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第4話

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そうこうしている内に、気付けばカブを乗せてからかなりの時間が経っていた。日付が変わるまで、もう三十分程度しか残っていない。
こいつが本物のお化けにしろ、引きこもりのホモにしろ、さすがにそろそろお開きにする時間だろう。
カブはいつのまにか、やけに静かになっていた。

「なぁ、そろそろ満足したか?」
遠慮がちに、できるだけ優しく、後部座席のカブ頭に声をかける。バックミラーに映るカブは、思い詰めた様子でマントの胸元をぐっと握り締めた。
「ありがとね、橋爪さん。すっごく楽しかった。でも、その……いっぱいマッチョ見られたけど、触れ合えなかったのが残念だったかなって。実体化できるの、今夜しかないのに」
まだその設定は生きているらしい。幽霊というならまだしも、ハロウィンの夜だけ実体化するジャッコランタンとは。
だがまぁ、そのおかげで今夜は思いがけず楽しかった。だからあとほんの少し、日付が変わるまでは付き合ってもいい。

「さすがにソレ被ったまま、知らない男に触らせてくれって声かけるわけにはいかんからなぁ。俺の昔の知り合いに当たってみるか? つっても、三十分じゃ都合つかないか。俺がもっと鍛えてりゃ触らせてやれたんだがなぁ」
自信をもって披露できる鍛え方をしていた過去は遥か遠い。もちろん今でも多少のトレーニングは続けているが、筋肉は現役の頃より遥かに小さくなり、いくらか贅肉もついている。ジムで沢山のマッチョを見た後だけに、橋爪は克己心の無さが窺える今の自分の肉体が恥ずかしかった。

だがカブは、重そうな頭が一回転してしまいそうな勢いで首を左右に振った。
「そんなことない! 橋爪さんの体はすっごくかっこいいよ! 男らしくて大きくて強そうだもん! 何より、僕に筋肉の魅力を思い出させてくれた橋爪さんの体は、僕にとってはボディビルダーの筋肉より価値があるんだよ!」
お世辞にしても、そんな風に力説されれば嬉しくないはずがない。あまつさえ、
「は、橋爪さんの体に触らせてもらえたら、人生最高の思い出になると思う……んだけど……。だめ、かな?」
などと可愛げのある言い方で甘えられれば、男同士とはいえ、いや男同士だからこそ余計に、自尊心を擽られた。

「膝やって選手辞めて以来、全然鍛えられてないから、そんな期待してもらえるようなもんじゃないけどな」
そう予防線を張りつつ、橋爪は大型公園の駐車場にタクシーを停めた。まばらに駐車されている他の車は全て消灯されており、橋爪の車を気に留める人影は見当たらない。
橋爪は意を決して運転席から降りると、無言で後部座席のドアを開け、カブの隣に乗り込む。車内灯が消えても、公園の照明のおかげでカブの顔はよく見えた。
だが、じっと覗き込んでも、くり抜かれた目の奥には深い闇が広がるばかりだった。その暗がりは不思議なことに、橋爪の胸に恐怖よりも悲哀をもたらした。
化け物だったとしても、ただの被り物だったとしても、こんなもので顔を隠してしか自分の好きな物と触れ合えないなんて、決して健全な状態ではないだろう。
そのカブは、表情こそわからないものの、両手を胸の前で握り合わせ、祈るように震えていた。
「い……いいの……?」
期待と緊張に満ちた声に、橋爪の腹が決まる。
「ほら、好きなだけ触っていいぞ」

きっちり締めていたネクタイを一気に引き抜き、なんでもないことのようにさっさとワイシャツのボタンを外していく。無造作な所作とは裏腹に、橋爪にはまだ、往年より弛んだ体に落胆されないかという緊張があった。
だが、ワイシャツとランニングシャツを手早く脱ぎ捨てた時。カブの口からは「あぁ……」という、吐息まじりの感嘆の声が上がった。
「見せる用に整えられてない筋肉も、イイ……」

どうやらお気に召したようだ。多少自信を取り戻し、橋爪はさり気なく体の前面に力を入れて筋肉を浮き出させる。
「か……っこいい……! 筋肉ってなんか生き物みたい。俺強いぞーって主張してるの、かっこよくてちょっと可愛い」
カブはそんなことを言いながら、その「かっこよくてちょっと可愛い」ものを指先でつんつんとつついた。爪の先が美しく丸められていることに、育ちの良さを感じる。その手つきはおっかなびっくりで、まるで水族館のふれあいコーナーのヒトデか何かに触れているようだ。性的なニュアンスが感じられなかったこともあり、橋爪はカブのしたいようにさせた。

