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思い出が現実に!? 3.
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謝っておけばそれで事が済むと思って、何も考えずに勝手に口が動く、と言ってよいほどナチュラルにいつも謝っていた貴奈だが、意外にも毬子様は鋭かった。
「すみません、と言っておけばいいと思ってたでしょ!?いいかげんに受け流して、目も合わさずに」
怖いから目は合わせない。というか合わせられなかった。
でも確かに、人と話すのに目を合わせないのは失礼だったかもしれない。
理不尽なことを言う人だからとはいえ。
この点だけを切り取れば、毬子様の発言は間違ってはいない。
ちょっぴり反省しつつ、でも眼前の毬子様の剣幕が怖くて震えていると、「何とか言いなさいよ!」とまた怒鳴られる。
鬼先はため息を吐いた。
「そういう物言いがいじめているようにしか聞こえないんだよ。わからないの?」
「鬼先さんは黙っていて!」
鬼先の出そうとした助け舟を、毬子様はたたき返した。
と同時に、何を思ったのかいきなり唇の端を吊り上げてあざけるような笑みを浮かべた。
目が据わったままの笑みは凄みがありすぎて恐ろしい。
「それとも鬼先さんはこんなコがお好み?一応若いし」
「……一応って、あなたねえ」
呆れたように呟く鬼先を鼻で嗤いつつ、今度は貴奈へと向き直る。
目を合わせないと叱られたため、こわごわ毬子様を見上げていたから、彼女の憤怒をまともに浴びることとなった。
眉を整えツケマもアイシャドーもばっちり、隙のない化粧を施した毬子様のお顔だけれど、まるで般若のお面のようだ。
「よかったわね、工藤さん。どうせあなた彼氏なんかいないでしょ?というかいたことないでしょ?出会いもないでしょうし、この人と付き合っちゃえば?」
「そんな、言うに事欠いて」
これには、穏やかな貴奈もさすがにカチンときた。
鬼先さんにも失礼だし、第一、「彼氏なんかいない、いたことない」って、頭ごなしに。
本当だけれど、失礼過ぎないか。
繰り返すが、本当だとしても、真実なら何を言ってもいいわけではないだろう。
彼氏はいない。確かに、いたこともない。
でも、素敵な思い出ならあるのだから。
ちょうど半年前、社会人になって初めての長期休暇で、シーズンオフのギリシャへ行ったとき。
「美麗なガイドさん」、ならぬ財閥の御曹司、アレクシオスに出会って、お喋りして、豪華客船の上で抱かれたこと。
楽しかった。幸せだった。恥ずかしいのが九割くらいだったけれど、あれは気持ちがいいことだったのかもしれないと、今となっては思う。
いろいろ怖くなって船を降りて逃げるように帰国してしまったけれど、思い出は鮮烈で、いつだって昨日のことのように思い出せる。
思い出にランク付けをするのはナンセンスだが、彼とのことはキラッキラのダイヤモンド級の思い出だ。
こんなに素敵な思い出、たとえ毬子様でも持っていないのではないか。
勇気を振り絞って毬子様を振り仰いで、
「決めつけないで下さい、今西さん」
初めのうちこそちょっと声が震えたけれど、なんとか踏みとどまって貴奈は厳かに言った。
おとなしい、おまけに地味な貴奈がこのようなネタで反論するなど思っても見なかったのだろう。
鼻白んだように、毬子様は口を噤む。
いいぞ、その調子、と鬼先は笑っている。
今日の鬼先さんは本当におかしい、と再び頭に浮かんだ疑問をさておいて、貴奈は眼前の毬子様に対峙する。
「私にだって、鬼先さんにだって趣味も好みもありますし」
「あら、えらそうに」
毬子様は気を取り直してせせら笑った。
鬼先は曖昧に「微妙に傷つく言い方なんだけど」とぶつぶつ呟いている。
「工藤さんのタイプはどんな人なの?ぜひ教えてちょうだいな」
もちろん、二次元以外で、と毬子様は意地悪く付け足した。
初代ローマ皇帝・アウグスティヌス様やアキレス様が好き、などと口にしたことはなかったはずだが、毬子様にもいつの間にバレたんだろう。
貴奈は焦ったが、ここで負けてはいられない。
「タイプ、なんて言える身ではありませんが」
唇を舐めて緊張を和らげようと努めつつ、貴奈は言った。
タイプを語るほどおこがましいつもりはない。
でも。
貴奈はゆるく目を閉じた。
いつだって、彼のことは超リアルに、目の前にいるかのように思い出す自信がある。
「……黒とか褐色系の髪の色で、ちょっとくせ毛で」
「ずいぶん具体的ね」
「背が高くて、紺碧の瞳で」
あ、俺、圏外だ、と鬼先は言った。
背はまあまあ高いが、彼の瞳はもちろん青くはない。
「歴史も美術品も詳しくて、話が面白くて……」
「──俺だな」
絶妙なタイミングで、合いの手が入る。
「俺のことだ。というより、俺しかいない。俺以外認めない」
低いのによく通る声。
びいん、と腹に響く声は何とも言えない威圧感がある。
「え……?」
「え、何?誰?」
甘美な記憶から呼び戻されて、貴奈は目を開けた。
般若だった毬子様は一応通常モードに戻ったようだけれど、しかし口にした言葉は貴奈と似たり寄ったりだ。
ようやく来たか、と鬼先だけが奇妙なほど悠然としている。
鬼先さん、今日はいったいどうされたんですか……と貴奈が言いかけた、その時。
「久しぶりだな、アナ」
艶のある、男らしい声。
半年前の記憶通りの声。
