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第2章 波乱のギルド検定試験

cys:23 王宮魔導士『クロスフォード・レイ』

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「……負けた? しかも、無色の魔力クリスタルしか持たない男に?!」
「う、うぅっ……」
「そんな事ある訳ないでしょ!」
「ほ、本当なんだ。アイツは魔力クリスタルの力も使わずに……」

 エミリオがそこまで話した時、パシンッ!という乾いた音が、冷たく薄暗い回廊に響き渡った。

「ね、姉さん……」

 叩かれた頬に片手を当てながら、涙目で姉を見つめるエミリオ。
 姉はそのエミリオの両肩を手でグッと掴み、クールな怒りを宿した瞳でエミリオを見据える。

「エミリオ。そんな事、簡単に認めちゃダメ! アナタは誇り高き『クロスフォード家』の長男なの。アナタが簡単に負けを認める事は、このクロスフォード家に泥を塗るのと一緒なのよ!」
「うぅっ、姉さん」
「しかも、無色の魔力クリスタルの落ちこぼれに負けるなんて、決してあってはならないの!」

 尊敬する姉から強く叱咤しったされ、エミリオは涙を袖で拭きながら嘆きを零す。

「ごめんなさい、姉さん。でもボク、本当に悔しいよ。あんなヤツに……うっ、うぅっ……」

 エミリオの姉は、泣きながら謝るエミリオの事を哀れに思うと同時に、愛おしく見つめている。
 昔から自分の事を誰よりも慕う、大切な弟だから。

「エミリオ……」
「姉さん……ごめんなさい、ごめんなさい……」

 泣きじゃくるエミリオを目の当たりにしていると、姉は弟への愛おしい気持ちが、ノーティスへの憎しみへの気持ちへと変わっていき、ギュッとエミリオを抱きしめた。

「ね、姉さん?!」

 最愛の姉に抱きしめられ、一瞬涙を止めたエミリオを、姉は瞳を閉じ、強く抱きしめたまま愛おしく囁く。

「あぁっ、私の可愛いエミリオ。もういいの、もういいのよ。私が仇を取ってあげるから」
「姉さん……!」
「エミリオ、愛しているわ」

 姉はエミリオを愛おしく抱きしめると、スッと瞳を開け、その瞳に復讐の炎を燃え上がらせる。

「私の愛しいエミリオを……その男、絶対に許さないわ!」

 すると姉の前に影が差し、男が姉に静かに話しかけてくる。

「どうした、物騒な顔をして。穏やかじゃないな」

 姉はその声にハッとして男を見上げた。
 美しい瞳に男の姿が映る。

「ロウ!アナタなんでここに?」
「いや、ちょっと気になってさ。ちなみに、穏やかじゃない原因は、あの無色の魔力クリスタルの少年の事かな?」
「えっ、ロウ。まさかアナタ……」
「当たりか」

 ロウは静かに、けれども少し嬉しそうに呟きエミリオの姉を見つめる。
 その慧眼な眼差しで。

「斬撃測定で測定器ごと斬り刻んだ男がいるって聞いたから、まさかと思って調べたら、私の特別講義を受けた少年だったからさ」
「えっ、アナタの特別講義を?」
「あぁ。彼は誰よりも早く、試験に全問正解したからね」
「全問正解?!」

 驚き目を見開いたエミリオの姉に、ロウはさらに嬉しそうに告げる。

「そう。しかも、学校を退学させられたのにも関わらずだ」
「た、退学ですって?!」
「あぁ、それに……」

 ロウが、ノーティスはアルカナートとの弟子だと告げようとした時、エミリオの姉はそれを遮るようにバッと立ち上がり、ロウへ鋭い眼差しを向ける。

「その男、あまりにも美しくないわ。だから私が教えてあげる。このスマート・ミレニアム最華の魔道士『クロスフォード・レイ』がね!」

 レイはそう言い放つと、身に纏っているマントをバサッと靡かせ、その場から颯爽と立ち去った。

───誰だか知らないけど、絶対に許さないから。美しさの欠片も無いくせに、愛しのエミリオを傷付けたアナタを……!


◆◆◆

 レイがそんな怒りに身を焦がしている事など、全く知らないノーティスは、防御力測定試験会場の入口の近くにある喫茶店で、ルミと楽しく紅茶を飲んでいた。

 けれど、ルミは違った。

「ノーティス樣。私が調べたとこによると……」

 真剣な顔を向けて、ノーティスに伝えている。

 ルミは、エミリオがクロスフォード家だというのを知り、サッと背景を確認したからだ。
 エミリオの姉が、スマート・ミレニアム軍でも最強の1人であるクロスフォード・レイである事を。
 また、レイが弟のエミリオを溺愛している事は知る人は知る事実だったから。

「……と、いう訳なんですよ。ノーティス様」

 ルミは、レイがノーティスに襲いかかってくる可能性がある事を伝えたが、ノーティスはイマイチ分かっていない様子だ。

「うーん……事情は分かったけど、そんな事するかなー」
「可能性はあると思いますよ」

 ルミは真剣な顔を向けてるが、ノーティスはちょっと斜め上を向き、首をかしげている。

「そうかなー、だって、まあ勝手にだけど恥をかいたのはあのエミリオだし、アイツだって最初散々俺をバカにしてきたんだぜ。まぁもう、ああいうのには慣れたけどさ」
「う~ん、確かにそうなんですけど……」