カブはうっすら脂肪をまとった筋肉の隆起をひとしきりつつき回すと、今度は遠慮がちに手の平で腹筋を撫で回し始めた。
「おぉぉぉ……」
感動と思われる音声が、暗くて細長い切れ込みから漏れている。触れる範囲は徐々に広がり、胸にまでさわさわとした感触が這いのぼる。
「む、胸、固いのにほどよい弾力が……おぉぉぉ……」
次第にカブの手つきは大胆になっていく。強く優しく熱心に揉み、撫で擦り、手の平全体で感触を確かめている。
最初は驚くほど冷たかったカブの手の平は、橋爪の熱が移ったのか、本人の体温が上がったのか、汗ばんでいないのが不思議なほど熱くなっていた。
カブの熱い手の平は腹や胸だけでは飽き足らず、首、肩、腕、腹と、橋爪の裸の上半身を隈なく撫で回す。
感嘆と興奮に満ちたその手つきに、橋爪の体は自分でも予想だにしていなかった反応を見せ始めていた。

「あの……ここもマッチョっぽいんだけど……見ていい?」
カブは橋爪の臍の下からズボンの中へと広がる濃い繁みに指を絡ませながら、盛り上がった股間を凝視している。
やはり気付かれてしまったらしい。相手が男でも、カブを被っていても、純粋な好意と興奮が伝わる手つきで体を熱心に撫で回されれば、いやでも昂ってしまうものだ。
「そこは筋肉じゃなくて、海綿体だけどな」
平静を装って指摘しながら、自分でズボンのベルトを外す。
ここまでくれば、もうなるようになれだ。カブがマッチョ好きのホモだったとしても、体格差を考えれば何の脅威もない。触りたいなら触らせてやればいい。これはいわば慈善事業のようなものだ。そうだ、ボランティアだ。

そんな風に内心であれやこれやと言い訳をしてみるが、結局のところ橋爪もその気になっているというだけの話だった。そして、唯一衰えを見せていない男の証は、橋爪にとって密かな自慢でもあった。相手がカブ頭の変人だとしても、それを自慢したがるのは悲しい男の性というものである。

ベルトに続いてズボンのホックまで外してやると、後はお好きにどうぞとばかりに橋爪は両手を離した。カブはごくりと喉を鳴らし――見えないが、そのような様子で――、震える手でジッパーを下ろすと、迷わずトランクスのゴムに手をかける。そして、秘密を垣間見ようとするかのように、そっと下に引っ張った。
慎重な手つきにも関わらず滲み出るカブの期待感に、橋爪も正直興奮を覚えてしまう。おかげで、橋爪自身の予想よりも三割り増しに固く、勇ましい太さになったペニスが、顔を出した途端に跳ね上がった。

「あっ! ……あぁ……どうしよう……」
カブはまるで自分の方が性器を晒してしまったような、驚きと狼狽に満ちた声を上げた。だがトランクスのゴムを引き下げた指を決して離そうとはしない。それどころか、視線を受けてより強く脈打ち出した猛りに引き寄せられるように、そろそろと手を伸ばした。
火傷を怖がるように指先でつんと触れ、ぱっと手を引く。だがすぐに我慢できなくなったように再び指先で先端を撫で、幹の血管を辿った。そんなかすかな刺激でも、海綿体の固まりは更に雄々しい角度でそそり立つ。

「わ……あ……わぁ……すごい……」
あそこがすごいと言われて喜ばない男はいないだろう。相手がカブを被ったハロウィン野郎でも、溜息まじりの心からの賛辞であれば心地いいものだ。
鷹揚な橋爪の様子に勇気を得たのか、カブは固くなった肉塊を熱心に撫で、指先で確かめ始める。下着の中で若干蒸れ、しっとりとした手触りになっているはずの中年の雄を嫌がりもせず、身を乗り出して両手で弄り回した。

だがそれだけでは終わらず、更には控えめな力で握り、小さな動きで上下に扱きさえした。
さすがにその動きはまずいと思う一方で、これだけ一心に求められているのだから、好きなようにさせてやりたいという気持ちにもなる。第一、普通に気持ちがいい。
男が相手でも手コキくらいなら問題ないだろうと、許容範囲がめりめりと音を立てて広がっていく。

「ったく。はっぴーはろうぃーん、だからな。好きにしろ」
そう言ってカブ頭をぽんぽんと撫でてやると、ぱぁっとカブの表情が輝いた。穴があいているだけのはずなのに、今度こそ本当にそう見えた。
もしかして、微妙に穴が動いていないか?
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