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第二章「契約更新は慎重に」
25.バレー部員たちには因縁あり?
しおりを挟む試合が終わった。
相手校の選手たちは帰り支度をはじめ、万鐘高校の生徒たちはまばらに散っていく。観戦へ訪れた学生たちは校舎へと、戦いを終えた選手たちは更衣室へと。
喧騒のさなか、流れにさからって体育館の外へと向かう背中を見つけた。
ユニフォーム姿のまま、チームメイトたちとは距離をおいて、彼は孤独にすすむ。
鞘崎先輩だ。
どこへ行くのだろうと気になって、ひそかにあとを追いかける。
たどり着いたのは、水飲み場だった。
巨大な長方形の建築物である体育館の一辺は校庭に面しており、砂埃が舞うグラウンドとのあいだに防球ネットが張られている。
ネットの向こう側では、野球部員たちが整備用のトンボをひきずってのろのろと歩いていた。照りつくような西日を受けて、キツかったぁ、と愚痴をこぼしあう少年たちの背中はどこか哀愁を感じさせる。
夕暮れになると、ひとは物悲しくなるものだ。
「鞘崎先輩」
声をかけて、蛇口からあふれる水を頭から浴びていた鞘崎先輩が顔をあげた。彼の左の足首に組紐が巻かれているのは、このときはじめて気がついた。
「おまえは、あの店にいた……」
「どうも、九遠堂のバイトです」
「その制服、ここの学生だったのか。で、何か用か? わざわざこんなところまで追いかけて来やがって」
「ただの使いっ走りですよ。店主に難があるので、僕が代わりにお客さんの様子を確認してまわるようにしてるんです」
もちろん椎堂さんとはそんな約束を交わしていない。かといって禁止もされていない。
僕がアルバイトの分もわきまえず、客の事情に勝手に首を突っ込んでいるだけ。
「どうもこうもない。うまくやれてるよ。……バレー以外はな」
「四ノ宮くんに怪我を負わせて、ですか。卑怯な手段で得た場所でふんぞりかえっていられるのは、さぞかし気分がいいんでしょうね」
神経を逆撫でするような言葉を選んだのはわざとだ。
僕自身、怒りを感じていたし、軽蔑を隠してはいられなかったのだ。
鞘崎先輩は鼻で笑った。
「ああ、ゾクゾクするほど気持ちがいいね。今日の試合は散々だったが、監督はこのまま俺をスターティングメンバーとして据えるつもりらしいからな。全国の舞台に立つのは俺だ。中学ンときからずっと目指してた。努力も重ねてきた。その場所にようやくたどり着ける」
鞘崎は言い放つ。
「中学ンときは……実力不足だった。弱小校じゃ試合に勝てない。ムシャクシャして、練習フケてた時もあったな。けど、もう俺は…………俺にはバレーで勝つしかないんだって、よくわかった」
額で光る、まぶしい汗。
少年が唸る姿は痛々しい。
それでも、見ておきたい。関わると決めたのは僕だ。鞘崎から放たれる怒気を逃げずに受けとめる。
こんな人に破格の値段で現実を歪める手段を与えるなんて、やはり椎堂さんはどうかしている。
九遠堂が金銭さえ払えば客たちの願いを聞き届ける店だとしても、他人を害する目的を持つ相手に、力を売るのはまちがっている。
たとえるならば、危険な思想をもつ人に銃を売るようなものだ。
日本では民間人の銃の所持は規制されているし、合法とされているアメリカでも購入者の身元調査が行われている。前科者や指名手配犯に武器が渡らないようにするためだ。
あの人の行いに、〈怪奇なるもの〉の存在に、僕らが生きる社会の法や倫理が適応できないのだとしても、放置はできない。誰かが止めなければ。
精一杯の凄みをもたせられるように意識して、目の前の少年を睨めつける。
と、背後から近づいてくる足音が聞こえた。
「鞘崎先輩。……と伏見も。ふたりとも知り合いだったの?」
四ノ宮くんだ。
姿をみとめると、彼は僕らのあいだに割り込んできて、ほがらかな笑顔を浮かべる。前々から思っていたが、四ノ宮くんは相手の警戒を解き、場の空気をなごませるのがひどくうまい。
突然現れたというのに、彼ならばふしぎと許してしまう。
「四ノ宮……」
が、鞘崎先輩は苦い表情をしている。
四ノ宮くんはちいさく歩み寄ると、上目づかいで先輩を見上げた。
「先輩、試合見ました。じっくりお話ししましょうよ、俺とも」
「立ち聞きでもしてたのか? おまえには関係ないし、おまえとは話したくもない」
思わず身構える。九遠堂について立ち聞きされたのであれば、うまく誤魔化せる自信がない。
黙って様子をうかがうと、四ノ宮くんは柔和な表情を崩さず保ったまま、鞘崎先輩を注視していた。こちらには目もくれようともしない。
「なにをいうかと思えば。俺がそんなことするはずないでしょう?」
「どうだか。今日もどうせ見張りにきたんだろ……忌々しい」
「見張り、か。仙筒は油断ならない相手ですし。大会では当たらないにしても、今後の参考のためにも、注目選手がいるならプレーは見ておきたい」
「とぼけるな。俺がどんな気持ちでいると思っていやがる……!」
「わあ、こわい。急にキレないでください。メンタルコーチングもスポーツ選手には必須の技能ですよ、先輩。それとも、また……ですか?」
「……馬鹿にしやがって」
鞘崎先輩が虚空に叫ぶ。
「おまえはいつもそうだ四ノ宮……! 俺のことを見下して、嗤って、高校でレギュラーに選ばれてからはさぞかしご機嫌だったろうなぁ! うまくたちまわって、どいつもこいつも味方につけて、俺の居場所を奪うんだ。もうとっくに、俺の言葉なんて誰も誰ひとり信じようともしないってのに……!」
取り乱す鞘崎先輩に対して、四ノ宮くんは息をはずませてたたみかける。
「さっきから何を口走ってるんですか。気でも触れましたか? 昔っからそうですよね。ストレス耐性がなくって、ちっとも我慢がきかなくて。スポーツマンシップなんてかけらもないんだ」
「うるせぇ! 俺は変わったんだ! あのころとは違う……!」
隙のない剣幕。怒声がとどろく応酬。
僕はふたりを見守りながら呆然と立ち尽くすことしかできなかった。
明らかに異常だ。
四ノ宮くんと鞘崎先輩。彼らのあいだに横たわる確執に、無神経な横槍を入れられるほど僕は勇敢ではない。
ふいに四ノ宮くんから、申し訳なさそうな表情を向けられる。
「ごめん。部員同士で話しておきたいこともあるし、長くなりそうだし、伏見は先に帰りなよ」
有無を言わさない催促にうなずいてしまえば、立場も意地も貫きとおせない。
盛夏の宵は長い。グラウンドに垂直に伸びる影が、夜闇に飲まれるまでにはまだすこしばかりの猶予がある。
バレー部員のふたりを置いて、僕はその場を離れることにした。
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