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暗転 2.
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失踪した娘達。
荒事の気配もなく、姿を消す。
まるで、自ら望んだかのように──
「──テトラカンナ、という薬草があります」
オルギールは、レオン様から雑記帳を受け取って、開いたページを撫でながら言った。
「茶葉、ではなく、薬草?」
反射的に、疑問が口をついて出た。
そう。
失踪した娘たちの共通項は「茶会」、もしくは「お茶」。
それなのに。
「茶葉も薬草もいとこか兄弟みたいなものだけれど。煎じて飲むの?美味しいの?それともいい薬効でもあるの?」
「さすがはリヴェア様、勘がいい」
矢継ぎ早に問いかけるわたしに、オルギールは目元をほころばせて答えた。
「煎じると味は甘くて最後にピリリとかすかな刺激があります。しかし味よりも薬効が問題です。──ごく少量なら多幸感、疼痛の緩和、一定量以上に摂取すれば妄想、幻覚、特に……暗示」
「暗示?」
「暗示だと?」
わたしと、三公爵の声が重なった。
そして、期せずして同時に目を見合わせる。
「暗示?……催眠術か?」
と、レオン様。
「シュルグのように幻覚というなら想像できるが……暗示?」
ルードが紅い髪を揺らして首を傾げている。
「そもそも、どうやって、どのような暗示をかけるというのだ」
ユリアスがオルギールに問いかける。
「一人一人、異なる時間、異なる場所で。非現実的に聞こえるが」
「仰せの通り。しかし、不可能ではない」
オルギールは雑記帳をぱらぱらとまためくり始めた。
「──この娘はなかなか几帳面ですね。初めて、茶葉の講習会に出た時のこと。どのような者がどのような講義をしたのか。茶葉の、香草の名前。分量。多岐にわたるようでいて、ほぼ毎日用いられるのが、このテトラカンナ。連日、同じ香草を使うことを不審がられないように、というべきか、同類の香草、ビジオールも。同時に、または交互にその名が出てきますよ。……そして、どんどん、日を追うごとにその量が増えている。実践ということで、講習会では毎日茶が供されていたようですが」
「お茶の試飲や茶葉の調合にかこつけて。……そこから、どうやって?」
「中毒にさせるのですよ。……シュルグのように」
淡々と、オルギールは言った。
でも、瞳も口調も静かな迫力に満ちていて。
……彼のその様子こそが、事態の重大さを物語っているように感じる。
シュルグ。
前の世界でいう、麻薬。
それは骨までしゃぶり尽くす。
人格も、人生も。……その周囲の人を巻き込みながら。
ウルブスフェル、狂兵、暗殺者たち。
それらを思い出しながら、私は思わず身震いをした。
振り払っても打ちのめしても、グラディウスに向けられる悪意、陰謀。
こわい、おそろしい。
正直に、そう思う。
けれど、同時に確信したことがある。自覚した、といおうか。
わたしが終わらせなければならない。
わたしを引きずり出すまで、この企みは終わることがない。
自意識過剰なんじゃない。
こういう勘は、残念ながら外れたことはないのだ。
今後、どのように相対したらいいのだろう。
セレンディーヤとやらいう隊商ごとき捕らえたところで、大勢に影響はない。
隊商はただの手先。陰謀、というものは、末端が捕まることは前提としているものだ。
多発する女たちの失踪事件の端緒がわかったことは、収穫と言えるし、失踪はおそらくこれで収まる可能性はある。
しかし、それはそれで敵を潜伏させるだけなのかもしれない。
いったい、どうすれば。
──わたしは姫将軍。グラディウス公爵夫人。
相応の理由がなければ、動くことができない。
まさか、戦争をふっかけるわけにもゆかない。
薬物、たくさんの娘達の失踪、それがおそらくは……あの国にたどり着くと読めたとしても。
「──この娘の雑記帳によれば。……日を追うごとに、茶葉の講義は少人数のグループ化、場合によっては娘と講師役の一対一になっています。また、男たちは見目のよいものばかりだったと、先ほどの報告にもありました。恋人がいる娘もいたでしょうが、それにしても、少人数、あるいは一対一で、見目のよい男のほうは悪意と目的をもって女に茶を飲ませ、調合と称して香草を焚いたりしたら、どうなるか」
