地味女で喪女でもよく濡れる。~俺様海運王に開発されました~

あこや(亜胡夜カイ)

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ワンナイトラブの直前の事情。3.

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 ソムリエが来て御託を並べていたから、年代物のワインなのだろう。
 全くそういう知識のない貴奈でも、のど越しや風味が極上だということぐらいはわかる。
 小さく一口だけ飲み下ろして、貴奈はグラス越しにアレクシオスを睨む。
 
 「そのネタで終わらせるつもりですか?私が聞きたいのはそんなことじゃない。あなたのご身分です」
 「はっきり言うね」

 アレクシオスは声を出さずに笑って、運ばれてきたアミューズに手を伸ばした。
 薄切りのバゲットに生ハムと、賽の目に切ったクリームチーズが乗っている。
 ぱらぱらと品の良い量でかかっている黒い粒粒は、キャビアに違いない。
 ん、まあまあだな、と頷きつつ「食べながら聞いたら」と言われ、貴奈も一つつまんで口に運ぶ。
 もっちりとした生ハムの肉の質感と旨味、絶妙な塩気。バイト代が入った時などにたまに貴奈が奮発する、大型スーパーの自社ブランド品、向こうが透けるほど薄いなんちゃって生ハムとはわけが違う。濃厚なクリームチーズはミルクの風味が芳醇だし、小さいのに簡単には舌の上でつぶれることのない、キャビアの存在感。
 さすがVIP様のレストランメニューはアミューズから違うなと、貴奈は実感した。

 「俺はアレクシオス・ゲオルゲ・ドゥーカス。メインは海運業をやってる」
 「メイン?」
 「他にも色々」
 
 貴奈の口の中にはまだものが入っていたから言葉にならなかったはずだが、アレクシオスはちゃんと理解したらしい。

 「商社、不動産、ホテル、航空会社」
 「航空会社……」
 「残念ながら日本へ直行便は飛んでないけれどね。イカリア航空って知ってる?」

 咀嚼して、飲み下ろした貴奈は頷いた。
 知っているも何も。
 今、言われるまで国営だとばかり思っていた、ギリシャ最大の航空会社だ。 

 「イスタンブールからここクレタ島まで、それに」
 「ああ、あそこイスタンブールは重要なハブ空港だからね。便数が多い」

 アレクシオスは頷いて、次の皿にとりかかっている。
 アミューズはとっくに終わり、豪華なアントレが目の前に鎮座している。
 これがメインかというほどの盛り付けだ。
 もちろん美味しそうなのだが、ワインもアミューズも、おまけに目の前の男も極上過ぎて、一般庶民の貴奈は早くもお腹が膨れつつある。 
 そこへ来て、とどめが‘ガイドさん’あらため‘アレクシオス・ゲオルゲ・ドゥーカス’の氏素性の凄まじさ。 
 貴奈の食欲が旅に出てしまったのもやむを得ないだろう。

 「今、収益が大きいのは俺が立ち上げた投資会社だけどね。まあでも本業もうまくやってるよ」
 「……」
 「で、この船も、というか、このクルーズ会社もドゥーカスの傘下なんだ」

 だから空いてる部屋、すぐ使えたんだよとなんでもなさそうにアレクシオスは言った。

 ──貴奈は黙っていた。
 相槌も忘れて、黙り込んでしまった。
 初めのうちこそ膝の上に両手を載せていたが、やがて食欲は留守でも何も食べないのは失礼だ、と本能で理解したのか、食事自体は再開した。
 ほとんど機械的にパンを千切り、アントレに手を付け、運ばれてきたスープを銀の匙で掬っている。

 「何か質問はある?」

 アレクシオスは尋ねたが、返事はない。
 小さく頭を振っているが、無意識の反応に過ぎないのだろう。
 その後も口を噤んだままだ。
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