転生したら血塗れ皇帝の妹のモブでした。

iBuKi

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第三章 クラウディアの魔力

お兄様、小言は控えめにお願いします。

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 ―――室内に重い沈黙が満ちる。

 クラウディアがヴィヴィアーナに怯えて呆然として思考停止気味になってる間に、シュヴァリエは素早くお茶会の会場から退場した。
 そのまま月の宮へと送るかと思えば、進路変更しシュヴァリエの宮の私室へと案内されていた。

 華美な装飾よりも実用性に拘るシュヴァリエの私室は、日本でいう高級ホテルのようなすっきりとした装飾で統一され、間接照明で陰影を作り空間をデザインしているような室内である。
 大国の皇帝の私室にしては質素かもしれないが。
 前世の記憶持ちの私はセンス良く感じ、居心地がとてもいい。

 大きな白い革張りのソファは柔らかく、腰近くまで身体が埋まる。
(これ立ち上がれないんじゃ…?)
 さほど身体の大きくないクラウディアは、座り心地は抜群にいいが拘束具のようなソファに心配になった。
 魔王の小言からは魔王が許可するまでは逃げられないぞ。と言われているようで。

 今、クラウディアの目の前の一人用のソファ型の椅子に座り、長い足を気怠げに組み玉座に座り睥睨する魔王様の様な姿のシュヴァリエは、思考の全てを視通すような澄んだパパラチアサファイアの瞳でクラウディアを見つめている。
 魔王は魔王でも、今は小言魔王となったシュヴァリエはまだ何か言い足りないのか、口をもごもごさせた。

(えっ、まだ続くの!? そろそろ終わってくれないかな…)

 小言魔王となったシュヴァリエは、半刻程は小言を言ってるんじゃないかと思われる。

 目の前のテーブルには、いつもなら用意されている筈のお菓子がひとつも置いておらず、飲み物のみ。
 小言から受けるストレスを甘い物で緩和するこも出来やしない。

 最近はアンナ特製ブレンドのハーブティーを常飲しているが、今日はシュヴァリエの世話役の侍従が淹れた紅茶を出されて飲んでいた。
 いつも入れない砂糖をシュヴァリエが二つ程入れていた。
(甘い物が欲しくなるほど心配かけちゃったのかな…)
 もしかしたらクラウディアが思うより、シュヴァリエは心配してるのかもしれない。

 幼い頃から、皇帝専属侍従となるべく侍従として必要なスキルを極めるだけでなく、皇帝の御身を一人でも守りきる為の護衛術まで英才教育されていた青年は、レイラン・ウィーラーと名乗り、クラウディアに騎士の様に恭しく跪き手の甲に触れるだけのキスを落として挨拶をしてくれた。
 どぎまぎしながらクラウディアも挨拶を返すと、ふわりとした笑みを浮かべたレイランは「どうぞ、私の事はレイとお呼び下さい。」と告げる。

 その際、庭園と似た様に室内が吹雪き始め「どういうつもりだ、レイ」とシュヴァリエが酷くドスの効いた低い声で注意していた。
 そんな魔王モードになったシュヴァリエを全く怖がる事もなく「姫様にご挨拶をしたのですよ。陛下が想像するような思いなど抱いてませんので、いちいち目くじらを立てないで下さい。」と呆れたような表情で躱していた。

(レイ、だなんて。仲良しな友達居るみたいで良かった。シュヴァリエ、何か友達とか出来無さそうだから、ちょっと気になってた。身近に色々話せる相手が居るっていいよね、私にはそれがアンナだから、シュヴァリエにも居てくれたようで嬉しい。)

 そんな侍従のレイランは室内の壁際に立ち待機している。

 シュヴァリエに小言を言われるクラウディアを、最初から最後まで見届けるつもりらしい。

 この小言タイムはまだ続くのかとクラウディアは泣きが入りそうになる。
 そもそもが聖女様があんな暴挙に出なければ、今頃私は、美味しい食べ物を食べまくるつもりでスイーツを制覇し、それから選りすぐりの軽食を持ちより食べ、楽しい時間を過ごしてる予定だったのに―――

 軽食たった一個しか食べてない気がする…
 あ、考えちゃダメよクラウディアお腹が空いて…

 くぅぅ。

 クラウディアのお腹の音が静かな室内に鳴り響く。

「ふはっ、おま、おまえ…くくっ、腹が鳴ったな…ははっ。分かった分かった。もう小言は終《しま》いにする。レイ、クラウディアに何か軽食を持ってきてくれ。晩餐前だからちょっと摘まむ程度でいい。」

