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2.変化
24.決断
しおりを挟む「不味いね……弾は貫通しているが、神経が傷ついている」
「治らない、のか……?」
「『まともな』治療を受ければ歩けるようになる……後遺症は残るだろうがね」
暗い廃墟の一室でそう言ったのは、診療所から往診にきたファロだった。診療所は今も『獣人狩り』の巻き添えを食った住人たちでごった返している。狩人たちの目に留まるのも時間の問題だろう。そんな中で診療所に行くわけにもいかず、やむを得ず廃墟となった建物へ避難したノルとエットに手を差し伸べたのは、意外な人物だった。
「だが、ここじゃあ『まともな』治療は望めない。このままだと……」
「このままだと?」
ファロの言葉の続きを促したのはリィファだった。彼女は、診療所前で立ち往生していたエットを、かつて自分が客を取っていたという廃墟へ招き入れたのだ。
「命に関わる。応急処置はしたしたがね、気休めみたいなものさ」
そう言うと、ファロは医療鞄を手にした。もうこれ以上できることはない、と言わんばかりに。
「『まともな』治療を受ける方法はひとつだけ……坊やには分かるだろう?」
ファロの言葉に、エットは項垂れた。それは、考えられる限り最悪の手段だ。エットはおろか、ノルも自由を奪われ、最低限の権利すら奪われた屈辱的な思いをさせるだろう。何より、青い空を見ることを望むノルの夢を奪うことに等しい。
「容態を見るに、保って明日の夜までだろう。悔いが残らないよう、ようく考えるんだね……すまないね」
ぽつり、と力不足を詫びると、ファロは年齢に似つかわしくないしっかりとした足取りで廃墟の一室を後にした。残されたのは薬が効いてベッドで眠るノルと、彼を囲むように立つエットとリィファだけだ。
「センセイ」
先に口を開いたのはリィファだった。難しい顔をして腕組みをしたまま、エットを見つめている。
「さっきの……ファロが言ってた治療を受ける方法、って?」
「……俺が『上』に戻ること。勿論、ノルも一緒に」
静かな室内で、リィファが息を呑んだのが分かった。
「幸い、と言っていいか分からないけど……ノルは『獣人』だ。だから、俺の『番』として、連れて行く。『上』の連中にとったら格好の実験材料だ。俺もノルも、命は保証される」
「けど、そんなの……」
「そうだ。一生、研究都市の実験動物として飼い続けられる……かもしれない。あいつらが興味を無くすか、目的を達成するまでずっと」
「そんなこと、ありうるのかい?」
「……わからない」
そう、分からない。以前、研究都市の一員である男が言っていたように、彼らの目的が猫獣人の繁殖であれば、生きている限り解放される可能性はゼロに等しい。しかし、それでも。ノルを生かすためなら、方法はそれしかなかった。
「……そうかい」
エットの答えに、リィファは少しだけ考える素振りをしてから、ぽつりと呟いた。
「あたしは、」
それは、エットに向けたものではなかった。ここには居ない誰かに向かって、痩せぎすの猫はその願いを告白する。
「あたしは、どんな形でも好きな相手には生きていて欲しいと思う……そいつがどんなに許されないことをしても、どんなに取り返しのつかない過ちを犯しても」
「……リィファ?」
「なんでもない。センセイ、隠れる場所が必要ならいくらでもここを使ってもらって構わないよ。ここなら狩人にも見つからないだろうし――あたしは、もう使わないから」
「え――」
意外な言葉にエットはリィファを見やる。蜂蜜色の瞳には強い意志が浮かんでおり、その言葉に嘘がないことを知らせていた。エットは、ゆっくりと室内へ視線を走らせる。昔、使っていたというだけには綺麗すぎる一室。ベッドはスラムには珍しく清潔なシーツに包まれ、少なくはあるが家具も充実している。食器はペアで置かれており、客をもてなす、というよりはもう一人の住人を想定してしつらえたような部屋に、エットはリィファがこの部屋を『誰』と使おうとしていたのか、薄らと見えた気がした。そんなエットの考えを察したのか、まるで答え合わせのようにリィファが口を開く。
「センセイの言ったことが本当なら……あいつは姐さんに逆らったってことさ。もう『カンタレラ』には……いや、ムルクホルムにも居られない。だったら、誰かひとりくらい味方がいたっていいだろうさ」
「それは……『好きな相手には生きていて欲しい』からか?」
エットの問いにリィファはカラカラと笑った。そして、言う。
「そうだね――地獄まで道連れも悪くない、って思うくらいには」
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