転生したら血塗れ皇帝の妹のモブでした。

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第三章 クラウディアの魔力

色んな思惑が交差するお茶会 Ⅱ

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 幻想的なおとぎ話から抜け出て来たかのような。
 対で造られた人形の様な二人。
 同色のプラチナの髪色は陽の光を艶やかに反射している。
 完璧な対比の美貌、長い睫毛を儚げに伏せ、朱を乗せた柔らかな唇に薄っすらと笑みを浮かべた皇女は、隣で優雅にエスコートをする皇帝を見上げ何かを囁いた。
 皇帝は皇女に耳を寄せると、人形のように感情の無い顔がふわりと緩み、微笑みと呼べそうな笑みを一瞬だけ浮かべる。

 ざわっ……

 二人が入場してから時が止まったかのような静かな庭園に音が戻った。
 本日招待された帝国貴族達がシュヴァリエの見た事のない雰囲気や表情に衝撃を受けたのだ。

 ざわめく貴族達を気にする事なく、クラウディアを皇族席へとエスコートする。
 幼いクラウディアの進む速度に合わせて、そっと優しく歩いていた。

 まだ少年であっても、大人顔負けの手腕を持つ苛烈な皇帝はそこには存在しなかった。
 妹を敬い愛する優しい兄のような姿である。


 ――皇帝が、妹姫を殊の外溺愛している。

 これは紛れもない真実なのだと、このお茶会に参加資格のある貴族全員に周知されたのであった。
 後は勝手に吹聴してくれるだろう。
 クラウディアにおいて過去を持ち出して侮ったり蔑んだりすれば、シュヴァリエは黙っていないと。

 それを期待した後日、その貴族達によって、その事実は更に尾ひれや何かが付き、クラウディアが恥ずかしがり悶絶して噂を消して! と叫ぶような噂が広まるのだが、今のクラウディアには知る由もない。


 余談として、先程クラウディアがシュヴァリエに囁いた話の内容は、

「お兄様、私トイレに行きたくなりました。お腹が痛いです。」

「そうか、顔色は……悪くないな? 我慢できなくなったら、俺がトイレに連れてってやるから安心しろ。」

(時間稼ぎにトイレ行きたかったけど、無理かーー)

「私、もう赤ちゃんじゃありません。トイレくらいもう一人でいけます!」

「俺が今日は特に一人にしたくないんだよ。この会場にはどれくらいの貴族が来ていると思ってる。他国の使節団まで居るのだ、気を付け過ぎて損はない。」

「トイレはもういいですわ。お腹の痛みは消えました。」

「クラウディアは本当にかわいいな。」

「……。」

 スッとシュヴァリエから目を逸らして、悩殺級の笑みをスルーする。

 笑みを浮かべたシュヴァリエにご令嬢やご婦人方からの悲鳴が聞こえた。

 クラウディアは内心大きなため息である。

(黙っていても目が逸らせない程の美しい少年なのに、シュヴァリエも無防備に笑うものだから、コルセットして呼吸がし辛い婦人方を殺しにきてるわ。)

 一度、自分の顔面の殺傷能力についてシュヴァリエに懇々と説教しなければいけないかもしれないと思うのだった。



 クラウディアの手を離さないまま、シュヴァリエはお茶会開始の挨拶を始める合図を側に控えた者に送る。

 緊張し過ぎて気づかなかったけど、楽団が居る事に今気づく。
 シュヴァリエの合図で側に控えた者が指示を出す事によって、柔らかな音色が聞こえ始めた。

(今のやり取りは、挨拶開始の合図みたいなものかな?)

 今日はダンスの予定はないが、会場の雰囲気を良くする為、楽団は用意してあったようで、余り大きな音量ではない静かな曲が流れ始めた。

 弦楽器の音色だ…癒されるわー。
 ピアノも好きだけど、弦楽器の方が癒し効果が高いと個人的には思っている。

 音色を聞き取った貴族達はそれぞれの手に飲み物を持つ。
 成人した者はお酒を、してない者はお酒の入ってない飲み物を手にシュヴァリエの方へ身体を向ける。
 お茶会だしこの場の最高権力者がお酒飲める年齢ではないのだから、酒類は出ないと思っていたけど、出すらしい。
 ダンスがあって、今の時間が昼ではなく夜であったなら、夜会と変わらないようなおもてなしだ。


