徹な騎士ヴァルドは――? 傷ついた少年と騎士の、温かい溺愛物語。

処理中です...