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第五章 拒絶の向こう側
今晩、おれの部屋に来てよ【1】
しおりを挟む「大地。ここ、開けて」
父さんに大地の記憶がすでに戻っていることは、言えなかった。
言えば、記憶を回復したにも関わらず、かたくなに私たちを拒んでいることを、説明しなければならなかったから。
……大地が虐待されていた事実を、父さんに話す勇気がなかったのだ。
だから、父さんのいない日中に大地と二人だけで話そうと思い、父さんを送りだした休みの日、大地の部屋のドアをノックした。
けれども、いくら叩いても中から応答はなく……私は長期戦を覚悟して、扉の前に座りこんだ。
「……大地? 聞いてるんでしょ? 言っとくけど、あんたが出てくるまで、私、ここ退かないわよ?
あんまり聞き分けないと、いざあんたが
『トイレ行きたいから、部屋から出る~』
なんて言っても、出ていけないようにしてやるからね! 分かった?」
脅しかけ、ふたたび扉を叩こうと軽く拳を握った瞬間、部屋鍵の開く音がした。
あわてて、寄りかかった扉から身を起こす。
「……あんたって……いちいちムカつく……!」
私を見下ろす大地の目が嫌悪を宿し、鋭くにらみ据えてくる。
何度そんな風に見られても、慣れることはなく……優しかった大地の眼差しが思いだされ、私の心に陰を落とした。
「……ムカついてくれて、結構よ。私だって、あんたにそんな目で見られて、平気なワケないんだから。気分が悪いのは、お互いさま」
立ち上がって大地の胸を押しのけ、部屋へと入ろうとした。
が、当の大地はびくともせずに、意地悪く口元をゆがめ私を見返してきた。
「おれのほうは奇特なあんたと違って、不愉快な相手と話す気なんて、さらさらないんだけど?
解ったらあきらめて、こんな無駄なことしないでくれよ。
……いままでだって無視してきたんだから、これからもそうすればいいだろ。あんたの会いたい『大地』は、ここにはいないんだからさ」
言ってドアを閉めようとした大地に、しがみつくように身体を寄せる。
びくっと大地が身を引いたのを幸いに、隙をつき中へと入った。
後ろ手に扉を押しやり、大地を見上げる。
「自分を拒絶する相手と、誰が好き好んで相対すると思っているの? あんたがどう言おうと……私が《いまの》あんたをどう思っていようと……やっぱりあんたは、『大地』でしかないのよ。
だから───」
言いかけて、言葉をのみこむ。
大地の冷たい眼差しが、自分が言おうとしていたことを、凍らせていくようだった。
こんな大地は知らない、好きになれない───。
そう言って拒んでいては、何ひとつ、いまの大地を解ってあげることはできないんだ。
父さんとのやりとりで気づかされたこと。
私は、この大地に……自分を拒絶する大地に対し、拒絶でもって応えていたのだ。
自分が受け入れてもらえないからと、相手と同じようにするのはただの逃げだ。
それで相手を非難するのは、間違っている。
ましてや、自分が好きな相手なら、なお、逃げずに向き合わなくてはいけないのだと───。
「だから……あんたともう一度、最初から関わらせて。
私の、何が気に入らないのか。どうしたら……私を、受け入れてくれるのか。それを、教えて」
「……あんた、自分がなに言ってるのか解ってんの?
自分のこと嫌ってる人間に、なんで媚びへつらう必要があるんだよ? 関わらなきゃいいだけの話だろ。
自分で言ってて恥ずかしくないのか? プライドってものがないのかよ?
みじめったらしいな……すがりつく相手、間違えるなよ」
「間違えてないわよ。私は、あんたに言っているの。どうしたら、私を好きになってくれるのかって───」
言いかけた私の二の腕が乱暴につかまれて勢いよく引き寄せられたかと思うと、ベッドのほうへと投げだされた。
重心を失ってベッドの端につまずき、そのまま横たわる形となる。
「……ちょっ……いきなり何すんのよ」
「転がってろよ」
身を起こしかけた私を、大地はふたたび突き飛ばした。
瞬時に大地の意図を察し、身構えてしまう。
そんな私を、冷めた目で大地が見下ろした。
「あんたはそこに転がって、人形のように、されるがままになってろ。
自分を好きでもない男に……自分も好きにはなれない相手に、身体を弄ばれて、言いつけ通りに、動くんだ」
ベッドの上の私に覆い被さるようにして、大地が私を組み敷いた。
感情のない瞳が、一瞬だけ、揺れる。
「おれが、そうされたように」
吐きだされた言葉の意味に、胸がつまった。
やりきれない憤りを抱え、大地を見上げる。
「それが……あんたが私に望むこと、なの……? あんたと同じ経験をしろって?」
「そうだよ。じゃなきゃ、あんたにおれの気持ちなんか───」
「バカじゃないの!」
足を持ち上げ、反動をつけて、大地の横っ腹を思いきり蹴りつけた。
「……っ」
「あんたには、想像力ってもんがないワケ!? バカにするんじゃないわよっ。
同じ思いなんかしなくたって、あんたが……どれだけつらくて苦しくて……誰にも言えない傷を抱えてきたのかなんて……もう、とっくの昔に、解っているわよっ!」
顔をしかめた大地が、動きを止めて私を見返す。理解し難い生き物を見るように。
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