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浮遊都市・ルフトヘイヴン
42.折れない心も良し悪し
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廊下に出た2人を出迎えたのは、ディクシアの悲痛な問いかけだった。
「クロスタ、まさかとは思うけど君までシリスと一緒に手伝うとかいう気じゃないよね?」
「元々そのつもりだったが」
問いかけというよりももはや懇願に近い。
縋るようにして端正な顔を歪めるディクシアに、頭ひとつ分高いクロスタは彼を見下ろしながら躊躇いなく切り捨てた。
半ば予想していた返答ではあったのだろう。表情に苦々しさを上乗せしながら唸るディクシア。
「もしかしてクロはついて来てくれるの?」
「暇だし。ディクほど頭固くないしな」
それより、と珍しく長々とクロスタは続けた。
「放置は後味悪い。お前も何するかわからん」
「それは……返す言葉もないです……」
呆れたような冷たいような言い草だが、それは今までのシリスの行動の結果である。ある意味で信頼されていると言ってもいいのかもしれない。
とにかく、シリスとしては1人でもアーリィの協力は惜しまないつもりであった。しかし、そこに友人がさらに助力してくれるというのであれば拒む理由など何もない。もし問題があるとすれば、取り残されるディクシアの方だろう。
「クロまで行く必要はないだろう!?必要なのは、お目付の名目を果たせるだけのヒトじゃないか!」
なおもクロスタに縋り、ディクシアは訴えた。
「頼むよクロ、僕と一緒に残ってくれ。1人でここに取り残されるのは耐えられそうにない……。彼女も残る気満々なんだ」
最後の言葉はクロスタに聞こえる程度の小さなもの。彼らのすぐ近くにいるシリスの耳が良いから聞こえただけで、他の面々には内容など聞こえていないだろう。
もちろん“彼女”にも。
「いいじゃない。行く気満々の子たちに任せちゃって、一緒に仲良く留守番しましょぉ?」
絡み付く声に、ディクシアの肩が跳ねる。彼の喉の奥で「ひっ……」と息を呑む音が漏れた。
口の片端をくいと上げ、イタズラな笑みを浮かべながらレッセは3人に近付いた。
「アナタの言うように、そこまで人数が必要そうには思えないし。それなら先輩後輩での交流を深める良い機会にしちゃいましょ?」
「ぼ、僕はこの機会にこの都市の色んなところを観察して回ろうと思っていまして」
一言話すごとに一歩また一歩と距離を詰めるレッセに、ディクシアは同じ距離の分だけ後退る。
「あら、じゃあ私が案内してあげるわ。これでも長々とここの担当してるのよぉ?たくさん教えてあげられる事があると思うけど」
「その、産業だったり浮遊石の技術だったり……失礼ながら、フェール先輩があまりご興味あるかわからない場所など……」
「そぉねぇ、じゃあこの機会に一緒に学んでみるのも良いと思わない?」
この様子では、彼がたとえ黙々と本を読んでいたりするだけでも隣に居座りそうだ。
ディクシアとレッセがともにジリジリと攻防を繰り広げる中。アーリィがこそこそとシリスの横に歩み寄りその耳に小さく囁いた。
「部屋を出たときにもう一度だけお願いしてみたんだけど、あんなに2人になりたいのなら余計な事だったかな?」
「いや。どちらかと言うと救いに近い提案だったと思うけど……」
この様子を見るに、レッセはディクシアの近くで行動をしたがるだろう。と、シリスは思った。なれば、彼が取れる選択肢は3つだ。
彼女を避けながら単独行動をするか、諦めて2人行動をするか、はたまたシリスたちと行動するか。
おそらくディクシアの理想は単独行動だろうが、それが1番難易度が高い。かといって、残りの2つを素直に選択するかといえば答えは「No」だ。
「───すみません、僕本当に女性と2人というのがダメなんです。特に、フェール先輩みたいに歳上の大人の女性が苦手で。彼女たちを待つにしても、落ち着かないので1人にしてもらっても構いませんか?」
