転生したら血塗れ皇帝の妹のモブでした。

iBuKi

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第三章 クラウディアの魔力

正門前でお見送り。

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 此度のヴァイデンライヒ帝国へと向かうソニエール王国の外交使節団には、護衛として二つの騎士隊が派遣されている。
 第三騎士隊と、第四騎士隊である。
 第一騎士隊や第二騎士隊は、滅多にないが王や王妃などが外交として他国へ行く際ら同行する王国でも屈指の強さを誇る騎士隊が付くのだが、今回は王子二人という事で第三騎士隊と第四騎士隊という王国でも二番手の強さの隊が派遣された。
 王や王妃が国内に居るので、警備の面においても第一と第二を派遣する訳にはいかなかったのである。

 しかし、ジュリアスやリディルは第三、第四騎士隊の方が気が楽であった。
 第一、第二はほぼ上位貴族の次男や三男などが多く、扱いづらいのだ。
 実力は圧倒的であるし、職務に忠実な者ばかり。
 ―――が、如何せん頭が堅い。最寄りの街にちょっとだけ寄り道したい等は絶対許可されないだろうし、軽い冗談も通じない雰囲気がある。
 外交というれっきとした公務であるから遊びではないのは分かっているのだが、まだ少年の二人は旅をするのなら少しでも楽しみたい・・・なんて可愛い所もあったりする為、下位貴族特有の気易い雰囲気もある第三、第四の隊員と接するのは好きだったりする。
 第四などは平民もそこそこ多く、城下町の様子を平民目線で語ってくれるので、話を訊くのも好きだった。

 正門前はそんな第三、第四の騎士隊が出立の準備の為集まっていた。

 ただいま皇帝であるシュヴァリエに帰国前の最後の謁見中の王子様達。
 謁見中の王子様達を待ちながら、ソニエールの外交使節団は、正門前で自国への帰途の準備をしている。

「今回の外交は概ね成功なんじゃないか?」
「そうだな! 同盟条約を締結させた書状を持って帰れて本当に良かった! 帝国は今一番敵に回したくない国だからな…」
「王子二人も、皇女様と―――」

 1人の騎士が嬉しそうに口にしたが、その先は続けられなかった。
 隣で会話に混ざっていた同僚の騎士が、その災いをもたらすかもしれない言葉を紡ぐ口を慌てて塞いだからだ。

「ば、バカっ! 余計な事を言うんじゃない! 無事にソニエールの地を踏みたいなら、その話は禁句だ!」

 同僚の騎士は口を塞ぎつつ、相手の耳元で強い口調で窘《たしな》める。
 普段からちょっと抜けた所のある男。
 その抜けた所が酒の席では、時折笑いのネタとして披露され盛り上がるのだが、今回ばかりはそのウッカリも笑えないし笑いのネタにもしたくない。

 まだ分かっていなさそうにキョトンと目を丸くした表情をしている口を塞がれた男。
 地雷の予感にピシリと固まっていた周囲が、ハッと我に返る。
 そして男に懇切丁寧に説明するのだった。

「ヴァイデンライヒ帝国の掌中の珠と我が王子達を絡めた話は、この国では禁句だ」と。
 詳細は自国へと無事に帰国してから話してやるから、もう黙っておけときつく言い訊かせた。

 クラウディアの知らぬ所で―――
 皇帝シュヴァリエのクラウディア皇女に対する寵愛っぷりは、他国にまで周知されたのである。









 ―――そんなやり取りがあった数十分後。
 クラウディアは正門前に立ち、大きな瞳をさらに大きくしていた。

(うわぁ……正門から皇城の中に入るまで続いているこのとてつもなく長い大階段…! 圧巻だわぁ)

 かろうじて口をポカンと開ける事はないにせよ、思わず凝視してしまう程にこの場から見上げる大階段は存在感がとてつもない。

 ここは神殿? と思わせるような長い大階段を下から見上げてクラウディアは呆け続ける。真っ白な白亜の階段は、等間隔で皇城内の入口まで長く続いている。

 これだけ長い階段を作ったのには、万が一にでも敵が正門を突破したとして、皇城内に入るまでの時間稼ぎの為? 
 見た目は圧巻で富と権力を感じさせるけど、そういうアピールにここに設置された訳ではなく防衛的なもので強いのかも? と思案する。

