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第三章 クラウディアの魔力

訪問当日の朝。

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――晴れ渡る快晴に恵まれた今日、ソニエール王国からヴァイデンライヒ帝国へ外交使節団が訪問する。



起床時からクラウディアはソワソワして落ち着かない。

『ヴァイデンライヒの皇女であるが披露目もまだの私が使節団と会わせる事はない』と、最大権力者シュヴァリエがそう宣言したのだから、どうあってもおとなしくしとくしか無いのだろうけれど。



でも……
前世でプレイした事のある『too much love ~溺愛されて~』の攻略対象者の内の誰が使節団に同行しているか楽しみなんだもん!
友達からのオススメでプレイして、やるからには…と、とってもやり込んだ乙女ゲーム。
主人公になって攻略対象者達との恋愛は楽しかったけれど、ときめきは無かった。
私の中では、激アマ台詞に砂糖を吐きながら画面にダメ出しをするという、むしろ突っ込みゲーだった。

でも、麗しい攻略対象達のゲーム開始前の姿が見れる機会である。
恋愛面でのときめきは無くても、興味はある!
ゲームの中でし見たことのないキャラが動く姿はシュヴァリエで経験済みだけど、
シュヴァリエはシークレットキャラな上に一度しか攻略しなかったし。
他のキャラ達は結構やり込んだので、愛着はあるのだ。


ソワソワしたりニマニマしたりと、どう見ても落ち着かない私をそっとしてくれるアンナ。

そして…!使節団の面々に会う事など無いというのに、装いだけはと中々凝った衣装をアンナは選び、丁寧な手付きで着替えさせてくれた。
会う事はないけど、豪華で素敵な衣装で気分だけは特別感を感じさせてくれる配慮なのかもしれない。
アンナはいつだって私に優しいから。

「アンナ、有難う」

支度を整えてくれたアンナに鏡越しにお礼を言うと、嬉しそうにフンワリと微笑んでくれた。

その微笑みは聖母のようで神々しさすら感じる。
ああ、私、アンナが本当に大好き!
その思いをたっぷり込めた微笑みを鏡越しにアンナに向けた。


アンナの目元が少し赤くなる。
クラウディアの微笑みは中々の攻撃力を持っている。



クラウディアは姿見に映る自分をジッと見た。
本当に、アンナはセンスが良い。
シュヴァリエも最近では衣装に口を出してくるようにはなったが、監修は全てアンナが取り仕切っている。
デザインから生地選びから小物の類まで、私の事は全てをアンナがお世話してくれているのだ。
三人娘はその補助といった所である。

月の宮に掃除の為だとしても下女の人数を最小限にしたいアンナは、三人娘と共に私の部屋の掃除までしているのだ。
「大変だから増やしてもいいよ、シュヴァリエにお願いしようか?」
と、喜ぶかな? 大変だもんねと思いつつ話すと、

「姫様のお部屋のお掃除は赤ちゃんの頃から私の仕事でしたから! 今更他の者に譲る気は一切ございません!」
目を三角にして怒られた以来、おとなしく従っている。ちょっと怖かったし…


アンナは髪結い専門の人のように器用で、様々な髪型を考案してくれる。
とても綺麗に髪を編み込んでくれたり、両サイドに結い上げたてくれたりしてセットしてくれる。
ツインテールかな…? と思われる髪型も、リボンや花の髪飾りを使ってメルヘンの世界のお姫様みたいにしてくけるのだ。

今日は髪をまとめて緩く編み込み、頬周りにクルンと後れ毛を残して、左サイドに流してくれた。
幼い顔立ちにも似合う髪型で、自分で言うのもおこがましく恥ずかしいけど、可憐な雰囲気になった。

編み込む時にリボンも一緒に編み込んでくれたので、リボンがアクセントになってとっても可愛い。
現世の私は本当に可愛いくて、自画自賛っぽい発言になるのは仕方ないと思う。

私の髪は銀髪だから淡い色より濃い色の方が映えた。
だから、髪飾りは濃い目の色味が選ばれる事が多いのだ。

濃い目の色が映えるけれど…映えるんだけど…
この、オレンジとピンクの中間色のような複雑な色…オーロラレッドじゃないですか?
どう見てもこの色は帝国内で特別な色…そう、シュヴァリエの瞳の色。

アンナさん、何故わざわざその色のリボンを…とツッコミたかったが、何となく理由が分かってしまい黙る。

アンナは、私がシュヴァリエの庇護下にある大切な存在だって主張する為にこの色を選ぶんだと思う。


パパラチアサファイアを持たない私には王位継承権は無い。
愚帝だったとはいえ、皇帝だった父を持つ私の体には、皇族の血が流れている。
その血ゆえに皇女という身分を与えて貰ったに過ぎない存在なのだ。

歴代最年少で皇帝に即位したシュヴァリエは、その向かう所敵無しの物語の主人公の様な圧倒的な強さで、数々の武勲を立てた。
誰もが見惚れる凛々しく美しい容貌も相まって、貴族には心酔している者も多い。
その上、賢帝ぶりを感じさせるような良策を次々に打ち立て実行し、帝国民の生活を向上させた為ね民の信望もとても篤い。

