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第三章 クラウディアの魔力

色んな思惑が交差するお茶会 Ⅰ

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 ヴァイデンライヒ帝国の本城は、城と呼ぶには配置や作りが堅牢な作りで、他国でも見かけた事のない不思議な配置で建っている。
 勿論、ヴァイデンライヒ帝国の中でもこの様な作りは皇城だけであり、それゆえ特別さと異質さを感じるであろう。

 大体において皇族や王族などが住まう城は権威の象徴を表すものが多く、城といえば豪華絢爛で財力の象徴のような城というのがお約束だったりする。
 これ程の城が建てられる程の資産を持った豊かな国、自国民の貴族や平民にも大きな権威を思わせる為にことさら華美にしているのかもしれない。
 特別な配置は、戦になった時に最大限に活用できる
 しかし、ヴァイデンライヒはとても大きな大国であるというのに、その繁栄を象徴する華美な城ではなく、激しい戦乱の世を戦う為に建設されるような堅牢たる城塞のようだ。
 この城に立て込まれたら、引きずりだすのに骨が折れそうである。

 そんな城塞もどきも爛れた性活を送っていた歴代皇帝が住まうには不似合いさに溢れている。
 そんな風に思い中に入ると驚く、中央には円柱の塔が建っており、そこが執務をする中央塔、周囲を加工ように長方形の長い建物が中央を起点にして放射状に並び、上空から見ると花芯を囲うように開いた花びらのように見える。
 中央塔の中は遠くから見ると細長く見えるが、近づけば塔はかなり巨大で中は複雑に入り組んだ構造になっている。
 円柱型の塔の中にクラウディアの住まう月ノ宮も入っているし、シュヴァリエが住まう黎明ノ宮は近く、実は隣だったりする。

 そこら辺の詳細は、今度クラウディアに探検して貰うとして―――


 円柱塔の周囲には、花々が咲き誇る庭園がある。
 庭師達がそれぞれを担当した趣きの違う庭園がいくつもあり、外交や茶会などに利用される。
 その中でも一番華やかで大きな庭が中央庭園と呼ばれ、外交に良く利用されていた。
 今回のお茶会は参加する顔ぶれとその人数、そして内容からも中央庭園で開催される事となった。

 勿論、ほぼ引きこもりのクラウディアは初庭園である。
 庭園といえば離宮か、月ノ宮の庭しか見た事がなく、どちらもたくさんの客人が呼べる程の規模ではない。
 それでも、日本での中規模程度の公園くらいの広さはあるので、クラウディアの中では「凄い広い! 庭じゃない! これは公園よ!」と驚いたのだが。

 そもそも、皇女というのはお披露目後も誘拐などの犯罪に巻き込まれ易い事を警戒され、念のため十歳程までは外出すら審議されてしまうので、皇城内では自由に動けても、門の外には出れなかったりする。

 今現在、一桁の年齢であるクラウディアは城下町へ護衛をぞろぞろ引きつれてお買い物すら絶対無理なのである。
 シュヴァリエは、心配性なので己の同行がなければ成人しても許可しなさそうな気がするのだが。

 過干渉のシュヴァリエがいるクラウディアではなくとも、皇女であれば外からの皇城を見る機会など、そんなに訪れないのだ。
 だから、クラウディアは二度しか皇城を外側から見たことがなく、視界からの情報を吸収するのに忙しい。
 目はきょろきょろ、口は半開きでポカーンとしてしまっているのだ。
 先程から脳内で「で、でかぁぁぁああ!?」と、絶叫しながら大騒ぎしている。


(塔から外に出たのって、シュヴァリエをお出迎えした時以来だから、どれくらいぶりかな? あの時は、いきなり抱っこされたりして、シュヴァリエのせいで恥ずかしすぎて周りを良く見てなかったんだよね…。)

 まだ入場を促す名を呼ばれていない為、中央庭園の薔薇のアーチの近くで静かに待機しているクラウディアとシュヴァリエ。
 数歩前の場所に、ソニエール王国の王子様二人が優雅な立ち姿で佇んでいる。
 その隣に、今回のお茶会限定でのパートナーとして、帝国側のご令嬢が二名付き添っている。

