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1.出会い
10.やだ
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「なるほどね。大体の経緯は分かった。さてエット、あんたには聞きたいことがある。分からないことは『分からない』で良いから、知っていることを教えておくれ」
「うん」
「良い子だ。まず、あんたは名前を知らないと言ったね? それじゃあ自分以外からなんて呼ばれていたかは覚えているかい?」
「わかる」
「なんて呼ばれてた?」
「XXー021」
「なるほどね」
エットの告げた言葉に、ローシャは小さく目を見開いたが、すぐにいつもの悠々とした表情に戻ると、顎に手を当て思案するような素振りを見せた。
「ノル、あんたファロに会ったんだろう」
「ああ」
「あの医者は何か知っていたかい?」
「……カプセルの廃棄元について心当たりがあるようだった。こいつは第六恒常実験区から来たんじゃないかと。それからこいつが……上層の、恐らく俺のような獣人に逃がしてもらった、と」
「恐らく?」
エットを逃がしたのは誰かと問うたときに、何故かノルを指されたことを答えると、ローシャは興味深そうにぷかりと煙を吐き出した。
「……なるほど。それは面白いね。いいよ、こっちでも調べてみよう。末端だが『上』にも客がいる」
『カンタレラ』に来る客は、ムルクホルムの住人だけではない。時折、『上』に住む人間がお忍びでやってくることもある。研究都市には娼館がないためだ。
「感謝する。それから、」
「おや、坊やからなんて珍しいね。何だい?」
「こいつに仕事をさせたい」
「? しごと?」
「そうだ。スラムではタダ飯食らいを置いておく余裕はない。だから子供でも働いている。お前も食いっぱぐれたくなければ働かなければいけない」
「俺、ノルと一緒がいい。ノルの仕事は?」
「俺の仕事は荒事専門だ。お前には無理だ。お前は、ここで食わせて貰え。仕事さえこなせば、悪いようにはならない」
「やだ!」
初めてエットが声を荒げた。まるで駄々を捏ねる子供のように、頑としてノルの言うことを聞こうとしない。
(こいつ……)
ぎゅ、とエットの手が遠慮がちに、しかし強くノルの服の裾を掴んだ。鮮やかな緑の瞳が、ノルの機嫌を伺うように見上げている。
「俺は、お前の母親でも、世話係でもない。拾った手前、生きるための方法は教えるが、それ以上のことは俺には関係ない」
「う、ぅ……」
先ほどまで上機嫌にピンと立っていた耳は、再び力なく垂れた。今にも泣き出しそうな顔だが、ノルは容赦しなかった。これ以上、面倒ごとに巻き込まれるのはごめんだった。
「これ以上俺と一緒に居ても、お前にメリットはない。俺にもな。だから大人しく――」
「まあまあ、結論を急ぐもんじゃないよ、坊や」
きっぱりとエットの懇願を切って捨てようとしたノルを止めたのは、ふたりのやり取りを見守っていたローシャだった。
「……どういうつもりだ」
「どうもこうも、この仔を受け入れるかは楼主のあたしが決める。それだけのことさ……さて、ここで働くってことは、その仔は『雌』ってことかい?」
助けを求めるようにエットがノルの方を向いた。ノルが頷くと、エットは恐る恐るローシャに向かってこくりと頷いた。
「そうかい。セックスの経験は?」
「? せっくす?」
明け透けなローシャの質問に、エットはこれまたこてりと首を傾げた。ノルはその様子を見て、頭が痛くなる心地だった。繁殖実験場から来たのかと思えば、とんだ箱入りだ。
「性交、交配、交尾……呼び方はなんでもいいがね、その可愛らしい股ぐらに雄の一物を受け入れたことがあるかってことさ」
「……やだ」
「? おい、」
どうした、と聞く間もなかった。エットは素早い身のこなしでテーブルの下へ潜り込むと、そのままノルの足元へしがみついた。