シュヴァリエは有能過ぎるのだ。
そのうえ大国ヴァイデンライヒの最高権力者だ。

そんな逸材、群がられない訳がなく――
シュヴァリエの周囲が騒がしくなるのは当然の事。
行く先々で令嬢に取り囲まれるようになった。


シュヴァリエの隣を狙う令嬢とその親にとっては、シュヴァリエがとても大切にしている皇女は目の上のたんこぶ扱いにされている。
妹なのだからライバルに成りえないというのに、その妹が居るせいでシュヴァリエは女に一切興味を示さないと勝手に思われているのだ。

――どういうことなの。私、妹よ?
と思わされる事数知れず…。

そんな事もありアンナは心配しているのだ。
普通の思考であれば『大切にしているからご機嫌損ねないように尊重した扱いをし、皇女に名前を覚えて貰い懇意にした後、シュヴァリエに存在を進言して貰えれば利になる』とでも考えればいいものを、
邪魔者は排除しなければ的思考になる貴族が一定数居るのだ。
それは、高位貴族で娘がいる所に多く見られるという。
目的はひとつしかないと誰でも察せられる。

高位貴族なのに馬鹿なんだな?と思う。
私は妹なんだから、うまく私に近づいて『素晴らしいお友達』か年上なら『将来お姉さまになって欲しい相手』枠に収まって、私の傍を陣取って上手くシュヴァリエに近づけばいいのに。
上手く取り入る事が出来れば、妹である私が「お兄様の妃にはあの方だと嬉しいわ」なんて進言するかもしれないよ?
シュヴァリエがそれを参考にしてくれるかどうかまでは責任持てないけど。


時々アクセント程度に色を身に付けさせるのは、
「皇女はシュヴァリエ様に殊の外大切にされ、己の色を纏わせる程の存在なのだ。嫉妬から害せば誰が敵に回るか分かるな?」の牽制も兼ねて敢えて色を纏わせてるんだろうな。

どっちかというとこっちが一番の理由がしてきた。
ただココまであからさまに纏わせられたのは初めてだけど。

クラウディアは基本的にアンナが自分にしてくれる事を全て受け入れている。
アンナに掌中の珠のように大切にされている自覚はあるので、そんなアンナがする事に反対はしない。
アンナの言う通りにしていれば間違いはないと、全幅の信頼を寄せている。
事実、アンナの言う通りにして間違いがあった事は一度もなかった。


アンナがセレクトしたドレスは、膝丈でプリンセスラインのフンワリしたドレスだった。

クラウディアの髪の色と同じ(という事はシュヴァリエとも同じ)銀色のドレスは、
デコルテラインを始めとして袖や裾に、パパラチアサファイアを連想させるオーロラレッドのレースが品良くあしらわれている。

ん? そうじゃないかな? とは感じながら着替えていたけど、姿見にその姿を写すと衝撃を感じるよね。
とても主張が激しい……全身シュヴァリエだよね、この姿。

チラと鏡越しに確認すると、それを着させたアンナは、とても満足した表情をしていた。
余りにもあからさまに主張し過ぎている為、クラウディアを目の敵にしている令嬢達は勿論の事、
絶対シュヴァリエにも伝わるだろう。

――見られたら恥ずかしくて悶え死ぬ。


ここまでして令嬢の皆さんがおとなしくなってくれると嬉しいんだけど、
そういう事をちゃんと理解する人は、あからさまな敵意を義妹になる相手に向けないと思うんだ。
牽制ではなくて煽ってると思われる気がする……


んー…でも、アンナが嬉しいなら何でもいいか。


仕上がりに満足したアンナは機嫌がとても良い。
朝食を食べて食後のオレンジジュースを飲みながら、クラウディアはアンナを見つめる。
今、ニコニコ機嫌が良さそうだし、ソニエールの外交使節団を、遠見の鏡で覗いてもいいかとお願いしよう。

「アンナ、今日ソニエールの使節団が来るでしょう?私は出迎えにもその後の食事会にも参加出来ないから、
前にシュヴァリエが帰城する時に使った遠見の鏡でコッソリと覗きたいんだけど……」

「遠見の鏡ですか…。ソニエールの方達にご興味がお有りですか? 」

「行ったことも見たこともない国の人達はどんな感じなのかを見てみたいの!」

表情をパッと輝かせて笑うクラウディアに、微笑ましい気持ちになるアンナ。
使節団を直に見る為にどこかに隠れて覗き見たいと大きな事は言わず、魔道具でコッソリと見てみたいなんて可愛い願いではないか。
例え大きな事を願われたとしても、傍にさえ居る事が出来るなら護りきる自信はある。
陛下の許可を取るのが骨が折れそうなだけ。そっちは非常に面倒だと思った。