 ジュリアス王子の隣で凛として立つのは気の強そうな公爵令嬢で、リディル王子の隣はタレ目のせいか優しそうな雰囲気の侯爵令嬢。
 どちらも身分のとても高い上位貴族のご令嬢だ。

 うっとりとソニエール国の王子達を見上げている姿に、年齢は幼くとも女を感じる。この世界の女性は色々と精神的にも肉体的にも早熟な気がする。
 成人が15歳という事も影響してるのだろうか。
 私よりは背も見た目からも見て上だろうから王子達と似た年齢かもしれない。
 貴族とかだと成人後にすぐ結婚するので、16歳で子持ちの人は多いんだそうだ。
 日本価値観を引きずる私には超早婚で、思わず及び腰になる。
 中学3年生で結婚、高校1年で出産……
 私には無理そうだ――遠い目になった。


 色目と言っていいかはわからないが、合コンで見かけたような肉食獣を彷彿とさせた目線に、王子二人に合掌を内心送りつつ…
 この二人はゲームの攻略対象者なので「どんなに好きになっても、ヒロインのお相手なんだから、ヒロインに取られちゃう未来しか浮かばないしなー」と思いながら眺めていた。

 二人とも凄い美少女のご令嬢だというのに、ひとときの恋で終わるなら、高位貴族令嬢だし、何も始まら無さそう。
 令嬢の貞節に厳しい世界だもんね、貴族世界は。
 特に上位貴族だし、皇族に嫁ぐ機会もあるかもしれないし。
 
 でも、王子達はこの美少女二人に気が無さそうだな。
 二人の笑顔は能面みたいに作られた顔である。
 王族特有の必殺アルカイックスマイルで秋波を受け流している。
 王子の顔に義務だとハッキリ書いてある気がした。
 王族ってハッキリ断りはしないけど、肯定もせずにどうとでも取れる言い回しをみっちり仕込まれてるみたいだからな。
 言質は取らせないみたいだし。
 小学生くらいだろうに、王族って凄いね。

(私も皇族だけど、そろそろそういう勉強もさせられるのかなー)

 人間観察もとい王子観察も飽きたので、きょろきょろと庭園に咲く花を見る。
 中央庭園というだけあって、植えてある花も大きく華やかだ。
 薔薇が主体になっているので、周囲一帯に薔薇の濃密な香りが漂っている。
 香りに癒されつつ、もっと近くで薔薇を見たい…なー。
 王子達から先に呼ばれるだろうし、ちょーっと見てきていいかしら…

 ふらふらとしそうになった所に、

「こら、少し落ち着け。」

 シュヴァリエの左腕にチョンと添えたクラウディアの手を、とんとんと指先でシュヴァリエが突く。

「ふぁいっ。いえ……はい。」
 うわ、ちょっと声が大きくなっちゃった。

「くくっ、俺しか聞いてない。言い直さずともよい。」
 げげっと目を見開いた私に気を使ってくれるシュヴァリエ。
 お兄様優しい…けれど…
 前の王子聞いてますよ。振り返ってますもん。

 この王子二人、不躾に感じる程ではないけれど、挨拶した時からずっと探るような観察するような視線を向けてきた。

 シュヴァリエと同い年くらいだと思うけど、どちらの王子もシュヴァリエより背が低く、まだあどけなさを感じる。十歳? 十二歳だっけ? 何歳にしろシュヴァリエよりは、年相応って感じがする。
 第一王子と第二王子は年子だそうだから、背もそんなに変わらない。
 シュヴァリエが特殊なのか、シュヴァリエは境遇のせいで特殊になったのか。
 どっちも…かな?
 普段、この年齢の子はシュヴァリエしか見た事なかったけど、よくよく考えればシュヴァリエってまだ成人ではないんだった。
 周囲と話す時も、政務や公務をする時も、周囲の人間と遜色ない立ち居振る舞いだったから、シュヴァリエ身体も大きいし…
 まだシュヴァリエも子供だって事を分かっていたけど、分かっていなかった。
 大人に混ざって、強くならないとならなかったもんね…。
 まだまだ子供なのに一生懸命両腕を広げて色んなものを守ってくれている。
 勿論、私のことも。