「やだ‼」
我儘を言うな、と叱りつけようとしたときだ。ノルは初めて気づいた。エットがノルの足元に触れる手が、その全身が小刻みに震えていることに。ぎゅう、とノルのズボンを握る手に力が込められる。
「坊や、こいつはよくないね……赤毛の坊や、出ておいで。大丈夫、取って食ったりもしないし、そんなに怯えている仔にセックスしろなんて言わないさ」
「ほんと……?」
「ああ」
しばしの逡巡の後、エットはそっと机の下から這い出てきた。その顔は相変わらず怯えており、ノルの服の裾を掴んで離そうとしない。
「紹介してくれた坊やには悪いがね、その仔はうちでは雇えない。嫌がるのを無理矢理抱くのを好む客が居ないわけじゃないが、少なくともうちの店はそういうことはしちゃいない。うちにいる子たちはみんな『覚悟』をしている子ばかりさ」
「……」
「おや、不服そうだね」
「当たり前だ。拾ったとは言え、役立たずを飼うつもりはない」
吐いて捨てるように言うと、ローシャは何が可笑しいのかくつくつと喉を鳴らして笑った。この女主事がこうした笑いを見せるときは、大抵がろくでもない提案をするときだ。少なくとも、ノルにとっては。
「早合点は良くないよ、坊や。役立たずと決まったわけじゃない……赤毛の坊や。あんた、字が読めるんだろう」
「!」
そのことにはノルも気づいていた。先ほど、ローシャがメニューを渡したとき、エットは特に疑問を抱くことなくその内容を解読してみせた。少なくとも、ムルクホルムで読み書きができるのは人間でも獣人でも珍しい。もちろん、ノルも例外ではない。ローシャの問いかけに、エットは恐る恐るといったように頷いて見せた。
「よしよし、ならこの仔には使い道がある。だから、これからはあんたたちを二人一組で雇うとしよう。寝泊まりはそこの坊やのところで世話になりな」
「おい、何故俺が……」
「拾ったのはあんただし、仮にも命を助けて貰ったんだろう? そう邪険にするもんじゃないよ」
「ノル。俺、ノルと一緒がいい」
「……」
二対一、結局、折れたのはノルの方だった。
「うん」
「良い子だ。まず、あんたは名前を知らないと言ったね? それじゃあ自分以外からなんて呼ばれていたかは覚えているかい?」
「わかる」
「なんて呼ばれてた?」
「XXー021」
「なるほどね」
エットの告げた言葉に、ローシャは小さく目を見開いたが、すぐにいつもの悠々とした表情に戻ると、顎に手を当て思案するような素振りを見せた。
「ノル、あんたファロに会ったんだろう」
「ああ」
「あの医者は何か知っていたかい?」
「……カプセルの廃棄元について心当たりがあるようだった。こいつは第六恒常実験区から来たんじゃないかと。それからこいつが……上層の、恐らく俺のような獣人に逃がしてもらった、と」
「恐らく?」
エットを逃がしたのは誰かと問うたときに、何故かノルを指されたことを答えると、ローシャは興味深そうにぷかりと煙を吐き出した。
「……なるほど。それは面白いね。いいよ、こっちでも調べてみよう。末端だが『上』にも客がいる」
『カンタレラ』に来る客は、ムルクホルムの住人だけではない。時折、『上』に住む人間がお忍びでやってくることもある。研究都市には娼館がないためだ。
「感謝する。それから、」
「おや、坊やからなんて珍しいね。何だい?」
「こいつに仕事をさせたい」
「? しごと?」
「そうだ。スラムではタダ飯食らいを置いておく余裕はない。だから子供でも働いている。お前も食いっぱぐれたくなければ働かなければいけない」
「俺、ノルと一緒がいい。ノルの仕事は?」
「俺の仕事は荒事専門だ。お前には無理だ。お前は、ここで食わせて貰え。仕事さえこなせば、悪いようにはならない」
「やだ!」
初めてエットが声を荒げた。まるで駄々を捏ねる子供のように、頑としてノルの言うことを聞こうとしない。
(こいつ……)