「まあ、たぶらかされるだろうな」
と、レオン様。
ルードもユリアスも同時に頷いている。
黙り込むわたしにときおり気づかわしげな視線を向けつつも、オルギールは、その高速回転の脳内で整理した現状の解説を続けることにしたらしい。
「これらの薬物の中毒にさせ、暗示にかけてゆく。なかなか高度ですが、しかし使用する薬物の量と速度を自在に操れる者ならできなくはない」
「暗示。……書物で読んだことくらいはあるが」
ユリアスは眉をひそめて言った。
「具体的に、どうやって?」
「どうしてもテトラカンナが欲しい。ビジオールが足りない。飢餓状態にしたり望み通り与えたり。これを繰り返すうちに、与える者の言うことなら何でも聞くようになる。手に入れるためなら何でもする心境にさせる。そして、最後の仕上げに、一緒に街を出るよう誘う。というか、その頃には、おそらくただ命じればいい。‘自分の意志で、家を出ろ’と」
「だからか」
篝火色の髪を大きく揺らして、ルードが膝を打った。
「これだけの数の失踪事件だと言うのに、騒ぎが起きていない理由か」
「娘達の意志で、家を出る。召使のいないような一般家庭の娘なら簡単なことだ」
「従者がいるような家であっても少し手を貸せば」
「必死になって、自ら家を出てくれるのです。容易い事でしょう。力業で、誘拐をする必要はない」
──娘達の失踪事件が、どんな状況で発生したかはわかった。
そして、捕われた隊商の者がついた悪態。
(もしや、御方様のご命令ですかな)
わたしを挑発している。
娘達を取り返してみろ、と?
でも、どうやって。どこに、連れ去られたともわからないのに。
あの国に連れ去られたとしたって、推測でしかないのに。
出口の見えない思考にからめとられて、わたしはぎゅっと目を閉じた。
失踪事件の実態は読めたとはいえ、その目的はまだわからないままと言っていい。
オルギールの解説が終わると、夫達もその後は言葉を発することもなく、口を噤んでいる。
室内の誰もが、それぞれに思いを巡らしている中。
息を切らした諜報員からの新たな報告がもたらされた。
──議長の娘が失踪した、と。
荒事の気配もなく、姿を消す。
まるで、自ら望んだかのように──
「──テトラカンナ、という薬草があります」
オルギールは、レオン様から雑記帳を受け取って、開いたページを撫でながら言った。
「茶葉、ではなく、薬草?」
反射的に、疑問が口をついて出た。
そう。
失踪した娘たちの共通項は「茶会」、もしくは「お茶」。
それなのに。
「茶葉も薬草もいとこか兄弟みたいなものだけれど。煎じて飲むの?美味しいの?それともいい薬効でもあるの?」
「さすがはリヴェア様、勘がいい」
矢継ぎ早に問いかけるわたしに、オルギールは目元をほころばせて答えた。
「煎じると味は甘くて最後にピリリとかすかな刺激があります。しかし味よりも薬効が問題です。──ごく少量なら多幸感、疼痛の緩和、一定量以上に摂取すれば妄想、幻覚、特に……暗示」
「暗示?」
「暗示だと?」
わたしと、三公爵の声が重なった。
そして、期せずして同時に目を見合わせる。
「暗示?……催眠術か?」
と、レオン様。
「シュルグのように幻覚というなら想像できるが……暗示?」
ルードが紅い髪を揺らして首を傾げている。
「そもそも、どうやって、どのような暗示をかけるというのだ」
ユリアスがオルギールに問いかける。
「一人一人、異なる時間、異なる場所で。非現実的に聞こえるが」
「仰せの通り。しかし、不可能ではない」
オルギールは雑記帳をぱらぱらとまためくり始めた。
「──この娘はなかなか几帳面ですね。初めて、茶葉の講習会に出た時のこと。どのような者がどのような講義をしたのか。茶葉の、香草の名前。分量。多岐にわたるようでいて、ほぼ毎日用いられるのが、このテトラカンナ。連日、同じ香草を使うことを不審がられないように、というべきか、同類の香草、ビジオールも。同時に、または交互にその名が出てきますよ。……そして、どんどん、日を追うごとにその量が増えている。実践ということで、講習会では毎日茶が供されていたようですが」
「お茶の試飲や茶葉の調合にかこつけて。……そこから、どうやって?」