そんな、なぜ。
ありえない。
茫然としたまま貴奈がゆっくりと振り返った、視線のその先に。
アレクシオス・ゲオルゲ・ドゥーカスが、そこにいた。
「すみません、と言っておけばいいと思ってたでしょ!?いいかげんに受け流して、目も合わさずに」
怖いから目は合わせない。というか合わせられなかった。
でも確かに、人と話すのに目を合わせないのは失礼だったかもしれない。
理不尽なことを言う人だからとはいえ。
この点だけを切り取れば、毬子様の発言は間違ってはいない。
ちょっぴり反省しつつ、でも眼前の毬子様の剣幕が怖くて震えていると、「何とか言いなさいよ!」とまた怒鳴られる。
鬼先はため息を吐いた。
「そういう物言いがいじめているようにしか聞こえないんだよ。わからないの?」
「鬼先さんは黙っていて!」
鬼先の出そうとした助け舟を、毬子様はたたき返した。
と同時に、何を思ったのかいきなり唇の端を吊り上げてあざけるような笑みを浮かべた。
目が据わったままの笑みは凄みがありすぎて恐ろしい。
「それとも鬼先さんはこんなコがお好み?一応若いし」
「……一応って、あなたねえ」
呆れたように呟く鬼先を鼻で嗤いつつ、今度は貴奈へと向き直る。
目を合わせないと叱られたため、こわごわ毬子様を見上げていたから、彼女の憤怒をまともに浴びることとなった。
眉を整えツケマもアイシャドーもばっちり、隙のない化粧を施した毬子様のお顔だけれど、まるで般若のお面のようだ。
「よかったわね、工藤さん。どうせあなた彼氏なんかいないでしょ?というかいたことないでしょ?出会いもないでしょうし、この人と付き合っちゃえば?」
「そんな、言うに事欠いて」
これには、穏やかな貴奈もさすがにカチンときた。
鬼先さんにも失礼だし、第一、「彼氏なんかいない、いたことない」って、頭ごなしに。
本当だけれど、失礼過ぎないか。
繰り返すが、本当だとしても、真実なら何を言ってもいいわけではないだろう。
彼氏はいない。確かに、いたこともない。
でも、素敵な思い出ならあるのだから。
ちょうど半年前、社会人になって初めての長期休暇で、シーズンオフのギリシャへ行ったとき。
「美麗なガイドさん」、ならぬ財閥の御曹司、アレクシオスに出会って、お喋りして、豪華客船の上で抱かれたこと。
楽しかった。幸せだった。恥ずかしいのが九割くらいだったけれど、あれは気持ちがいいことだったのかもしれないと、今となっては思う。
いろいろ怖くなって船を降りて逃げるように帰国してしまったけれど、思い出は鮮烈で、いつだって昨日のことのように思い出せる。
思い出にランク付けをするのはナンセンスだが、彼とのことはキラッキラのダイヤモンド級の思い出だ。
こんなに素敵な思い出、たとえ毬子様でも持っていないのではないか。
勇気を振り絞って毬子様を振り仰いで、
「決めつけないで下さい、今西さん」
初めのうちこそちょっと声が震えたけれど、なんとか踏みとどまって貴奈は厳かに言った。
おとなしい、おまけに地味な貴奈がこのようなネタで反論するなど思っても見なかったのだろう。
鼻白んだように、毬子様は口を噤む。
いいぞ、その調子、と鬼先は笑っている。
今日の鬼先さんは本当におかしい、と再び頭に浮かんだ疑問をさておいて、貴奈は眼前の毬子様に対峙する。
「私にだって、鬼先さんにだって趣味も好みもありますし」
「あら、えらそうに」
毬子様は気を取り直してせせら笑った。
鬼先は曖昧に「微妙に傷つく言い方なんだけど」とぶつぶつ呟いている。
「工藤さんのタイプはどんな人なの?ぜひ教えてちょうだいな」
もちろん、二次元以外で、と毬子様は意地悪く付け足した。
初代ローマ皇帝・アウグスティヌス様やアキレス様が好き、などと口にしたことはなかったはずだが、毬子様にもいつの間にバレたんだろう。
貴奈は焦ったが、ここで負けてはいられない。
「タイプ、なんて言える身ではありませんが」
唇を舐めて緊張を和らげようと努めつつ、貴奈は言った。
タイプを語るほどおこがましいつもりはない。
でも。
貴奈はゆるく目を閉じた。
いつだって、彼のことは超リアルに、目の前にいるかのように思い出す自信がある。
「……黒とか褐色系の髪の色で、ちょっとくせ毛で」
「ずいぶん具体的ね」
「背が高くて、紺碧の瞳で」
あ、俺、圏外だ、と鬼先は言った。
背はまあまあ高いが、彼の瞳はもちろん青くはない。
「歴史も美術品も詳しくて、話が面白くて……」
「──俺だな」
絶妙なタイミングで、合いの手が入る。
「俺のことだ。というより、俺しかいない。俺以外認めない」
低いのによく通る声。
びいん、と腹に響く声は何とも言えない威圧感がある。
「え……?」
「え、何?誰?」
甘美な記憶から呼び戻されて、貴奈は目を開けた。
般若だった毬子様は一応通常モードに戻ったようだけれど、しかし口にした言葉は貴奈と似たり寄ったりだ。
ようやく来たか、と鬼先だけが奇妙なほど悠然としている。
鬼先さん、今日はいったいどうされたんですか……と貴奈が言いかけた、その時。
「久しぶりだな、アナ」
艶のある、男らしい声。
半年前の記憶通りの声。
そんな、なぜ。
ありえない。
茫然としたまま貴奈がゆっくりと振り返った、視線のその先に。
アレクシオス・ゲオルゲ・ドゥーカスが、そこにいた。
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