姫将軍は身がもたない!~四人の夫、二人のオトコ~

あこや(亜胡夜カイ)

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暗転 3.

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 ──報告者によると、議長の娘、エイリス・ルルー・ラ・アサドが失踪したのは少なくとも三日以上前のことだったそうだ。

 なぜすぐ届け出をしなかったのかと誰もが思うに違いないが、エイリスに甘い父・アサド議長は彼女の気まぐれに慣れ過ぎてしまい、数日姿を見せなくてもたいして気にしなかった。広大な邸宅における別棟を、まるごと彼女のものとして与えていて、彼女はそこを根城に頻繁にお茶会を開いていたそうだが、夕食はできる限り本棟でとるようにと言われれば概ね父の命に従っており、「ここしばらくは気分が塞いでいるので部屋を出たくない」と侍女からの伝言があれば、それを鵜呑みにしていたらしい。が、「気分が塞ぐ」が四日続くに至り、娘の顔を見るため父親が別棟におもむき、侍女の制止を振り切って部屋へ入ると、もぬけの殻。部屋が散らかることもなく、逆に言えば整然としていて、エイリスみずからの意志による家出が疑われるような光景だったと。愕然とした父親は、娘の失踪を醜聞になりかねないと考え、数日にわたってあちこちを尋ねまわり、できうる限りの調査とやらをしたものの──

 「まったく、足取りを掴めず、か」
 「さようでございます、御方様」

 報告者はきびきびとした口調で言った。

 「なぜ本日明らかになったかと申しますと。隊商どもを捕縛するため警備兵が相当数街へ出た際に、アサド家の手の者と出くわしたそうで」

 ──ウチのお嬢様もみつけてくれたらなあ。

 そのぼやきがきっかけとなったらしい。

 「グラディウスの、特にアルバに詰めるわれらはきわめて統制が取れております。だから、なぜ捕物に駆り出されているかは口にしないまま、アサド家の者の話を親身になって聞き出したようでして」
 「それでわかったとなると。……議長の娘の失踪からそれなりの日が経過しているようだな」
 「さようで。……アサド家の従者は、相当に疲弊していたようですから」
 
 報告者は深々と頭を下げた。
 語るべきことは全て語り終えた、ということらしい。

 ねぎらいの言葉をかけてから、あらためて人払いをして、わたしと夫達は沈黙の中、目を見交わした。
 ルード、ユリアス、オルギール。
 この三人はほぼ無表情だけれど、一人だけ、憮然とした表情を隠そうとはしない人がいる。
 もてまくってストーカー被害にあったレオン様が最初に沈黙を破った。

 「ダイソンの娘など放っておけ。なんならどこかで野垂れ死にしてくれたら御の字だ」

 過去の困ったいきさつがあるとはいえ、かなりな暴言をレオン様は口にした。
 わたしが思うに。……そもそも、野垂れ死にするようなやわなキャラではないと思うけれど。


 「レオンに賛同する。しかし、あの女がしおらしく野垂れ死にするとはざんねんだが思わんな」
 「同感」

 わたしのお腹の中をそのまま代弁したルードに、ユリアスも短く相槌を打った。
 そして、緑色の瞳をルードに向けると、

 「……そろそろ、公表せざるを得ないのではないか」
 「確かにな」
 
 ルードは腕組みをして、こころもち首を傾げている。

 「連続失踪事件。妙な暗示がきっかけである可能性大とはいえ、これ以上増えては困るし、そもそも‘ことを隠蔽していた’と痛くもない腹を探られては困る。妙齢の女性自身と、その家族への注意喚起、事件の解明、さらには失踪者の救出に注力していると派手に喧伝する必要があるな」

 いかにも為政者らしい、失踪者やその家族の思惑とは別事件の発言というべきだけれど、わたしもそう思う。
 グラディウスによる統治は絶対王政のようなものだが、けっして恐怖政治ではない。むしろ、ゆるやかな民主主義的な気風もあるからこそ、「議会」がそれなりの権限を有しているし、民間においては目に余るような危険思想以外は言論統制などもない。
 だから、この事件が、統治者以外からの情報源によって明るみに出たら、偉い方々はグラディウス今まで何をしていたのか、と民衆の批判がこちらに向かうことになりかねない。

 それに。

 「あの女エイリスが失踪している、というのが何よりも危険よね」 

 思わず、本音を漏らしてしまった。
 いっせいに、四人の夫の視線がこちらに集中するのを痛いほどに感じつつ、わたしの本能、そしてこの時は本能に直結していた唇は、言葉を紡ぐことを止めようとしない。
 頭の中は整理できていない。
 けれど、感じるのだ。それを口にせずにはいられない。

 「失踪事件のこと。薬物のこと。後ろにあの国が絡んでいる可能性が高いでしょう?みんなもそう思っているでしょう?はっきり言わないだけで。……そこへもってきて、あの女エイリスまでもが失踪って。……これは、偶然なの?あの女エイリスも、暗示にかかった被害者の一人に過ぎないの?……いいえ、わたしには、どうにもそんな風には」
 「仰せの通り、リヴェア様」

