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1.出会い
14.番
しおりを挟む『むかしむかし あるところに いっぴきの ねこがいました。
ねこは うまれたときから ずっと ひとりぼっち
ごはんをたべるときも ねむるときも ゆめからさめるときも ずっとひとりでした
しかしあるひ ねこのまえに もういっぴきの ねこがあらわれました
ひとめみたときから ねこはもういっぴきのねこが 『つがい』 だとわかりました
『つがい』とは みずからの はんしんのようなもの
たのしいことも つらいことも おいしいものも きれいなものも わかちあうことのできる ただひとり
ねこは『つがい』のねこと たくさんのじかんを すごしました
ふたりのあいだには たくさんのこどもができ しあわせなひびが つづきました
そしてよくはれたあるひ ねこは『つがい』のねこと たびだちました
しすらかれらを わかつことはできず ねこと『つがい』のねこは えいえんに あおいそらのはてで すごしました』
蕩蕩と流れるように読み上げる声は透き通った水のようでもあった。『カンタレラ』の二階――顔見知りの娼婦の部屋で、ノルはエットが絵本を読み上げるのを眺めていた。エットが手にしているのは、ノルの母の形見のひとつ――猫獣人に広く伝わる御伽噺の中でも最も有名なものだ。
部屋の中には、ノルとエットのほかにも人間がいた。いや、正確には人間がひとり、そして猫獣人がひとり。
「『番』かあ……こんな商売してると、忘れそうになるよ」
そうぼやいたのは、ノルやエットよりも年下の猫獣人だった。余分な肉はついておらず痩せており、すらりとした手足が印象的で、腰まで伸ばされた黒い髪と浅黒い肌、そして蜂蜜色の瞳が彼女の中に流れる血がどこか異国からやってきたことを知らせていた。痩せぎすで、ともすれば少年にも見えそうだが、黒いドレスと、かろうじて分かるくらいの胸の膨らみが、彼女を『彼女』たらしめていた。
「そう? リィファはそう言うけれど、私からしたら憧れるわ」
黒髪の猫獣人――リィファをそう嗜めたのは、シャーリィという娼婦だった。こちらは灰色の髪に灰青の瞳と、一見、儚げな少女といった佇まいだが、その肢体は肉感的で、少女じみた雰囲気とアンバランスな肉付きは、どこか背徳的な雰囲気を醸し出している。『カンタレラ』の看板とも言える娘だった。先日、暴漢に襲われ腕を折られたため、現在は客を取ることを控え、ローシャの指示のもと、エットに文字を習いに来ていた。リィファはシャーリィについてきた形だ。
今時は若くても女でも読み書きができなければいけない、というのがローシャの考えで、彼女自身が娼婦をする傍ら読み書きを習い、『カンタレラ』を経営する側に回ったことからも、『カンタレラ』ではスラムでは珍しく読み書きの教育が行われていた。もっとも、今までは教えることができるのがローシャしか居なかったため、今日のように彼女が不在だったり、他の年かさの娼婦へ教えることが優先されたりして、教育の手が回っていなかったのだが、エットが現れたことで娼婦の中でも若いリィファやシャーリィも文字を学ぶことになったのだった。
(結局、あの飼い主が一番得をしたという訳だ……)
ノルが雇い主の手腕に対して内心嘆息していると、女たちの話題は『番』へと移り変わっていた。『番』契約は人間で言う『婚姻』と同じ――いや、それ以上に重い意味を持つ。獣人の間では『番』関係になることは、自らの人生を分け合うことと等しい。背負う荷物を半分に、降りかかる幸福は倍に、死が二人を分かつまで――いや、死すら『番』を分かつ理由にならない。それほどまでに獣人にとっての『番』とは、重く、絶対の存在だった。
「シャーリィ、人間のあんたにはぴんとこないかもしれないけどさ。『番』っていうのは、そう簡単に決められるもんじゃないよ。さっきの御伽噺にもあったろ? 『死すら彼らを分かつことはできず』――下手に選んだが最後、地獄までそいつと道連れだよ。あたしだったらゴメンだね」
「そう? 私は、羨ましいかも……死んでなお一緒にいられるなんて……それに、いつかここを出たら、って思わない? 姐さんもいつもいってるじゃない……『いつまでもカンタレラにいられると思うな。自分の行く先を考えな』って」
「ここを出たら、ねえ……そりゃあローシャの姐さんには感謝してるよ? 屋根だけじゃない、暖かくて柔らかい布団があって、食事も与えてくれるし給金も弾んでくれる……ムルクホルムでここ以上の稼ぎ場はないよ。けどこれからの人生、誰かと一緒に……まではねえ……そうだ、センセイはどう?」
「俺?」
「センセイって言ったらあんたしかいないだろ」
リィファに水を向けられてエットの尾がぴんと伸びた。 エットは与えられた難問にしばらくうんうんと唸っていたが、やがて観念したかのように項垂れた。
「俺……よく分からない」
「なんだよ、センセイにも分からないのか?」
「ちょっとリィファ、からかわないの。ごめんねエット。この仔、悪気はないの。その、ちょっと……」
「うん、大丈夫」
もごもごと言葉を濁しながらそれでも必死にリィファをフォローしようとするシャーリィに、エットはこくりと頷いて答えた。
「誰かに教えるなら、俺が知ってなくちゃいけなかったことだから」
「そう……ありがとう」
エットの答えに、ほっとシャーリィが息を吐いた。
「でも、確かに難しいな……ノルは分かる?」
「俺に振るな」
さりげなく気配を消していたのだが、流石に部屋の中にいては無意味だったらしい。勢いよく振り向いたエットにうんざりしながら、ノルは視線を虚空へやりながら呟く。
「リィファも言っていただろう。地獄まで道連れても良い相手――そんなところじゃないのか」
「なんだ、ロマンがない答えだな」
ノルの答えが不服だったのか、リィファが口を尖らせた。
「あんたが言った言葉だ。一体、俺に何を期待してるんだ」
「だってさあ……」
「……それでも私は、やっぱり羨ましい」
ノルとリィファのやり取りに、ぽつりと呟いたのはシャーリィだった。その灰青の瞳はどこか遠くを見つめているようで、エットは何故が妙な居心地の悪さを感じて、ふるりと身震いをした。そのときだ。
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