当たり障りのない断りを続けていたディクシアだったが、とうとう埒が明かないと思ったようだった。
はっきりとした拒絶はレッセの瞳を一瞬見開かせた。が。
「は───あはッ、あはは!もぉ、そういうところが可愛いわよねぇ。苦手なら別に歳上なんて思わなくていいから、気楽に接してちょぉだいな」
「ちっ……違います!そういう意味とかではなくてですね……!」
「なんなら、アナタになら先輩って呼ばれなくても良いわよぉ」
見倣うべきはその胆力か。
これだけ明らかな抵抗を受けても、レッセの態度はびくともしない。
聞こえてくるディクシアの悲痛な声に、見ている方も心が痛くなってきた。
「……そろそろ割って入ってあげる?ちょっと可哀想になってきた」
「折れるのも覚えるべきだ。たまには」
そわそわし始めるシリスの肩を手で押さえ、クロスタは相変わらず表情の読めない顔で2人を眺めていた。
やがて、誰も助けに入らないことに気付いたディクシアが観念したような声を上げる。
「クロ!シリス!」
「……行くか」
請うような叫喚。明確に叫ばれた名に、クロスタがようやくシリスの肩から手を離した。
折れないことはディクシアの美点でもあるが、同時に何ともならない欠点でもある。
彼の言うことは正論だったが、時に臨機応変に対応しろと言いたいのだろう。クロスタは。
あの悲痛な声を聞くに荒療治だと思わなくもないけれど……シリスの口から漏れ出る嘆息は、どちらに対する呆れだったのか。
「なぁに?何か言いたいことでもぉ?」
手を伸ばせばディクシアに触れそうはほどに近い距離。一歩を踏み出そうとしたレッセは突如、自分と彼の間に割って入った大きな影を見上げた。
クロスタが無言で涼やかな目をレッセに向ける。口を開かないクロスタに彼女が憮然として一歩だけ距離を取ると、数拍遅れて横についたシリスがディクシアの顔を覗き込んだ。
酷い顔色だ。ただでさえインドア派で、日に焼けていない白い肌はシリスたちと並べばいっとう際立つのに、今は不健康と言っても差し障りないくらいに血の気がない。額に滲む冷や汗が、彼の心境を如実に表していた。
もしここにいるのがシリスの押しに弱い弟だったなら、もっと前々の段階で折れて扱い易かったのだが───折れない心も良し悪しである。
「……恨むよ」
「どぉぞぉ?」
小さく小さく呟かれた怨嗟に、ほんの少しだけ腹が立ってわざとレッセのような口調で返せばディクシアがじとり、とシリスを睨んだ。その態度がなぜだかおかしくて、苦笑を漏らしながら再度"お誘い"をかける。
「やっぱディクも手伝ってくれない?あたしたちが他に変なことやらかさないようにさ。お目付役のお目付役ってことで。そうすれば君がアリィに手を貸すっていうわけでもなく、みんな一緒に行動ができるっしょ?」
「~~~ッッ!わかったよ、わかった!君たちだけじゃ更に事態をややこしくしかねないからね、行けば良いんだろう!?」
「クロ、ディクも来るって!」
にぃ、と笑って後ろの彼に大声で伝えればディクシアの顔が悔しそうに歪んだ。
「で、おま……先輩は?」
クロスタに問われ、レッセはしばらく黙する。何を考えているのかはわからないが、その沈黙が長く続くことはなかった。
「……いいわよぉ、じゃあ私も行こうかしら」
予想通りの返答だった。
もしかすると、ディクシアにくっ付くより面倒臭さの方が勝るかもしれないと思ったが。何はともあれ、これでディクシアがどうしても避けたい「レッセと2人きり」の状況は避けられたわけである。
「じゃあ決まり!アリィ、案内してくれる?」
「で、でも本当にいいの?皆さんにまでついてきてもらって」
「良いから良いから。今日中にやることやらないとダメっしょ?ほら、行こう!」
それにしても、レッセはどうも彼をいたく気に入っている様子だった。執着のように見えなくもない。だが、その疑問に対する答えなど考えたって仕方がないことなのだ。わからないのだから。