(この大階段を駆け上がって皇城内に入る頃には少しばかり体力も消耗してるだろうなぁ…降りるのはまぁいいとして、上がるのは凄い辛そうだもんね…)

「姫様、いつまで大階段を見上げているのです。そのような無防備な可愛い表情は、そろそろ引き締めて貰いませんと…ソニエールの王子二人がそろそろこちらへ到着致します。」

「えっ、かわ…? アンナ、私、かわいい?」

 アンナに可愛いと言って貰えたのが久しぶりで、嬉しさのあまり思わず訊き返す。

 アンナはそんなクラウディアに気付き、ニッコリと笑って「はい、とても」とすぐに同意する。

「うわあ、うわあ、嬉しい! ありがとう! アンナもとっても綺麗だよ!」
 無邪気にはしゃぐクラウディアは撫で繰り回したい程に可愛い。
 憧れを宿した大きな瞳は特別に愛らしかった。

「ふふっ、有り難うございます。」
 アンナも嬉しくなって思わず笑い声を漏らす。

 アンナの美しい微笑みを貰い、ますますご機嫌でニコニコと笑うクラウディア。
 しかしすぐにアンナに言われた事を思い出し、皇女として顔を引き締める。


(隣国で同盟国になったとはいえ、アンナの言う通り気を許し過ぎるのは良くないもんね! 侮られちゃう。)

 クラウディアにしては至極真っ当な事を考えたのだが、アンナが思っていたのはちょっと違っていた。

 アンナが、あのように無防備にへらへらと笑い、キラキラした大きな瞳で大階段を見上げる姿を、恐らくクラウディアに好感を持つ王子二人に見ようものなら、ますます姫様に興味を持ってしまうという懸念と、そんな無防備な顔をシュヴァリエ様以外に見せる…、ましてシュヴァリエ様が姫様の事で警戒しまくっている隣国の王子等に見せたとあれば、また機嫌が氷点下を突破し面倒な事になるのが火を見るより明らかだから。

 さっさと見送りを済ませて、憂いなく月の宮へと姫様をお送りしたい。
 聖女の事もあり、ますます過保護になったアンナからすれば、本当はお見送りもシュヴァリエ様が反対していたのだからさせなくても良かったような気がしないでもないのだが。

 クラウディアがどうしてもと言う事で、縋り付かれたシュヴァリエが「恐らくこれが最後だろうからな」と悪い顔をして許したのだ。

 シュヴァリエもアンナもクラウディアの身の安全を優先するなら、あまりいい選択ではないが、護衛をがっつりと配置する事に文句を言わないようクラウディアに確約させて、コクコクと頷くクラウディアに苦笑しつつも、仕方ないなぁとクラウディアの気持ちを優先させた。


「あ、来た」
 クラウディアが小声で独り言のように呟き、皇女としての顔をしっかりと装着するのを見届けると、アンナはクラウディアの視線の先にいる麗しい姿の王子二人を見遣った。

(うちのシュヴァリエ様には及ばすとも、中々の容姿ですわね。姫様がその容姿に興味を持たれないといいのだけど。)

 クラウディアを見つけて嬉しそうに破顔した王子二人を見つめ、アンナは憂鬱そうに嘆息した。



(……私は一体何の遣り取りをさせられてるのかしら…)
 クラウディアはげっそりとしながら思う。

 目の前には、縋るような瞳でせつなそうにクラウディアに話しかけ懇願するキラキラしい美少年。

「絶対、絶対、書いてね? 絶対だからね?」

 懇願する声は恋情をほんのりと含み甘く、何度も何度も確かめる姿は恋しい人との別れを惜しむようである。

 クラウディアは思った。
 これは、何の羞恥プレイなのかと。

 ジュリアスは周囲の生温い視線を感じていないのだろうか…

(私は、ジュリアスの懇願を振り切って、シュヴァリエの後ろに隠れたい程に恥ずかしいというのに…)

 先程から何度も念押しをされて、口から魂が抜けそうである。

 ジュリアスは何が不安なのか、書くと何度も肯定しているのにやけにしつこい。

 隣に立ちクラウディアとジュリアスの遣り取りを見させられているリディルも、段々と強くなる殺気に、ジュリアスの左腕の袖をグイグイと引っ張り、いい加減にしろアピールをしている。