 少し唸るルミに、ノーティスは軽く身を乗り出す。

「それにさ、そんなにムカつくなら本人が直接来りゃいいんだよ」
「来たじゃないですか。さっき」
「あっ……」

 エミリオの申し込んできた決闘を断った事を思い出して、しまった! と、いう顔を浮べたノーティス。

「まっ、まあそうだけど、だからって代わりに出てくるってのは、どーかと思うよ。俺には分からん」

 ノーティスが軽くふてった顔をすると、ルミは軽く呆れた様な顔を浮かべて溜息を吐く。

「ハァッ……じゃあノーティス様は、もし私が誰かに恥をかかされたら、どーしますか?」
「えっ? ルミにもしそんな事あったら、もちろんソイツをぶっころ……あっ」

 そーゆー事かと腑に落ちた顔をしたノーティスを、ルミはチラッと見つめ軽く頬を赤くした。

「……でしょ? なので気をつけて下さいね♪ ノーティス様」

 ルミが軽く頬を赤くしながらノーティスにそう告げると、ノーティスが今から入る防御力測定の部屋から、傷付いた男達がゾロゾロと出てくる。

 ノーティスとルミは、喫茶店の窓から彼らをチラッと見た。

 皆屈強な体つきだが、体中に出来た傷の痛みに顔をしかめ、互いに愚痴を吐いている。

「くっそ! あの女。綺麗な顔して、やる事がえげつねぇ」
「あぁ、そんとーりだ。あんな魔法、検定試験で使うレベルじゃねーから!」
「そうそう。合格したら魔王とでも戦わせる気かよ。ったく」

 男がそう言って顔をしかめると、もう1人の男が残念そうな顔をして虚空を見上げた。

「あーーけどよ……マジで、たまらなくいい女だったな」

 そう零すと他の2人の男も悔しそうに賛同し、下卑た悔しい苦笑いを浮かべる。

「それな! 無理やり押し倒して、あのエロくて気の強そうな顔が、苦痛に歪むとこ見てやりてーわ」
「うぃーーっ、そそるなー♪ けど、俺らじゃ無理だよ。あの女強すぎる……」
「ハァッ……だよな。チックショー!」

 彼らの残念な愚痴を聞いていたノーティスとルミは、互いに顔を見合わせた。

「ルミ……今のってもしかして」

 マジで……という顔でルミを見つめているノーティスに向かい、ルミは胸の前で腕を組み、間違いないという顔で軽く頷く。

「可能性は……大です」

 するとノーティスは、勘弁してくれという顔を浮べた。

「ルミ、行かなきゃダメかな」
「ダメでしょう」

 軽く目を閉じ、とーぜんだという顔で頷いたルミに、ノーティスは、嫌なんだけど……と、いう顔を向け軽く訴える。

「いや、レイだっけ?絶対怒ってるよ」
「でしょうね」

 ルミは腕を組んだまま、チラッと片目でノーティスを見た。
ノーティスはそんなルミに、軽く懇願するような顔を浮べた。

「いや、もういいよルミ。今日はやめとこう。レイの怒りが収まるのを待ってから……」
「ノーティス様、何を仰ってるんですか」

 許してくれないルミに、さらに訴えるノーティス。

「だって絶対、全力で来るだろ。俺は……女の子と本気で戦いたくない!」

 ノーティスは強く告げたが、ルミはちょっと叱るような表情を変えず、腕も組んだままだ。

「でしたらあの時、エミリオさんの決闘を受ければよかったじゃないですか」
「いや、あの時はまさかこーなるとは思ってなかったし、それに、ルミと紅茶飲みたかったから……」

 イヤだなーと、いう顔をしているノーティスに、ルミはフゥッと溜息を零し、背中を押すように凛とした顔を向ける。

「ノーティス樣、行かなきゃダメです。どんな想いも受け止める度量が、勇者には必要ですから」
「うっ……そ~言われちゃ、行くしかないけど……」
「そーです。確かにレイ樣の逆恨み的な所もありますが、弟さんを想う気持ちは本物なんですから」

 ルミからキッパリとそう言われたノーティスは、一瞬間を置きルミに決心した顔を向けた。
 女と戦うのは心苦しいけど、ルミの言った事に間違いは何一つ見当たらないからだ。

「分かったよ、ルミ。行ってくる!」
「ノーティス様、流石です♪ これもまた修行の1つ、ご立派に果たされてきて下さい」
「あぁ、そうするよ」
「はい。待ってますから♪」

 ノーティスを笑顔で送り出したルミだが、会場に入っていくノーティスの後ろ姿を、切ない瞳で見つめている。

───ノーティス樣、ごめんなさい……!

 ルミはノーティスに、本当は厳しい事を言いたくなかったのだ。

───あの方からノーティス様を頼まれているので、厳しい事を言ってしまいましたけど、私は……ノーティス様と紅茶を一緒に飲める方が幸せです。どうか、どうかご無事で……!

 ルミが心で祈る中、王宮魔導士レイとの戦いが始まろうとしていた……
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