 私もシュヴァリエが守っているものを守りたい。
 勿論、シュヴァリエも。
 色々頑張ろう、うん。




 ――二人から挨拶されたのはほんの十分程前。

「ソニエール王国、第一王子ジュリアス・ソニエールと申します。クラウディア皇女様、本日はお会い出来ました事に、深くお喜び申し上げます。」

 サラサラで艶やかな濡れ羽色の黒髪を前下がりボブ?っていうのかな、前髪だけが長く顎下で切り揃え、後頭部はスッキリとしている。
 瞳と同じ碧いジュストコールに首元と袖口に白いフリルがあるシャツを着ていて、これぞザ・王子様の装いだ。
 アーモンドアイの整った形の瞳は緩やかに弧を描き、淡い桃色の唇は微笑みを浮かべている。
 一見すると幼さのせいか女の子のような美貌だが、将来は間違いなく美丈夫になる片鱗が伺える。
 細いんだけど、細いだけじゃない…? シュヴァリエによく似た体型だ。
 設定では剣技に長けていたから、剣の為に鍛錬に励んでいるのだろう。

 そして、設定では書いてなかった所がひとつ―――
 ジュリアスは、目尻がネコの目のように少しだけ跳ね上がっている事で、瞳の形が切れ長になっていて、そこが妙に色気を醸し出している。

(色気担当って、リディルだった気がするんだけど、リアルになるとどっちも凄いのかも)

「同じく、ソニエール王国第二王子リディル・ソニエールと申します。クラウディア皇女様にとって初のお披露目であるこの場に招待して頂きました事、至極光栄に感じております。誠におめでとうございます。可憐な花のような皇女様、以後お見知りおき下さい。」

 こちらはサラサラの金髪で、ジュリアスより肩につくかつかないかの長さの髪の片側を編みこみ宝石が埋め込まれた輪っかのような金細工の髪飾りで留めている。
 ジュストコールも瞳の色に合わせて、春の息吹を感じるような鮮やかな翡翠色だ。
 同じようにフリルシャツを身に着けていて、似合っている。

 陰と陽のように全く違った髪色だけれど、この二人は、れっきとした兄弟だ。
 ジュリアスが国王に似で、リディルが王妃様似。
 ソニエールは王族には一夫多妻制がある為、王妃様以外に側室が二人いる。
 この王子二人の他に、王女が二人と、もう一人幼い王子が居るのだ。
 
 正妃である王妃様の子供が二人とも王子な為、継承権には一切憂いはない。
 けれど、側室を二人も娶った事、そしてその身分や財力に大差はない為、王子を産んだ側室も後ろ盾で抜きんでている訳でもない。

 正妃が産んだ王子二人に何かがあれば分からないが、今の所は大きな派閥も第一王子派と第二王子派に分かれているだけで、王子二人が仲良しな為に、大きな争いもないそうだ。

 国王が王太子指名をしていない為、第一、第二と位置づけはあっても、どちらが次代の王になるかはまだ分からないといった所。

 しかし、大人の思惑など何処吹く風と言わんばかりに、王子二人の仲はとても良好だ。
 どちらが王になっても補佐になっても構わないと思っているのだ。

 ゲームでは、ヒロインを妃にした方が王になっていたけど。
 そのストーリー通りだとするならば、ここでもそうなのだろう。


「ご丁寧な挨拶ありがとうございます。クラウディア・ヴァイデンライヒと申します。本日は天気も良くお茶会日和となりました。
 シェフ達が腕によりをかけて用意しました、美味しい軽食と珍しそうな菓子がたくさんありますので、ご堪能下さいませ。」

 二人とも胸に手を当てお辞儀をしたので、騎士の礼に近い事をされなくて内心ホッとした。
 手の甲に口づけでもされたら「ぎゃあ」と言ってしまったかもしれない。

 挨拶の後、にっこり微笑み、カテーシーをした。
 力関係はこちらが上なので、あまり深いカテーシーはしたらダメだとアンナが言っていた通りに、浅過ぎない深すぎない、多分真ん中くらい? を心がけつつ腰を折る。

