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2.変化
25*.君を連れて行く
しおりを挟むリィファが立ち去り、部屋には眠るノルとエットだけが残された。時折、外を振る雨音が響く以外は、エットの苦しげな息遣いだけが聞こえる。地獄まで道連れ――先ほどリィファが口にした言葉をエットは噛みしめていた。今まさに、エットもノルを地獄へ道連れようとしている。それが許されるのかは、分からない。ただ、生きていて欲しい。エットの胸中を占めるのは、その想いだけだった。
「……ノル」
ゆるりと寝台に横たわる彼の名を呼ぶ。ノルは荒い息を溢していたが、やがてその瞼が持ち上がり、青色の瞳が露わになった。
「どこだ……」
「リィファの隠れ家」
まだ起きることも辛いのか、ノルは目玉をぎょろぎょろと動かして周囲を確認している。やがて、今のところ脅威がないと分かったのか、静かに体から力を抜いた。
「ノル、このままだと危ない。治療を受けないと」
エットの言葉に、ノルは全てを悟ったらしかった。応急処置がなされているにも関わらず、エットの焦った様子。何より、生まれてからずっと共にあった体が、このままでは危険だと痛みで主張している。
「自分のことは自分が一番分かる……無駄だ。遅かれ早かれ、俺は死ぬ」
投げやりでも自暴自棄でもなく、ノルは確信していた。傷の重さ、失った血の量、限られた設備。そのどれもがノルと死神を引き寄せている。死にたい訳じゃない。生きたい。死ぬのは嫌だ。まだ、まだ青い空を見ていない。けれど今、忍び寄る死をどうにもできないことも事実で。だから、放った言葉は冷静な分析というよりも、むしろ諦めに近かった。しかし。
「――死なせない」
ひっそりと、しかし絶対の意志を持って放たれた言葉に、ノルはその言葉の主を思わず凝視していた。そこには、緑色の瞳に固い決意を携えたエットが居た。
「だから、ごめん」
意図の読めない謝罪の言葉と同時に、ぶわり、と甘い匂いが部屋中に充満した。花と果物に滴る朝露のような、甘さを含んだ水の匂い。
「な、にを……」
「ごめん」
ぐらり、と脳が揺れる。同時に体の奥底からこみ上げる熱に、ノルは戸惑うほかなかった。傷は未だ痛みを訴えているのに、重怠い熱が全身を支配しているのに、ずくりと下肢に生まれた新たな熱。生まれてこの方味わったことのない熱に、まさか、という予感が脳裏を過る。
「ノルは嫌だと思うけど……それでも、こうしないと駄目だから」
エットが近づいてくる。同時に甘い匂いが更にその濃さを増した。朝露のように静謐でありながら、同時に嗅いだものを狂わせる花と果物の匂い。口の中に唾液がじゅわりと滲み、匂いの元をかぶりつきたいという衝動に駆られる。
エットがゆっくりとノルが横たわる寝台に乗り上げた。粗末な寝台は、ギィ、と抗議めいた音を立てたが、それでも二人分の体重を支えてみせた。
「ノル、ごめん」
ごめん、と何度もつぶやきながら、エットの顔が近づいてくる。今にも泣き出しそうな情けない顔をしているくせに、その指先の動きひとつひとつが繊細で丁寧で、何より躊躇いを感じさせなかった。
「ぐ、……お、い……」
痛みに呻きながら、なんとか止めさせようとする。エットの考えの全てが理解できた訳ではないが、少なくともそのままやらせていいものではないことくらい、負傷によって熱に浮かされているノルにも理解できた。
「頼む。じっとして……悪い夢だと思ってくれて、構わないから」
ぱた、とノルの頬に熱い滴が落ちる。それが涙だと分かったのは、流れたそれが口の端から口内へ入ってきたからだった。部屋中に充満している甘い匂いとは裏腹に、塩辛いそれが、今この場で起きていることが現実なのだとありありと知らせてくる。
「ごめん」