「本日の茶会は、隣国ソニエールからの使節団の歓迎と、皇女クラウディアのお披露目だ。食事も酒も一級品を用意した。存分に楽しんでくれ。」

 そして、隣にいるクラウディアを振り向き、目線で挨拶の合図を送る。

「ヴァイデンライヒ帝国が皇女、クラウディア・ヴァイデンライヒです。
 どうぞお見知りおき下さいませ。皇帝である兄を少しでも支える事が出来るよう精進したいと思っています。よろしくお願いします。」

 まだ幼い皇女の淀みない挨拶に、貴族達は信じられないものを見るような顔をする。

 離宮から皇城へと移り住んで二年経たない筈だが、その気品ある立ち姿やこれだけの人数が居る中で淀みなく話すクラウディアに、皆一様に驚いた。

 カテーシーをする為に掴まれた手を引き抜こうとすると、ぎゅっと握られる。

(えー…)

 困ったように眉を下げたクラウディアを見て、フッと笑って手を離してくれた。
 どこかでご婦人方の黄色い悲鳴が続出する。

(だから、そんなに無防備にほいほい笑うと駄目だって…)

 いくらソロで世界最恐で色んなのを力でねじ伏せて来たって、少年皇帝。
 侮り手を回して絡めとろうとする人だって、どうにか陥れられそうだとあの手この手で多勢に無勢でやられたりするかもしれないんだよ。
 そんな無防備になっちゃ駄目だよ、まったくもう。
 お前の血は青いんじゃないのか!?と思われるくらい冷血っぽい顔してなきゃ。
 戦争で大勝利した今が一番血濡れ皇帝感があるんだから、相乗効果狙おうよ。

 脳内でぶつぶつシュヴァリエに文句や駄目出ししながら、アンナに教えられた通りに腰を下げ、頭を下げ過ぎないように中間地点に留めカテーシーを披露する。

 ピンっと伸びた背筋に柔らかな形を作る両腕と、ぶれない足元。
 ほおっと周囲から感心するような吐息が漏れたのが聞こえた気がする。

 気持ちが顔に出ないように引き締めてはいるけれど、熱くなる頬だけは誤魔化せない。
 ご、合格かな? アンナどこかで見てるかな?頑張ったよ!
 鬼教官のアンナの指導の下、筋力作りと体幹作りをめちゃめちゃ頑張ったから、ぐらつかず綺麗にカテーシーが披露できたよ!

「姫様、筋肉は裏切りません。」ってアンナが言ってたけど、本当にそうだね筋肉は裏切らなかったよ!

 頬の熱が中々引かないけど、そんなの気にならないくらい嬉しくて嬉しくてドキドキしていると、クラウディアだけに聞こえるような小声で、シュヴァリエが「よくやった」と言ってくれる。

 頑張ってた表情筋がシュヴァリエの言葉に仕事を放棄して緩む。
 頑張った事を褒めて貰えるのは、やっぱり凄く嬉しかった。

 私の次に王子二人が挨拶する番だったらしく、良く通る声で挨拶を述べる二人。
 パッと見は緊張など一切してないですよ。って感じだったけれど、
 耳の先がほんのり赤くなってた。
 そうだよね、王子といえど緊張するよね。ちょっぴり仲間のような気持ちになった。
 王子達からすれば帝国は大国で、隣国で同盟国といえども他国。
 外交的にも侮られたくはないだろうから、余計に肩に力が入ってる感じだ。

 挨拶を終え近くに戻ってきた王子達に、さっきのシュヴァリエみたいに一声かけてあげたい。

 だからそっと囁いた「挨拶、堂々としていてお二人とも素敵でした」と。
「「え?」」と、目を真ん丸にしてクラウディアの方をじっと見つめる王子二人。
 そのタイミングといい言葉といい顔といい表情といい、あげればキリがないけれど、双子のようで、そのシンクロ率の高さでハモったことが面白くて、我慢できずに思わずふふっと笑ってしまう。

 王子様としての顔を忘れて、私をポカンとした顔で言葉無く見つめてくる二人。

「………?」
 こちらまでキョトンしちゃうじゃない。

 ああ、まぁそうか…さっきまで初対面の皇女がいきなり上から偉そうにって思っちゃったかな!?
 マウント取るつもりはなかったのだけど、受け取りようによったら年上が年下を労う系に聞こえない事もないかもしれない。
 これ以上何しても墓穴しか掘らない気がしたので、とりあえず、笑っとけ笑っとけーと微笑んでおく。