 
 リディルのアピールも全部スルーするジュリアス。

 ジュリアス自身、何でこんなに不安なのか分からないが、分かっているのはクラウディアとは絶対にこれきりになどしたくないということだ。
 しつこいと思われようと、絶対にこの繋がりを消したくないという思いでいっぱいである。

 クラウディアもジュリアスに「手紙絶対出すよ」と肯定し続けるのも疲れてきつつ、隣に立つシュヴァリエなんてもっと嫌だろう…とチラリと視線を向けて…

 額に青筋が・・・…ひぃっ。

 ま、魔王様が…大魔王様へと進化を遂げそうになってらっしゃる!
 クラウディアも心中穏やかではない。

「先程から何度もお話しているように、必ず書きます。ジュリアス様は私の事が余程信じられないと見えますね。(しつこいよ? 魔王が大魔王になるからもうやめて!)」

 クラウディアに何度も肯定されて、やっとジュリアスの焦燥感は落ち着いてきた。

 落ち着いた所で、リディルがジュリアスの袖をグイグイと引っ張り続ける本当の理由に思い当たったのか、ジュリアスがチラリとシュヴァリエを見た。

 駄々漏れていた殺気にハッとしただろうに、それを気付かせない早さで王子然とした仮面を被り直したジュリアス。

「いや申し訳ない。私もこのような重要な外交で訪れた国で、素晴らしい友と巡り合えると思っていなかったものだから、ついはしゃいでしまった。
 クラウディア皇女に、私とリディルの初めての友となって貰えた喜びに、己の気持ちを抑える事が出来ず、大変しつこくしてしまいました。大変申し訳ない。クラウディア皇女殿下、御赦し下さい。」

「……赦します。(大魔王になる前に気付いてくれて良かった。)」

「寛大なお心感謝致します。そんな広い心をお持ちなクラウディア皇女殿下の最初の友となれたことは、私にとって至上の喜び。
 我が使節団の滞在中、素晴らしい持て成しをして下さりましたこと感謝致します。
 次は是非我が国ソニエールへお越し下さい。ヴァイデンライヒの掌中の珠、下にも置かぬよう大切に丁重に持て成しをさせて頂きたい。」

「……ほう。それは楽しみだな。クラウディアが行くとすれば、余も必ずソニエールへ同行せねばなるまい。第一王子の素晴らしい持て成し、是非期待させて貰おう。」

 青筋を立てながらシュヴァリエは圧が篭りまくった低い声で語る。
 
 とてつもなく不機嫌だ。
 もう大魔王化に片足突っ込んでるかもしれない。

 その低い声音に内心びくびくしながら、チラリとまたシュヴァリエを見るクラウディア。

 ―――瞳孔が開いていた。
 

 うん、さっさと話を切り上げて帰そう。


「お兄様、ジュリアス第一王子殿下、御話しはそれくらいにしませんと。ソニエールの皆さまも今から自国へ旅立たねばならないのですから、あまりお引留めしてはいけません。」

「―――ふっ、そうだな。」

 私の思惑はシュヴァリエには筒抜けらしい。
 面白がるような眼差しになって、そっと頭を撫でられた。何故。

「書状にある通り、ヴァイデンライヒとソニエールの同盟は締結された。かねてよりそこそこの交流は両国にあるにはあったが、これを好機に、これからはますます懇意にしようではないか。ソニエール帰国の途の無事を願っている。」

 シュヴァリエが無事を祈っていると言うと、別の意味に翻訳されて聞こえるのは気のだろうか。

 ジュリアスはアルカイックスマイルを崩してないけど、辛うじて微笑むリディルの顔色が心なしか悪い事からもこの翻訳は私だけではないようだ。

(え、同盟国に何かしようとかないよね? 相手は他国の王子様よ…?)