また謝罪の言葉が落ちてきた。視界いっぱいに広がったエットの顔、そして寄せられた唇がノルのそれに触れる。キスをしたのは初めてだったが、不思議と嫌な感じはしなかった。まるで子供の遊びのように、唇をくっつけるだけの口づけ。何度も降ってくるそれを、ノルはただ受け止める。何度かそれを繰り返すうちに、甘い香りを吸い込んだせいだろうか、それともただ単に傷のせいか、頭がぼーっとしてきた。しかしそれでも、同時に痛みとは別の感覚がじんわりと立ちのぼってきているのが分かる。熱い。下肢が、性器が燃えるように熱い。今にでも、猛ったこれを温かく、柔らかな粘膜に突き立てたいという、獣じみた感覚が脳を支配していく。
「ごめん。ごめん、ノル」
あっ、と思わず声を上げそうになった。エットの温かい手が、いつの間にか頭をもたげていたノルの性器に触れたからだ。最初は布越しに、すりすりと擦られたかと思うと、ゆっくりと下着をずらされる。それまで性器を外気から遮っていた粗末な布の下着が足元までずらされれば、ぶるん、と興奮を露わにした屹立が露わになった。
「気持ち悪い、って思っていいから。俺のこと、嫌いになっていいから」
「エ、ット……?」
そう言いながらエットはがばりと服を脱いだ。今度こそ、ノルは声を漏らしていた。名を呼ばれたエットは、泣きそうな顔をしているのに、それでも笑っていた。
エットの裸体を見たのは、これで二度目だ。一度目は初めて出会った日、診療所でシャワーを浴びるときに目にした。そのときは、なんとも思わなかった。なのに、今は。今は、違った。
「ふ、……ぅ、」
思わず、熱い息を漏らす。目の前に晒されたエットの裸体に、ノルは間違いなく興奮を覚えていた。ぴんと立った三角耳に、スラムでの生活で少しだけ艶やかさの失われた髪。それでいて、健康的な肉の付いた肢体。感情をよく表す尾。そして何より、彼を『雌』たらしめる、二本の足の間にある無毛の割れ目。見られることが恥ずかしいのか、目こそ合わせないけれど、反射によるものか、割れ目はじわりと湿り気を帯びている。
「やめろ……、こんなっ……!」
「ごめん、ごめんなさい……」
ノルの制止に弱々しく首を振りながらも、エットの手は止まらない。ゆるく立ち上がったノルの性器を柔く握ると、指を輪のような形にして刺激してくる。同時にまた漂ってくる甘い匂いに、そこはさらに硬度を増していき、限界まで張りつめていく。ぬちゃ、くち、と粘着質な音を立てながら扱かれるたびに、腰の奥に快感が走る。気持ちいい。だめだ。やめさせなければ。気持ちいい。本能的に腰が浮きそうになるのを必死で堪えていると、唐突にぷちゅり、と音を立てて先端に吸い付かれた。
「 お、まえ……な、にを……っ⁉」
慌てて顔を上げ、下腹部を見ると、そこにはベッドの足元へ滑り込み、ノルの股座に顔を埋めるようにして奉仕するエットの姿があった。今まで接してきた、無知で無邪気なエットの姿と、娼婦さながらにノルへ奉仕する姿とのギャップに思考が追いつかない。混乱する頭で、それでもなんとかやめさせないとと努めるが、痛む足が、甘い匂いに支配された思考がノルにそれを許さない。その間にもエットの小さな口は先端を食むようにしながら幹を舌で舐め上げ、かと思えばたっぷりと涎を垂らした舌先で裏筋をなぞるように動く。ぞくぞくとした感覚に内腿が震え、陰嚢がきゅうっと縮んで射精欲が高まっていく。もう少し、あと少しで達せられる。そう思った瞬間だった。ぴたりと性器に与えられていた刺激が止んだのだ。
「う、……っ⁉」
「……出すのは、こっちだ」
ぬるり、と温かく、柔らかい何かに性器に包まれる。それと同時に、これまで経験したことがないほどの快感が背筋を駆け抜けていく。先端が熱くぬかるんだ狭い場所に飲み込まれているのを感じた。ちゅうちゅうと亀頭を咥えるように蠢く穴はひどく狭く、挿れた瞬間に果ててしまいそうだった。
