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願う相手なんて居ないけど。〈sideシエル〉

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僕が次に目を覚ましたのはとても温かい場所だった。

最初は視界がぼーっとして、隣で僕に誰かが話しかけてくれているのが少し分かるくらいだった。

ここはどこだろう、隣にいる人は誰だろう、とか。そんな事を考えることもめんどくさく感じた。

しばらく僕が何も言わずにそのままでいると、誰かの足音が聞こえてきた。

バタッと扉の開いた音がして、あぁ、誰かが入って来た。と僕は他人事のように考えていた。

「オリーブ先生、シエルは・・・」

その声に僕の意識は一気に現実に引き戻される。

この、声は・・・。

「ベア、トリス、さん?」

何とかその姿を確認しようと僕は起き上がる。

彼女は僕が座るのを手伝ってくれた。

改めて彼女の姿を確認すると、とても綺麗な女の子だった。

どうやらここは彼女の家で、僕は彼女の「専属執事」になるらしい。

外の世界を知らない僕は、その専属執事と言う言葉を理解は出来なかった。

だから、つい、専属執事になれば君の傍にいれるの?と聞きそうになった。もちろん、そんな事、聞けなかったけど。

でも、彼女は言ってくれた。

ーーーー傍にいなさい、と。

その言葉が嬉しくて僕は涙を抑えることが出来なかった。

彼女も同じ事を思ってくれたのかなって思ったから。もし、獣人が珍しくて興味本意だったとしても、それでも良いと思えた。

だって、僕にはもう僕自身しか残ってないから。

帰る場所も守りたい人もいなかった。

でも、そんな僕に彼女は居場所もくれると言ってくれたから。

今日から、彼女の傍を僕の居場所に。

彼女を僕の守りたい人にしよう。

僕はまだ難しい事は分からない。ベアトリスがお金持ちの家の子だって事は分かったけど、それ以外はほとんど知らない。

人が人に仕える姿だって、初めて見た。

綺麗な服を着た賢そうな人が皆、彼女に頭を下げている姿を初めて見た時はとてもビックリした。

彼女は僕が思っているよりも凄い人なのかも知れない。



それから僕は、ベアトリスに色々な事を教えて貰った。

当たり前の事だとは思うけど、僕は使用人さん?達からも度々、嫌な目で見られた。

その目を向けられる度、僕を気持ち悪いと吐き捨てた人達の事を思い出し怖くなった。

でもその度に、ベアトリスは僕の震える肩を、こわばった顔を、握りしめた拳を、癒すように抱きしめてくれた。

そうして、僕が落ち着いた頃には、周りに人がいなくなっていた。

その事に安心して、ホッと息をつくと、ベアトリスも安心したように笑った。

彼女の笑顔は綺麗だ。

でも、たまに、ふにゃりと可愛らしい笑顔をこぼす時もあった。

本当にたまにで滅多に見られないけれど、その笑顔を見る度に、少しだけ彼女に近づけている気がして嬉しかった。

そんなある日、彼女はいった。

ーーーーシエルの欲しいものはなに?と。

最初、なんでそんなことを聞くのか分からず、僕は首をかしげたが、直ぐに初めて会った時に言っていた事だと分かった。

だから、僕は彼女に何も要らない、といった。

そんな僕にベアトリスは、今じゃなくていいから、何か欲しいものが出来たら教えてと、頭を撫でながらそう言い残して彼女は部屋を去った。

「僕の、欲しいもの・・・。」

一人残された部屋で僕は考えた。

僕が望んでいるものを。

目を閉じれば浮かんでくるのは、ベアトリスの笑顔で。

父さんや母さんの事を忘れたわけではなかったが、出来れば、もう思い出したくなかった。

今もまだ、夢に見るのだ。

あの日の事を。

可能ならせめてお墓を・・・。

とは思った。でも、未だに二人の死を認めたくない自分がいて。

なるべく考えないように。思い出さないように。僕は記憶にそっと、蓋をした。

そうしないと、今度こそ心が壊れて、もう、元に戻らない気がしたから。


僕は考えて、考えて、そして思った。

やっぱり、何も要らない、と。

今、ベアトリスの傍に居られる事が僕にとっては嬉しくて、とても幸せに感じた。

もし、何かを望むなら、それは、今を壊さないで欲しい。と、それだけだった。

でも、それをベアトリスにお願いするのは、なにかが違う気がしたから。

どうか、いつまでもこのまま。

ずっと、君の笑顔をそばで見ていられますように。

神様なんて信じていないし、大嫌いだから、誰に祈ればいいのかは分からなかったけど、僕はぎゅっと目を閉じて、そう願った。
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