 後ろにいるソニエールの騎士の方達はもっとあからさまに顔色を悪くしている。

(こ、これは、私が念押ししておかなければ…!)
 クラウディアは保険をかけておくことにした。

「隣国とはいえ、ヴァイデンライヒからソニエール国までそれなりに距離があります。陛下も仰るように、私も何事もなく王子殿下お二人を含め、ソニエールの使節団の皆さんが、誰ひとり欠ける事なく帰国の途に着く事を、心より、心より、願っています。友好を結んだ皆さんに何かあれば…例えそれが傷ひとつであっても、とても、とても、とても、悲しいですもの。
 ……けれど、きっと無事にご帰国される事でしょう。
 ソニエール国は、素晴らしい騎士様達をお連れのようですから。
 ……ね?お兄様。」

 節々に「ソニエールの皆さんに何かあったら私は絶対悲しむ」感を込めてシュヴァリエに念押しした。

 シュヴァリエは一瞬目を丸くした後、仕方ないな…と、甘やかすような顔をクラウディアに向けた。

「ディアは天使のように優しいな。ソニエール国の騎士達は鍛錬の成果を発揮し、きっと無事に、何事もなく、恐らくは傷ひとつもなく、ソニエール国に全員帰国できるであろう。ディアの心を悲しませる事など起こらぬ筈だ。」

 シュヴァリエが「害す気はないぞ」と遠回しに言ってくれた気がして、ホッとする。
 でも、ちょっと脅し程度の何かはしようとしてたでしょ! とは思ったが、もう何もすることはないと言い切ってくれたので、クラウディアは微笑み頷いた。

「有難いお言葉を頂戴し、感謝致します。」

 ジュリアスが柔らかく微笑んだ。

「それでは、御前失礼します。皇帝陛下、皇女殿下、ヴァイデンライヒとソニエールの永き友好を願って。またお会い致しましょう。」

 胸に手を当て一礼すると、華美な装飾を省いたしっかりとした守りに特化した外観のソニエール王国専用の馬車にジュリアスが颯爽と乗り込む。

「皇帝陛下、皇女殿下、見送り感謝致します。ソニエールにいらっしゃる時は是非ご一報ください、喜んで歓待させて頂きます。それでは、御前失礼致します。」

 ジュリアスと同じ様にリディルも胸に手を当て一礼する。
 ジュリアスが長々と語ったので、リディルは余計な事は一切省いて簡素な挨拶を述べて馬車に乗り込んだ。


 出立を告げる高らかなラッパ音が響き、ソニエール王国の外交使節団は自国に向け出発した。


 二人を乗せた馬車が見えなくなるまでクラウディアは手を振る。

 遠くなる馬車を見つめ、ほんの少しだけ寂しい気持ちになった。
 
 初めての友達だ。
 楽しい時間を過ごしたし、渾名で呼び合ったせいもあってか、随分親近感が湧いていた。

(まさか攻略対象者と仲良くなれるとは思ってなかったけど、手紙のやり取り、今からすごく楽しみ!)


「さぁ姫様、宮へ戻りますよ。」
 もう見えなくなった馬車が去った先を見つめるクラウディアの背にアンナはそっと手を添え促した。
 アンナに促され「はい」と答えつつ、宮へ戻ろうと振り返る。

 振り返った先には大魔王。

(………何か怒ってらっしゃる。)


「ディア、手紙…とは? 俺は訊いていないが。」

 地を這うような低い声で問いかけながらシュヴァリエは大魔王の微笑みを浮かべた。
「全て吐くまで逃がさない」と、ギラリと光るパパラチアサファイアの瞳が語っている。

 クラウディアは、思わずコクリと喉を鳴らす。

(ええー…なんでこんなに怒ってるの?)

 リアスが手紙を送る送らないでしつこい念押しをしたせいで、クラウディアは大魔王に今から尋問されるようである。

 あんなに切なげな顔で懇願しまくりの念押ししまくりをやられたら、もしかしたら恋仲とか勘違いされてるんじゃなかろうか。

(まだ幼い妹に恋は早い! 的な事で怒ってらっしゃるんでしょうか…)
 クラウディアの眉がへにょりと下がった。

(リアスめぇぇ!余計なことをおお)

 手紙の確約を貰い颯爽と去っていったジュリアスに恨みごとを脳内で呟きながら、シュヴァリエの怒りをどう鎮火させようか悩むクラウディアなのだった。

(よし、第一通目の手紙はジュリアスの文句を書こう)
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