「中毒にさせるのですよ。……シュルグのように」
淡々と、オルギールは言った。
でも、瞳も口調も静かな迫力に満ちていて。
……彼のその様子こそが、事態の重大さを物語っているように感じる。
シュルグ。
前の世界でいう、麻薬。
それは骨までしゃぶり尽くす。
人格も、人生も。……その周囲の人を巻き込みながら。
ウルブスフェル、狂兵、暗殺者たち。
それらを思い出しながら、私は思わず身震いをした。
振り払っても打ちのめしても、グラディウスに向けられる悪意、陰謀。
こわい、おそろしい。
正直に、そう思う。
けれど、同時に確信したことがある。自覚した、といおうか。
わたしが終わらせなければならない。
わたしを引きずり出すまで、この企みは終わることがない。
自意識過剰なんじゃない。
こういう勘は、残念ながら外れたことはないのだ。
今後、どのように相対したらいいのだろう。
セレンディーヤとやらいう隊商ごとき捕らえたところで、大勢に影響はない。
隊商はただの手先。陰謀、というものは、末端が捕まることは前提としているものだ。
多発する女たちの失踪事件の端緒がわかったことは、収穫と言えるし、失踪はおそらくこれで収まる可能性はある。
しかし、それはそれで敵を潜伏させるだけなのかもしれない。
いったい、どうすれば。
──わたしは姫将軍。グラディウス公爵夫人。
相応の理由がなければ、動くことができない。
まさか、戦争をふっかけるわけにもゆかない。
薬物、たくさんの娘達の失踪、それがおそらくは……あの国にたどり着くと読めたとしても。
「──この娘の雑記帳によれば。……日を追うごとに、茶葉の講義は少人数のグループ化、場合によっては娘と講師役の一対一になっています。また、男たちは見目のよいものばかりだったと、先ほどの報告にもありました。恋人がいる娘もいたでしょうが、それにしても、少人数、あるいは一対一で、見目のよい男のほうは悪意と目的をもって女に茶を飲ませ、調合と称して香草を焚いたりしたら、どうなるか」
「まあ、たぶらかされるだろうな」
と、レオン様。
ルードもユリアスも同時に頷いている。
黙り込むわたしにときおり気づかわしげな視線を向けつつも、オルギールは、その高速回転の脳内で整理した現状の解説を続けることにしたらしい。
「これらの薬物の中毒にさせ、暗示にかけてゆく。なかなか高度ですが、しかし使用する薬物の量と速度を自在に操れる者ならできなくはない」
「暗示。……書物で読んだことくらいはあるが」
ユリアスは眉をひそめて言った。
「具体的に、どうやって?」
「どうしてもテトラカンナが欲しい。ビジオールが足りない。飢餓状態にしたり望み通り与えたり。これを繰り返すうちに、与える者の言うことなら何でも聞くようになる。手に入れるためなら何でもする心境にさせる。そして、最後の仕上げに、一緒に街を出るよう誘う。というか、その頃には、おそらくただ命じればいい。‘自分の意志で、家を出ろ’と」
「だからか」
篝火色の髪を大きく揺らして、ルードが膝を打った。
「これだけの数の失踪事件だと言うのに、騒ぎが起きていない理由か」
「娘達の意志で、家を出る。召使のいないような一般家庭の娘なら簡単なことだ」
「従者がいるような家であっても少し手を貸せば」
「必死になって、自ら家を出てくれるのです。容易い事でしょう。力業で、誘拐をする必要はない」
──娘達の失踪事件が、どんな状況で発生したかはわかった。
そして、捕われた隊商の者がついた悪態。
(もしや、御方様のご命令ですかな)
わたしを挑発している。
娘達を取り返してみろ、と?
でも、どうやって。どこに、連れ去られたともわからないのに。
あの国に連れ去られたとしたって、推測でしかないのに。
出口の見えない思考にからめとられて、わたしはぎゅっと目を閉じた。
失踪事件の実態は読めたとはいえ、その目的はまだわからないままと言っていい。
オルギールの解説が終わると、夫達もその後は言葉を発することもなく、口を噤んでいる。
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──議長の娘が失踪した、と。
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