転生したら血塗れ皇帝の妹のモブでした。

iBuKi

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第三章 クラウディアの魔力

閑話 晩餐

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 ジュリアス視点

 今日は僕の人生においてこれ以上望むべくない最上の出逢いに恵まれた。
 女性観を捻じ曲げそうになる望まない出会いもあったけれど、そこは最上の存在で上書きしておこうと思う。

 女の子ってあんなに可愛い存在だったんだ。
 小さくて柔らかい手、潤んだ大きな瞳、甘くて優しい香りがしてたな。
 眺めているだけでフワフワとした幸せな気分になるなんて。
 人はこれを初恋と呼ぶのだろうか。
 少しでも会いたくて、顔を見たくて、あわよくば話したくて、そわそわする。
 ああ、僕は恋をしている。
 王族という今まで枷のようにすら感じた事のある身分が、今は天から授けられた宝物のように感じている。
 その身分があるから、あの子を望める権利を有している。

 今夜はもう会えないのかな、会いたいな。

 ―――魔王が過保護だから会えないだろうなぁ……


 と、思っていたら、クラウは晩餐に参加するという。

 うわあ、嬉しいな。
 また昼間のような立食形式という事もあり、クラウの傍に近付けるチャンスがある。

 間違いなく魔王が横で威圧してくるだろうけど、お行儀よくするから少しくらいは大目に見て欲しい。
 魔王はまだまだクラウと一緒に居れるんだからさ。
 この帝国にいつまでも滞在する訳にはいかない、最大限に渋って滞在を伸ばしても一週間が限度だ。

 隣国とはいえヴァイデンライヒは大国で国土が広いために距離がある。
 毎日、毎週、毎月、と約束して会うなんて事出来ないんだから。
 だから…って訳じゃないけれど、まだ婚約者候補すら居ない間に、
 クラウの中に僕という存在をちゃんと印象づけておきたいんだ。

 もう魔王が威圧しようか冷たい魔力に背筋が嬲られようが、何があっても頑張って声をかけて、今夜の晩餐の隣に居る機会を得に行くと決心した。

 どう近付こうかと思案する僕をリディルが呆れた顔をして見ている。

「お前、そんなヤツだったか?」
 僕だけに聞こえる音量で訝しげに囁いてくるリディルを、微笑んで躱す。

 どうとでも思えばいい。
 今までのように僕達に寄ってくる大勢の令嬢達とは、クラウは全く違うタイプじゃないか。
 ガツガツするのなんて恰好がつかないと、微笑みながら澄まして待っていても、クラウからうっかり擦り寄ってくるなんて、奇跡みたいなうっかりなんてやってこない。

 どうみたって魔王がクラウを何よりも優先しているのは明白だし、あの傍で片時も離さない様子の今、待ってる人間にチャンスなんてやってこない。

 王子様然とした色恋に興味なんてありません、常に清廉潔白です。
 そんな澄ました態度なんて捨てて、クラウの隣の居場所が欲しいから形振なりふり構わず掴みにいくつもりだ。


 ―――そう、意気込んでいたのに。


 なにこれ、奇跡のようなうっかりが起こったのか? 
 クラウの方から微笑みながら近づいて来てくれた。

「リアス、お昼はごめんね? あのさ、お昼の軽食選びの代わりにさ…晩餐の食事も軽食っぽいのあるみたいだし、その中でちょっと摘まめそうな軽いものを選んで出し合わない? その中で一番美味しかったのを持って来た人が優勝! みたいなのどう?」

 クラウはニコニコしながら、楽しそうに提案してくれる。

 うんうん、いいよ、クラウと一緒にいれるなら何だっていいよ。

 僕の顔はきっと笑み崩れて、もしかしたら鼻の下まで伸びているかもしれない。

 僕の事を呆れた目で見てたリディルも図々しく参加表明をしている。
 
 なんだよ、リディルだってクラウの事、気になってるんじゃないか。
 ここに鏡があったらリディルに見せてやりたい。その赤く染まりきった頬でも見せてやろう。

 そして今度は僕がリディルに呆れた目を向けてやる。

 だからといってこれ以上リディルに深入りさせるつもりも、自覚させるつもりもないけれど。


 半目でリディルを見つめていると、リディルはスッと目を逸らした。
 ふん、リディルだってクラウとの時間が欲しいくせに。

 そんな事を思っていると、温度管理がされた筈の室内で悪寒がする。

 後頭部がチリチリと焦げ付くような熱さを感じる。
 あ、コレって昼の茶会でも感じたやつ―――と、原因を思い恐々していると、
「俺ら、無事に帰国できるだろうか…」と、リディルが呟いた。

