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第六章 この心に宿るから
覚悟しなさいよ?【3】
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「はい。じゃ、目を開けていいよ。気に入ってくれると、いいんだけど……」
勝手に勘違いした自分を恥ずかしく思いつつ、目を開けて自分の指にはめられた物を見る。
───紛れもなく、指輪、だった。
繊細な細工がほどこされた、きれいなシルバーリング。
中央のブルートパーズを囲う造りは、咲きかけの花ように見える。
……トパーズは、私の誕生石だ。
「まいさんの答えは、もう聞かないよ? 約束はずいぶん前にしたし、僕はそれを、形にさせてもらっただけだからね」
「……あんた……こんなの、いつ買ったのよ……?」
凝った造りの細工は、私の好みを熟知していなきゃ選べない。
……解ってる。素直に喜びを表すべきところだ。
なのに、私の口からでたのは、そんな可愛くない台詞だった。
「───僕が階段から落ちた日のこと……覚えてる?」
唐突な問いかけに、面食らいつつ、うなずく。
「覚えてるわよ。忘れられない日だわ」
あれから、まだ1ヶ月くらいしか経ってないのに、なんだかずいぶんと昔のことのように思えた。
「あの日の朝、この指輪を透さんから渡されて───あ、この指輪、透さんの知り合いのデザイナーさんに頼んで造ってもらったんだけど───。
僕、嬉しくて……これをまいさんに渡したら、まいさん、どんな風に喜んでくれるかなって、想像して」
大地の話を聞きながら、罰の悪い気分になった。
……ごめん、反応の薄い女で。
「で、指輪を見ていたら、クラスメイトの……まいさん覚えてるかな、前にまいさんのお店に連れて行ったんだけど……」
「ああ。名前は、忘れちゃったけど……」
「うん───彼女がやって来て、何を思ったんだか、僕から指輪を取りあげたんだ。で、取り返そうとして、僕ら揉み合いになってしまって。
運悪く、そこが階段の踊り場だったりしたから、落ちてしまったって、わけ」
淡々と大地は言いきったけど……私の方は、ムッとしながら口を開いた。
「ちょっと待って。
私は、父さんからあんたが、クラスメイトを庇って階段から落ちたって聞いてたけど、ひょっとして……」
「そうだよ。庇ったのは、クラスメイトじゃなくて、まいさんに渡す、『指輪』のほう」
「馬鹿ッ! なに考えてるのよ、あんたはッ!」
あっさりと大地に認められ、思わず怒鳴った。
「えっ、何? なんで怒ってるの、まいさん……」
本気で訳が解らないといった表情で、大地が私を見返してきた。
そんな大地を思いきりにらみ上げる。
「なんでじゃないでしょう? 打ち所が悪かったら、あんた、死んでたかもしれないじゃない!
こんな……こんな指輪ひとつの、ために……!」
「だけど、まいさん……」
「解ってるわよ、あんたの気持ちは!
……この指輪を見れば……どれだけ私を想ってくれてるのか。
すごく……すごく、私好みだもの! 嬉しくないはず、ない」
せっかくの贈り物を素直に喜べないどころか、説教までしてしまう自分が、本気で憎ったらしい。
だけど私は、言わずにはいられなかった。
指輪のはめられた指でもって、大地の身体にしがみつく。
「だけど……この指輪と引き換えにあんたを失ってしまったら、どうしようもないじゃない!
私が欲しいのは、指輪じゃないのよ! あんた自身なの!
あんたと過ごす時間や、あんたと二人でつくる未来なのよ!」
言いきった直後、不覚にも涙がこぼれた。
口にしたとたん、現実味を増した事実に気づいたら……怖くて怖くて仕方なかった。
「ごめんね、まいさん」
大地の指が、私の濡れた頬をぬぐった。
優しい声音にこめられた想いが、指先から伝わって、よけいにせつなくなる。
「まいさんが、『カタチ』より『キモチ』にこだわる人だって、解ってたはずなのに……」
「…………指輪は、嬉しいの。本当よ?」
「うん。それも、解ってる」
「……でも、私は……あんたがずっと、ずっと側にいてくれることのほうが……もっと、何倍も嬉しいの」
「うん。ずっと側にいるよ。……まいさんが、嫌だって言ってもね」
くすっと笑ってつけ加える大地を、上目遣いに見る。唇をとがらせた。
「私の愛は……実は、あんたが考えているよりも、ずっと重いんだからね? 覚悟しなさいよ?」
私の言葉に、大地が噴きだした。
参ったといわんばかりに天を仰いで、それから私を自分のほうへと抱き寄せた。
「……まいさんの愛を僕が重く感じるなんて、あり得ないけど……。
僕が考えていた以上に、まいさんが僕を大切に想ってくれていたのは、今回のことで充分解ったよ。
……どんな僕でも、受け入れてくれるってこともね」
まわされた大地の腕に力がこめられる。
耳元で、秘めごとのように告げられた。
「───この心に……いまはいろんな『僕』がいて。その『僕』のすべてで、あなたを愛しているから」
言って、ゆるめた腕のなか、大地は私を見て笑った。
