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第三章 クラウディアの魔力
思案。
しおりを挟む前皇帝の下品な程に豪華な物に囲まれた執務室は、シュヴァリエが新皇帝に即位して即刻全改装された。
重厚感溢れる暗めの色で統一された執務室内は、調度品も何もかもが落ち着いた色味に抑えられた代わりに材質が最高級な物ばかりで、帝国の長が使うに相応しい室内に整えられていた。
ただ、ひとつシュヴァリエらしさがこの室内にあるとするのならば。
壁紙も床に敷いてある高価なカーペットも、挿色に紫が使用されていること。
窓際の調度品の上に置いてある花を活ける花瓶も紫色だという事である。
紫色はクラウディアの瞳の色。
シスコン極まれり。であるが、本人がそう思われる事すら良しとしているのならば周囲に否やはないのである。
今日は夕方に執務室を飛び出し、クラウディアの元へ出向き、そのまましばらく休憩を(わかっていて)多めに取ってしまった上、晩餐もクラウディアと離れがたく一緒に過ごした為、書類仕事が滞ってしまったのである。
通常の書類仕事などはシュヴァリエにとってはそう時間を取る程の物でもないのだが、数日後に大掛かりな視察が控えてあり、その関係でその期間までに前倒しで処理しなければならなかった為、通常の何倍もの量をこなしているのだ。
静かな室内には紙が擦れる音と、カリカリとしたペン先の音だけがしている。
戦場で身体を動かす方が好きなシュヴァリエには、椅子に座り続けるこの作業は、非常に退屈な仕事ではあるが、重要な仕事でもある。
提出された書類はしっかりと読み込み把握し精査しなければ、どこでまた教会の害虫が沸くか分かったものではないのだ。
側近も少しずつ信用のおけるものに替えていっているものの、まだ人数が足りない。
円滑に国を運営していくには、今はまだシュヴァリエが多くを担わなければならなかった。
ノックの音が響き、シュヴァリエが返事をする。
執務室に隣接された事務室のような部屋には、側近のマルセルがシュヴァリエに付き合い残業していた。
ノックの主はマルセルだった。
「陛下、休憩しましょう。」
疲れた顔でマルセルがシュヴァリエに声をかける。
そのマルセルの背後から、ちょっとした軽食とティーセットを乗せたワゴンを押しながらレイランが入室してきた。
「姫様も仰ってましたよ、ずっと集中して作業し続けるより、時々休憩を挟む方が効率が上がると。陛下にもちゃんと休憩させて下さいって。
私は姫様から直々にお願いされてるので、陛下も休憩してくださいね。」
クラウディアを絡ませると言う事を訊き易いと理解しているレイランは、しっかりとクラウディアを強調しながら、執務机とは別に設けられた別のテーブルに、お茶のテーブルセッティングをする。
作業しながら耳だけは傾けていたシュヴァリエは、ふっと吐息を零すとペンを置いた。
「ディアを出されては休憩するしかあるまい。」
苦笑しながら椅子から立ち上がり、凝り固まった身体を解すように伸びをする。
十二歳にしては長身の身体は、皇帝らしい装いではなくシンプルな白いシャツとぴったりとした黒いズボンを身につけている。
均整の取れた体ではあるが、まだ少年という年齢から細身だ。
中々お目に掛かれない秀麗な美貌も相まって、疲れたような笑顔を向けられるだけで、耽美な空気すら漂う。
「なんだお前ら呆けてないで、さっさと座れ。」
シュヴァリエを見つめ、しばし固まる二人に、呆れたようにシュヴァリエが促す。
1人は側近、1人は専属侍従、二人ともシュヴァリエより五歳程年上ではあるが、
幼い頃より付き合いがあった為、気易い関係である。
側近だろうが侍従だろうが、シュヴァリエは休憩の時は共にお茶をしたがった為、二人がシュヴァリエとこのように一緒に休憩を取る事も少なくなかった。
「…失礼しました。」
「あ、ああ。申し訳ない。」
謝罪を口にすると、それぞれ一人掛け用のソファ型の椅子に座る。
テーブルを挟んでシュヴァリエと相対する形で二人はカップを手に持ちお茶を口にした。
「アンナは来れるか?」
シュヴァリエは一口お茶を飲むと、マルセルに問う。
「はい、もうそろそろ姫様の寝支度を終えこちらへ向かう頃かと。」
「そうか、アンナにはクラウディアの魔力付与の事も含めて、なるべく早く話をしておきたい。俺は、視察や戦場で城を空ける事がこれからもあるからな…。ディアの傍に自分が居れない時の為にアンナとは情報共有はしておきたい。」
憂鬱そうな顔で視察の話を語るシュヴァリエの話を黙って訊いていたマルセルは、
「姫様を同行させるのは駄目なのでしょうか?」と提案した。
「ディアを視察に同行…? 危険ではないか? ディアはまだ幼い。」
一瞬名案だとシュヴァリエの憂鬱な顔がパッと明るくなったが、すぐに眉間に皺がより気難しい表情になる。
「陛下は一番お強い。その陛下の傍が一番安全なのではないかと。流石に陛下が姫様の傍にいらっしゃる時に無謀な動きはしますまい。」
マルセルはいい案だと推してくる。
「私もそれは悪くない案だと思います。この度の視察は二十日間と長い。未だ皇宮内が完全に安全だとハッキリ言えない今、姫様の最も安全な場所は陛下の傍が一番かと。」
レイランにさえ推され、シュヴァリエもその方がいいのか…? と思い始める。
「即答は出来ないな。アンナの意見も訊きたい。」
これでこの話は終わりだとシュヴァリエ。
計ったようなタイミングで執務室の扉をノックする音がした。
「入室の許可を願います。」
扉前から響いたのはアンナの声だった。
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