 リディルがそっと流し目を向けた先に居たのは大魔王で。
 ああ、僕も同感だよリディル…と諦念を感じる。
 
 わざと刃こぼれしているような切れ味の悪い剣で、僕らの首をギリギリと刻まれる悪夢が脳内で想像展開される。
 凄い残酷な光景だが、あの魔王ならそれくらいしかねない。

「んんっ! これこれ、すっごく美味しいっ、誰が持ってきたの!?」
 と、大喜びするクラウの声に残酷な想像が消え我に返った。

「あ―――それ僕の…」

「えっ!リアスのなの? じゃあリアス優勝!凄い美味しいよ。流石だね!」
 ぴょんと飛び跳ねるように喜びいっぱいのクラウ。

「でしょう? 美味しいよね、僕もつい何個も食べちゃったくらいだったから、これにしようと持ってきたんだよ。」

「うん、凄く美味しい…毎日でも食べたい。」

 薄く切った生ハムにハーブや葉野菜を混ぜて巻いたシンプルなものであるが、ハーブと葉野菜に絡めてあるドレッシングが物凄く美味しいのだ。

「ディルのも悪くないんだけど、やっぱり塊肉は摘まめるって感じじゃないかな…」
 言いづらそうに言うクラウに、苦笑してしまう。

 リディルはきっとわざとコレを選んだのだろう。
 僕に花を持たせる為に。
 散り散りに散ってどれを選ぼうかそれぞれが探している時に、手近にあったであろう骨付き肉を取って「俺はこれでいい。ジュリアス頑張れよ」と言ったのだ。
 凄い適当な選び方に、なんとなく察してしまった。

「優勝賞品はね―――大した物でもないんだけど、これなの。」

 ズラリと壁に並んだ使用人のうちのやけに強者のオーラがある一人がスッと現れ、クラウに丁寧に包まれた物を差し出した。
 それを受け取り笑顔で「有り難うアンナ」とお礼を言っている。

 中からクラウが取り出したのは金色の糸で縁どられた一目見て上質だと分かるハンカチ。綺麗に畳まれたハンカチをクラウが広げると、右隅にクラウの瞳に良く似た紫色の糸でソニエール国の国章が施されてあった。

「はい、これが、優勝賞品のハンカチです! 一応、私が頑張って刺繍したんだけど…あまりじっと見ないでね? 少し線ががたついてるとこもあるし…。ちょっと拙いのはご愛嬌って事で、大目に見てね!」

 拙いなんて謙遜が過ぎるだろう、精巧に刺された国章はとても綺麗だ。

「クラウ…が、これを? 有り難う、有り難う! うれしい、嬉しいよ!」
 嬉しすぎて少し涙目になる。

「そんなに喜んでくれるなんて…こちらこそ有り難う。リアスは優しいね」

 クラウが恥ずかしそうに俯いた。そんな所もとても可愛い。

「宝物にするよ。」

 また綺麗に折りたたまれたハンカチをクラウからそっと受け取ると、胸に押し当てる。

「ええー、大げさだよ!」

 頬を染めたクラウディアを蕩けるような瞳をしてジュリアスは見つめた。

「ううん、ずっと大事にするよ。」

 クラウに僕の思いの一欠けらでも伝わればいい。
 少しの熱を込めてクラウに伝える。

 ―――近くの窓からピシッと音がした。
 そちらに目を向けようとして、足元の違和感に気付く。
 室内の温度調整は完璧な筈なのに冷気が漂い始めている。

 リディルが隣で「ああ、今日がジュリアスの命日か」と呟いた。

 リディル、さっきも思ってたけど、僕も同感だよ。



 そう心の中で同意したすぐ後に魔王がクラウの隣にいて、僕を今にもどうにかしてしまいたい視線を向けてきた。

 クラウが何かを察したのか、魔王の耳元で何かを囁くと、春風のような暖かい魔力の風がふわりと足元を過る。
 突如として室内は通常以上に快適な空間へと様変わりした。

 魔王の機嫌が直ったようで、常に皮肉気な笑みを浮かべている口元が柔らかく笑んでいる。

 その瞬間、恐ろしい魔王は、天使と見紛うばかりの美しい容貌を持つ少年だと気付いた。
(えっ、誰―――?)
 こんな表情をすると随分と美貌が際立つんだなと驚いた。

 僕の命も救われた。ついでにリディルの命も救われた瞬間だった。



 今日は僕にとって色んな意味で忘れられない日になった。

 もうすぐ帰国してしまうけれど、このクラウのハンカチがあれば、少しの間だけ会えなくても我慢できそうだ。



 余談―――
 魔王が機嫌を直したのは「お兄様には五枚程新しく刺繍した物を用意してますから! 勿論、お気に入りの糸を使用してます!」の言葉である。

 ナイスアシストをしたのは、勿論アンナである。
 クラウディアがハンカチを広げた瞬間、シュヴァリエの殺気をいち早く察知してすぐに傍に寄って、クラウディアの無知を知らせたのだ。

 アンナに「姫様はこの国で自分で刺繍したハンカチを殿方に渡す意味をご存じありませんから…!」と、クラウディアの所へ向かう前に必死に諭されて、あわや大惨事を回避出来た事をクラウディア達は知らない。
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