 お腹を押さえて真っ赤になったクラウディアは、盛大に頬を膨らませる。

「お兄様、こういう時は指摘をせずにさり気なくスマートに軽食を侍従に頼み、何事もなく会話を続けるのが紳士としての嗜みです! 指摘した上に笑うなんて意地悪ですっ!」

 シュヴァリエに聞かれただけでなく、きっとレイランの耳にもしっかりと届いたであろうお腹の音。
 今すぐ穴を掘って埋まりたい。地中深く深く深度一万メートル程の底に埋まってしばらく雲隠れしたい

「あれだけ菓子を食して、まだ腹が鳴るお前が悪い。ははっ、そう拗ねるな。晩餐はお前が好きな物を多く選んでおいたぞ、晩餐も立食形式を取るらしいから、茶会で選び足りなかった分も楽しめ。」

「えっ、晩餐も立食形式なんですね! 嬉しいっ!」

 ぱあっと顔を輝かせて笑顔になると、はしゃいだ声で喜ぶ。
 先程の拗ねた顔も可愛いが、笑顔はもっと可愛い。と、シュヴァリエは思う。

「あぁ…でも昼間の茶会で出された物とは被らせないメニューになるだろうから…
 結局、昼間食べたかった軽食達は食べれないです…。聖女様に捕まらなければ今頃食べれてたのに! それに、リアスとディルにもわざわざおススメを選んで貰ってたのに…それも結局食べれなかったし。お兄様目当てで私を捕まえに来るくらいなら、あんなに強気なんだから直接自分で話しかけに――――」

「クラウディア、リアスとディルとは誰だ?」
 使用人にも護衛騎士などにも、そのような名前は聞いた事がない。
 今日の茶会に招待したメンバーリストをさらっと脳内で照合するが、該当者はいなかった。

「え…? 私、口に出してました?」
 クラウディアは脳内での独り言を口に出していた事に気付いた。

「ああ、話していたぞ。昼間の茶会の軽食は晩餐に出ないだろうと憂いていた。」

「ひい、やらかし第二弾! ……コホン、ええと、軽食をたっぷり食べる直前で聖女様に捕まってしまいまして食べれない悔しさを考えていたら、口に出してたみたいですね。淑女としてはしたなくて申し訳ありません。」

「いや、俺しか居ない場ではそんなに畏まるな。普段通りのお前が好ましい。」

 素の自分が好きだと言われればクラウディアも嬉しくなる。

「有り難うございますお兄様! お兄様も普段通りの素で…って、いや、お兄様は大体素でしたけど。二人しかいない兄妹ですもの仲良くしましょうね。」

 もじもじニマニマ、クラウディアは照れ笑いをしながらシュヴァリエを輝く瞳で見つめる。

「そうだな、二人だけしかもういない。仲良くしなければな。―――で、リアスとディルとは誰だ?」

(話を逸らされなかったか……)

 正直に話せばまた怒られそうで、嘘を吐けばもっととんでもない事が待っていそうな予感がする相手である。
 どちらかが危険かと言えば、確実に後者である。

 クラウディアは、はぁ…諦念のため息を吐くと、正直にその名前の主とそう呼ぶ事になった経緯を話した。
 そう呼ぶ事を了承したのだって「名前くらいはいいか」と軽い気持ちだったし、シュヴァリエだって「なんだそんなことか。知らぬ名だったから警戒した」で済むだろうと思っていた。
「私と王子様達の名前を略しただけだよ? 同盟国になるんだし友好的になるのはいいこだよね!」と言いきったあたりで、何か寒くない? この部屋と気付いた。

 気付いた時にはシュヴァリエの何かのスイッチを押した後で、アレ何かヤバイことになってる…と、遅まきながら理解しブワリと冷や汗が額に浮かぶ。

 事の全容を話す間に室内は冷凍庫内のように寒くなり、窓には霜が―――
 昂ぶった感情に呼応するようにシュヴァリエの魔力の器から、次から次へと魔力が湧き出て漏れ出ている。
 その重たい魔力は、クラウディアの全身を包み込み、ぐるぐると蛇のように巻き付いた。ぞぞぞっと背筋を伝う悪寒がする。
 魔力でクラウディアを雁字搦めにしながら、これで全てだな? 嘘は吐いていないな? と詰める魔王。

