箱庭の空をあげる

ゆるふわ畜生

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1.出会い

12.回収屋

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 翌朝、ムルクホルムから見上げる空は相変わらず、鈍色をして、それどころか針のような雨まで降っている始末だった。ノルの住処は元々古びたビルだったが、雨の染みによっていよいよその姿を老人めいた様相に変えつつあった。コンクリートでできた外壁は灰と黒のまだらに染まり、所々ひび割れを起こしている。

「仕事の前にまず、『回収屋』のところへ行く」

「『回収屋』?」

「お前が落ちてきた屋上、死体やらカプセルの残骸やらが転がっている……あれを始末させる」

「始末って、どうするんだ?」

「さあな」

 後ろを付いてくるエットに投げやりな返事をしながら、ノルはというとムルクホルムの最下層を目指して歩き始めた。ムルクホルムでは下層は主に屋台や商店などが建ち並んでいるが、『回収屋』はさらにその下の階、下水やゴミ処理場などがひしめく最下層にある。適当に下層で朝食代わりの萎びた果物をエットへ買い与え、自身もぼけた味のするリンゴを囓りながら進んで行けば、やがて人気のない路地へと出た。

「こっちだ」

 薄暗い路地を進むと、突き当たりに鉄製の扉が見えてくる。錆びてはいたが、鍵はかかっておらず、軽く押せば甲高い悲鳴のような音と共に扉が開いた。扉を開けた瞬間、エットが息を呑む気配を感じた。初めてを訪れた者は、大なり小なり大抵、そういった反応をするから特に不思議ではなかった。

「……ひひ、いらっしゃい……」

 喉の奥を引き攣らせるような笑いと共にノルとエットを迎えたのは、ガスマスクにゴーグル、更に頭巾付きポンチョに分厚いグローブを嵌めた男だった。背は低く、体格もポンチョに覆われていて分かりづらいが、そのひび割れた声色からかろうじて『男』だと判別できた。

「掃除を頼む。C-06の屋上に一体。まだ腐ってない」

 ノルが死体がある位置を伝えると、男は嬉しそうに嗤った。喉を損傷しているのか、空気が抜けるような笑い声は、風の音にも似て、不快だ。

「シュシュ……あいよ。そこなら九十だな。先払いだ」

 男が機嫌良く指を四本突き出して来るが、ノルは頷かなかった。

「……六十。ここらでは見ないカプセルがあるが、それも持っていって良い」

 ノルの言葉に、男は少しだけ考えるような素振りをした。ガスマスク越しの目が一瞬、エットを見たかと思うと、また男はひび割れた声で答えた。

「七十だ。これ以上はまけられねえ」

「ああ、それでいい」

 男の答えに満足したノルは、ポケットから銀貨を数枚取り出し、男へと手渡した。男はマスク越しにしっかりと銀貨を確かめた後、満足そうにそれを懐へしまいこんだ。

「シュシュシュ……まいどあり。また『掃除』が必要なときはいつでも来な……そこの雌も、ここらじゃ見ない毛並みだ。要らなくなったら高く買うよ」

「!」

 それまで周囲を物珍しげに眺めていたエットだったが、男の視線が自分へ向いていると感じた途端、ぶわり、と毛を逆立てた。思わず、といったようにノルの服の裾を強く握る。

「……あまりこいつをからかうな。見ての通り、箱入りだ」

 呆れたようにノルが嗜めると、男は何が可笑しいのかまたシューシューと喉を鳴らして笑った。

「知ってるさ。見たとおり、文字通り『箱入り』だったんだろう?」

 どうやら男はエットがカプセルに入った状態でムルクホルムここに不時着したことを知っているようだった。

「……耳が早いな」

「シュシュシュ……そりゃな。耳の早さはここで長く生きる秘訣だ。お前もそうだろう?」

「ああ。だが悪趣味な冗談はそこまでにしておけ」

「ひ、ひ……お前にしては随分とお優しいことだ。用心棒から騎士ナイトへ転職かい?」

「うるさい。そんなことを喋るためにお前に金を払った訳じゃない……早く行ったらどうだ」

「シュ、シュ……はいはい、お二人を邪魔する悪者は退散しようかね……それじゃあ店を閉めるから、あんたたちも外へ出な」

 男はそう言うとノルとエットを店から追い出し、出入り口の扉を閉めた。そして振り向いたときには、既に雑踏に紛れ、その姿を消してしまっていた。
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