ぎゅ、とエットの手が遠慮がちに、しかし強くノルの服の裾を掴んだ。鮮やかな緑の瞳が、ノルの機嫌を伺うように見上げている。
「俺は、お前の母親でも、世話係でもない。拾った手前、生きるための方法は教えるが、それ以上のことは俺には関係ない」
「う、ぅ……」
先ほどまで上機嫌にピンと立っていた耳は、再び力なく垂れた。今にも泣き出しそうな顔だが、ノルは容赦しなかった。これ以上、面倒ごとに巻き込まれるのはごめんだった。
「これ以上俺と一緒に居ても、お前にメリットはない。俺にもな。だから大人しく――」
「まあまあ、結論を急ぐもんじゃないよ、坊や」
きっぱりとエットの懇願を切って捨てようとしたノルを止めたのは、ふたりのやり取りを見守っていたローシャだった。
「……どういうつもりだ」
「どうもこうも、この仔を受け入れるかは楼主のあたしが決める。それだけのことさ……さて、ここで働くってことは、その仔は『雌』ってことかい?」
助けを求めるようにエットがノルの方を向いた。ノルが頷くと、エットは恐る恐るローシャに向かってこくりと頷いた。
「そうかい。セックスの経験は?」
「? せっくす?」
明け透けなローシャの質問に、エットはこれまたこてりと首を傾げた。ノルはその様子を見て、頭が痛くなる心地だった。繁殖実験場から来たのかと思えば、とんだ箱入りだ。
「性交、交配、交尾……呼び方はなんでもいいがね、その可愛らしい股ぐらに雄の一物を受け入れたことがあるかってことさ」
「……やだ」
「? おい、」
どうした、と聞く間もなかった。エットは素早い身のこなしでテーブルの下へ潜り込むと、そのままノルの足元へしがみついた。
「やだ‼」
我儘を言うな、と叱りつけようとしたときだ。ノルは初めて気づいた。エットがノルの足元に触れる手が、その全身が小刻みに震えていることに。ぎゅう、とノルのズボンを握る手に力が込められる。
「坊や、こいつはよくないね……赤毛の坊や、出ておいで。大丈夫、取って食ったりもしないし、そんなに怯えている仔にセックスしろなんて言わないさ」
「ほんと……?」
「ああ」
しばしの逡巡の後、エットはそっと机の下から這い出てきた。その顔は相変わらず怯えており、ノルの服の裾を掴んで離そうとしない。
「紹介してくれた坊やには悪いがね、その仔はうちでは雇えない。嫌がるのを無理矢理抱くのを好む客が居ないわけじゃないが、少なくともうちの店はそういうことはしちゃいない。うちにいる子たちはみんな『覚悟』をしている子ばかりさ」
「……」
「おや、不服そうだね」
「当たり前だ。拾ったとは言え、役立たずを飼うつもりはない」
吐いて捨てるように言うと、ローシャは何が可笑しいのかくつくつと喉を鳴らして笑った。この女主事がこうした笑いを見せるときは、大抵がろくでもない提案をするときだ。少なくとも、ノルにとっては。
「早合点は良くないよ、坊や。役立たずと決まったわけじゃない……赤毛の坊や。あんた、字が読めるんだろう」
「!」
そのことにはノルも気づいていた。先ほど、ローシャがメニューを渡したとき、エットは特に疑問を抱くことなくその内容を解読してみせた。少なくとも、ムルクホルムで読み書きができるのは人間でも獣人でも珍しい。もちろん、ノルも例外ではない。ローシャの問いかけに、エットは恐る恐るといったように頷いて見せた。
「よしよし、ならこの仔には使い道がある。だから、これからはあんたたちを二人一組で雇うとしよう。寝泊まりはそこの坊やのところで世話になりな」
「おい、何故俺が……」
「拾ったのはあんただし、仮にも命を助けて貰ったんだろう? そう邪険にするもんじゃないよ」
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「……」
二対一、結局、折れたのはノルの方だった。
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