「そうですね…。独断で魔道具を持ち出す事は出来ませんので、一度陛下に許可を頂いてからでもいいですか?」

アンナにニッコリ微笑まれて、クラウディアはコクコクと頷いた。
前回使用した時は結構アッサリした感じだったから、許可が必要な物だとは思ってなかった。

シュヴァリエはヴァイデンライヒ帝国に訪れる外交使節団と謁見や食事会があるので、段々忙しくなる。
許可を取るなら早い方がいいとなり、遠見の鏡の使用許可を取りにアンナは退室した。



さっさと許可を取り姫様の宮へと続く回廊を歩く。

先程の陛下の態度に思わず笑いが込み上げた。


「遠見? クラウディアが何故その魔道具の許可を欲しがる?」
「他国の人間がどのような者達なのか、ご興味があるそうです。出迎えも食事会も姫様は参加致しませんので。
一目見てみたいと思われたのでしょう。」

アンナの話す内容を聞き取りつつ手元の書類に走らせていた羽根ペンの動きが止まった。

「誰が来るとは知らぬ筈だが、クラウディアに漏れたか――?」

シュヴァリエはスッと顔を上げ、机から数歩下がった場に立つアンナを冷たい目で見る。

「私がそのような失態をおかすと思いますか? それも、姫様に関する事で。」

アンナの瞳に物騒な光が宿る。

「……ないだろうな。では、本当にただ無邪気な興味ということか。いいだろう。許可する。」

「姫様は口にはしていませんが、外交使節団と話す陛下の姿も見たいのだと思います。
今日の姫様のお衣装も陛下を想起させる装いですよ。」

己が全て選んだという事は話さず、ただ見たままの事だけを話すアンナは確信犯だ。

「そ、そうか!使節団と話す俺を見たいだなんて可愛いな。
クラウディアも一緒に連れてってやりたいが、披露目もしてない今は目立たせたくない。
厄介なのが2名同行しているようだし、今回は遠見の鏡の使用だけで我慢して貰うか……」

興味の対象が自分以外だと不機嫌だが、自分だと言われると途端に機嫌が良くなった。
まして態度にハッキリ分かる程に不機嫌になったのは、今回の使節団にソニエールの第一王子、第二王子が同行しているからだろう。
クラウディアをその二人に見せたくないのだ。
第一王子はシュヴァリエと同い年、第二王子はそのひとつ下だ。
皇帝と年も近い事から、ソニエールが友好を示す為に同行を許可したのだろうが、姫様の婚約者としても申し分ない年の差なのだ。
シュヴァリエがピリピリするのも、帝国以外の国に嫁に出したくないアンナは納得出来た。

「では陛下、姫様の所へ戻らせて戴きます。ご心配なさらずとも、姫様を月の宮の居住区外には出しません。
姫様の事でしたらご安心下さい。陛下は今一番集中しなければいけないのは、隣国ソニエールの事。
使節団との駆け引きに集中なさいませ。」

「ああ、頼む。クラウディアの事はアンナに任せていれば安心だな。
……もうひとつ頼めないか?」

嫌そうな顔をするシュヴァリエ。

兄の事だろうな…と、何となく察してアンナは頷く。

「今回のソニエールとの謁見は権威を示せと煩い。
俺は、自分の事を“余”とか話すの嫌なんだが。
……権威を示すには仕方ないと煩いんだよ。お前の兄が。
アレ、どうにかならないか。」

今、シュヴァリエの執務室には宰相は居ない。
今日の歓待の細かい指示の為に、先程アンナと入れ替わりに部屋を退室している。

「私に言われましても。兄のする事に口出しは許されていません。姫様の事に兄が口を出せないように。
“余”…いいではないですか。ソニエールが分不相応にも姫様を望まぬように権威を示すのは有用かと。」

「……お前達兄妹は何をやってるのだ。はぁ…そうか。クラウディアの為だと思えば、権威を示すのも悪くないな。」

呆れたような口調で話した後、シュヴァリエの冷たい美貌が柔らかい笑みに緩んだ。
その微笑みに、誰を想像しているのか直ぐに分かる。
クラウディアにしか向けた事のない笑みだからだ。
妹至上主義シスコンっぷりは健在なようで何よりだとアンナは思った。


「憂いは晴れたようですので、失礼致します。」


アンナは優雅に一礼すると、執務室を退室した。



――とまぁ、変わらぬ陛下の姿も拝見出来て一安心ですわ。

フフフっと静かに笑い声をあげてアンナは月の宮へ戻った。


アンナは帝国外へとクラウディアをお嫁に出すつもりはないのだ。
帝国の裏を取り仕切る影の一族の娘のアンナは、帝国内なら完璧に守りぬける自信がある。
他国に嫁がれれば最大の庇護下のシュヴァリエもおらず、血迷った何かに害される可能性もある。
この国で最大の庇護下に守られ、裏からはアンナから守られる方が絶対に安全だからだ。

隣国の王子も二人も寄越すなんて、表向きは陛下との友好の為としているが、裏ではどうだか…である。
アンナはソニエール王国の使節団が滞在する期間、最大限に警戒するつもりでいた。
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