「ァ、ぐっ……ン、ん、ふぅ……っ」
「う、アッ……、のる、のるぅ……!」
にゅち、にゅち、と小刻みに前後に動かされると、根元が締め付けられてたまらない快感が生まれる。それに合わせて、頭の上の方からくぐもった嬌声が聞こえてきた。突如として襲ってきた快楽に、思わずきつく閉じていた目を開くと、そこには両耳をぴくぴくと頭上で忙しなく揺れ動かすエットの姿があった。必死に体を支えているのだろう脚は既にがくがくと笑っているのに、それでも彼は動きを止めようとはしない。
「ごめん、嫌なことしてごめんなさい……っ!」
泣きそうになりながら謝るエットは、全身を震わせていた。瞬間、ノルの脳裏に初めて出会った時の記憶が蘇る。ローシャに「セックスの経験はあるか」と聞かれたとき、過剰なほど怯えて拒絶するエットの姿を。少なくとも、エットにとっては性交が恐怖の対象であることは間違えようがない。だから今も、こうして仔猫のように震えている。
「終わるから、もう終わるから、我慢して……ァ……!」
動き続けるエットの腰を掴む。その動きを止めるつもりで掴んだはずなのに、気が付けば腰を掴んだまま、強く突き上げていた。最奥にまでねじ込まれた先端に、かひゅっ、と息を呑む音が聞こえる。直後にぎゅう、と締まりを増す内襞の感触に、気づけば射精していた。びゅく、びゅく、と勢いよく放たれる精液に、びくりと体を震わせながらも、性器を包む熱さは変わらない。最後の一滴まで注ぎ込むようにゆるゆると腰を動かせば、びくびくと震える体に呼応するように内側の壁が蠕動するのを感じられた。
「ふあ……にゃ、う……」
「ッ、はっ……」
「……のる」
脱力した体を叱咤し、どうにか上半身を起こす。名を呼ばれてそちらを見れば、茫洋とした瞳でこちらを見つめるエットと目が合った。その瞳からはぽろぽろと涙が溢れている。
「ごめん。これが最後、だから……」
「……」
「噛んでくれ」
それは、猫獣人に昔から伝わる習わしだった。交尾を行った雌雄で、雄が雌の首筋を噛めば、その二体は『番』となる。死が二人を分かつまで――いや、死すら『番』を分かつ理由にならない。それほどまでに獣人にとっての『番』とは、重く、絶対の存在。それを、今ここで行使しろという。ノルを救うために、自分の全てを差し出すその姿は、痛ましいと同時に気高く、眩しかった。その姿に、心臓が高鳴る。ゆっくりと重い体を起こし、寝台に伏したエットを組み伏せる。口元をそのうなじに近づけ――そして歯を立てた。
初めて噛んだエットの首筋は、花と果物、そしてそれらを含んだ朝露の匂いがした。初めて番となったエットの首筋は熱く、塩辛い、生きているもの独特の血の味がした。そのとき、ノルは誓った。この先、なにがあってもエットを守り抜くことを。自分の全てをこの番へ捧げることを。
■
「ありがとう、ノル」
礼を言われるようなことは何もしていない。
「だから、連れて行くよ」
連れて行く? どこへ?
「こことは違う、青い空が見えるところ」
そんなところ、あるはずがない。そう言った俺に、声の主は困ったように笑ったようだった。気配が伝わる。視界は暗く狭かったけれど、それだけは分かった。
「お前にとっては居心地はよくないかもしれないけど……でも、連れて行くから。青空を、見せてやるから――」
バカ言うな、と言いたかった。あそこはお前にとってこそ地獄じゃないか、と言ってやりたかったのに、どうしてか声が出ず、呻き声のような低い音だけが曇り空へと融けていく。意識までもが閉じられる間際、彼の顔が見えた。
「――これから俺がすることを、赦して欲しい」
彼は、笑っていた。今にも泣き出しそうな顔で、それでも微笑んでいた。
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