 シュヴァリエの大魔王モードを前に、もう幼児では無いという事も忘れて「ふええん、全部ですうう、うそなんてつけませんん」と泣きながら許しを請う羽目になった。

 結果、シュヴァリエはクラウディアの事を“ディア”と呼ぶ事になり、シュヴァリエの事をシヴァ兄様と呼ぶ事になった。
 某ゲームの精霊獣の名前もシヴァだったような…、まぁいいか…と遠い目で思うクラウディアであった。


 主が荒ぶる場に軽食を運んで入室したレイランは、凍り付いた室内と室内を余すところなく満たしている濃度の強い魔力を感じると、何か色々察してしまった。
 軽食を乗せていたカートを壁際へと寄せ、冷静な目で現状を確認しながら、静かに壁際で待機する。

 今話しかけては危険だという事は、経験上しっかりと理解している。
 息を吸うのも苦しい程の濃度の強い魔力だ。
 今のシュヴァリエを刺激するのはご法度だ、粛々と従うしかない。

 レイランは、クラウディアへ同情が篭った視線を向ける。
 この重い寵愛は噂より酷いな、姫様ご愁傷様です、と可哀想な子を見る顔付が物語っていた。





 ―――その頃、隣国の王子二人は貴賓室にて晩餐まで寛いでいた。

「今日の晩餐は、クラウも一緒だよね?」

 ジュリアスが長椅子に寝転んだままリディルに問う。

「ああ、そのようだな。ただ茶会を早々に退場した事もあるから、もしかしたらクラウだけは大事を取る体《てい》で不参加かもしれないな。」

 リディルは、一人掛け用の椅子に腰を降ろし膝を付き長い足を持て余すように組んでいる。

「ええー、クラウいないとつまらないじゃないか。どうにかしてよ、リディル。」

「バカいえ、自国ならまだしも他国…それも帝国だぞ此処は。余計な動きは少ない方がいい。それに、手紙の遣り取りをする約束をしたのだろう? 縁が切れた訳ではないではないか。」

 かくいうリディルも遣り取りする事になっている訳だが。

「顔を見て話したいんだよ。甘い物を食べてへにゃって笑うあの可愛い笑顔が見たいの!」

「ああ、あの顔は確かに…すごく…うん、可愛かったな。」
 リディルはクラウディアの笑顔を思い出す様に話す。

「はあ!? 何その顔! クラウはリディルにはあげないよ?」

 ジュリアスが、リディルの頬がかすかに赤くなっているのを目敏く見つけ牽制する。
 リディルがライバルになるなんて絶対嫌だ。
 リディルは奥手そうに見えて大事なところはしっかりと押さえ、欲しい物は必ず手に入れるような気がする。

「……クラウは物ではないし、お前のものでもない。俺はライバルにはならないって言っただろう? そんなに嫉妬深いと魔王様からクラウに会う許可が出ないかもしれないぞ。」

「―――ならいいけどさ。魔王様の攻略が一番危険な香りがするよ…下手したら一国を落とすより魔王様を落とす方が大変だよ、もう。」
 げんなりした顔でジュリアスが零す。

「はは、綺麗な顔のお前が言うと恋愛のせつない嘆きに聞こえるのが不思議だ。」

「…リディル、僕がその手の話、だいっきらいなの知ってるでしょ? ちょーっと嫌な目に合わないと理解出来ないみたいだね…?」

 額に青筋が浮かび、表情が抜け落ちたジュリアスは両手をわきわきさせながら、リディルへと近づいた。

「はぁ!? お前、それは過剰な罰だろ!」

 リディルが慌てた様に椅子から立ち上がる。

「僕にとっては過剰でも何でもないよ、むしろ生温い罰だよ…っ」

「うわ!や、やめ…っ! うわっ、はははははっ!やめろっ、あはは!こらっ!はははっ」

 リディルがお腹や脇を擽られるのを大の苦手と知っているジュリアスは、しばらくリディルを擽り地獄へと落としたのであった。

 ジュリアスが憂いていたクラウディアの今宵の晩餐参加の可否は、晩餐の席にクラウディアが参加した事で大喜びの結果になり、立食形式という事もあって茶会のおススメ軽食を選び合うというのが出来なかった代わりに、摘まむ形の物でおススメを選んで紹介し合うという楽しい時間を魔王の圧に耐えながら過ごしたのであった。

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