 まとまらない漠然とした不安の羅列を、しかしオルギールはしっかりと拾ってくれた。
 つと席を立つとわたしのかたわらに膝をつき、長身を屈めて至近距離からわたしを見上げてくる。
 そして、恭しいと言ってよいほどゆっくりと、やわらかく、抱え込むように私の両足を抱きしめた。



 抜け駆けは許さんぞ!と誰が言ったかわからないが(たぶん、三公爵様全員が、ほぼ同じようなことを言ったのだと思うが)、気が付けば夫達は皆わたしのそばに集まって来ていた。

 というより、くちゃくちゃにされた。

 わたしの両足を絡めとるオルギールはけっして場所を譲らないし腕も離さないから、もっとも強引なレオン様が「リーヴァ、ちょっと失礼」とわたしの両脇に手を入れてぐいと上半身だけ持ち上げ(なんせ足はオルギールが固定しているので)、自分が椅子に座って膝の上にわたしを載せた。
 ルードはさっそく私の片手を確保して、唇を当てている。
 ユリアスは「出遅れた」と苦笑しながらわたしの背中側にまわると、わたしの髪を撫でて、少し屈んで、頬にちゅっとしてくれた。

 わたしは女性としては長身、夫達ももちろん。合計五人でくっつきあっているなんて、傍から見ればかさばるし喜劇でしかないだろうけれど、わたしはこんな状態にこそ安心する上に、幸せを実感してしまうのだから大概だ。

 こんなにも愛されて、必要とされて、守ってくれて。それが一人だけじゃなく、四人もいるなんて。

 ……なんて幸せ者なのだろう、と。

「──リヴェア様の感じておられる通りでしょう」

 脳内で少しばかり場の深刻さとかけ離れた思いに酔っている間にも、オルギールの話は続いていた。

 「まだ不明なことが多すぎて、理論づけできないのが口惜しいですが……わたしも同意見です。彼女がただの被害者のうちの一人とは、どうしても考えられません。見目のよい男たちが、妙齢の女性に薬物で暗示をかけた。これはわかるのですが、彼女はそう簡単に見目のよい男とやらに靡くとは思えない。彼女の執着心、リヴェア様への態度などからして、彼女はまだレオン様への想いを捨てていない」
 「イヤな事をはっきり言うな、お前は」
 
 レオン様は憤然と言って、わたしのこめかみに鼻を突っ込んだ。
 高速ですんすんしている。わたしの匂いを嗅いで、気分を落ちつけているに違いない。

 「俺には見向きもされず、妻への溺愛っぷりを聞かされ、見せつけられ。……傷心へつけこむ見目のよい男に靡いた、という筋書きはどうだ?」
 「あり得なくはないが、彼女の気性からすればオルギールの考えのほうが信ぴょう性があるな」
 「俺もそう思う。男装して茶会、グラディウス主催の夜会にまでリヴェアの扮装をする。リヴェアを意識し過ぎている、ということは裏を返せば夫たるレオンへの執着に結び付く」
 「不愉快だ!」

 レオン様はわたしの髪の中に鼻を突っ込んだままわめいた。

 「不愉快は心よりお察ししますが」

 オルギールの口調が、わずかに和らいだ。
 わたしの足を抱く体勢なのはそのまま、膝の上に額を摺り寄せている。

 「皆さま同意見のご様子。当たらずと言えども遠からず、でしょう。しかし問題はそこではない。……自分までもが失踪して、何をしたいのか、伝えたいのか。……リヴェア様への、おそらくは激烈な負の感情を、彼女はどのようにしてリヴェア様を巻き込んで昇華させたいのか……」

 神ならぬ身は、このような時はもどかしい。
 以前も、似たようなことを申し上げましたが。

 万能の人、オルギールは自嘲気味に言って、わたしの膝に、今度は猫のような仕草で額を擦りつけている。
 彼にしてはとてつもなく甘えた仕草で、こんな時なのにきゅんきゅんしてしまった。
 俺も俺もとわけのわからない同調の声とともに、抱きしめられたりあちこちに口づけされたり収拾がつかなくなるかに見えたけれど。

 そこは、優秀なグラディウス一族を率いる方々。
 わたしをくちゃくちゃにして愛でまくる一方で、本件を明日にも情報公開し、市井に広く情報を行き渡らせることを全員一致で決定した。
 
 命に貴賤はない。
 しかし、「影響力」という観点で言えば、間違いなく大小はある。
 つまり、市井の女性の失踪事件十名分よりも、有力者の娘が一人いなくなるほうがことが重大だと世間は認識するし、さらにその影響はきわめて大きくなる。
 アルバにおいて、また、グラディウス一族にとっても。
 権力の一翼を担う「議長」の娘の失踪と、この件の取り扱いは、議長側が表沙汰にするよりも早く、グラディウスの判断で明るみにした方がよかろうと判断したのだ。

 

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