 その間、この二人の王子は瞳と唇が弧を描いてはいるものの、目の奥がずっと値踏みするように光っていた気がする。
「私の利用価値でも計算してんのかアアン?」と凄みたい所だが、淑女らしからぬ振る舞いなので我慢し、スルーする。
 見つめすぎですから、貴方たち。


 挨拶を済ませるとすぐに王子のパートナー役の令嬢二名がぴったりと王子二人の
 隣に並ぶ。

 私に対して蔑むような妙な視線を向けた公爵令嬢が、隣に居るシュヴァリエを見たと思ったら顔を青褪めさせて目を逸らした。
 隣に立つもう一人の令嬢が扇で口元を隠した後、公爵令嬢の耳元で囁いている。
 頷いた公爵令嬢はもう私の事を見る事はなかった。

 血濡れ皇帝様が隣に居るのに、その妹を蔑むような目で見るとかどんな教育受けてるんでしょうね。
 側室腹としても、継承の瞳持ちでなくても、一応皇女ですけど…
 公爵令嬢より身分が上だって理解してなかった訳ではないよね。
 どんな噂が流れてるかよく分からないけど、軽んじられるような私の知らない何かがあるのかもしれない。
 だって初対面ですし。初対面から蔑んでくるって何らかの噂を真に受けたとかしか考えられないしな。
 それでも離宮で忘れ去られていたからって身分が下になる訳じゃないのに。

 シュヴァリエが無言で頬をそっと撫でてきたので、視線を隣に向ける。

「……!?」

 思わず目が飛び出そうなくらい見開いてしまった。
 なんっていう優しい眼差しで見てるんですか、シュヴァリエさん。
 慈愛の眼差しってこんな感じ? っていうくらい蕩ける優しい目をしている。

 令嬢にちょっと嫌な目に見られたくらいで、落ち込んでないというのに、
 相変わらず過保護な兄である。

 まだ頬を撫でられ続けてる事にハッと気づいて、大丈夫だと高速で頷いておいた。

 シュヴァリエも微笑み頷き返してくれる。
 ああ、尊きシュヴァリエ大天使降臨――――

 目をあまりの眩しさに眇めると、シュヴァリエに首をコテンと傾げられた。

 いやコテンじゃないですから、可愛すぎか。
 
 あまりその顔周りに見せない方がいいんじゃないですかね…
 お茶会では血濡れ皇帝の顔でお願いします。
 じゃないと皆ボーーッとしちゃって使い物にならなさそう。


 王子二人の名が呼ばれ、二人が令嬢をエスコートして入場していく。
 次は私達の番だと待っていれば、

「クラウディア、何かされたり言われたらすぐに言え。いいな?」

「えっ……いや、あの…ええ? はい…」

「隠してもすぐわかる事は隠すな。お前は俺の大切な妹だ。誰も侮る事は許さん。」

(あ、さっきの公爵令嬢大丈夫かしら…茶会の後に何かならないよね?)

 こ、ここは、シュヴァリエをめっちゃヨイショしなきゃいけないかもしれない。
 あの令嬢にはちょぴーっとむかついたけど、あれだけで不幸になってくれとは思わない。寝ざめが悪くなるではないか。

「お、お兄様? 私、お傍に居れるだけで幸せです。だからどんな視線も態度も気になりません。先程の無礼な視線も、きっとこんなに素敵なお兄様の隣に居る私が羨ましすぎた嫉妬の視線です。嫉妬の視線で粛清していたら貴族が全員居なくなってしまいますわ。だって、お兄様は誰もが羨む程素敵なんですから。」

「そうか…? クラウディアも俺の事を素敵だと思うか?」

「え? ええ! ええ! 世界で一番素敵だと思ってます、クラウディアは!」

「……ならいい。先程のはな。しかし、嫉妬ではない場合の侮りならば許さん。」

 そこまでは庇いきれないので、仕方ない。
 小娘令嬢の嫉妬程度なら庇えるけど。

「シュヴァリエ皇帝、クラウディア皇女、入場!」

 名を呼ばれると、ザワザワしていた庭園がシンと静かになった。

 …出づらい。急に静かって余計に緊張する。

 ぶわっと緊張感が戻ってきた中、シュヴァリエのエスコートで一歩足を踏み出した。
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