「本当に覚悟しなきゃいけないのは、まいさんのほうなんだからね?」
───そう告げた大地の瞳の奥に、少しだけ意地の悪そうな光が宿っていた……。
勝手に勘違いした自分を恥ずかしく思いつつ、目を開けて自分の指にはめられた物を見る。
───紛れもなく、指輪、だった。
繊細な細工がほどこされた、きれいなシルバーリング。
中央のブルートパーズを囲う造りは、咲きかけの花ように見える。
……トパーズは、私の誕生石だ。
「まいさんの答えは、もう聞かないよ? 約束はずいぶん前にしたし、僕はそれを、形にさせてもらっただけだからね」
「……あんた……こんなの、いつ買ったのよ……?」
凝った造りの細工は、私の好みを熟知していなきゃ選べない。
……解ってる。素直に喜びを表すべきところだ。
なのに、私の口からでたのは、そんな可愛くない台詞だった。
「───僕が階段から落ちた日のこと……覚えてる?」
唐突な問いかけに、面食らいつつ、うなずく。
「覚えてるわよ。忘れられない日だわ」
あれから、まだ1ヶ月くらいしか経ってないのに、なんだかずいぶんと昔のことのように思えた。
「あの日の朝、この指輪を透さんから渡されて───あ、この指輪、透さんの知り合いのデザイナーさんに頼んで造ってもらったんだけど───。
僕、嬉しくて……これをまいさんに渡したら、まいさん、どんな風に喜んでくれるかなって、想像して」
大地の話を聞きながら、罰の悪い気分になった。
……ごめん、反応の薄い女で。
「で、指輪を見ていたら、クラスメイトの……まいさん覚えてるかな、前にまいさんのお店に連れて行ったんだけど……」
「ああ。名前は、忘れちゃったけど……」
「うん───彼女がやって来て、何を思ったんだか、僕から指輪を取りあげたんだ。で、取り返そうとして、僕ら揉み合いになってしまって。
運悪く、そこが階段の踊り場だったりしたから、落ちてしまったって、わけ」
淡々と大地は言いきったけど……私の方は、ムッとしながら口を開いた。
「ちょっと待って。
私は、父さんからあんたが、クラスメイトを庇って階段から落ちたって聞いてたけど、ひょっとして……」
「そうだよ。庇ったのは、クラスメイトじゃなくて、まいさんに渡す、『指輪』のほう」
「馬鹿ッ! なに考えてるのよ、あんたはッ!」
あっさりと大地に認められ、思わず怒鳴った。
「えっ、何? なんで怒ってるの、まいさん……」
本気で訳が解らないといった表情で、大地が私を見返してきた。
そんな大地を思いきりにらみ上げる。
「なんでじゃないでしょう? 打ち所が悪かったら、あんた、死んでたかもしれないじゃない!
こんな……こんな指輪ひとつの、ために……!」
「だけど、まいさん……」
「解ってるわよ、あんたの気持ちは!
……この指輪を見れば……どれだけ私を想ってくれてるのか。
すごく……すごく、私好みだもの! 嬉しくないはず、ない」
せっかくの贈り物を素直に喜べないどころか、説教までしてしまう自分が、本気で憎ったらしい。
だけど私は、言わずにはいられなかった。
指輪のはめられた指でもって、大地の身体にしがみつく。
「だけど……この指輪と引き換えにあんたを失ってしまったら、どうしようもないじゃない!
私が欲しいのは、指輪じゃないのよ! あんた自身なの!
あんたと過ごす時間や、あんたと二人でつくる未来なのよ!」
言いきった直後、不覚にも涙がこぼれた。
口にしたとたん、現実味を増した事実に気づいたら……怖くて怖くて仕方なかった。
「ごめんね、まいさん」
大地の指が、私の濡れた頬をぬぐった。
優しい声音にこめられた想いが、指先から伝わって、よけいにせつなくなる。
「まいさんが、『カタチ』より『キモチ』にこだわる人だって、解ってたはずなのに……」
「…………指輪は、嬉しいの。本当よ?」
「うん。それも、解ってる」
「……でも、私は……あんたがずっと、ずっと側にいてくれることのほうが……もっと、何倍も嬉しいの」
「うん。ずっと側にいるよ。……まいさんが、嫌だって言ってもね」
くすっと笑ってつけ加える大地を、上目遣いに見る。唇をとがらせた。
「私の愛は……実は、あんたが考えているよりも、ずっと重いんだからね? 覚悟しなさいよ?」
私の言葉に、大地が噴きだした。
参ったといわんばかりに天を仰いで、それから私を自分のほうへと抱き寄せた。
「……まいさんの愛を僕が重く感じるなんて、あり得ないけど……。
僕が考えていた以上に、まいさんが僕を大切に想ってくれていたのは、今回のことで充分解ったよ。
……どんな僕でも、受け入れてくれるってこともね」
まわされた大地の腕に力がこめられる。
耳元で、秘めごとのように告げられた。
「───この心に……いまはいろんな『僕』がいて。その『僕』のすべてで、あなたを愛しているから」
言って、ゆるめた腕のなか、大地は私を見て笑った。
「本当に覚悟しなきゃいけないのは、まいさんのほうなんだからね?」
───そう告げた大地の瞳の奥に、少しだけ意地の悪そうな光が宿っていた……。
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