シリスはそう結論づけ、再び事が荒れる前にアーリィを促してその場を後にするのだった。
「クロスタ、まさかとは思うけど君までシリスと一緒に手伝うとかいう気じゃないよね?」
「元々そのつもりだったが」
問いかけというよりももはや懇願に近い。
縋るようにして端正な顔を歪めるディクシアに、頭ひとつ分高いクロスタは彼を見下ろしながら躊躇いなく切り捨てた。
半ば予想していた返答ではあったのだろう。表情に苦々しさを上乗せしながら唸るディクシア。
「もしかしてクロはついて来てくれるの?」
「暇だし。ディクほど頭固くないしな」
それより、と珍しく長々とクロスタは続けた。
「放置は後味悪い。お前も何するかわからん」
「それは……返す言葉もないです……」
呆れたような冷たいような言い草だが、それは今までのシリスの行動の結果である。ある意味で信頼されていると言ってもいいのかもしれない。
とにかく、シリスとしては1人でもアーリィの協力は惜しまないつもりであった。しかし、そこに友人がさらに助力してくれるというのであれば拒む理由など何もない。もし問題があるとすれば、取り残されるディクシアの方だろう。
「クロまで行く必要はないだろう!?必要なのは、お目付の名目を果たせるだけのヒトじゃないか!」
なおもクロスタに縋り、ディクシアは訴えた。
「頼むよクロ、僕と一緒に残ってくれ。1人でここに取り残されるのは耐えられそうにない……。彼女も残る気満々なんだ」
最後の言葉はクロスタに聞こえる程度の小さなもの。彼らのすぐ近くにいるシリスの耳が良いから聞こえただけで、他の面々には内容など聞こえていないだろう。
もちろん“彼女”にも。
「いいじゃない。行く気満々の子たちに任せちゃって、一緒に仲良く留守番しましょぉ?」
絡み付く声に、ディクシアの肩が跳ねる。彼の喉の奥で「ひっ……」と息を呑む音が漏れた。
口の片端をくいと上げ、イタズラな笑みを浮かべながらレッセは3人に近付いた。
「アナタの言うように、そこまで人数が必要そうには思えないし。それなら先輩後輩での交流を深める良い機会にしちゃいましょ?」
「ぼ、僕はこの機会にこの都市の色んなところを観察して回ろうと思っていまして」
一言話すごとに一歩また一歩と距離を詰めるレッセに、ディクシアは同じ距離の分だけ後退る。
「あら、じゃあ私が案内してあげるわ。これでも長々とここの担当してるのよぉ?たくさん教えてあげられる事があると思うけど」
「その、産業だったり浮遊石の技術だったり……失礼ながら、フェール先輩があまりご興味あるかわからない場所など……」
「そぉねぇ、じゃあこの機会に一緒に学んでみるのも良いと思わない?」
この様子では、彼がたとえ黙々と本を読んでいたりするだけでも隣に居座りそうだ。
ディクシアとレッセがともにジリジリと攻防を繰り広げる中。アーリィがこそこそとシリスの横に歩み寄りその耳に小さく囁いた。
「部屋を出たときにもう一度だけお願いしてみたんだけど、あんなに2人になりたいのなら余計な事だったかな?」
「いや。どちらかと言うと救いに近い提案だったと思うけど……」
この様子を見るに、レッセはディクシアの近くで行動をしたがるだろう。と、シリスは思った。なれば、彼が取れる選択肢は3つだ。
彼女を避けながら単独行動をするか、諦めて2人行動をするか、はたまたシリスたちと行動するか。
おそらくディクシアの理想は単独行動だろうが、それが1番難易度が高い。かといって、残りの2つを素直に選択するかといえば答えは「No」だ。
「───すみません、僕本当に女性と2人というのがダメなんです。特に、フェール先輩みたいに歳上の大人の女性が苦手で。彼女たちを待つにしても、落ち着かないので1人にしてもらっても構いませんか?」
当たり障りのない断りを続けていたディクシアだったが、とうとう埒が明かないと思ったようだった。
はっきりとした拒絶はレッセの瞳を一瞬見開かせた。が。
