11 / 23
ワンナイトラブの直前の事情。4.
しおりを挟む
食事の席では物静かで(ちょっとばかり静かすぎるきらいはあったが)控え目な貴奈だが、怖気づく様子もなく落ち着き払っているのは好ましい。
さすがに沈黙が長すぎるが、こういう反応は新鮮だな、と彼は思う。
シーズンオフにアテネどころかクレタ島にまで足を延ばす、遺跡好きの一人旅の女性なんて多少変わり者なのは当然だが、昼間も思ったがいちいち反応が珍しくて飽きない。楽しい。
さすがに自分の身元を語ったら驚かせてしまったようだが、あまり会話が弾まない(というよりしばらくはアレクシオスしか喋っていない)のは仕方ないかと独り言ちる。
──黙っていても女性は寄ってきたが、大概は彼の素性を知って近づいてきたし、知らない女性は彼の外見に魅かれて寄ってきた。誘蛾灯に群がる蛾のように。
外見も素性も自分の力で手に入れたものではない。
あっても邪魔にならない、程度に以前は思っていたが、最近では良すぎる外見もあり余る財力も、害ではないかと思うようになった。
一般人からすれば腹立たしい限りである。
ちょっとでも親密になろうものなら、女性達は妻の座を狙い、その手段として子種を得ようと躍起になった。
側にいられるだけでいいの、と殊勝に言っていた女性も、いくらもしないうちに贅沢品だの財産のおこぼれだのをねだる。
欲望は生活向上と発展、経済活動の原動力だ。資本主義そのもの。
それ自体は別に巨大企業の御曹司であるアレクシオスは否定しない。
だが、誰も彼が本当は何をしたいのか、何を好きか、尋ねることはなかった。
どの女性も、彼に自分を売り込むことには必死になったし、目に見える彼のすべてを手に入れようと躍起になったが、本当の彼を理解しようとする者はいなかった。
企業理論も為替相場もバランスシートも嫌いではないが、彼はもともと考古学者になりたかったのだ。
彼の観光ガイド資格は本物である。好きが高じて取得した。
もちろん、そこでドゥーカスの力を借りることなどなく、正規の手段を踏まえてのことだ。
取得した直後はちょっと浮かれて、一、二回は「公認ガイドの資格があるんだよ」と付き合っている女性に打ち明けたこともあったはずだが、「まあそうなの?素敵な趣味ね」と軽くいなされ、「本当?美術品は私も好きよ」という女性にちょっと突っ込んだネタを振ったら全然知らないらしくて会話が弾むこともなく。
女性達は世界的企業の御曹司とは付き合いたがったが、観光ガイドに興味はないことを実感する。
以来、彼は文化・芸術系のネタを自主的に封印した。
安易に理解や共感を求めようとして、失望したくなかったから。
与えられた場で期待された、期待以上の役目を演じる。
幸い、ビジネスは嫌いではない。留学先のアメリカで飛び級する程度には優秀だと自負しているし。
そして、今日。
久々にとった休暇、彼は博物館や発掘現場に顔を出そうと、しまいこんであったガイドパスを首から下げてみた。
実際に素性を隠してガイドをしたことは何度かあるが‘ドゥーカス家の御曹司’ではない一般人として過ごすには、いいカモフラージュになることを実感したものだ。
(もっとも、美貌の観光ガイドとアバンチュールを楽しみたい人々もいてその点は閉口したが)
「若社長の道楽が始まった」と生ぬるい視線を送るパイロットに命じてアテネからプライベートジェットでひとっ飛び。クレタ島へと降り立った彼は、その足で博物館に向かって。
貴奈に出会った。
(変わった娘だな)
正直、第一印象はそんなものだった。
さすがに沈黙が長すぎるが、こういう反応は新鮮だな、と彼は思う。
シーズンオフにアテネどころかクレタ島にまで足を延ばす、遺跡好きの一人旅の女性なんて多少変わり者なのは当然だが、昼間も思ったがいちいち反応が珍しくて飽きない。楽しい。
さすがに自分の身元を語ったら驚かせてしまったようだが、あまり会話が弾まない(というよりしばらくはアレクシオスしか喋っていない)のは仕方ないかと独り言ちる。
──黙っていても女性は寄ってきたが、大概は彼の素性を知って近づいてきたし、知らない女性は彼の外見に魅かれて寄ってきた。誘蛾灯に群がる蛾のように。
外見も素性も自分の力で手に入れたものではない。
あっても邪魔にならない、程度に以前は思っていたが、最近では良すぎる外見もあり余る財力も、害ではないかと思うようになった。
一般人からすれば腹立たしい限りである。
ちょっとでも親密になろうものなら、女性達は妻の座を狙い、その手段として子種を得ようと躍起になった。
側にいられるだけでいいの、と殊勝に言っていた女性も、いくらもしないうちに贅沢品だの財産のおこぼれだのをねだる。
欲望は生活向上と発展、経済活動の原動力だ。資本主義そのもの。
それ自体は別に巨大企業の御曹司であるアレクシオスは否定しない。
だが、誰も彼が本当は何をしたいのか、何を好きか、尋ねることはなかった。
どの女性も、彼に自分を売り込むことには必死になったし、目に見える彼のすべてを手に入れようと躍起になったが、本当の彼を理解しようとする者はいなかった。
企業理論も為替相場もバランスシートも嫌いではないが、彼はもともと考古学者になりたかったのだ。
彼の観光ガイド資格は本物である。好きが高じて取得した。
もちろん、そこでドゥーカスの力を借りることなどなく、正規の手段を踏まえてのことだ。
取得した直後はちょっと浮かれて、一、二回は「公認ガイドの資格があるんだよ」と付き合っている女性に打ち明けたこともあったはずだが、「まあそうなの?素敵な趣味ね」と軽くいなされ、「本当?美術品は私も好きよ」という女性にちょっと突っ込んだネタを振ったら全然知らないらしくて会話が弾むこともなく。
女性達は世界的企業の御曹司とは付き合いたがったが、観光ガイドに興味はないことを実感する。
以来、彼は文化・芸術系のネタを自主的に封印した。
安易に理解や共感を求めようとして、失望したくなかったから。
与えられた場で期待された、期待以上の役目を演じる。
幸い、ビジネスは嫌いではない。留学先のアメリカで飛び級する程度には優秀だと自負しているし。
そして、今日。
久々にとった休暇、彼は博物館や発掘現場に顔を出そうと、しまいこんであったガイドパスを首から下げてみた。
実際に素性を隠してガイドをしたことは何度かあるが‘ドゥーカス家の御曹司’ではない一般人として過ごすには、いいカモフラージュになることを実感したものだ。
(もっとも、美貌の観光ガイドとアバンチュールを楽しみたい人々もいてその点は閉口したが)
「若社長の道楽が始まった」と生ぬるい視線を送るパイロットに命じてアテネからプライベートジェットでひとっ飛び。クレタ島へと降り立った彼は、その足で博物館に向かって。
貴奈に出会った。
(変わった娘だな)
正直、第一印象はそんなものだった。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
239
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる