箱庭の空をあげる

ゆるふわ畜生

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1.出会い

11.俺にできること

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 食事会が終わり、ノルとエットは『カンタレラ』を後にした。娼館はこれからが稼ぎ時で、いよいよ眩くその威容を示していた。ノルとエットは娼館の灯りを背に、夜の街をふたりで歩く。

「ノル、どこ行くんだ?」

「俺のねぐらだ」

「ねぐら」

「寝るところだ。明日からお前もそこに住むことになる」

「ふーん……」

 よく分からない、とでも言うように首を捻るエットを尻目に、ノルは歩を進めた。やがて、繁華街の灯りがなくなった頃、朽ちかけたビルの前に辿り着いた。

 ノルのねぐらは、ビルの中でも上階に位置していた。扉を開けた先にあったのは、ぼろ布を敷いただけの簡易な寝床と食料を収めた棚。しかしエットの興味を引いたのは、寝床の傍に積まれた本の数々だった。

「ノルは本が好きなのか?」

 思わずそう尋ねると、ノルは扉を施錠しながらつれなく答えた。

「別に」

「でも、こんなにたくさん……」

「……形見だ」

「かたみ?」

「母親の。昔は、一緒に住んでいた」

「昔は、って……」

「今は、もういない。上層の奴らに連れて行かれた――『獣人狩り』だ」

 『獣人狩り』とは、上層の研究都市から派遣された狩人たちによる、獣人を捕え、研究都市へ連行する行為のことだ。人間に比べて数の少ない獣人を『保護』の名目で捕らえ、多くは第六恒常実験区へ移送される。そして、捕えられた獣人たちは二度と帰ってこない。そこで何が行われているのか、誰も知らない。ただ、ろくでもないことが行われていることだけは、察しがついた。先ほどのひどく怯えた様子のエットがその証拠だ。

「そっか……」

 へにょり、とまるで自分のことのようにエットの耳と尻尾が力なく垂れた。

「……お前は、」

「?」

「お前は、どうなんだ」

「俺?」

「他に居ないだろう」

 興味が湧いた、という訳ではなかった。ただ、自分のことばかり知られることがなんとなく面白くなくて、ノルはエットへと水を向けた。

「親はどうした。お前はいつから『上』に居て、『上』で何をしていたんだ」

「父さんと母さんは……知らない。気づいた時には『上』にいて……そこでは、『検査』や『実験』を受けてた。俺にはそれが必要なんだって」

「……『検査』に『実験』?」

 不穏な単語に、思わずノルの眉間に皺が寄る。あまり思い出したくないのだろう、エットはぼそぼそと先を続けた。

「血を採ったり、体の中を調べたり……俺が『繁殖』に適性があるか、調べるって言ってた……俺は『特別』だから、みんなのためにできることがあるんだって。やらなくちゃいけないんだって、そう、言われて……」

「おい、待て。話が読めない」

「……ごめん」

 しゅん、と落ち込むように俯くエットの顔は暗く、まるで捨てられた仔猫のそれだった。少し、急ぎすぎたかもしれない。エット自身、混乱していることが多いのだろう。ひとまず疑問は脇に置いて、ノルは体を休めるための支度を始めた。乱雑に敷かれた毛布を掻き集め、二人分の寝床をこしらえていく。

「今日はもう休め。詳しい話は起きてからだ」

「わかった」

「明日は俺の仕事場へ連れて行く。そこでお前はやり方を覚えるんだ」

「あした……」

「そうだ……おい、流石に『明日』の意味は分かるだろう?」

「うん」

 寝床が出来上がると、ノルは早々に毛布へと潜り込んだ。それに倣うように、エットもまたノルの隣に横たわる。

「……おい」

「? なんだ?」

「近い」

「でも、くっついた方があったかい」

「……勝手にしろ」

 もうエットを引き剥がすことすら面倒だった。床につけば、緊張していた体から力が抜け、どっと疲れが押し寄せてくる。すぐにでも瞼を下ろしてしまいたかったが、念のため眠るのはエットが寝入るのを確認してからにしたい。

「……」

「……」

 じっと気配を探りながら耳をそばだてるが、一向にエットが眠る気配は感じられない。そんなときだ。

「ノル……?」

 囁くような声で名を呼ばれた。

「……」

「もう寝た?」

「……起きてる」

 一度は無視したにも関わらず、様子を伺うようにひそひそと話しかけられて、仕方なく応じる。

「早く寝てしまえ。それとも子守歌でもないと眠れないのか」

「ううん……俺、ノルにできることないか、考えてた」

「できること?」

「うん。俺、ノルにしてもらってばっかりだから。助けてくれて、名前まで貰った。それに、こうやって寝るところと、『明日』の約束も」

「……別に、大したことじゃない」

 何を考えているのかと思えば、そんなことかと内心呆れてしまう。しかしエットはそう考えなかったらしい。熱の籠もった口調で続ける。

「そんなことない。俺、ノルの力になりたい……今の俺ができることは、そんなにないかもしれないけど、でも俺、がんばるから……!」

「必要なことなんかない――俺は今までひとりで生きてきた。これからもだ。お前の面倒を見るのは、命を助けられたからだ。それ以上でも、それ以下でもない」

 そう言い切ると、静かに息を吸って吐く。後は何を言っても答えないと意思表示するように目を閉じるが、隣のエットが諦めた様子はなかった。目を閉じていても分かる。熱を帯びた視線が、嫌になるほどに纏わり付いている。

「……分かった」

 折れたのは、ノルの方だった。とにかく、体が睡眠を欲していた。

「? え」

「なら、字を教えてくれ」

「字?」

「ああ。ローシャも言っていただろう……スラムここでは文字を読める奴の方が少ない。本を読むのに……お前がいてくれたら助かる」

 半ば投げやりに思ってもいないことを言ったが、エットはそう取らなかったようだった。ちらりと横目で確かめると、きらきらと目を輝かせている。

「分かった!」

「じゃあ今夜はもう寝ろ」

「うん」

 鼻歌でも歌い出しそうな様子で、エットは布団にくるまった。ほどなくして聞こえてきた安らかな寝息を確かめてから、今度こそノルも意識を沈めるべく、目を閉じた。

(そういえば――、)

 眠りに落ちる直前、ふと思う。最後に『約束』を交わしたのはいつだったか。もう遙か昔の気もするし、一度も交わしたことすらなかった気もする。それだけムルクホルムの暮らしは不確かなものだった。当たり前のように『明日』が来るなんて、誰にも保証できない。それが例え気まぐれでもその場しのぎでも、『約束』をしたなんて――ノル自身自覚をしないまま、変化は少しずつ、しかし確実に起こっていた。
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