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相性最高だったらしい。2.
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彼と一度でも寝たことがある者ならば、この男が事後に未練たらしく相方を抱きしめることはもちろん撫でまわすことなどあり得ないのだが、まずこのことにアレクシオス自身が気づいていない。
(……そりゃ面白い女だし趣味はばっちりあうしけっこうかわいいし、体の相性はたぶんなかなかなんだろうが、でも、今日初めて寝た女に「好き」とは……そりゃないだろう俺)
アレクシオスは無言でクズな思考を垂れ流した。
(いや、もちろん嫌いじゃないが、好きでもな……っていやいや、まあけっこういいんじゃないかと思ったからこうなったんだが)
「……ね、アレクさん?」
「!?、あ、ああ」
穏やかな声。ようやく、落ち着いたらしい。
高くも低くもない、しっとりと心地よい声で呼びかけられて、アレクシオスは胸に抱き込んでいた女の顔をようやく見下ろした。
汗ばんだ額に張り付いた髪をそっと耳にかけてやると、アナは照れくさそうに笑んでありがとうございますと律儀に呟き、
「アレクさん、気持ちよくなれました?」
と言った。
逃げ出そうとはしないようだが、裸のままの体をさらすのが恥ずかしいのか、なんとなくもじもじと両腕を自分の胸の前で交差させている。
その、男を誘う気などみじんもないであろうもの慣れぬ青さが、かえって男を欲情させるとも知らず。
「……ああ、とてもね」
ちゅ、と頬に口づけを落とすと、アナの象牙色の頬はみるみる紅色に染まり目を逸らした。
初心な反応に、男は経験者としての(?)優越感をようやく取り戻し、今度は逸らされた視線を取り戻そうとするかのように、アナの目元に何度も唇を触れさせる。
本当は「とても」どころではなかった。ものすごくよかった。いままでのセックスは何だったんだというくらい。だから彼にしてみれば「早撃ちの暴発野郎」になってしまった。さっきは。
……なんてことを吐露するはずもなく、男は我ながら理解不可能な思考を脳内から締め出すつもりなのか、ちゅっちゅと余裕ぶったキスをしつこく続け、それでもこちらを向こうとしない女にじれて、
「俺を見ないと明日起きられないくらい抱き潰す」
と、偉そうに言い放った。
とたんに、脱力していた女の体の背筋が伸びる。柔らかく預けてくれていたはずの体が、わずかと言えど距離をとる。
しまった馬鹿な事を口走ったと口には出さずとも激しく後悔する男の心境を知ってか知らずか、「それは困りますね」と色気のない、毅然とした抗議の声とともに、アナはやっとまたアレクシオスの目を見てくれた。
かたちよく弧を描く細い眉、奥二重で切れ長の、それはきれいなアーモンド・アイ。
いわゆる派手な顔つきではないが、知的だし涼やかに整っていてなんとも好ましい。
化粧を落とした顔はあどけなくすら見えるのに、啼き声も喘ぎもじゅうぶんに大人の女のもので、もっと啼かせたいと思わずにいられない。
まだまだ未開発の体を、自分好みに育てたらどんなにか……。
夜色の瞳を見つめながら、アレクシオスは考えた。
彼の沈黙をどうとったのか、アナはひかえめに微笑むと、また「ありがとうございます」と言う。
楽しい妄想を中断したアレクシオスは、二、三度目をぱちぱちとさせた。
「アナ、どうして?なんで‘ありがとう’?」
「だってその……」
自分から言いだしたくせに、アナは口ごもる。
今度は目を逸らさせないぞとばかりに、小さな顎をとらえ、「俺の目を見て言うんだ」と厳しく言って上向かせた。
「強引、俺様……」とひとりごとを言いながらも、アナはおとなしく男の指に顎を預けたまま、もう一度アレクシオスを見つめてほんのりと微笑う。
打算も媚びもない、すなおな笑み。それでいて、そこはかとなく大人の女の影を孕んだ笑みは、アレクシオスのすこぶる健康なはずの心臓に妙なダメージを与えた。
ぞわぞわする。何やら自分の心臓の音がいやに耳につく。でもけっして不快なものではない。
あえて言うならば「不可解」。
「……大切に、気持ちよくして下さってありがとうございます、アレクさん。あなたのような人ならお相手には困らないでしょうに」
確かにそのとおりなのだが、アレクシオスはコメントは差し控えた。
今までは真剣ではなかったとか向こうから誘われた時だけだとか、何を言っても言い訳じみて聞こえるし、第一クズであることに間違いはない。
言い訳?