 そんな私と王子のざわざわっとした雰囲気を余所に、シュヴァリエがお茶会の開始の言葉を述べた。

「それでは、今日の良き日に、乾杯。」と音頭を取ると、皆手に持ってるグラスを持ち上げ乾杯した。




 お茶会はスムーズに進行した。
 シュヴァリエの隣に立ち、私は皇女の仮面を被るのよ…と某漫画のようなセリフを脳内で呟いてる時はまだ頑張る余裕があった。
 …が、有り得ないくらいに挨拶に時間が掛かっている。
 これ帝国全土から貴族来たんじゃないの…? と疑いの眼差しをシュヴァリエに送りたくなるくらいに次々と人が来る。

 まだまだ続く列を確認して、まだ帝国貴族の挨拶を延々と受けるのかーと、内心四つん這いで絶望してるくらいがっくりした。

 挨拶を終えた周囲は食べては飲んで優雅に歓談してますよといった感じで、楽しそうにしてるのに、食べることも飲む事も出来ないなんて何て拷問なの!
 皇族スマイルで笑顔をずっと貼り付けて挨拶を受け続ける。
 たまに「皇女様はまだ婚約者候補は?」的な質問された。シュヴァリエから冷気が立ち上り、答えを言わずともその質問をした貴族は下がっていったけど。
 年齢一桁で婚約者とか早すぎない? えっ貴族ってそれ普通なの…?と思いつつ、まだシュヴァリエすら決まってないし、気にし過ぎかと納得した。
 
 微笑み過ぎて、明日は表情筋が筋肉痛だろうなと思う。


 さっさとビュッフェ式になったお菓子を取りに行かないと、美味しい物程先になくなるんじゃないかと気が気じゃない。

 公爵、侯爵、伯爵、子爵……えーっと今子爵まで終わったよね?
 後は、男爵だけだ!
 後ひとつだと思えば余裕が生まれて、そわそわしていたのが少し落ち着いた。

 男爵方の挨拶が終わったら、そしたら、あれとあれを取って食べてからちょっと塩っ気のある軽食を食べて――
 とワクワクしながら取り順をシュミレーションする。
 早くたべたーいっ!


「……騎士爵ってあるんですね、お兄様。」
「ん? ああ、一代限りではあるがな。手柄を立てた騎士達に金以外をと考えた時に作ったらしいぞ。男爵位とほぼ同等の身分を用意して与えたのが騎士爵だ。
 魔道爵もあるぞ? 騎士では無い魔道士の為に用意された爵位だ。
 しかしどちらも爵位はあっても一代限りで領地は持たず、社交の必要性も無いから余程の事でないと参加義務はないし彼等も参加しない。
 だから、本当に身分だけだがな…ただ今回はクラウディアのお披露目だからな。
 強制参加させたようなものだったが…
 招待状を受け取った者は全員大喜びで参加表明したようだ。」



 ……男爵で終わりじゃなかったんかーーーい。
 騎士爵に魔道爵…それに喜んで参加してくれたって嬉しいけど恥ずかしい。
 あれかな、騎士団に顔出ししてたからかな?
 お邪魔させて貰うんだからと、毎回差し入れとかもしてたから?

 餌付けしたつもりはなかったんだけど…まぁいいか。

 先程から男爵位の方々が挨拶して少し会話して去っていくけれど、中々その流れが終わらない。

「お兄様…この挨拶はいつ終わりを迎えますでしょうか…」

 一瞬だけ途切れた瞬間に、我慢できずに小声でシュヴァリエに話す。

「クラウディア、この国で一番多い爵位は男爵位だ。
 俺がこの国を再建する際に不要な貴族も粛清させて貰ったからな。
 減った貴族の人数を戻し領地を与えるにも、消した爵位を授ける訳にはいくまい。
 新たに爵位を授けた者達に、領主が居ない土地を分割したりして領地運営を任せたのだ。新興貴族になるが、勿論、貢献度によって子爵位は与えた者もいるが…
 残りはほぼ男爵位だからな。
 よって、一番男爵位が多くなる。まだまだ続くぞ。」

 そうなんだ…
 この国で今一番増えた爵位は男爵位なのね、理由を聞けば多いのも納得できるけど…
 できるけどぉ……うぅ……先に訊いておきたかったその話。
 もうすぐ終わると思ってた分、がっかり感も二倍に感じるではないか。

 ちょっと先にあるテーブルで輝きを放つお菓子達を見る。
 挨拶を済ませ嬉しそうにお菓子を口にする貴族の令息令嬢の姿も…。
 くぅ、羨ましい。

(ごめんね、もうちょっとかかるみたい…まってて…絶対食べにいくから…)


 目の前のお菓子がまた少し遠ざかったのだった。
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