「は───あはッ、あはは!もぉ、そういうところが可愛いわよねぇ。苦手なら別に歳上なんて思わなくていいから、気楽に接してちょぉだいな」
「ちっ……違います!そういう意味とかではなくてですね……!」
「なんなら、アナタになら先輩って呼ばれなくても良いわよぉ」
見倣うべきはその胆力か。
これだけ明らかな抵抗を受けても、レッセの態度はびくともしない。
聞こえてくるディクシアの悲痛な声に、見ている方も心が痛くなってきた。
「……そろそろ割って入ってあげる?ちょっと可哀想になってきた」
「折れるのも覚えるべきだ。たまには」
そわそわし始めるシリスの肩を手で押さえ、クロスタは相変わらず表情の読めない顔で2人を眺めていた。
やがて、誰も助けに入らないことに気付いたディクシアが観念したような声を上げる。
「クロ!シリス!」
「……行くか」
請うような叫喚。明確に叫ばれた名に、クロスタがようやくシリスの肩から手を離した。
折れないことはディクシアの美点でもあるが、同時に何ともならない欠点でもある。
彼の言うことは正論だったが、時に臨機応変に対応しろと言いたいのだろう。クロスタは。
あの悲痛な声を聞くに荒療治だと思わなくもないけれど……シリスの口から漏れ出る嘆息は、どちらに対する呆れだったのか。
「なぁに?何か言いたいことでもぉ?」
手を伸ばせばディクシアに触れそうはほどに近い距離。一歩を踏み出そうとしたレッセは突如、自分と彼の間に割って入った大きな影を見上げた。
クロスタが無言で涼やかな目をレッセに向ける。口を開かないクロスタに彼女が憮然として一歩だけ距離を取ると、数拍遅れて横についたシリスがディクシアの顔を覗き込んだ。
酷い顔色だ。ただでさえインドア派で、日に焼けていない白い肌はシリスたちと並べばいっとう際立つのに、今は不健康と言っても差し障りないくらいに血の気がない。額に滲む冷や汗が、彼の心境を如実に表していた。
もしここにいるのがシリスの押しに弱い弟だったなら、もっと前々の段階で折れて扱い易かったのだが───折れない心も良し悪しである。
「……恨むよ」
「どぉぞぉ?」
小さく小さく呟かれた怨嗟に、ほんの少しだけ腹が立ってわざとレッセのような口調で返せばディクシアがじとり、とシリスを睨んだ。その態度がなぜだかおかしくて、苦笑を漏らしながら再度"お誘い"をかける。
「やっぱディクも手伝ってくれない?あたしたちが他に変なことやらかさないようにさ。お目付役のお目付役ってことで。そうすれば君がアリィに手を貸すっていうわけでもなく、みんな一緒に行動ができるっしょ?」
「~~~ッッ!わかったよ、わかった!君たちだけじゃ更に事態をややこしくしかねないからね、行けば良いんだろう!?」
「クロ、ディクも来るって!」
にぃ、と笑って後ろの彼に大声で伝えればディクシアの顔が悔しそうに歪んだ。
「で、おま……先輩は?」
クロスタに問われ、レッセはしばらく黙する。何を考えているのかはわからないが、その沈黙が長く続くことはなかった。
「……いいわよぉ、じゃあ私も行こうかしら」
予想通りの返答だった。
もしかすると、ディクシアにくっ付くより面倒臭さの方が勝るかもしれないと思ったが。何はともあれ、これでディクシアがどうしても避けたい「レッセと2人きり」の状況は避けられたわけである。
「じゃあ決まり!アリィ、案内してくれる?」
「で、でも本当にいいの?皆さんにまでついてきてもらって」
「良いから良いから。今日中にやることやらないとダメっしょ?ほら、行こう!」
それにしても、レッセはどうも彼をいたく気に入っている様子だった。執着のように見えなくもない。だが、その疑問に対する答えなど考えたって仕方がないことなのだ。わからないのだから。
シリスはそう結論づけ、再び事が荒れる前にアーリィを促してその場を後にするのだった。
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