とここでまた、男は内心盛大に首を傾げる。
(……そりゃ面白い女だし趣味はばっちりあうしけっこうかわいいし、体の相性はたぶんなかなかなんだろうが、でも、今日初めて寝た女に「好き」とは……そりゃないだろう俺)
アレクシオスは無言でクズな思考を垂れ流した。
(いや、もちろん嫌いじゃないが、好きでもな……っていやいや、まあけっこういいんじゃないかと思ったからこうなったんだが)
「……ね、アレクさん?」
「!?、あ、ああ」
穏やかな声。ようやく、落ち着いたらしい。
高くも低くもない、しっとりと心地よい声で呼びかけられて、アレクシオスは胸に抱き込んでいた女の顔をようやく見下ろした。
汗ばんだ額に張り付いた髪をそっと耳にかけてやると、アナは照れくさそうに笑んでありがとうございますと律儀に呟き、
「アレクさん、気持ちよくなれました?」
と言った。
逃げ出そうとはしないようだが、裸のままの体をさらすのが恥ずかしいのか、なんとなくもじもじと両腕を自分の胸の前で交差させている。
その、男を誘う気などみじんもないであろうもの慣れぬ青さが、かえって男を欲情させるとも知らず。
「……ああ、とてもね」
ちゅ、と頬に口づけを落とすと、アナの象牙色の頬はみるみる紅色に染まり目を逸らした。
初心な反応に、男は経験者としての(?)優越感をようやく取り戻し、今度は逸らされた視線を取り戻そうとするかのように、アナの目元に何度も唇を触れさせる。
本当は「とても」どころではなかった。ものすごくよかった。いままでのセックスは何だったんだというくらい。だから彼にしてみれば「早撃ちの暴発野郎」になってしまった。さっきは。
……なんてことを吐露するはずもなく、男は我ながら理解不可能な思考を脳内から締め出すつもりなのか、ちゅっちゅと余裕ぶったキスをしつこく続け、それでもこちらを向こうとしない女にじれて、
「俺を見ないと明日起きられないくらい抱き潰す」
と、偉そうに言い放った。
とたんに、脱力していた女の体の背筋が伸びる。柔らかく預けてくれていたはずの体が、わずかと言えど距離をとる。
しまった馬鹿な事を口走ったと口には出さずとも激しく後悔する男の心境を知ってか知らずか、「それは困りますね」と色気のない、毅然とした抗議の声とともに、アナはやっとまたアレクシオスの目を見てくれた。
かたちよく弧を描く細い眉、奥二重で切れ長の、それはきれいなアーモンド・アイ。
いわゆる派手な顔つきではないが、知的だし涼やかに整っていてなんとも好ましい。
化粧を落とした顔はあどけなくすら見えるのに、啼き声も喘ぎもじゅうぶんに大人の女のもので、もっと啼かせたいと思わずにいられない。
まだまだ未開発の体を、自分好みに育てたらどんなにか……。
夜色の瞳を見つめながら、アレクシオスは考えた。
彼の沈黙をどうとったのか、アナはひかえめに微笑むと、また「ありがとうございます」と言う。
楽しい妄想を中断したアレクシオスは、二、三度目をぱちぱちとさせた。
「アナ、どうして?なんで‘ありがとう’?」
「だってその……」
自分から言いだしたくせに、アナは口ごもる。
今度は目を逸らさせないぞとばかりに、小さな顎をとらえ、「俺の目を見て言うんだ」と厳しく言って上向かせた。
「強引、俺様……」とひとりごとを言いながらも、アナはおとなしく男の指に顎を預けたまま、もう一度アレクシオスを見つめてほんのりと微笑う。
打算も媚びもない、すなおな笑み。それでいて、そこはかとなく大人の女の影を孕んだ笑みは、アレクシオスのすこぶる健康なはずの心臓に妙なダメージを与えた。
ぞわぞわする。何やら自分の心臓の音がいやに耳につく。でもけっして不快なものではない。
あえて言うならば「不可解」。
「……大切に、気持ちよくして下さってありがとうございます、アレクさん。あなたのような人ならお相手には困らないでしょうに」
確かにそのとおりなのだが、アレクシオスはコメントは差し控えた。
今までは真剣ではなかったとか向こうから誘われた時だけだとか、何を言っても言い訳じみて聞こえるし、第一クズであることに間違いはない。
言い訳?
とここでまた、男は内心盛大に首を傾げる。
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